第43話『Novelty collection』三人目の手帳
ジェンミのMoving boxに入っていた数々のアイテムを堪能し、きれいに分類してウォークインクローゼットから出てきた有紗は、まだ沢山の段ボールが残っているであろうダイニングに向かった。
案の定、一足先に部屋を出た玲音がそこに居て、システムキッチンのど真ん中に置かれた箱の前を陣取りながら不可解な表情で首をひねっている。
その側に立ち寄った有紗は、玲音の手にある小さな箱を取り上げた。
「ウソ?! ジェンミさんはお茶にもこだわりがあるのね!」
そう言いながら、そこにある色とりどりの小箱に手を伸ばす。
「こんなにたくさんの種類の紅茶……こっちはハーブティーね。日本茶もある。ああ、このジャスミンティー! 私も結構好きなの」
玲音は退屈そうに大きく伸びをしながら、皮肉めいた口調で言った。
「ジェンミとはファッションだけじゃなくて、茶の話でも盛り上がりそうだな? 女子トークでもしてろっつーの!」
「ホント多趣味なのね。ジェンミさんって、どんな人なの?」
にこやかに話す有紗を一瞥して、玲音が意味深な表情で笑った。
「へぇ、興味津々ってわけだ?」
「そういう訳じゃ……これからここで一緒に生活する人なんだから……当然でしょ?」
「ふうん。まぁいい。そうだな、一言で言うなら、"オンナ好き " ってとこか」
有紗は眉根を寄せる。
「相棒なのに、随分な言い方ね」
「まぁ、じきにわかるだろうから話してはおくが、" He is a player " わかるか?」
「プレイヤー? それはどういう?」
「Play boyっていったら?」
「 " 女ったらし " っていう意味?」
「まあそうだな、アイツは誰にでも声を掛けるし、フレンドリーが度を越す。根っからのsweet talkerだ。わかるだろ? いつもあの甘い声と言葉で、スッと人の懐に入る。もはやpickup artistの領域だな、まぁ強いて言えば……" ひとたらし " かも」
「なによそれ? 単に社交的な人なんでしょう?」
「そんなふうに油断してたら一瞬で落ちるぞ?!」
「またそんな……あなただって彼に信頼を置いてるはずじゃないの?」
「ああ。信頼してるさ。ガキのときからずっと一緒にいたからな」
「ならもう少し、マシな言い方すればいいのに……」
「フフッ、だな?」
玲音はグーンともたれながら、懐かしむように首の後ろで手を組んだ。
「何においてもすこぶる出来る頭のいいヤツでさ、学生時代もどんだけ勉強してもヤツにはかなわなかった。俺と同じ様に遊んでんのに、なぜかいつも学年トップでさ」
「学年トップ?!」
「ああ、いつ勉強してたんだか。今でもそれはわからずじまいだ。オンナに関しても攻略に長けてるし。言っとくけどな、ただ " 軽い " とか言うかわいいもんじゃねぇぞ! 確実に撃ち落とす。ハンターみたいなもんだ」
玲音が有紗に指を向けて、拳銃で撃ち抜くように片目を瞑った。
「なにそれ? ハンター?!」
「ああ。凄腕のな」
有紗はプッと吹き出す。
「ウソでしょ! 少し話しただけだけど、やわらかい雰囲気だし、とっても気遣いのできる人だって思ったわ。面白いことも言うけど、誠実な印象も受けたし」
「それそれ! そこにオンナは引っかかるんだって! " 羊の皮をかぶった狼 " って知ってるか?」
「ああ……英語の勉強をしてる時にそんな童話を読んだわ。He seems polite, but he’s a wolf in sheep’s clothing. 」
玲音は姿勢を正して指を立てた。
「あ? " 彼は礼儀正しく見えるが、実は羊の皮をかぶった狼だ " って? なんだその童話? まんまじゃねぇか。笑えるな。ま、そういうことだ。お前もせいぜい気をつけろるんだな」
有紗は肩をすくめる。
「私が?! 何に気をつけるのよ!?」
「凄腕のハンターに」
「なに言ってるの。それこそ、あなたとジェンミさんの間には誰も入り込めないような空気が漂ってるじゃない? あ! そっか……また私をからかってるのね! もう! どこまでがホントなんだか」
「なら、勝手にそう思ってろ! 苦情は受け付けないからな」
「はいはい。苦情どころか、センスはぴったり合うみたいよ?」
玲音は溜め息をつきながら、手元にある紅茶の箱をポイと有紗に投げつける。
「そうかそうか、じゃあせいぜい合致した趣味を堪能してくれ。ここもお前に任せよう。俺はジェンミの部屋を片付けてくる。あ! 別に来てもいいぞ! 今度はアイツの下着の趣味についてでもレクチャーしてやろうか?」
有紗はあからさまに不快な顔で睨んだ。
「はぁ?! なにバカなこと言ってんの!?」
「フン、じゃあな」
そう言って階段を登りながら、玲音は子供じみた自分自身の言動に呆れる。
「なにくだらねぇやりとりしてんだ……俺は」
開け放たれた相棒の部屋に視線を向けると、そこにも、またうず高く段ボールが積まれているのが目に入る。
一瞬うんざりするも、部屋に足を踏み入れた玲音は、それらを感慨深く見上げた。
身軽に行動するタイプのジェンミは、いつも小さなキャリーバッグ一つでこっちに戻っていた。
それが今回これだけの荷物を動かしたとなると、ここに腰を据えるつもりで帰国したのだろう。
ついさっきまで相棒の持ち物に触れながら、瞳を輝かせていた有紗の横顔が頭に浮かんだ。
これからここで、奇妙な三人での共同生活が始まる。
なんだか落ち着かないような、妙な気分だった。
「ま、ジェンミがいれば、俺は格段に行動しやすくなる。これでようやく、次のステップに移行できるわけだしな」
そう呟いて、玲音は箱に手を伸ばした。
荒々しく開いたその一つ目の箱には、奇しくも見覚えのあるカラフルな手帳の背表紙がびっしりと並んでいた。
手帳から始まった不思議な縁で繋がった自分と有紗の間柄に、また一つこの手帳の主が加わる。
それがどういった相乗効果をもたらせるのか、もしくは懸念材料となるのかは、全く推測が及ばない。
カラフルなそれらが、昨日、土産と称してジェンミが持参した『レインボーサンドイッチ』と重なった。
「ったく、どういう感覚なんだか……こんな使いもしねぇ手帳をインテリアとして一緒にお引っ越しってか? 女子かよ?!」
それぞれに『FG』の刻印が押されたカラフルな手帳をまとめて取り出して、玲音は数年前の記憶を頼りに、当時並べてあったはずの棚に運んだ。
小さな足音と共に、開きっぱなしのドアに有紗の気配を感じる。
「なんだ? ホントに下着の趣味を探りに来たのか?」
「バカ言わないで! 通りかかっただけよ」
「どうだか?」
「妙な言いがかりはよしてよ!」
そう言った有紗の視線が、玲音の手元を捉えた。
「あ! それ……『Frances Georgette』の手帳?! ジェンミさんの?」
「ああ、コイツもコレクションしてる。わざわざ全部日本に持って行ってたなんてな。ほら、オールカラー揃ってるぞ」
玲音がかざしたオレンジ色の手帳に有紗は目を丸くする。
「わぁ、その色は持ってないわ。ずいぶん前のものなの?」
「ああ、俺らが学生の頃だな。毎年ニューヨークまで出向いてパーティに参列してたから」
「ニューヨークまで?!」
「ああ。ほら、他のもあるぞ、入ってこいよ」
「いえ……勝手に見るのは……ちょっと」
「ふーん、ずいぶんつつましやかだな。大丈夫だ、ジェンミは俺達のようにこの手帳を活用したりしない」
「そうなの?」
「ああ、ただのコレクションだ。アイツはデジタル思考だから、手書きなんて……」
そう言いながらパラパラとページをめくる玲音の手がピタリと止まった。
「え……」
「どうかしたの?」
「あ……いや……」
そう言いながらも玲音はその手帳から視線を外せないでいた。
「あ……じゃあ私、ウォースアベニューのオーナーの方たちとランチの約束があるから……」
「あ……ああ」
有紗が立ち去ろうとしても、玲音はそのオレンジ色の手帳から目を上げようとしなかった。
兼ねてから、この『Frances Georgette』の手帳の活用法については、二人の意見は全く食い違っていた。
プランや情報のみならず、あらゆる思い付きや発想も書き込んでいる玲音のやり方を、" そんなアナログな記録法は自分には向かない " とジェンミはバッサリ切って捨てた。
嵩張るその手帳の束を、あくまでも美しいコレクションだからとわざわざ来日する際の荷物に加えるのを不審に思いながら見ていた玲音は、ジェンミにとってそれがただのインテリアではなく自分達の奇跡をたどる象徴のように思っているからだと、勝手に解釈していた。
しかしその中に、本来の役割を果たす使い方をされている手帳がこうして存在していたことに、ひどく驚く。
「大学在学中だな……ん、なんだこれは……USMLEだと?」
『USMLE 』
United States Medical Licensing Examination
……アメリカ医師国家試験
それは意表を突かれたワードだった。
「え……ジェンミが複数専攻制度で別の学部の授業も取ってるのは知ってたが、まさか……医学部? 聞いてないぞ。だったらなんで……医者も目指さず、就職もせず、俺についてきたんだ? それになぜ……俺にそれを隠してたんだ……?!」
第43話『Novelty collection』三人目の手帳 - 終 -




