第42話『Moving boxes』三人目の同居人
翌日は休日であるにも関わらず、朝も早くから家の中が賑やかだった。
朝食もままならない時間から運送業者が大きな荷物を次々と運び込み、玲音は近隣を警戒しながらも、あれこれと指示を出す。
依頼主であるイ・ジェンミの自室のみならず、キッチンやウォークインクローゼットにも運び込まれる壁のように積み上がった段ボールの山を、玲音は腕を組んだまま憮然とした表情で眺めていた。
ふと階段から足音がする。
「おお、我が家の " 眠り姫 " がご降臨か? 違うな? あれはただの " サンドバック " だった……いや! 死体だったかもしんねぇぞ?!」
冷たい視線を送ると、足音の主は小さな声を発した。
「あ……お、おはよう……」
腕組みした玲音が目を細めながら不敵な笑みを浮かべる。
「おはよう。清々しい朝だが、どうしてだろうな? 浮かない顔だ」
「あ……えっと、あなたが……その……部屋まで?」
その言葉に玲音は、その両手を大袈裟に広げながら天井を仰いで見せた。
「そりゃそうだろ?! 勝手に歩いてくれりゃ楽だったんだけどな! 無理だよなぁ、意識がねぇんだから!」
有紗は申し訳なさそうに頭を垂れた。
「ごめんなさい……私また……」
「だから! 自分が酒強くないって自覚を持てって言ってんだ! 俺が分別のあるオトコだから何も起きなかったが……」
段ボールを抱えた運送業者が、後ろから声をかけてきた。
「Where do you put it?」
玲音は溜め息をつきながら腕を降ろし、力なくキッチンの奥を指差す。
「Ah……Over there, please」
その異様な光景にはたと気付いた有紗は、目を丸くして辺りを見渡した。
「え、これ……全部、ジェンミさんの?」
「ああ。誰かさんが寝てる間に、こっちは早朝から叩き起こされてこのザマだ」
「なんか……すごい荷物の量ね」
「ったく! よくもまあ、あの狭い日本の家からこれだけのものを持ってきたもんだ!」
ふてくされたように乱暴に腰を下ろした玲音に、有紗は眉を上げて問いかける。
「やっぱり日本ではもう少しつつましやかな生活をしてたわけ?」
「ああ。部屋は四つしかないし、エレベーターは面倒だし……鉛筆みたいなマンションだった」
有紗は呆れた顔で言い捨てる。
「それ、都心のタワーマンションなんじゃないの?! なによ! いい暮らししてたんじゃない! 何階に住んでたんだか?」
玲音が身体を乗り出して人差し指をたてた。
「それ! 日本人がよく聞くよな? " 何階に住んでるんですかー?" ってさ。そりゃロケーションはいいかもしれねぇが、そんなのは最初だけだ。高けりゃ高いほど出入りは面倒なのに……俺は三十ニ階で、ジェンミは二十九階だ」
はたと思い付いたような表情で、有紗が呟く。
「それって港区の有名な……」
「おお、よく知ってるな。さすが編集長!」
有紗は更に呆れた面持ちで両手を開いた。
「なに言ってんの! 誰だって知ってるわよ! もういいわ」
「なあ」
踵を返してキッチンに向かう有紗を、玲音は引き留める。
振り返った有紗に、玲音は眉をあげて見せた。
「待て。俺がコーヒー淹れてやる。だから……あれ、手伝う気はねぇか?」
皮肉な表情を浮かべながら段ボールの群れに視線を向ける玲音に、有紗は笑顔で頷いた。
ダイニングから二人してクローゼットルームに足を向ける。
そこにも既にうず高く段ボールが積み上げられていた。
目を見張る有紗を気にも止めず、玲音は一番近くにあった箱のテープを乱暴に剥がす。
「ねぇ、ジェンミさんの荷物、勝手に開けちゃってもいいの?」
「ああ。俺たちはそういう間柄だからな」
「そういう間柄って……」
「それどころかだ!」
玲音は忌々しげに溜め息をつくと、開けた段ボールの中を覗き、そのまま空を仰いだ。
「はぁ……ったく! アイツめ、ちゃっかりメールよこしてあれこれと指示しやがって……こんだけの荷物をさばいてたら一日つぶれるぞ。メイドじゃねえっつーの!」
大きな箱の中には、かなり余裕を持たせた状態で一着ずつハンガーを装着したままの服が重ねて収められてある。
玲音がそのうちの一着を高く持ち上げると、それを見た有紗がハッとした表情で走り寄った。
「あ、ねぇ! それ……『Attractive Vision』じゃない?」
玲音が広げた服に手をかける。
「ほぉ……さすがファッション雑誌の編集長、メンズも一目見りゃぁブランドを言い当てられるわけだ? 面白れぇ、じゃあコレは? わかるのか?! ほーら?」
そう茶化す玲音に答えもせず、有紗は箱の中を覗き込んだ。
「ねぇ、荷ほどきを手伝うから、ちょっと他のも見せて」
「チッ、なんだよ! じゃあ……こっちはお前に任せるとしよう!」
玲音がショーケースの前に腰を下ろすのと入れ替わりに、有紗は箱から洋服を取り出しては一点一点チェックしながら丁寧にクローゼットにしまっていく。
「どれも素敵なラインナップ……センスが光ってるわ。このジャケット一つを取っても、GIVENCHYの春夏コレクションの時に見た色違いなんだもん!」
有紗は目を輝かせて品定めを始めた。
「こっちの箱はトラディショナルね! スーツは……Paul Smithか、なるほど。それと……BURBERRY。となると靴は……Testoni! さすがね、抜け目がない。ねぇ、ジェンミさんって、アパレルの仕事してたことあるんじゃない?」
「ああ……学生の時にDCブランドのインターンを」
「やっぱり! この梱包方法はアパレル特有だから。それに、この上級のラインナップは素人じゃないわね」
「まぁ、ガキの頃から『ランドルフ』が身近にある環境に居たわけだし。俺とアイツで新ブランドを立ち上げようって考えたこともあったんだ。そん時は、あらゆるブランドからアイテムを取り寄せて研究してたこともあった」
「そうなんだ! なるほど、納得だわ。確かに彼のセンスなら、どのシーンでも映えると思う。ジェンミさんって、自分のこともよく分かってる人なのね」
「そうかもな。いろんな意味で、セルフプロデュースが上手いっていうか……」
両手に吊り上げたアイテムを次々とボードにかけていく有紗の視線が、また箱の中に注がれた。
「あ!」
「ん? なんだ?」
「このとろみのあるテーパードパンツ……『Frances Georgette』のメンズラインじゃない! 東京でのニューイヤーズパーティのランウェイで、あなたのあのニットを見たのと同じ時よね?」
「ああ……そうなんじゃね?」
玲音はさして興味もなさそうに吐き捨てる。
「……ということは、ジェンミさんもあの会場に来てたって……こと?」
「もちろん。毎年同行してるからな」
「そう……あの会場に……気付かなかったわ」
玲音が訝しい表情で椅子に座り直した。
「はぁ? なに言ってんだ、当たり前だろ? 俺たちですらまだ知り合いじゃねぇんだから」
「あ……そ、そうよね」
「そりゃそうだろ?! ってか……どうした?」
「ううん……」
「変なヤツ。まさか一目惚れでも……」
「ジェンミさんさぁ」
玲音の言葉を遮った有紗は、床を見つめながら少し緊張した声を発する。
「あ? な、なんだよ。タイプだとでも」
「ジェンミさん……モデル、やらないかな?」
「はぁっ?!」
玲音は椅子から転げ落ちそうになりながら立ち上がった。
「モ、モデルだと?! アイツが?」
「うん。海外ブランドは外国人モデルの方がしっくりくるってずっと思ってたんだけど、日本の読者にしたらやっぱり日系人モデルの方が実用的にもイメージが湧きやすいのもあって、ニーズがあると思うのよね。実際に各ブランドに交渉してるなかで、モデルは指定されてはいないし、『月刊ファビュラス』のオリジナリティを出すとしたら……センスもスタイルも、ジェンミさんは最適だわ」
「へ、へぇ……編集長のお眼鏡にかなったってわけだ。アイツがね……」
「正直言うと……ね」
「ん?」
「あなたでもいいと……思ってた」
玲音はその予想外の言葉に、半ば立ち上がりかける。
「はぁ! なんだその " ついで " みたいな言い方は!!」
「本音を言うと、あなたでも成立すると思ってたのよ。身長は同じでしょ? 6feet 2inchesは、私の中での基準なの。海外ブランド着こなすには最適」
「はっ、身長もわかるんだな? ふーん、それがお前のものさしってわけか。だからって、ホントにそれだけか? ルックスだってあるだろう? やたらジェンミを絶賛してるが、元々この家のクローゼットに並んでるラインナップを見てみろよ。俺の孤高のセンスに異論でもあんのかっつーの?!」
「いいえ、もちろんチェック済みよ。でも、あなたは今現在、雲隠れしてる身なんでしょ? なら無理じゃない?」
「フン! ホントに理由はそれだけか? どうもお前は俺のことをないがしろにしてるっつーか……一人の男として認識してねぇ気がするんだが」
「わぁ、見て! このValentinoのメンズトートは、『月刊ファビュラス』でも掲載したことがあるわ!」
「ったく、聞いてねぇし……」
「聞いてるって。あなたももちろんハイセンスよ。でなきゃランドルフの御曹司の肩書きが泣くものね?」
「なんだその言いぐさは! 気に入らねぇ……あのなぁ、元々は俺がファッションリーダーだったんだ! アイツはいつも俺の真似をして、俺について回って……」
「それっていつの話?」
「あ? Junior high schoolの……」
「ええっ?! 中学生の時の話をしてたの?! フフッ」
有紗が眉を上げながら吹き出した。
「チッ! もういい! さっさとここを終わらせろ! アイツの荷物はまだまだあるんだからな!」
「あはははっ、はいはい。わかりました! あはは」
朝日を受けた有紗の笑顔は、クローゼットの白い壁を一瞬にして春色に染める。
まるでパッと花が咲いたようなその横顔を、玲音は眩しそうに見つめていた。
第42話『Moving boxes』三人目の同居人 - 終 -




