第48話『Early-morning meeting』朝のブリーフィング
小鳥のさえずりとやわらかい朝の陽射しに包まれた静かなリビングで、玲音は一人、コーヒーをすする。
昨夜は久しぶりに日本酒を楽しんだが、ジェンミが外出すると言うので宴会はわりと早くお開きとなった。
おかげでいつものように早朝に目覚め、十三時間の時差がある日本の夜のリモート会議にも顔を出すことが出来た。
すっかり早寝早起きが板についてきたここでの単調な行動パターンに、ありがたくも辟易とする。
「チッ……俺、完全にジジィの生活リズムじゃねぇか?」
冷めかけのコーヒーを一気にあおると、視野に入った階段に人影を見た。
「おはようレオ! 誰がジジィだって?」
玲音は肩を落とす。
「ったく、地獄耳かよ? 安心しろ、お前の悪口じゃねぇよ」
「そりゃそうだろ。ボクは若々しくて活力に溢れてるんだからさ。隠居生活のレオとは違ってね?」
「フン! 朝から皮肉か? インドアではあるが、これでもちゃんと仕事してるんだ」
「解ってるって。こっちの朝の七時から、あっちの十八時の会議に出席してるんだろ? さすがに日中のmeetingには出てないよね?」
「ああ。こっちは深夜だからな」
「これからはそっちはボクが報告書を取り寄せるから、レオは無理しなくていいよ。ま、時差はあるけど、緊急な案件は深夜でも連絡してくる手筈になってるしね?」
「Thank you……助かる。それにしてもずいぶん早起きだな。" スノッブなパーティ " はどうした。遅くまで飲んできたんだろ?」
「まあね」
「いつからフロリダ支社に出勤するんだ?」
「ああ、生活が落ち着くまではしばらく出社しなくていいって言われてるから」
「ふーん、なかなかの厚待遇だよな? 出世コースに乗ったか? そのうち俺の上司になるんじゃねぇ?」
「なに、言ってるの。そんな未来……ボクにあるわけない……」
一瞬、表情を曇らせるジェンミに、玲音が眉をあげた。
「ん?」
ハッと我に返ったように、ジェンミはつくろって顔を上げる。
「あ……ああ! そうそう、昨日のパーティさ、めちゃめちゃ盛り上がってたよ! レオの話で持ちきりだったし」
玲音がまた渋い顔をする。
「なんだ? それこそ悪口か? 奴ら、俺が日本にいると思ってるからな。どうせ好き勝手言ってたんだろ?」
「そんなことないさ。みんな会いたがってたよ。それで? いつバラすの?」
「あ……中には二世もいるからな、迂闊に動いて叔母にチクられでもしたら……」
「へぇ……そこは慎重なんだ?」
「当たり前だ! もうガキみてぇにおもちゃを取り上げるられるような感覚で潰されたくはないからな!」
ジェンミは腕を組みながら背もたれに身を預ける。
「レオ……フィリシアも今さらそんなことはしないと思うけど? それにレオの言う計画が上手く行けば、最終的にフィリシアが願う後継者問題だって解決するわけだろ? じゃあ、さっさと手を組むのが得策じゃない?」
玲音がキッとジェンミに顔を向けた。
「ん? なに?」
「お前……アイツと同じ事を……」
そう言って玲音は階段の上に視線を向ける。
「え? そうなんだ! ふーん。アリサとは意見が合致するなぁ。これってやっぱり、運命ってやつ?」
今度は玲音が背もたれにグーンと寄りかかった。
「お前はホントに……おめでたい奴だよ」
「そう? わりと的を射てるつもりだけど?」
「ああ……そうかもな」
玲音は気のない返答をしながら、コーヒーを飲み干す。
「それよりさ、今日はこの界隈を、レオみたいに賄賂をもって制圧するつもりなんだけど……」
「おい! だからその言い方はよせ! マフィアじゃねぇってんだ」
「ははは。でさ、どう説明したらいいかなって考えてて……シナリオがいるだろ? 特にアリサのことは。まぁ既にレオの婚約者の位置付けなんだろうけど」
玲音は溜め息をつきながら腕組みをする。
「ったく……俺がここに戻る前に、吹聴してたらしい……なにが婚約者だ!」
「フィリシアの案なんでしょ? 昨日のパーティでもちょっとその話が出たよ。みんな親から聞いて知ってるみたいだ。だからボクも敷地内の別棟に住んでるってことにしてる。さすがにレオの婚約者と一つ屋根の下で暮らしてるとは言えないじゃない?」
玲音は首をかしげた。
「別棟だと? そんなもん、ここにねぇだろ。この家は広いとはいえ、プールの向こう側まで繋がったフロアなんだから」
「いや、格納庫の裏の……」
「はぁ? ガレージの向こう側になんかあったっけ? それってトランクルームかなんかだろ」
ジェンミはフッと溜め息をついた。
「レオはなんにも知らないんだなぁ。あそこにさ、ハウスキーパーとか庭師のBreak roomもあるんだ。自分の家の事なのに、関心なさ過ぎだよ」
「へぇ……」
玲音は気のない相づちを打つ。
「で? そこにおまえが住んでるって? なんか面倒くせぇ展開になってねぇか?」
「しょうがないよ。アリサの立場を守ることにもなるんだし。アリサだって、『ランドルフ』の名前を借りてファビュラスの広報活動の一貫とした営業をしてるわけでしょ?」
「まぁ端的に言えばな」
ジェンミは頷きながら考えを巡らせる。
「じゃあ、そうだな……ボクは " 『ランドルフ』の次期オーナー候補 " のレオの……」
「おい! 誰が『ランドルフ』を継ぐっつった?!」
「ただのプロットだって! それにウォースアベニューのオーナーたちは、フィリシアからそう聞いてるんじゃないの? そこんとこはアレンジできない点だと思うけど?」
「チッ、まぁ……どうせそうだろうな」
「改めてあいさつする相手には、ボクはレオの秘書として日本からやってきたエリート社員で、フィアンセの身の回りをサポートする業務も担ってるっていう設定でどう?」
「あーあーどうにでもしてくれ。俺はお前らに " ニート " となじられながら業務を遂行するまでだ!」
投げやりな玲音の発言に、ジェンミは豪快に笑った。
「あっははは。じゃあその方向で。ま、シナリオが上手く浸透すれば、ボクとアリサも堂々とデートできるって訳だし?」
玲音がはたと気付いたように姿勢を正す。
「ああっ、お前! それでやけに張り切ってんのか?! やたら入念だと思ったら……」
「当たり前だろ! アリサはボクの活力の源だって言ってるじゃん」
悪びれる様子もなく豪語するジェンミに、玲音は呆れ顔で言った。
「ったく軽いな、まだ出会ったばかりだろうが!」
「だからだよ! 不思議なんだ……こんなに短期間でこんなにインスピレーション感じたのは初めてなんだ」
「そうか? 俺から見りゃお前は誰彼かまわずいつも速攻で、インスピレーションもシンパシーもMAXなイメージだけどな?」
ジェンミが膨れっ面で抗議する。
「失礼だな! 何でもかんでもみたいに言わないでよ!」
「充分にそう見えるけど?」
「とにかく! 今回は特別なんだ! 自分でも驚くほどね」
「へぇ……ま、ひょっとしたらアイツも……」
「え?」
有紗にとってもジェンミは特別な存在なのかもしれないと、玲音はそう思った。
何度も目撃したジェンミに対するあのぎこちない態度は、なにかを意味するものだと想像出来る。
不意に口した言葉を、玲音は飲みこんだ。
「いや……ほら、あの酔っぱらい泥酔オンナが起きてくる前に、今のお前の話を議事録に取っておこう」
パソコンを取りに戻る玲音に、ジェンミは不思議な顔を見せた。
「酔っぱらいだって?! 昨日、アリサは酔ってなかったじゃん? けっこう大吟醸、いってたよね? そのわりに変わらないから、お酒強いんだなぁって思ってたんだけど?」
「いや、あの後だいぶ酔いが回ってて……」
「あれからまだ飲んだの?!」
「いや、飲んでない」
「じゃあなんで? あの時のアリサ、まるで酔ってなかったよね? 泥酔してるようには見えなかったけど?」
確かにジェンミが居た時までは有紗の意識も表情もはっきりしていた。
有紗が妙なことを口走ったりフラついたりしたのは、ジェンミが居なくなって直ぐのことだ。
また司の言葉が頭をよぎる。
司が変だと言っていたのは、こういう違和感のことだったのかもしれない。
「で? アリサって酔ったらどうなるのさ?」
「え? どうって……ああ、面倒くさいだけだ!」
「なんだよそれ? あ! もしかして……玲音、まさか……」
ジェンミが不可解な表情で玲音を覗き込んでくる。
バチッと目を合わせたレオはジェンミの言葉の真意に気付いて目を見開いた。
「バカ! 俺は分別のあるオトナの男だぞ! 紳士な俺が寝込みを襲ったりするかよ!」
「なんかさ……そんなに否定したら余計に怪しくない?」
「おまえなぁ!!」
「わかったって。ピュアな王子を信じるよ」
「このやろう……」
落ち着きのない玲音をよそに、ジェンミは指を組んで空を見上げる。
「でも酔ったアリサも見てみたいなぁ。きっと可愛いんだろうね。どうよ? レオ」
「とてつもなく重……あ、いや……別に」
取り繕う玲音をジェンミは横目でチラリと見ながら肩を上げた。
「なんか羨ましいけど……まぁ、じきに仲良くなれるだろうから、楽しみにしてよっと!」
「ああ! もうこの話はいいだろ! 連中とのやり取り、聞かせてくれよ」
「はいはい」
ジェンミは昨夜開催された地元のRich personのpartyについて、その出席者と身元、相関図をもとに、ここWarth Avenueの一帯の現状から、世界的な視野でのファッション情勢に至るまで、耳にしたあらゆるコンテンツについての情報を話しはじめた。
「お前……よくここまで事細かに」
「そりゃそうだろ。わざわざアリサとの楽しい団欒を打ち切ってまでして、いけ好かない連中の顔を拝みに行ったんだから。取れるだけの情報は取って帰らないと、割に合わないよ」
玲音はその言葉に驚く。
「お前……そんな風に思ってたのか? 俺はてっきり楽しんでるのかと……」
「まぁあの頃はレオも側にいたしさ、それなりに楽しめてたんだけどね。いざ自分が社会人になってみれば、あそこがいかに鼻持ちならない連中の巣窟かってことに気付いちゃったんだ。あ、でもこれからも定期的に顔を出すよ? なんせ、情報の宝庫だからね」
「ジェンミ……」
「そんな顔しないでよ。これも仕事の内だと思えばこんな楽なことはないんだから。堅苦しい会議より、ボクにはこっちの方が合ってるからさ。まぁ、しばらくはボクに任せて」
「わかった。頼んだ」
ジェンミは満足そうな笑みを見せると共に、また階段の方へと視線を向ける。
まるでそこに光源でもあるかのように、何度となく繰り返されるその無意識な行為は、ジェンミの有紗に対する関心の高さが現れていると、玲音は実感した。
第48話『Early-morning meeting』朝のブリーフィング - 終 -




