第49話『Go for a morning jog』朝のジョギング
玲音とジェンミが早朝会議を終えたところで、後方から足音がした。
「……おはよう」
有紗の声に、二人は階段を見上げる。
「ああ、おはよう。ちゃんと眠れたのか?」
玲音の言葉に、有紗は少しうつむき加減で答えた。
「え、ええ……」
「Mornin' アリサ!」
「あ……Mornin ' ……ジェンミ」
「フフッ、もうすっかり呼び慣れてくれたみたいだね?」
そう言ってジェンミが距離を詰めた瞬間、有紗の足が反射的に一歩、後ずさる。
それを見た玲音が笑い出した。
「はは! またお前に抱きつかれると思って警戒してるじゃねぇか。これじゃハンターも形無しだな?」
有紗が気まずそうに苦笑いしている横で、ジェンミは気にする様子もなく彼女に顔を寄せ、ヒソヒソ声で囁く。
「レオって意外に嫉妬深いんだ。きっとボクの想いがアリサにいっちゃうのが怖いんだよ」
有紗がプッと吹き出すと、玲音はジェンミを睨み付けた。
「お前! 今ぜってぇ変なこと言ったろ?!」
「は? なんのこと?」
ジェンミはしらばっくれた表情のまま、有紗をダイニングに促す。
「さぁアリサ、あっちで一緒に朝食を……」
「いえ……私は」
首を横に振った有紗に、ジェンミは改めてその出で立ちを上から下まで眺めた。
「あれ? バッチリ " ジョギングスタイル " だけど……いつもこんな時間から?」
「いいえ。週に一度、ウォースアベニューの『マキシマム』のオーナーがジョギングに誘ってくれるから、ご一緒してるの。そのままパワーブランチって感じで」
「そっか、だから朝食をとらないんだ? でも走ってて倒れそうになんない? フロリダは朝でも灼熱じゃん? ボクも日本が長いからさ、久しぶりにこの強い日差しを受けてたら、さすがにまいっちゃいそうけど」
「うん。だからジョギングの朝は、スムージーをね」
有紗がキッチンへ向かうと、ジェンミもそのあとに続く。
「あ! それかぁ! レオが言ってた " フロッグレッグとゲイターテイルが入ってる飲み物 " って!」
有紗はキッと玲音を睨む。
白々しく視線を外した玲音を一瞥して、有紗は大きな冷蔵庫に手をかけた。
「" 蛙の足 " も " ワニの尻尾 " も入ってないわ。ただの野菜とフルーツのスムージーよ」
有紗は冷蔵庫の野菜室 から手早く材料を取り出し、慣れた手つきでミキサーにかける。
「なるほど……この材料だったら美味しそうだけど」
「そうでしょう?」
有紗の手元を見ていたジェンミは、ミキサーの回転音に合わせて徐々にその表情を曇らせていった。
「あ……色が……うーん、いかにもカエルやワニが入ってそうな……」
「フフッ。あなたまで。やめてよ」
「あ……シュレックの色だ……それとも……飲んだら『ジム・キャリー』に変身するとか?」
ジェンミはしかめっ面をしながら大袈裟に話す。
「あはは。ジェンミって本当に面白いのね。それで? 飲んでみる勇気は?」
「ああ、それはもちろん!」
「ホントに?」
「だって有紗の " キレイのもと " だろ? 大丈夫だよ、なんで?」
「誰かさんにはゾッとするって言われたから」
玲音がクッと顔を上げた。
「あー?! 誰か今、俺の悪口を言ったか?」
「わ、地獄耳」
有紗が河岸な顔をする。
「地獄耳で悪かったな!」
「ほら! また嫉妬してるよ」
「聞こえてんぞ! ジェンミ!」
「うっ……怖っ!」
ジェンミは大袈裟に言って、笑いながら肩をすくめた。
「あ、でもさアリサ、レオがスムージーを勝手に飲んでるって、文句を言ってなかったっけ?」
「そうなのよ! 最近は私が毎日飲んでるのを見て、毒が入ってないって確信したんじゃないかしら?」
「そっか、それならボクも負けじと頂かなきゃね」
有紗は微笑みながら、その緑褐色の液体をミキサーからグラスにドロドロと流し込む。
「さあどうぞ。見た目はこんなだけど、味は保証できるわ」
「じゃあ早速、 いただきます!」
ジェンミはアリサのカップにグラスをぶつけて乾杯すると、グッと一気に飲み干した。
「どう?」
「わ! ホントさっぱりしてる! 飲みやすいね。最後のライムが利いてるよ」
「そうでしょ!」
「ねぇ、どうせならここに生薬の成分を入れるといいんじゃないかな? 代謝もよくなるし、美肌にも効き目があるよ。それからジョギング中の " 足つり防止 " に効果がある生薬もあるから、今度配合してあげようか?」
「それいい! 是非お願いしたいわ。でも、どうしてそんな知識が?」
「ああ……東洋医学を、ちょっとね」
「へぇ。医大……ではないか。二人とも同じ大学よね? 学部も一緒だって……」
ジェンミは少しトーンを下げる。
「あ……うん」
玲音がサッとジェンミの様子を窺うように、視線を向けた。
「まぁ……親が漢方に詳しくてさ、お茶とかもね。それもあって、ちょっと個人的に勉強してたんだ」
有紗がハッとしたようにジェンミを見上げる。
「そうか! だからあんなにたくさんのお茶を?!」
「うん。その時の " 気の流れ " でお茶を選んだりするんだ」
「へぇ凄い! 私もお茶が好きなの。色々教えてもらいたいな」
「うん、いいよ。アリサをもーっと綺麗にしてあげる!」
笑顔で見つめ合う二人に、玲音が呆れたように水を差す。
「あーあー朝から緑色の飲み物で祝杯か? まるでガキん時に見た映画を見てるみたいだ」
玲音がふてぶてしく溜め息をつきながら、椅子にもたれた。
「何の映画よ?」
「アダムス・ファミリー」
「それってホラーだろ?」
そう言ったジェンミに反論するように玲音はまくし立てる。
「いや、どう見たってコメディだろ!? 邪魔して悪いが、こっちは早朝から仕事してんだ! 腹が減った。ジェンミ、何か食うもんあるか? あ、得体の知れないもんじゃなくて、人間が食べるまともなもんな?」
「ったく、いちいち失礼よね」
頬を膨らませる有紗に微笑みかけながら、ジェンミは玲音に向かって首を振った。
「あ……ボクこれから出かけるんだ。コーヒーは淹れてあるし、パントリーにベーグルもあったからさ、レオ、自分でやってよ」
「ああっ!? 俺にはつれねぇな」
「なんだよレオ、またヤキモチ?」
「ったく、朝っぱらからなに言ってんだ! 茶番はもう飽き飽きだ!」
玲音の愚痴を気にもとめず、有紗は慣れた手つきでキッチンを片付けながら首をかしげる。
「ジェンミもこんな早くから出かけるの?」
「そうだよ。アリサと一緒にね」
「え?!」
「ボクもジョギングを始めようと思ってさ。まぁ、思い付いたのは今なんだけど……」
ジェンミの意図が掴めずに有紗は不可解な表情を向ける。
それを気にもとめず、ジェンミは更に話を続けた。
「でも今日はオーナー達と一緒なんだよね? なら、仲間に入れてナンテ言わないからさ。ちょっと離れてランニングして、アリサが入ったお店の離れた席で食事するだけだから」
玲音がまた呆れ顔で口を挟む。
「はぁ?! なんだそれ? ストーカーじゃねぇかよ?」
「人聞きが悪いなぁ。アリサはいつもそういった会話の記録をレオに伝えてるんだろ? だったらボクがそばで聞き耳を立ててレオに伝えればその手間も省けるだろうし、それを繰り返していれば、そのうちにボクもその輪に入れるかもしれないじゃん?」
「うわ! お前、今度はマダムキラーの路線でも狙ってんのか?」
「だから! 人聞きが悪いって!」
「お前……お得意な人の懐に入り込んで、そのうち自分のファシリテーションスキルをモーニングカフェで発揮しようって訳か?」
「深入りはしないさ。その淑女たちは|フィリシア《『ランドルフ』オーナー》に繋がってるわけだろ? さすがに親しくしたら、情報が行っちゃうだろうから、最初のうちは表立った行動はしないって!」
「ったく、突拍子もないことを……ま、お前らしいが」
「でしょ? 大丈夫! うまくやるからさ」
呆れ顔の玲音に笑いかけて、ジェンミは階段へと足を向けた。
「じゃあアリサ、着替えてくるから先に出てて! すぐに追い付くからさ。ボクが近くに居てもポーカーフェイスだからね! わかった?」
早足でかけ上がるジェンミを見上げながら二人して肩を上げる。
「フフッ、彼には驚かされてばっかり」
有紗の呟きに玲音が相槌を打つ。
「ま、当分退屈しないだろうさ。そのうち面倒臭くなるかもしんねぇけどな」
「とかいって、彼が居るとあなた、ホントに楽しそうよ?」
「んなことないだろ」
「いいえ! まさか気付いてないの? 嘘でしょう?!」
玲音は有紗の大袈裟なリアクションに深くため息をついた。
「別に……ああ、それより昨日、だいぶ酔ってただろ? あの後、大丈夫だったのか? ちゃんとメイク落として……」
その言葉を遮るように、頭上から声がする。
「あれ? アリサ、まだ居たの?」
見上げた階段から、スポーツウェアに身を包んだジェンミが颯爽と降りてきた。
「あ……」
「ああ、これ? アリサとブランドを揃えようと思ってさ、ジョギング用じゃないけど同じNIKEにしてみたんだ! それにボクもOAKLEYのサングラス、愛用してるんだ。気が合うね!」
ジェンミをじっと見つめる有紗の瞳がまた固まって見えて、玲音はそっと声をかける。
「おい、どうした? お前、また変な顔して……」
「……見えた!」
「はぁ!? な、なんだ急に……」
ジェンミの前に歩み寄った有紗は、目を輝かせながら捲し立てるように言った。
「ねぇジェンミ! 次号のファビュラスのテーマを " フロリダの朝の風景 " にしようと思うの! どう?!」
「え? いいんじゃない? ねぇどうしたのアリサ? ほら、早く行かないと。一緒に行ったらさすがにマズいでしょ?」
ジェンミにそう言われて、有紗は我に返ったように頷く。
「あ……ああ、そうね。じゃあお先に……」
取り繕うように出て行く有紗を見送りながら、ジェンミは玲音を振り返った。
「急に仕事の話なんかして……アリサ、どうしたんだろうね?」
「いや、アイツは、お前に……」
そこまで言いかけて玲音は口をつぐむ。
きっと、前に有紗が言っていたモデルの件だと思った。
オファーなら、本人からジェンミに直接打診した方がいいだろう。
お節介は無用だ。
「いや、その……ペアルックみたいで恥ずかしかったんじゃねえか?」
「そう?! フフフ、そっかそっか! じゃあボクも、いってきます!」
玲音が適当に言ったそのフレーズに気を良くしたジェンミは、サングラスを装着して意気揚々と出ていった。
「はぁ……面倒くせぇ! こんな茶番が毎日続くんだぞ! 持たねぇって! それなのに " 終始楽しそうだ " と?! どこがだ! 気苦労がたえねぇっつーの! ったく……」
そうぼやきながらも、毎度違和感を感じるジェンミを見つめる有紗の視線を不可解に思う。
「ま、馬鹿正直なやつだからな。そのうち黙ってられなくなるだろう。あ、そういやぁそろそろ司ん家でバーベキューか。なら……そん時には、何かわかるかもしんねぇな」
玲音は立ち上がり、一人、朝食を求めてパントリーに向かった。
天井まで伸びる大きな窓から、きっと彼らに今降り注いでいるであろう、フロリダの燦々とした太陽を、玲音は眩しそうに見上げた。
第49話『Go for a morning jog』朝のジョギング - 終 -




