第54話『When the Past Returns』盟友との再会
フロリダでは稀有な純和風の日本料亭に招かれた霧島有紗は、世界的一流ブランド『ランドルフ』の専務である矢神翼と連れだって、その店内に施された雅な日本庭園を望む回廊を歩く。
女将が開けた障子の向こうに、黒髪の男性の背中が見えた。
「よう、霧島! 久しぶりだな!」
「え、ええっ!!」
突然予想もしなかった声に名を呼ばれ、驚いた有紗は慌てて翼を振り返る。
「翼さん! なぜアキノブさん……いえ、三宅彰信カメラマンがここに?!」
翼は微笑みながら、小さく舌を出す。
「うふふ。驚いたでしょう!? 実はね、彼にアリサを連れてきて欲しいって、頼まれちゃってね」
「……お知り合いだったんですか?」
「ええ、最近ね。詳しくは彼に聞いてちょうだい。ではMr.三宅、女子会に割り込んだんだから、その責任をとってアリサのこと、頼みましたよ」
「はい、お任せください」
翼は踵を返す。
「え? 翼さん?! どちらへ?」
「私はこの料亭の別の部屋で『アンブローシア』の幹部とパワーランチよ。とはいえ、半分プライベートみたいなものだから、気にしないで」
「……そうだったんですね?」
翼は清々しい顔で有紗の肩に手を置いた。
「今日は設定して正解だったわ! お陰でアリサと楽しいショッピングができたしね? じゃあ私は行くから、Mr.三宅と懐かしいお話で盛り上がってね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ!」
優雅に立ち去る翼を見送った有紗は、畳に足を踏み出す。
用意された膳は、二席分だけだった。
「なに突っ立ってんだ? まあ、座れって」
その優しいトーンに、有紗は笑顔を見せて障子を閉める。
「元気そうだな」
有紗は嬉しそうに微笑みながら席についた。
「アキノブさん、ホントにお久しぶりですよね!」
「よかった覚えてもらえてて。" 誰だオマエ? " って顔されたらどうしようって思ったよ」
「そんなわけないじゃないですか! 『月刊ファビュラス』創刊の時は、苦楽を共にした仲ですし?」
「へぇ、霧島もそんなこと言うようになったのか。大人になったなぁ」
有紗が頬を膨らませる。
「もう! あれから何年たってると思ってるんですか! 私だっていい年になったんですよ!」
「そうだな、今やその若さで編集長なんだから」
「でも『月刊ファビュラス』の方は……今は崖っぷちで……」
「それはまぁ……聞いてる」
「えっ? 誰にですか?!」
有紗は怪訝な表情で顔を上げた。
「そりゃ日本でもこっちでもだ。オレはファビュラスの関係者とは、大概繋がってるからさ」
「そうですか……あ、でもどうしてフロリダへ? アキノブさん、NYで『ミラージュメイ』の専属カメラマンしてるって聞いてましたけど?」
「ああ、そうだったんだが……専属をやめてフリーランサーに転向したんだ」
「え?! 何故です?! 『ミラージュメイ』は今注目の躍進的なブランドでしょ?」
「まぁそうなんだけど、ただ……あのブランドは今のオレには若過ぎてさ。ひとつのブランドに固執してちゃ、カラーもついちまうし、こっちでやっていくなら、そろそろフリーブッキングにしとかなきゃなってことで」
「なるほど。で、『ランドルフ』と?」
「ああ。ミセスから聞いたぞ! 霧島が凄いプレゼンで日本から乗り込んできたって」
「そんな……」
「いや実はさ、『ランドルフ』にはオレの方から売り込んでったんだけど、霧島の名前をだしたら二つ返事でOKをもらった。助かったよ。やっぱコネは大事だな」
有紗はあからさまに不服そうな表情で彰信を睨み付けた。
「なに言ってるんですか! そこはアキノブさんの実績でしょ!」
「ありがたいお言葉です、編集長!」
「もう! すぐ茶化すんだから……っていうか、私がこっちに来てることを、ご存じだったんですね?」
「まぁね、日本でも話題になってるからな。NYにいても霧島の話は耳に入ってきてたから」
「そうですか。じゃあ……『月刊ファビュラス』が買収の危機だって……話も?」
「ああ、霧島が一人で背負って奔走してることもな」
「そんなことまで……」
「まぁファビュラスの幹部にもオレの息がかかってるからさ。江藤部長とか」
有紗がホッとしたように笑う。
「ああ、江藤部長ね! それなら納得です。私の司令官なんで」
「はは。江藤さんは逆のこと言ってたぞ。" 霧島の勢いに圧倒されてる " って」
有紗はまた頬を膨らませた。
「なんですかそれ! 強靭なイメージつけるの、やめて下さいって、いつも言ってるのに!」
「あははは。それとさ、川原司……じゃなくて今はツカサ・ウォーレンだな? アイツからも霧島がフロリダへ来るって話を、渡米前から聞いててさ」
「え? 司からですか? アメリカにいらしてからも連絡を取るぐらい親しかったでしたっけ?」
「あ……実はさ、ウォーレン氏に川原を紹介したのはオレなんだよ」
「え! 知らなかった……あ! それってもしかして、ウォーレン氏が二回目に来日した……」
「そう! インタビュー記事の撮影のあとに、ウォーレン氏と彼のブレーンも同行して食事に行ったんだけど、三件目に行こうって盛り上がってさ。スタッフをみんな帰らせて、オレとウォーレン氏と二人でbarに行ったんだ」
「へぇ、そんなことがあったんですね?」
「ああ。そしたらウォーレン氏が " 気になっている人がいる " なんて言い出してさ。最初は霧島のことだと思って」
「え?! 私?!」
「ああ。でもよくよく聞いてたら、" 小さくてかわいい " とか、" 太陽のようなスマイル " だとか言い出して……あ、これは川原の方か? ってね。ま、ウォーレン氏もだいぶ酔ってたけど」
「へぇ、それで?」
「翌日、オレが川原を呼び出してウォーレン氏と引き合わせたってわけ」
「あ、それって! 明治神宮御苑の観光案内じゃ?」
「そう! そういう名目でな。そもそもVIPの案内役だったら、お前ら二人で担当するはずだろ?」
「そうですね。確かあの日は……」
「霧島はオレとロケハンに行った。渋谷と表参道に」
「思い出した! 仕事終わりの食事に行くときに " 明治神宮なら近いし、司も呼びましょうよ " って言ったら、アキノブさん、ダメだって」
「そうそう、よく覚えてるよ。だってあの日は……オレも霧島を口説くつもりだったからさ」
「またまた、そんなこと! そうか……ウォーレン氏と司をくっつけようと………あの日なんですね」
彰信は苦笑いをして手をこまねくそぶりをした。
「あ、いや、オレは本気で霧島を口説くつもりだったんだけど……」
「よく言いますよ! あの時は散々子供扱いしてたくせに」
憮然とした表情の有紗に、彰信は手と首を振る。
「いや、本気だって! だからバシッと決めようと思ったら……あの店に江藤さんが居たから……」
有紗がハッとして笑いだす。
「そうそう! 偶然いらしてて! 江藤部長、もう結構出来上がってて面白かったですよね!」
「ああ。あの江藤さんも、今やファビュラスの幹部だもんな」
有紗は笑顔のまま空を見上げる。
「江藤蒼汰営業推進部長、ゆくゆくは社長にもなりうるような方なのに、あの気さくな雰囲気で……ついつい生意気言っちゃうんです」
「へぇ……じゃあさ、江藤さんに " 霧島も少しは反省してるみたいですよ " って伝えておくよ」
「やめてくださいよ! 絶対ですからね!」
「あははは!」
有紗をなだめながら、彰信は箸をすすめる。
「そういやここに来る前に相澤社長にも会って来たぞ」
「え! 由夏さんに? あ! ひょっとして、この前のNYでのパーティでですか?」
「正解!」
「そういえばミセスランドルフが " ファビュラスの社長の相澤由夏さんに会ったわよ " って仰ってました」
「そう! そこにオレも居たんだ。古巣の社長と霧島をエサに、ランドルフに売り込んだって訳だ。お陰で大成功さ!」
「また! そんな悪ぶった言い方を。アキノブさんほどの繊細で優しい写真とる人、私は他に知りませんから」
彰信の箸から煮物が転がり落ちる。
「うわっ! またそんな風に俺をイイ人に仕立てて……なんだ霧島! 新しい防御線か?!」
「なに言ってるんですか」
有紗の横目を受け止めながら、彰信はフッと一息つく。
「しっかし……今や霧島もすっかり『ランドルフ』の幹部だよなぁ」
「そんなことありませんよ」
「だってさ、矢神翼専務も、なんか霧島の母ちゃんみたいだったじゃねぇか? 一体いつから " 箱入り娘 " になったんだ?」
有紗は少し視線を下ろす。
「翼さんに娘はいませんよ。ちょっとキザな息子が一人いるだけです」
「ほぉ……なら話は早いな、さっさと御曹司を射止めて、名実ともにランドルフの一員になるのも悪くないってわけか」
「な、なにを言ってるんですか……! そんなの、あるわけないです!」
「あはは、そんなに否定しなくても……」
「とにかく! 皮肉な男はお断りですから」
「ん? まるでその御曹司と知り合いみたいな口調だな?」
「えっ! い、いえ、会ったことないですから! ……そもそも日本にいるみたいですし……」
「へぇ……日本にね。矢神専務もなんか大変だな。ランドルフの血を引く夫と息子が、自分の実家の会社を継いで日本で暮らし、日本人の自分はフロリダで『ランドルフ』の幹部だって? あべこべもいいところだ」
「あ……確かに……」
「撮影テーマの打ち合わせの時に小耳に挟んだんだが、その御曹司、『ランドルフ』を継ぐ気はないんだってな?」
「えっ!? あ、ああ……ミセスランドルフからはそう聞いてますけど……」
「いったい何が不満なんだろうな? 一流ブランドの後継者になれるってぇのに。どんなヤツか聞いても、なんかピンと来る答えがなくてさ。救世主かなんかと勘違いしてるなってイメージだった。ただ、確実な情報が一つだけあってさ……」
「え! な、なんですか?! 確実な情報って……」
有紗は息を飲んで、前のめりになった。
「実はさ……」
「ええ」
彰信は声を潜めて言った。
「そいつ、かなりイイオトコらしい」
「へっ? イイオトコ??」
有紗は拍子の抜けた声を出す。
「ああ、どういう意味かわからないけど、ビジュアルがいいんだろ。どうだ? やる気が出たか?」
有紗は額に手をやって脱力する。
「もう……からかわないでくださいよ! アキノブさん、昔とちっとも変わってないじゃないですか!」
「あはは。オレは若々しいあの日のままだろ? そりゃ、いつか霧島に告白する日のために、日々努力して来たからな」
「ああもう……そういう軽いところも、ちっとも変わってない!」
「ははは。何度ジャブを打っても響かない霧島のその " 鋼のハート " もぜんぜん変わってないよ」
「だから! 強靭なイメージつけるのやめてくださいって、言ってるじゃないですか!」
「ははは。まぁ……でも、ホントきれいになったな。大人の魅力が増した」
目を見開いた有紗はスローダウンする。
「えっ……き、急になんですか!」
「ま、焦らず行くとするわ」
目を白黒させる有紗に、彰信はまた微笑んだ。
「なぁ、早速来週から撮影に入るぞ!」
「え! そうなんですか! わぁ、楽しみです」
「オレもだ。まだデモンストレーションの段階なんだけどな。モデルも決まってないし。次のパリコレに向けて、とりあえずアイテムだけ撮り揃えてみて、あとからモデルの選定をしようと思って。霧島、協力してくれるだろ?」
「もちろんです!」
「よかった!」
そう言って微笑んだ彰信が、遠い目をして静かに話し始める。
「しかし……奇遇というかなんというか……ファビュラスの行く先を左右する局面で、その挽回の土地が奇しくも、このフロリダだとはな……」
「ええ……」
うつむく有紗に、彰信は慌てて手を伸ばした。
「あ、ごめん。大丈夫……なのか? ひょっとして、霧島はまだ……」
有紗はグッと顔を上げて、微笑みながらその言葉を遮った。
「いえ! 大丈夫です。むしろここでよかったと思っています。運命すら……感じますし。毎日しっかり背筋を伸ばしてやっていけるので」
「霧島らしいが……あんまり無理すんなよ。それでなくてもさ、慣れない土地に一人で乗り込んで、ここまで築くのだって相当大変だったんだろ? よくやって来たと思うよ。これからはオレも居るんだし、心が重くなったらちゃんと吐き出すんだぞ!」
「ありがとうございます」
「なぁ、食べ終わったらこの庭園を散歩しないか? 実はさっきさ、ここに来てすぐ、女将に了承を得たんだ」
「え?」
「なんかずっと日本を離れてるとさ、こういった " 侘び寂び " が心に染みない? ……あ、やべっ! 今、" こいつジジイになったな " とか思ったろ?!」
有紗は一瞬驚いた顔をしたかと思うと、口に手を当てて急に吹き出した。
「あははは、そんなこと思いもしませんでしたよ! アキノブさんってそんな細かいことまで気にするタイプでしたっけ?」
「いや、霧島にジジイ扱いされたくないだけだよ」
「あはは、ならご心配なく! あの日のままのアキノブさんじゃないですか!」
「なら、そこからもう少しドキドキさせるような存在にステップアップしてやんなきゃな。覚悟してろよ!」
「はいはい。じゃあ、さっそく和風庭園を堪能しましょうよ! 実は私も……少しジャパニーズロスだったので、同じ気持ちですよ。見て回るだけじゃなくて、撮るでしょ? アキノブさんのファインダー越しの日本を見てみたいですし」
「お! 早速プレッシャーかけてきやがったな! まぁ、これからは本腰いれて、霧島がオレに夢中になるような写真、撮ってやるよ」
「はい、楽しみにしてます!」
障子を開けると、風が木々を揺らすサヤサヤとした音と共に、目の前を埋め尽くす和を醸し出した深緑のパノラマが広がっていた。
うっとりとそれを見つめる有紗の横顔をファインダー越しに捉えながら、カメラマンはそっとシャッターを切った。
第54話『When the Past Returns』盟友との再会 - 終 -




