第56話『What's the relationship』彼らの関係性
玲音とのハグは雷恐怖症のせいであると、ジェンミからの誤解を解かれた有紗は、なんとなく気まずそうな笑みを浮かべながらコーヒーのおかわりを淹れると言ってキッチンへ向かった。
有紗の背中を見送る玲音の視線を遮るように、ジェンミはくるりと座り直し、玲音に意味ありげな視線を向けると、空港で足止めを食らったあのハリケーンの夜について言及する。
玲音は観念して首をたてに振ったが、ジェンミから有紗との関係を疑われるような質問を受けてソファーからずり落ちそうになった。
「は! はぁ!? な、なにバカなこと言ってんだ!」
「だ・か・ら! アリサとは……」
「しーっ! お前! 大きな声でそんなこと言うなよ! アイツに聞こえるだろうが!」
「大丈夫だよ。アリサはそんなふうに聞き耳を立てるタイプじゃないし、レオが変な態度さえしなきゃ、気にも留めないはずさ」
ウインクするジェンミを忌々しげに睨んだ玲音は、ソファーに座り直して声を潜める。
「お、お前なぁ! ホントにそういうことを軽々しく口に出すなよ!」
「ふーん、その様子じゃあ、まだ始まってなかったってとこか? じゃあ……どこまで?」
玲音が肩を落とす。
「お前さぁ……アイツは俺のビジネスパートナーだって、何度も言ってるだろ?」
「じゃあボクも何度も言わせてもらうけど、そもそもレオってさ、そんなに草食系だったっけ? 一緒にいる時間が長かったら " つい " ナンテことだってあるじゃん?」
「つ、つい……だと?!」
「おかしいなぁ……学生時代のレオはもっとギラギラしてなかったっけ?」
「お前じゃねえんだから、そんなガツガツしてねぇわ!」
「あ、わかったぁ! どうせ " 周りが勝手に寄ってきて俺をほっとかないから " とかいう嫌味なスタンスだろ? そんなので本当に好きな子と付き合えるのかな?」
「大きなお世話だ!」
「レオって付き合ってる子をボクに紹介したりしなくなったよね?」
「はあ?!」
「いつからだろう? ほら、大学時代のあの子……なんて名前だっけ? 日本人だったよね。あの子とは結構続いたんじゃなかった?」
「うるさいな! 覚えてねぇよ!」
「ウソだぁ! 覚えてないわけないじゃない! 結構真剣に付き合ってたはずだよ? ボクに報告もなく、知らないうちに別れてたけどさ」
「なんでお前に報告する義務があるんだ! あのなぁ、どの口が言ってんだ?! お前と街で偶然遭遇しても、連れてる女が一緒だったためしはないけどな!」
「だから! レオはいつも誤解してるんだよ。ちょっと一緒に歩いてるだけでボクがその子とそういう関係だって思ってるだろう?」
「違うのか?」
「全員そうってわけじゃないよ。まあ……七割程度かな」
玲音は空を見上げる。
「ならあながち間違ってねえだろうが! このオオカミ男が!」
「それも誤解だって! まるでボクが常に子羊を狙ってるように思ってるみたいだけど、全部が全部ボクからのアプローチってわけじゃないからね。それはレオだってそうなんだから、わかるだろ?」
「あーもういい! こんなくだらない昔話なんて無意味だ」
「そう? じゃあさ、今の話をしよう」
そう言ってジェンミは玲音を見据えて両手を開く。
「なら聞くけどさ、レオはアリサを、全くオンナとして見てないってわけ?」
「あ……あ、当たり前だろ!」
「えぇ? それはそれで失礼なんじゃない?」
「なんでそうなるんだ!?」
「だってアリサは大人のレディだよ。美人だしスタイルもいい。センスもよくて、ボクに限らず男なら誰が見たってそそる女性だと思うけど?」
「だから! そんな目で見るなって言ってんだろ!」
「どうしてさ? 綺麗な花をみたら綺麗だと思うし、美味しそうなフルーツをみたら食べたいと思って当然でしょ?」
「うわ……お前が言うとなんか……妙に」
「なんだよ?」
「あーもう! とにかくダメだ! 特にお前みたいな|タチの悪いオオカミ《Big-Bad -Wolf》は!」
「ひどいなぁ。" ラブアフェア " は大人のたしなみの一つだろ?」
「だっ……! ラ、ラブアフェアだと?! と、とにかく!! アイツに手を出すな!」
「あーそれは無理な話かも……」
「あぁっ?! なんでだ!」
「だってさ、男女の仲なんて、どうなるかわかんないじゃない? 数ヵ月後には当たり前のようにベッドを共にしてるかもしれないしさ?」
「お前!! な、なんてこと……」
「ここで本人抜きの約束をしたところで全くもって無意味じゃん?」
「そりゃそうだが……お前には……その気があるってことか?」
ジェンミは更に顔を近付けながらにっこりと笑った。
「ああ! もっちろん!」
「ジェンミ……」
玲音は大きな溜め息をついた。
「珍しくときめいてるんだ。こんな感覚、久しぶりでさ、なんかワクワクするよ。簡単に手に入らないっていうのも、中々いいもんだね」
「だから! ゲームにするなって!」
「なら、本気になってもいいの? それでレオは困らない?」
「なんで俺が困るって話になるんだよ?!」
「困ってるように見えるからさ」
「そ、それは……関係がこじれたりして、ビジネスが上手くいかなくなる懸念は……あるからなぁ」
「わかったよ。そこは気を付けるけど、でも、恋においては遠慮はしないから! いいよね? レオ!」
有紗がカタカタとトレーを持ち上げてこちらに向かってきた。
玲音の視線でそれに気付いたジェンミはスッと立ち上がって、有紗のトレーを受け取りにいく。
「ありがとう」
そう言ってにこやかにジェンミを見上げる有紗の横顔を、玲音は複雑な思いで見つめる。
カップを配置したジェンミが、有紗の着席と同時に言った。
「ねぇアリサ、今日は二人で『矢神ホールディングス』のフロリダ支社に行ってたんだけどさ、レオが出張を言い渡されたんだよ」
「え? 出張? 一人で?」
有紗はチラッと玲音の方を見た。
「まぁ、ボクがついていってあげてもいいんだけどさ、でもレオももう大人だから……」
「はぁ? 頼んでねぇだろうが!」
「そう? じゃあボクは行かないね。ほら、それにハリケーンの季節だし、アリサを一人にしておくのは心配だしね」
「それは申し訳ないわ。大丈夫だから、ジェンミも行ってきて」
有紗の言葉に、ジェンミはあからさまにイヤな顔をして見せた。
「やだよ! せっかくレオのお守り役から解放されるチャンスなんだから」
「何だと!! ジェンミ!」
「だからさ、アリサ! この機会に、ボクたちで『ディズニー・ワールド』に行こうよ!」
「え……」
有紗に続いて玲音も目を白黒させる。
「ディズニー・ワールドだと?!」
「そう! 前に約束したよね? アリサが行きたいって言ってさ!」
「あ……確かに言ったけど……まだ準備が……」
「準備って?」
「あ、あの……編集部に言ってからでないと……」
「じゃあ今電話してよ。もうすぐ日本はランチタイムだろ?」
「あ……そうね。わかったわ……」
複雑な表情の有紗は、ジェンミの強引な提案にも関わらず、スマホを持ってスッと席を離れた。
有紗の姿が見えなくなると、玲音はジェンミに詰め寄る。
「お前! 二人っきりでディズニーって……」
「なに言ってんのさ、ここに二人で寝泊まりしてても同じことじゃんか」
「お前……まさか……」
「別にアリサをものにするために行くんじゃないって。それに、行きたいって言ったのはアリサの方だっただろ?」
「まぁ……そうだが……」
「なんだよレオ? もしかして心配してるとか?」
「そんなんじゃねぇって!」
「心配しなくていいって。誓ってボクの方から強引に……なんてことはしないから! だってほら、レオの大事な大事なビジネスパートナーなんだもんねぇ、軽率なことはご法度なんだろ?」
そうからかい口調で笑いながら舌を出すジェンミを、玲音は羽交い締めにした。
「この野郎! ナメやがって!」
「イテテ……そんなに怒んないでよ! ギブアップ!」
有紗がそろそろと戻ってくる。
いつもならそんな二人の光景を笑い飛ばすはずの彼女が、なんとなく浮かない顔に見えて、二人は動きを止めた。
「どうしたのアリサ? 話、長かったけどさ、もしかしてファビュラスから許可が下りなかったとか? もしそうなら、別にプライベートでもいいじゃん! ディズニーは何回行ったって……」
「ううん、ウォーレン氏のインタビューとマッチアップさせたいって。取材してこいって言われた」
「そうなんだ! 良かったじゃん! だったらサイコーのプランを立ててあげるね! 日本の読者も喜ぶようなローカルなネタも織り混ぜてさ!」
「そ、そうね。いいかも」
まだどこか引きつったような面持ちの有紗を、玲音は不思議そうに見つめる。
知り合った頃、幾つか質問をしたときに同じ表情をしていたことを思い出していた。
不意にポケットの中のスマートフォンが振動する。
玲音が有紗から視線をはずして手元を覗くと、一通のメールが届いていた。
――ん? 司……?
第56話『What's the relationship』彼らの関係性 - 終 -




