第59話『Left Behind Morning』置いてきぼりの朝
自室で早朝からのビデオ会議を終えた玲音は、ゆっくりと階段を降りながら階下を覗いた。
ダイニングテーブルに一人肘をついたジェンミが、無表情のまま顔を上げる。
「ジェンミ、悪いが、この前の資料、もう一度見せてくれないか? 俺は明日から出張だから、先方の情報をもう少し頭に入れておきたいんだ」
ジェンミは依然、動かない。
それを見て、玲音は首をひねった。
「……で、そこで何してるんだ? アイツは? まだ寝てるのか?」
ジェンミは徐に視線を上げると、憮然とした表情のまま首を横に振った。
「ん? そういやぁ、お前らがディズニー・ワールドに行くのって……」
「明後日だけど」
ジェンミがしらっとした表情でソファーの方に視線を促す。
「ねぇレオ、昨日あそこにスーツケースがあったの、見てない?」
「ああ見た。アイツのだよな……あれ? あった筈だけど……」
首をひねる玲音に目もくれず、ジェンミはキッチンからコーヒーカップをもってくると、不機嫌そうにどかっと腰を下ろした。
「アリサはもう出掛けたんだ」
「出掛けた? どこに?」
「アリサに " 二日欲しい " って言われた」
「あ? どういう意味だ?」
「今日から現地に入って先に取材を済ませるんだって」
玲音はさらに不可解な顔をする。
「ん? もともとジェンミがプロデュースするって話じゃなかったか?」
ジェンミは強い口調で訴えかけた。
「そうだよ! ボクもプラン練ってたのにさ、" 月刊ファビュラスの取材って名目で行くから、スタッフも入るし " って……」
玲音は肩をすくめる。
「結局 " 仕事は仕事 " ってことだな? アイツらしいというか……で? お前は " 置いてきぼり " をくらったってわけか?」
「そう……ボクはお邪魔虫みたいだ!」
玲音はジェンミに背中を向けれたまま、我慢していた笑いを少しずつ吐き出す。
「フッ……まぁ撮影があるならしょうがないだろ。お前を連れて歩くわけにはいかないんじゃねぇか?」
「はぁ……ボクがホテルを予約したのは明後日からだよ! 一緒に行けるって思ってたのに! 現地集合だなんて!」
空になったコーヒーカップの底を覗いては、八つ当たりするように乱暴にテーブルに置くたジェンミを見て、玲音はもう堪えきれず、思い切り吹き出した。
「ぷっ……あはは! お前さ、自分が今どんな顔してるか分かってんのかよ……あはは!」
「なんだよレオ!」
「だってお前……そんな膨れっ面してんの、|Elementally School以来じゃねぇか? あはは、ガキかよ!」
「ふん! ずいぶん楽しそうだね。あ! わかった……ホントはボクとアリサがディズニーデートするのをやっかんでたんでしょ!」
「んなわけねぇだろ。俺は出張の準備で忙しいんだ、もう充分過ぎるほど、バカンスは取っちまったからな」
「へぇ、Workaholicにでもなるつもり? 似合わないじゃん!」
「ガキじゃねぇんだから、いつまでも遊んでばっかいられないだろ。そろそろ本腰入れた下準備も、必要だろうし」
「ふーん。レオこそ " 大人ぶりたいジュブナイル " に見えるけど?」
「はぁっ!? 拗ねてるガキに言われたくねぇけどなぁ!」
膨れっ面のジェンミに再度吹き出した玲音は、ギロッと睨まれる。
何とか気持ちを沈めようと大きく息をはいた。
「はぁ……朝から疲れたぁ」
「あーあ。アリサ……『ディズニー・ワールド』に一人で向かうなんて……」
その言葉にキッチンに向かう玲音が、不信な顔で振り返る。
「ん? 一人じゃないだろ。さっき " スタッフが入る " って言ってたじゃねぇか?」
「それがさ、撮影は今日じゃなくて明日なんだよ」
「ん? どういうことだ?」
「今朝早くに電話してるのを、たまたま聞いちゃってさ。アリサが " では明日、よろしくお願いします " って言ったんだ。ホントの撮影は今日じゃないから同行者もいない。アリサは一人で向かったんだよ。なのにボクには " 今日から仕事だ " って言って、たった一人で『ディズニー・ワールド』に行っちゃった……」
玲音はまた首をひねる。
「ん? 単なる " 前ノリ " なんじゃないのか? それこそ下調べとか」
ジェンミは腕を組みながら更に大きな溜め息をついた。
「いいよねレオは、疑うことを知らないんだから!」
「は? どういう意味だ!」
「レオだってアリサに聞いてたじゃん。 " なんでこっちに来てすぐに『ディズニー・ワールド』の直営ホテルになんかに泊まったんだ?" って。それって、なんかおかしいと思ったからだろ? それに、あの時のアリサのぎこちなさは普通じゃなかったし……そんなアリサがボクに嘘をついてまでして一人で先に行くくらいだ、きっとなにかあんのさ、あそこに」
そのジェンミの指摘に、玲音は司の言葉を思い出しながら、平静を保つ。
「なにか……って、なんだ?」
「わからないけど、そうだな……誰かとの思い出とか、そういうの……」
「まぁ、熱狂的ミッキーファンって感じでもねぇし、考えられなくはないが……」
またジェンミが睨む。
「茶化さないでよ! それにさ、多分アリサの電話の相手は、カメラマンだと思うんだよね」
「カメラマン?」
「ほら、この前 " レオママ " が引き合わせたっていう、アリサの昔馴染みの……」
「ああ……」
「明日はそのカメラマンと二人っきりなのかもしれない。なんかそんな受け答えしてたし」
玲音はハタと気付く。
「なんだ? お前、もしかして妬いてんのか?!」
「そりゃあもちろん気になるよ。ボクはレオと違って素直だからさ。けど、それより今日一日、アリサは一人でどう過ごすんだろうって……今はそっちの方が気になる。一人で楽しめるんだったら、それはそれでボクはいいと思うよ。でも……」
玲音は首を振りながら空を仰いで、椅子にもたれ掛かった。
「お前の考えもわかるが、相手は大人だぞ。ちょっと干渉しすぎだと思うけどな。 " 夢の国 " に前ノリしただけで大騒ぎされちゃあ、アイツも迷惑だろ」
「そんな言い方ないじゃない!」
ジェンミはまた口を尖らせて、レオの笑いを誘った。
「あはは、やめろってその顔。あーあ! ったく! こっちは仕事だってぇのに。だいたい、今ここでそんなことをグダグダと考えてもしょうがねぇだろうが。じゃあな、俺は準備があるから」
そう言って玲音が面倒くさそうに腰を上げると同時に、ジェンミが顔を輝かせながら、椅子を倒さんばかりの勢いでガタッと立ち上がった。
「なっ、なんだよ……」
「そっか! そうだ! そうだよレオ! ここで考えてても意味はない!」
「は?」
「レオ! ボクさ、『ディズニー・ワールド』に行ってくる!」
「は?」
呆れ顔の玲音は、上げかけた腰をぎこちなく下ろしながら、溜め息混じりに言った。
「……なんでそうなる? ホテル取ってんのは明後日だろ?」
「そんなのどうにでもなるよ」
楽観的にそう言ったジェンミの表情は明るい。
「おい、考えてもみろよ、あの広大な『ディズニー・ワールド』で偶然見つけられると思うか?! 無理に決まってんだろ!?」
玲音の言葉に、ジェンミはニヤリと笑った。
「そ・れ・が、見つけられるんだなぁ。アリサが電話でさ、スケジュールを話してたんだ。明日の待ち合わせはエプコットだし、もしそこで見つけられなくても、何時くらいにどこに行くかって、アリサが電話で話してたことをだいたい覚えてるから、きっと巡り会えるはず!」
「お、お前なぁ……そりゃストーカーのすることだぞ?」
「失礼だな! ボクたちは同居人だよ」
「同居人だったらプライベートをつけ回してもいいのか?」
ジェンミはゆっくりと腰を下ろしてテーブルの上で両手を組んだ。
「ボクはさ、心配してるんだよ」
「だとしても、だ!」
「だってさ、電話を切ったあともアリサは浮かない顔してた。思い詰めたみたいな……これから夢の国に向かう女の子の顔じゃなかったんだ。レオだってあのワケアリ感、気になってただろ?」
「事情があるって思うなら、なおさら踏み込むな。仮にそうだとするなら、お前が解決できることじゃねぇよ」
「ふん! わかったような口ぶりだね。いつからレオはそんなにコンサバティブになったのさ! 日本に長く居すぎたんじゃない?!」
「お前はどこに居たって " 大陸的発想 " だけどな!」
「とにかく! ボクは行く!」
「あーもう、勝手にしろ!」
玲音は、勢いよく二階に上がっていくジェンミの背中を見つめる。
いつもなら、感情的な玲音にすかした対応でかわしてくるのはジェンミの方だった。
冷静でかつ合理的なジェンミが、あそこまで感情をあらわにするのを目の当たりにした玲音は、ジェンミにとって有紗がどれほど大きな存在になっているのかを痛感した。
第59話『Left Behind Morning』置いてきぼりの朝 - 終 -




