第61話『Daydreaming in EPCOT』エプコットでの白日夢
フロリダディズニーワールドのエプコットを後にした彰信と有紗は、シャトルバスで有紗が宿泊する『オールスター・ミュージックリゾート』にやって来た。
吹き抜けの大きなブッフェスタイルのレストランに到着すると、彰信は子供のように顔を輝かせる。
「うわ、懐かしいなぁ! このガランとした感じ……原色の華やかな夢の国からみんなでここになだれ込んでさ、なんかホッとしたのを覚えてるよ。ああ、そういえば、あの時はレイラも来てたよな?」
懐かしい話に二人は盛り上がる。
「そうでしたね。レイラさんがモデル事務所を立ち上げたばかりの時期で、『ファビュラス』が全面的にバックアップしてましたから。そういえば、アキノブさんって、レイラさんとはいつからのお知り合いだったんですか?」
「ああ。『ファビュラス』の本部がまだファッションショーをメインにしてた時代だったかな。レイラはスーパーモデルとして出演してたから」
「そうでしたか……ここに一緒に来たときは、女優さんを経て、モデル事務所の代表になられた時期でしたもんね?」
「そうそう、今じゃすっかりレイラも業界人だ。日本でも会ってたか?」
「ええ、『月刊ファビュラス』のモデルは、今でもほとんどレイラさんとこの子達なんですよ」
「そうか、繋がってんだな」
二人は食事を控えめにし、昼間にワールドショーケースで回ったフード&ワイン・フェスティバルで飲みそびれたワインをそれぞれ注文する。
「やっぱり『ディズニー・ワールド』は広大だよな? 一日で一パーク、全然回れねぇ」
「ホント! アキノブさんも久しぶりだったんですね?」
「ああ、渡米してからは一度も来てない。家族もいないのに一人で来てたら、逆に怪しいだろ?」
「そんなことないですけど」
「ま、夢の国なんて柄じゃねぇからな。おい! なに笑ってんだ!? こういうときは " そんなことないですぅ " って、日本人ならそうおべんちゃらの一つでも言うもんじゃないのか?」
「あはは。アメリカに染まってきてますね?」
「いや、" 染まりたくなくてあがいてる " ってぇのが本音だけどな」
「そうなんですか? アキノブさんは昔から順応性がある人だって認識してますけど?」
「順応性?! いや、こっちでしか出来ない仕事があるからやむを得ずここにいるが、同じことが日本でも出来るんなら、そりゃ帰りたいさ」
「へぇ……意外」
「でもな、ここ最近は、専らこっちも悪くないって思えるようになったんだよ」
有紗は目を輝かせながら前のめりに尋ねた。
「へぇ! なにか新しいものでも見つけたんですか?!」
「まぁな」
「え! 何ですか?!」
「知りたい?」
「ええ、もちろん!」
彰信は腕を組みながら椅子にもたれて天井を仰ぐ。
「さて、どうしたもんかな……?」
「もう! 焦らさないで教えてくださいよ!」
「ははは」
有紗に近付くように、彰信はテーブルに腕を置く。
「それはさ……霧島が居るからだよ」
有紗の表情が瞬時に呆れ顔に変わり、後ろにのけ反った。
「はぁ……? なんですかそれ! 私は真面目に聞いてるんですけど!」
「なに言ってる! 真面目に話してんだ。上手くいかなかったら日本に戻ることも視野にあった。でも霧島が居たから『ランドルフ』とも繋がれて、その後も仕事はトントン拍子だ。こうしてアメリカに居ながらも日本での古巣の手伝いもさせてもらえるしさ。霧島にはホントに感謝してるんだ」
有紗は不服そうに腕を組む。
「まぁ……そういうことなら、お気持ちは受け取っておきますけど……なーんだ、もっといい話が聞けると思ったのに」
「フン、相変わらず鉄壁だな。どんだけ高い要塞なんだか」
「もう! これ以上強靭って言わないでくださいよ! 江藤部長だけでたくさんなんですから!」
「いやいや……それは無理な話だろ! 今日一日で霧島の強靭ぶりを認識しちまったからな!」
膨れっ面の有紗に微笑みながらも、彰信は時折、顔を上げて辺りを見回す。
「アキノブさん、どうかしました?」
「いや……で? そんな鋼女子が、明日はウォーレンファミリーとほのぼのとパークを楽しむってか?」
「え? ま、まぁ……」
彰信にはそう言っていたことを忘れていた有紗は、慌てて繕う。
「そりゃ子供たちもいるからすこぶる楽しそうではあるけど……思いっきり家族の団らんに入り込むわけだろ? 適齢期の女子としては、何か刺激を感じたりはしないのか?」
「え? 私がですか?」
「結婚について全く考えないってわけでもないだろ? あ、セクハラなんていうなよな!」
「ふふ。この前、司の家で子供達と遊んだりもして、確かにいいなって思いましたよ。頼もしい子供達を見てたら、この子達の将来を自分のことのように思いながら育てていく親の気持ちっていいなって思うし、幸せそうに彼らを見てる司の横顔を見て、ほっこりしましたしね。まあ……でも同時に、彼らの人生を背負う母親って大変だなって思いましたけど。その子が一生付き合っていく名前を決めたりするのが、自分でなんかでいいのかな、なんて……考えちゃったりね」
「うわ……霧島らしい発想だな。でもいきなりママになることを考えなくてもさ、まずは・王子と舞踏会に出かけたくなったりするもんなんじゃないの?」
「なんですかそれ!?」
「でもいいよなぁ……オレも霧島と乗るなら『スペース・マウンテン』が良かったな。宇宙訓練は懲り懲りだ!」
「あはは。『スペース・マウンテン』なら東京でも乗れるじゃないですか」
「おおっ! それって " 帰国したらディズニーデートが確定 " ってことか?」
「え?」
「俄然やる気が出てきたぞ! 霧島、帰国の際は知らせろよ! オレも一時帰国するからさ。いやぁ、日本には『ミッション・スペース』がなくて、ホント良かったよ! オレ、次乗ったら確実に吐くからな!」
「ええっ?!」
「じゃあ、 日本ではお手柔らかにな、シンデレラ!」
有紗は眉をひそめる。
「シンデレラ!? アキノブさんが王子様なんですか?」
「そりゃそうさ! 今日も一日エスコートしたろ? いや……ちがうなぁ。ほとんど霧島の指示に従っただけだったか……なぁシンデレラ、そんな王子には不満か? もしかして下僕に格下げとか?」
「王子様にはがっかりです」
有紗の言葉に、彰信は焦りを見せる。
「えっ! オレなんかやらかした?」
有紗は静かに首を振った。
「いいえ、そうじゃなくて。王子様って、舞踏会でシンデレラに一目惚れしたくせに、ガラスの靴のサイズ頼りでしか彼女を探せなかったんですよ? そんな浅い気持ちで求愛されてもね? シンデレラも見る目がないわ。ま、継母や姉の意地悪から抜け出したい気持ちは解りますけど」
彰信はキョトンとした表情で有紗を見つめる。
「あはは、霧島はその辺りも現実主義だったか」
「夢見がちな年代でもないですし」
「だがな編集長、ここは夢の国だぞ? 今回くらいはプリンセス気分で読者を魅了するファンタジックな紙面作りに徹してもいいんじゃねぇか?」
「ふふふ、そうですね。アキノブさんの意外に女子力の高いところも、変わってないですし」
「おいおい、レディースファッションを撮らせた上に、さんざん女子のテイストを叩き込んだのは一体誰だ?!」
「え? 私じゃないでしょ?」
「取っ掛かりを作ったのはお前だよ。オレだってレディースメインでやったのはファビュラスが初めてだったんだ。あん時、まだぺーぺーだった霧島に、あれこれ指示されたよなぁ」
「そんなことしてないですよ! 一下っぱ編集者が、カメラマンに意見するなんて!」
「ああ、現場ではな? それが打ち上げに行ったらさ、いつも酔っぱらって、年功序列もお構いなしに言いたい放題言ってたよな?!」
「あ……」
彰信は遠い目をする。
「でもさ、的を射てることばっかりだった……耳の痛いことも、なおざりにしてることも、一切合切ぶった切って、自分自身のダメなところも晒してさ、潔くてカッコよかった。霧島は目利きが鋭いって、いつしかみんなにとっても特別な存在になってたんだ。だから若いお前が編集長に抜擢されたんだろ?」
有紗は手にしたグラスを一気に煽る。
「おい! さっきから飲み過ぎじゃねえか?」
首を振りながら有紗は静かにグラスを置いた。
「違いますよ、あの人が……居なくなったから……だから私なんかが編集長に……」
「霧島……」
有紗は自分の口からついて出た言葉に、目を見開く。
「はっ! すみません! や、やっぱり飲みすぎたみたいです。も、もう、部屋に戻りますね」
ほんの一瞬、視線が交錯したように思えた。
「あ、ああ……そっか、そうだな、もう遅いし。じゃあ部屋まで送るよ」
「平気です。一人で……」
「なに言ってんだ! こんなマンモスホテル、ぼーっとしてたら迷子になっちまう」
「あ……でも」
「遠慮なんかするな、ほら行くぞ!」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「心配しなくても " 送り狼 " にはならないからさ」
有紗はようやく微笑んで彰信と視線を合わせる。
「まだそのノリ、続ける気ですか?」
「オレは至って本気なんだけどな……ま、真っ向勝負だから、覚悟しとけ!」
「うふふ」
そう言って彰信は有紗をエスコートするように、上りのエスカレーターに乗り込む。
「何階だ?」
「あ……七階です」
「七階……? なぁ、確かあの時オレらが泊まったのも七階じゃなかったか?」
エレベータが開いて廊下に出る。
「やっぱりそうだ! わ、ここはあんまり変わってない。懐かしいなぁ! ほら、あの時みんなでゾロゾロ上がってきて、この廊下で部屋割り決めてたら黒人のハウスキーパーに注意されてさ」
「ありましたね、そんなこと」
「で? 霧島の部屋は?」
「あ……この部屋です。アキノブさん、今日一日、ありがとうございました」
「ああ。ゆっくり休めよ。次に会うのはまたランドルフの会議室かもな。それまでにデータを送っとくよ」
「よろしくお願いします」
「しっかり休めよ」
「アキノブさんこそ、明日も朝が早いんですから、ちゃんと寝てくださいね」
「お、優しいこといってくれるじゃん? ま、霧島の気を引くには、しばらくは実力で頑張るしかないか! じゃあな」
「おやすみなさい」
パタンと閉まったドアから立ち去ろうとして、彰信ははたと立ち止まった。
ゆっくり振り返って、そのルームナンバーに目をやる。
「え……7010号室って……?!」
頭の中に鮮明に甦る記憶の渦にふらつく。
あの日……
ハウスキーパーをやり過ごして、ここでワイワイと部屋割りを決めていた時
あの人もいた。
" 俺はこの番号しかないだろ?!
ほら7010だ、じゃあお先に!"
そう言って、この部屋に入っていった後ろ姿がフラッシュバックした。
そう――
今、霧島有紗がいるこの部屋に……
彰信は息を呑む。
彼女はひょっとしたら巡礼の旅をするために、ここにきたのかもしれないと思った。
今はいない、あの人の姿を辿って……
「それなら、さっきの白昼夢のような出来事は……神のいたずらか、もしくは……」
第61話『Daydreaming in EPCOT』エプコットでの白日夢 - 終 -




