第47話『Feast at Home』豪華な晩餐
料理の得意なジェンミは有紗の帰宅に合わせて豪華な料亭の味を再現した和食を振る舞った。
上機嫌でそれを楽しむ有紗に、ジェンミはNBA『オーランド・マジック』の試合観戦に行こうと提案する。
仕事で帰国したはずのジェンミの妙な盛り上がりぶりに呆れ顔の玲音の言葉に耳も貸さず、ジェンミは有紗と出かけるプランをどんどん進めていく。
デートだと言われ、あからさまに動揺した有紗は持ち上げた日本酒のショットグラスを揺らした。
「デ、デート……?!」
「そうだよ! スポーツ観戦の醍醐味じゃん?」
玲音がため息をつく。
「お前は……いつもそうやってチケットをとっては、誰かと……」
その発言に、ジェンミは抗議の眼差しを送った。
「あのさ! レオがそういうことを言うのって、何か思惑があるわけ?」
「は? なんだ思惑って」
「ボクがアリサと行くことにヤキモチ妬いてるんじゃないかなぁと思ってさ」
「は?! バカなこと言うな! 勝手にどこでも行ってくればいいだろ! 興味ねぇよ」
「そう? なら遠慮なく! よかったねアリサ。どうせこっち来てから働き詰めなんでしょ? 遊びに連れていってもらったりもしてないんだろうなぁ……可哀想に」
「お前! 俺に当て付けみたいに言うなよ!」
ジェンミは笑いながら玲音に向かって舌を出す。
「ねぇアリサ、他に行きたい所はない?」
そう優しいトーンで話すジェンミの顔を、有紗はまた見開いた目で凝視する。
そんな有紗を、玲音も再度、訝しい顔で覗き込んだ。
「おまえ……さっきからどうした? なんでまたフリーズ?!」
ジェンミはお構いなしに、笑顔をかざして更に有紗に近付く。
「ねぇ、フロリダといえば? どこでも連れていってあげるよ? なんならニューヨークまで足を伸ばしても……」
「じゃあ……」
ためらいながらも有紗は視線をはずさないまま重い口を開いた。
「ディズニーワールド……」
上ずったような声と、その意外な返答に驚いて、玲音が顔を向ける。
「は? ディズニー・ワールドだと!? なんでそんなベタな……」
ハッと我に返ったように、有紗は言葉を繕う。
「あ! なんでもない! ごめんなさい」
「いや! めっちゃいいじゃん!」
困惑した表情の有紗をよそに、ジェンミは勢いよく身を乗り出してきた。
「ボクも久しぶりに行きたいって思ってたんだよね! 施設も色々拡張してるだろ? ボクが知らないアトラクションもあるみたいだし、ずっと気になっててさ。行こうよ! アリサ!」
「え……いや、あの……」
「決まり!! いつがいいかな……」
ジェンミはまるで星でも見上げるかのように、空を仰ぎながら目を輝かせる。
「おいジェンミ、そのなんか企んでるような顔……やめろ」
ジェンミが投げたウインクに玲音が肩を落とすのを目撃して、有紗はようやく微笑んだ。
ジェンミは有紗にグッとにじり寄る。
「ねぇアリサ、東京ディズニー・ランドって、よく行くの?」
「ええ、『月刊ファビュラス』でも特集を組んで撮影に行くこともあったし……」
「そうなんだ!? ボク、ディズニー・シーが好きでさ。こっちにはないじゃん? まぁ一見エプコットに似ているようではあるけど、シーはなんだか大人向けって感じで洒落てるよね?」
「ええ、落ち着いた雰囲気だから私も好き」
「こっちのWDWに来たことは?」
「あ……ずいぶん前に一度だけ……」
「じゃあ、アリサが知らないニューアトラクションもありそうだね」
「ええ。それ以前に、当時フロリダには仕事で来てたから、ディズニーには日数もとれなくて……全然回れなかったの」
「じゃぁ、アニマル・キングダムは?」
「行けなかったわ。『月刊ファビュラス』の撮影だったから、ディズニー・ワールドらしく『マジック・キングダム』と『エプコット』メインだったし」
「そうなんだ! だったら、まずは……」
玲音が水を差す。
「どこに行くのも勝手だが、先に片付けなきゃいけない案件がいっぱいあるんだぞ! わかってんのかよ!」
「うわっ!! レオが仕事の虫、気取っちゃってるよ!」
ジェンミが大袈裟にそう言うと、有紗もクスッと笑った。
「ニートだけどね?」
「あはは」
「うるせぇ!」
玲音は二人をギロッと睨みながら、ショットグラスに注いだ日本酒を一気にあおった。
小鉢の並んだ豪華な和食を堪能した三人が箸を置いたタイミングで、ジェンミがゆっくりと腰を上げる。
「じゃぁボク、そろそろ出掛けてくるよ」
その言葉に、時計に目をやった有紗は驚いて顔を上げた。
「え? こんな時間から?」
「どこ行くんだ? お前なぁ……学生気分はそこそこにしろよ」
「なに言ってんの、レオもやってることじゃない?」
「は? なんのことだ?」
「入念な手回しさ!」
首をかしげる玲音に微笑みかけながら、ジェンミも時計を見上げる。
「そろそろ始まってるかな? ウォースアベニューのスノッブな連中が開いてるパーティー」
「ああ……例の? お前、いつの間に奴らとコンタクトとってたんだ?」
「そんなに面倒くさそうな顔しなくても……あそこに顔を出してればこの辺の事はだいたい把握できるじゃない? だから情報収集と当面の行動の口止めをしてくる!」
「ったく、抜かりのねぇヤツだな」
「まぁね。早々にフィリシアにバレちゃ、アリサとのデートもどうなるかわかんないだろ? 明日は明日で、朝からこのご近所でレオと同様に賄賂を手土産に包囲網の交渉をして回るから」
「お前なぁ、人聞きが悪いぞ! マフィアみたいに言うなって!」
「大差ないだろ?」
「は?! どういう意味だ!」
「フフフ」
二人の会話に目を白黒させている有紗の頭の上に、ジェンミはポンと手をのせる。
「NBA観戦もディズニー・ワールドも、めちゃくちゃ楽しみだ。どんなプランがいいか、アリサも考えといてね! じゃあ、先に寝てて。Good Night! 」
ジェンミはキスの代わりに有紗の頬にチョンと触れ、にっこりとした笑顔を残して出ていった。
「おい! なにボーッとしてんだ。速攻で落ちたのか?」
その言葉に有紗は我に返る。
「な、なに訳のわかんないこと言ってんの!」
「フン! まぁいい。ハンターの " 標的 " がどこまでかわせるか、見物だな」
「ひ、標的?!」
「ああ、ロックオンだ。まんざらでもねぇだろ? 自分からディズニー・ワールドを打診してくるくらいなんだから」
「ちがう! あれは彼を見てたら、つい……」
「は? " つい " だと?! なんだそれ? ジェンミの顔が " 耳の大きなネズミ " に見えたとでも?」
「そんなんじゃなくて……まるであの頃と……そっくりで……」
そう言いかけて有紗が慌てて口を押さえた。
「はっ! 私……な、なに言ってるんだろう! よ、酔ってるかも!? 日本酒、結構飲んじゃったし……」
玲音は有紗の様子を伺いながら腕を組む。
「まぁ確かに。あんだけガンガンあおってりゃぁ酔い潰れてもよさそうなもんだが……今夜は平気だったんだな?」
そう言った瞬間、有紗が額を押さえながらフラッとよろめいた。
「ああっ!」
「おいっ! 大丈夫か?!」
慌てて玲音が抱き留める。
「あ……ごめん」
「いや……意識のあるうちに部屋に上がった方がいいだろうな……ほら、行くぞ」
玲音は有紗に肩を貸しながら、ゆっくりと一歩ずつ階段を上がる。
泥酔して眠り込んでいる有紗を持ち上げる方がまだ楽だったと思えるほどに、それは妙な緊張感が伴うぎこちない時間だった。
「あ……ありがとう」
頭を下げる有紗の肩からそっと手を外す。
「お前さ、前々から言おうと思ってたんだけど、あんまり酒強くないんだからさ、外でも気を付けろよ。それこそ意識を失ったら……」
「こんなの……変よ。私、いつもは……酔い潰れたりしないのに……」
「でも現に……」
「私も、おかしいと思って……あっ!」
ドアにもたれる有紗が、またフラついた。
「ああ、もういい! とにかく寝ろ! あ、ちゃんとメイク落とせよ」
「うん……ありがとう……」
有紗は力なくドアの向こうに消えていった。
玲音は首をひねる。
「ジェンミと話しているときは、全くのシラフに見えたが……あれは気を張っていたってことか?」
そう呟きながら、玲音は司が話していたことを思い出した。
人前で酔い潰れたりしないはずだと、親友が不思議に思う現象が、今また顕著に現れたように思える。
玲音は静かな廊下をゆっくりと自室に向かって歩いていった。
開きっぱなしになっていたカーテンから月が煌々と光りを放ち、その大きな窓は影になった木々のシルエットも含め、一枚の絵画のように真正面にそびえていた。
玲音は照明のスイッチから手を離し、照明をつけないまま薄明かりの部屋を横切って、窓際にある椅子にゆったりと腰掛ける。
「それに、あのジェンミを見る目は…… " まるであの頃とそっくり " って言ったよな? 一体どういう意味だ……?」
酔っぱらいの戯言にしては真に迫るものを感じた。
これまでのジェンミに対する有紗の態度の不自然さも、未だ納得がいかない。
「挙げ句、ジェンミをファビュラスのモデルにしたいときた! もうワケわかんねぇ! 有紗にしてもジェンミにしても……謎だらけだな。チッ! ったくアイツら……秘密主義め!」
玲音は椅子に深くもたれて、そっと目を閉じる。
度数の高いアルコールで火照った身体から、ひんやりとしたシートに少しずつ熱が吸いとられていくのを感じた。
庭から微かに聞こえてくる虫の音に耳を傾けながら、玲音はしばし静かな時間に身を委ねた。
第47話『Feast at Home』豪華な晩餐 - 終 -




