第64話『Under the Grand Floridian Moon』月光に揺れる心
有紗とジェンミは、フロリダ『ウォルト・ディズニー・ワールド』の取材と称して、先ずは一日目の『マジック・キングダム』を楽しんだ。
ジェンミが用意した最高級の直営リゾートホテル『グランド・フロリディアン』の一室で、贅沢にも部屋の中で食事をとりながら、二人はシンデレラ城と花火のショーを堪能する。
その極上の演出に有紗は大満足しディナーの会話が弾むも、ショーが終わってグラスを交わす中、ジェンミにワインをすすめられた有紗は翌日の早起きを理由にその誘いを断り、早々に自室に戻った。
ジェンミは複雑な思いを巡らせながら一人部屋に入る。
ラグジュアリーな空間と広いベッドが、より心を空虚にさせた。
ジェンミはその一番奥にある一人掛け用のソファーにゆっくり腰をかけ、すぐ側にあるカーテンに手をかけようとしてやめる。
さっきリビングの窓に映し出された憂いを帯びた自分の顔を、頭の中でかき消した。
柔らかいソファーに身を埋めながら、今日一日を振り返る。
華やかに紙面を飾れるほど、充分な取材ができただろうと思う。
そんな中、無邪気にパークを回りながらも、時折遠い目をしていた有紗の様子が気がかりだった。
撮影では素直に提案を受け入れる有紗が、ほんの数回ではあるが不自然なこだわりを見せたり、時に何かにとらわれたような表情でじっと建物や町並みに視線を固定したまま、意識が遠のいているかようにフリーズしていた。
それは、昨日こっそりと尾行していた『エプコット』でも何度か目撃していた光景で、不思議に思ったジェンミは、それについて努めて気軽な雰囲気で本人に聞いてはみたが、ぎこちない表情でかわそうとする有紗に、それ以上突っ込むことができなかった。
カメラマンと回った昨日の『エプコット』についての話題は比較的自然に話してくれたが、たった一人でパームビーチを発った更に前の日の行動については、有紗は一切話そうとしない。
――あの日は一体どこに行ってたんだろう……
なぜ、あのホテルに?
確か……日本からフロリダに到着したときにも
あのホテルに泊まったと聞いたことがあったが……
なぜ、わざわざ?
なにか、理由があるのか……?
いつもならもっと調子良くワインを楽しむはずの有紗が、今夜は妙にセーブしているように見え、その違和感が更にジェンミの心をざわつかせていた。
ジェンミはソファーから身体を起こし、もう一度リビングに向かう。
真っ暗な空間のなか、有紗のドアの方に目をやるとドアの下から明かりが漏れていた。
――ん、起きてるのか?
玲音には " 有紗をものにするために一緒に旅行に行くのではない " と豪語したジェンミだったが、この旅行で二人の距離が縮められることを望んでいることは本心だった。
――それなのに……なぜだろう
フロリダのあの家にいるよりも、ずっと遠い距離に感じた。
そっとカーテンに手を伸ばし、静かに開けてみる。
そこにはもう自嘲的な表情の自分の姿はなく、大きな月が、静かに問いかけるように光を落としていた。
――こんな気分じゃあな……
しばらくそれを眺めていたジェンミは、大きく息をついて、思い直したように顔をあげた。
――いや、明日からもプラン通りの演出で行くべきだ。
ジェンミは自室に戻ると、スマートフォンを耳に当てる。
ほどなくして、気怠そうな声がそこから聞こえてきた。
「おい……バカンス先から一体何の用だ?! 俺は出張中なんだぞ!」
ジェンミはクスクス笑う。
「レオ、ごめんね、こっちは楽しいバカンス中で! レオはお仕事、ご苦労様!」
「チッ!」
玲音の舌打ちに、ジェンミは益々笑みが溢れる。
「なんでそんなに機嫌が悪いのさ。あ……ひょっとして! 隣のベッドで誰かが寝てるとか? 間が悪いなら切るけど?」
「馬鹿言うな! お前じゃねえよ!」
「馬鹿言わないでよ! ボクがそんなことするはずないだろ! 現に、今は部屋に一人なんだ。だから仕方なく、レオなんかに連絡してるってわけ!」
玲音が少し驚いたような声をあげた。
「え? アイツは? まさかこんな時間に、もう……酔いつぶれたとか?」
「違うよ。もう休むって、部屋に戻った」
「へぇ……結構早い解散だったんだな。てっきり酒に溺れて、花火を見ながら夜更かしでもしてんじゃねーかと思ってたんだけど?」
ジェンミは少し皮肉混じりの声で息をつく。
「まぁ……アリサは堅実だからね。明日も朝早くから『アニマル・キングダム』に向かうから、アルコールもそこそこに、すぐ部屋へ戻っちゃったよ」
「ふーん……そっか」
浮わついたような玲音の返答に、ジェンミがすかさず突っ込む。
「あー! なにその返し?! 安心したような声に聞こえたんだけど?」
「は、はぁ?! し、知るかよ! 親じゃねえんだから。それで? 息子でもないお前が何の用だ?」
「ああ、まぁ……業務連絡かな?」
「なんだそれ?」
「アリサの秘密、聞きたいでしょ? ふふ」
茶化すように言うジェンミに、玲音は電話の向こうで大きくため息をついた。
「お前なぁ! 遊んでる場合じゃねえんだぞ! 俺だって明日早いんだ!」
「まあまあそう言わず! で? 聞くの? 聞かないの?」
薄笑いを浮かべたジェンミの顔が容易に想像できて、玲音はまた舌打ちをする。
「チッ! 手短にしろ!」
ジェンミは笑いながら話し始めた。
「今日アリサと会ってからは、さほど変わったことはなかったんだけどさ、昨日……『エプコット』では、ちょっと……」
「ああ! お前がストーカーしに行ったやつな?」
「誰がストーカーだよ!」
「じゃあなんだ? 他の男との取材に嫉妬してついていったってか? やっぱストーカーじゃねぇか!」
「ふざけないでよ! 話が進まないだろ!」
「ははは、俺も疲れてんだ。で? なんだ? 尾行がバレたとか?」
「そう」
「え、ええっ!?」
玲音はスマートフォンを落としそうになる。
「おまっ……バレたって!? そりゃマズイだろ?!」
「ああ、アリサ本人じゃなくてさ、同行者のカメラマンにね」
「は、はぁ?! なんでカメラマンに? お前の存在なんて知ってるはずがないだろ!」
「そうなんだよ! ボクもびっくりでさぁ。アリサに見つからないようにって、結構離れて尾行してたんだよ? そしたら『イタリア館』のトレビの泉のところでさ、アリサが店の中に入ってそいつが一人になったときに、急にボクに近付いてきて! しかもいきなり日本語で話しかけてくるんだ」
「はぁ?! 日本語?!」
「うん、おかしいだろ? こっちじゃ大概は人種に関係なく英語で話してくるもんじゃん?」
「だな? で? そいつはなんて言ってた?」
「うーん……なんて言ってたかな……ボクも半ばパニック状態になってたから、あんまり覚えていないんだよね。それに向こうも半信半疑な顔してたから、ちゃんと発音してなかったかも」
「で?! どうしたんだ?」
「とにかくヤバいと思ったからさ、韓国語で切り抜けた。" 人違いだ " って言ってさ」
玲音は眉をひそめる。
「は? 韓国語? それ、通じてんのか?」
「うん。それが、あっちもちょっと韓国語が解るみたいでさ、流暢な韓国語で謝ってきたんだ」
「へぇ……」
「なんかそのあとも独り言みたいにブツブツ言ってたんだけど、ボクはもうアリサに見つかったらどうしようって気が気じゃなくてさ! だから逃げるしかなかったんだ」
「なんかワケわかんねぇな。どういうことだ?」
「おかしいよね? アリサ本人にも見つかってないのに、なんで初対面の同行者が声をかけてくるのか……」
玲音はあらゆる考えを巡らせてみるも、それは絵のないジグソーパズルのように、沿革が見えてこない。
「レオ! ねぇレオってば!」
「あ……悪りぃ、考え事してた。なんだ? まだ何かあんのか?!」
「じゃなくて! レオさ……興味津々じゃん? なんだよその食いつきは」
「え、えぇ?! べ、別に、そんなこと……ないだろ」
「ボクに " ストーカー " だの " プライベートを尊重しろ " だの言ってたくせにさ! ボクから全部聞き出すんなら、レオが後をつけたも同然じゃん?」
「はぁ?! お、俺はそんな低俗なことはしない!」
「低俗で悪かったね! その低俗な行為を根掘り葉掘り聞く行為は低俗じゃないとでも?」
「ぎ、業務連絡なんだろ?」
「そうだね! なんとも苦しい言い訳にも聞こえるけど? じゃあさ、アリサに " レオは今頃NYで美女を侍らせてるはずだ " って言っておいたことも、報告すべきかな?!」
「お、お前なぁっ!」
ジェンミは空を仰いで笑いだした。
「あははは。ようやくぐっすり眠れそうだ。じゃあね、おやすみ、レオ! ふふふ」
「お、おい! ジェンミ!」
ジェンミは笑いながらスマートフォンの赤いボタンをタップした。
そして顔を上げながら、頬に残ったままの笑みをスッと消す。
見つめていたスマートフォンの画面がサッと暗くなり、さっきリビングの窓に現れた顔と同じ表情がまたそこに映し出されそうになって、ジェンミは慌ててスマートフォンを伏せた。
大きくため息をつく。
――ここへ来て、なんだかボクらしく……いや、イ・ジェンミらしくないよな……
最近は心のブレーキが利かなくなっている気がしていた。
――それはまずいね。せっかく、ここまで……
天井を仰ぎながら、手元のスマートフォンをテーブルに放り投げる。
――しっかりしないと……
常にイニシアチブはこの手に握ってないとね。
ジェンミは自嘲的に笑って立ち上がると、フラフラとバスルームに向かう。
そして、余計な思いを洗い流すかのように、頭の先から一気にシャワーを浴びた。
第64話『Under the Grand Floridian Moon』月光に揺れる心 - 終 -




