第39話『Dinner for two』それぞれの思惑
有紗とジェンミが和やかに話すのを遠巻きに感じながら、玲音はパソコンに向かってキーを叩く。
『矢神ホールディングス』の会長である父がジェンミをこっちによこした背景には、自分に対して何かしらの思惑があるのではないかと感じていた。
遠隔でも支障なく業務がこなせていなければ、それを日本に戻れという口実にもされかねない。
それでなくとも、今ここにこだわっている理由を、父にはまだ明確に提示出来ていなかった。
――まさか、ジェンミをよこしたのは……
いや、わざわざ回りくどい方法をつかってまでして、俺を連れ戻す意味はないだろう……
親父にメリットがある話ではあるわけだし……
とはいえ、恩赦のように、こんな生活を過ごせているものの、いつまでも形にできなければ、やがて連れ戻されるだろう。
enter keyを叩いてふうっと一息ついたとき、ジェンミがスッと立ち上がって玲音の側にやって来た。
「なんだ? 見合いは終了か?」
ジェンミはふんわりと微笑む。
「焦らさないでよ。愛はゆっくり育まなきゃね?」
「は、言ってろ! で? どうした? お前の部屋なら触らずにそのままにしてあるぞ」
「あのさ、実は今日はここに泊まらないんだ」
「え? そうなのか?」
「うん。ほらレオ、覚えてない? サマーキャンプでマイアミに行った時にさ、ボク達二人だけ別の所に一泊しただろ?」
「ああ、ジェンミの母方の親戚だっけ?」
「うん。母さんから預かってるものがあってさ、あそこに届けに行くんだ。泊まっていけって言われてるから、何泊かしてくると思う」
「そうか。なら、うちの車に乗って行けよ」
「Thank You! そういってくれると思ってた!」
「コイツめ!」
有紗もジェンミの後ろから歩いて来る。
「ジェンミは今から出るそうだ」
「うん、聞いた」
ジェンミとアイコンタクトを取る有紗をチラッと横目で見た。
「すっかり仲良しだな」
「フフフ、まあね!」
そう言って得意げにジェンミが笑いかけると、有紗も笑顔で返す。
「レオ、明日さ、ここにボクの荷物が届くから、引き取って適当にさばいといてくれる?」
「はぁ!? ったく……帰国早々、人使いの荒いヤツだぜ」
「まぁまぁ、これからはボクにお世話になるんだろ? だからいいじゃん? 潜伏中の御曹司さん!」
「チッ! 喰えねぇヤツだな!」
「あはは」
玄関まで2人して見送る。
「それじゃレオ、荷物よろしくね」
「ああ。車、気を付けろよ」
「うん。じゃあね有紗さん。玉子焼きの約束、忘れないでよね?」
「あはは。はい」
「楽しみにしてるね!」
有紗は小首をかしげて手を振った。
「あーあ、これでようやくホントにハリケーンが立ち去ったってわけか。ま、また二、三日したら戻っきちまうけどな」
ドアが閉まってもまだそこに突っ立っている有紗に、玲音は皮肉めいた言葉をかけるつもりでその顔を覗き込む。
しかし意外にも有紗の表情は不安気で、思い詰めたような憂いを感じた。
「おい……お前……」
肩に手を伸ばしかけて止める。
「ちょっと……部屋に戻るね」
有紗は小走りで階段を上りはじめる。
「え? あ、ああ……っていうか……どうした? なんか気になることでも……」
きっと最後の問いかけは届いていない。
――なんだあれ?! さっきまでヘラヘラとジェンミに話を合わせてたくせに!
そのまま有紗は、夕食の時間になっても二階から降りてこなかった。
「アイツ……部屋で何やってんだ? 寝てんのか?」
二階に上がった玲音は、有紗の部屋の前に立つ。
ノックをしようと手を上げた時、ドアがほんの少し開いているのに気が付いた。
躊躇しながらも、その隙間から部屋の中を覗いてみると、ベッドの脇に有紗の背中が確認できる。
純白のシーツの上には、何やら色々な物が散乱していた。
「お、おい……何してんだ?」
静かに声をかけても反応がない。
「寝てんのか? そろそろメシの時間……」
そう言いながら、ドアを開けてそっと中に足を踏み入れてみるも、有紗はベッドにもたれ掛かるように、床にしゃがみこんだ格好のまま動かなかった。
ベッドの上にはアルバムが開いてあり、それを見ながら眠ってしまったようだ。
目をやると、そこには大勢の人が映っている旅行の写真が沢山あって、パッと見ただけでは彼女のことも探せなかったが、みんな笑顔だった。
そっと寝顔を覗くと、その頬に乾いた涙の跡が見えて、ハッとする。
「え……」
目を凝らした瞬間、写真と一緒にベッドの上に放り出されていたスマートフォンが振動を始めた。
玲音は慌てながらも足音をたてないように、サッと廊下に出てドアを閉める。
部屋の中から、有紗が寝ぼけた声で司と言った声が聞こえた。
――うわ……焦ったぁ!! マジで心臓が止まるかと思ったぜ!
階下に降りた玲音は、一人、夕食の準備を始める。
彼女が先日、日本でもよく食べていたというパスタソースのホール缶を見つけ、たくさん買い込んできたのを思い出して、ペンネを茹でてそれを和えた。
加えて、フリルレタスにパプリカとオニオンをスライスしたサラダも用意する。
バケットをカットしているところで、階段から足音がした。
「わ……いい匂い。夕食の支度をしてくれたんだ? ごめんね」
「いいって。凝ったことは出来ねぇけどな」
「あ、これ! 美味しそう」
「そっか。じゃあ食うぞ」
「うん、いただきます」
食事の間、有紗は機嫌もよく食も進んでいたが、ジェンミが帰ったとたん不自然に部屋にこもって涙を流しながら眠ってしまった有紗の様子が、玲音はずっと気になっていた。
フォークを口に運びながら、有紗の様子をうかがう。
「なにしてたんだ?」
玲音は視線をそらしたまま軽い調子で聞いた。
「え……」
「いや、結構長い時間部屋にこもってたから、寝てたのかなぁって……ジェンミが急に来て、気疲れしたのか?」
「ううん、そんなことない。さすがにハリケーンのせいでは深くは眠れてなかったから……それで寝ちゃったのかも」
「そうか、なら……よかった」
「ああ……あのね、司から電話がかかってきたの。それで……話したんだ。あなたのこと」
「ああ、そうか」
そのそっけない返事に、有紗は玲音の表情を探るように聞き直す。
「話しても……良かったのよね?」
「ああ、もちろんだ。叔母と接点もないし、なんの問題もない」
「よかった!」
ホッとしたその顔を見て、やはり秘密にさせることが有紗の負担になっていた事を改めて感じた。
「で? 司はなんて? 驚いてたか?」
咄嗟とはいえ、そんなことを聞くなんて、自分も趣味が悪いなぁと思い、玲音は少し肩をすくめる。
「まあね。思ったほどじゃなかったけど。それにね、意外にも" 良かったじゃない? "って言われたわ」
「なんで?」
「日本に探しにいく手間も省けたし、この広い家で一人で住んでるのがずっと心配だったから、いい用心棒になるんじゃない? って」
それに関しては少し耳が痛かった。
ついこの前、司には役立たずだともアンチフェミニストだとも言われたばかりだった。
自分よりよっぽど婚約者役を果たしている司に対して、有紗に聞こえないように俯いたまま呟く。
――遠巻きに攻撃ジャブを打ってきやがったな。司のヤツめ!
「ん? なに?」
「あ……いやぁ、そ、そんな風に言ってくれてんのか? まぁ表立っては行動できないが、空手の名手が家にいれば、そりゃぁ安心だろうぜ」
有紗がクスッと笑った。
妙にホッとする。
「司がね、来週辺りホームパーティーに来ないかって、言ってくれたんだけど…… どうかな?」
「ああ、いいんじゃないか?」
「ホントに?!」
嬉しそうに顔をあげた有紗は少し俯いた。
「あ……あの彼も……いいって、言ってくれるかな?」
「ん? ジェンミか? むしろそういうの好きなヤツだから」
「ホント! よかった」
また少し彼女の頬が色味を帯びたように見えて、玲音は無意識に空を仰ぐ。
すっかり穏やかになった庭木の影からのぞく月が、まるで二人の距離を測るかのように静かに光っていた。
第39話『Dinner for two』それぞれの思惑 - 終 -




