第31話『Local cuisine』ロコディッシュの晩餐
有紗の帰りが早いと聞いていた玲音は、ハウスキーパーにフロリダの郷土料理店のケータリングを依頼した。
帰宅早々その香ばしい匂いに惹き付けられた有紗は、上機嫌でテーブルにつく。
玲音がオーブンで温め直した大皿を有紗の前に置いた。
「うわぁ、シーフードのオンパレード! ロブスター大好きよ! これは蟹?」
「ああ、Florida Stone Crabだ、ウマイぞ。こっちはローカントリーボイル。エビとポテトとコーンに、ここの名産のスパイスを入れたボイルだ」
有紗はさらに表情を輝かせる。
「ここへ来てLocal cuisineを頂くのは初めてかも!」
「だろうなぁ、叔母と一緒じゃhigh class restaurantばっかりだろ?」
「まぁ……素敵なお店に連れて行っていただいてるからね」
「ならもっとコアなロコディシュにするべきだったか?」
「コアって?!」
玲音は不適な笑みを浮かべた。
「そうだな、キャットフィッシュも意外とクセはなくてウマイぞ」
「それって……?」
「ナマズだ。あとフロッグレッグやゲーターテールなんかの変わり種もあるが……どうだ? 用意してやろうか?」
有紗は肩をすくめて首を振る。
「カエルの足もワニの尻尾もお断りよ! 遠慮しておくわ!」
「あはは。そりゃ残念。あ、そう言えば今朝、司がどうのとか、言ってなかったか?」
自然な流れを装って、玲音はしれっと問いかけた。
「ああ……司がね、こっちに来たばっかりの時に、ウォーレン家のBBQに誘ってくれてたの。だからいつにしようかなって、話してただけよ。気にしないで」
「へぇ、そうなのか? 俺さ……司に会ってみたいなって」
「ええっ! でも……」
「お前の親友だろ? ランドルフと関わりがあるわけでもないし。俺がここに居ることも話したっていいんだぞ」
「えっ……いいの? ホントに?」
玲音は笑い出しそうになるのを懸命に堪えた。
「いいさ。秘密があんまり長くなると、いくら親友でもバレた時に気まずくなるかもしんねぇぞ?」
「確かに……」
「だろ? だったら、ホントに構わないからすぐに話せよ。俺も早く会ってみたいし」
「うん! ありがとう」
無邪気な笑顔を見せて素直に喜ぶ有紗に、わずかな罪悪感を胸の奥に押し込みながらも、玲音は "ミッション成功 " を果たした達成感にかられた。
「ほら、戯れ言はここまでだ。じゃあ、早速聞かせてもらおうか。オーナーたちとの商談内容を」
「ええ」
「メンバーは確か……」
玲音はパソコンを開く。
「ええ、『ハミルトン Edge』と『ブリティッシュクワイア』よ」
「ほお! なかなかのカードだな」
「正式な会談だとすごいわね。だから敢えてミセスランドルフは " ご近所ブランチ " という形を取ったんだと思うわ。お陰でフランクに話せたと思う」
「そうか。それで進展は?」
「うん。とにかくしっかりこちらの話を聞いてもらえたわ。その場で返事はいただけなかったけど、いい感触だった」
「そうか。今後は?」
「来週早々に企画書を揃えて、改めてそれぞれの広報部に伺うことになってる。その話を取り付けただけでも、充分に収穫があったわ」
「そりゃよかった、ついでに " キャサリンパイ " もゲットしたしな?」
「あはは。これはミセスランドルフの粋なはからいよ。限定ものだから、予めお客様用に予約をして、私の部分まで用意して下さったの」
「そんなに買いにくいんだっけな?」
「ええ、それはもう! 昨日も長い行列が出来てたもん」
――お前の親友もその列に居たみたいだぞ、ニアミスだったな……
そう思いながら、玲音は更にさりげなく問いかける。
「それだけの人数だったら、あの店の二階で?」
「ええ、個室だったの」
――なるほど、それなら司と鉢合わせするはずもないか……
そう頷きながら、ほくそ笑んでふと顔を上げると、そんな玲音の顔を有紗がじっと見ていた。
「な、なんだよ」
「なんか……変じゃない?」
「な、なにがだ?! いつも通りだろうが!」
「ふーん……」
「あぁっ!? なんだよ、ふーんって!」
有紗はクスッと笑った。
「そんなにキャサリンのパイが好きだったんだ!」
「は?」
「普段カッコつけてるクセに、実は甘党なのね?」
「なんだその言いぐさは!」
「そんな必死になって隠さなくたっていいから! また美味しいスイーツを見つけたら買ってきてあげるわ! ニート生活に憩いがほしいでしょうし?」
「お前なぁ! 誰がニートだ!」
有紗は満足そうに微笑みながら、自分もフォークをくわえる。
玲音は大袈裟に肩をすくめて見せながらも、有紗の表情を盗み見た。
この和やかな時間に、安らぎを感じる。
ずっと無機質に感じていたこの家や夜の時間が輝きを増し、見慣れたはずのその風景も、彼女の肩越しに眺めると色をなしているように見えた。
つらつらと彼女が話す商談の内容を一通り記録してパソコンを閉じた玲音に、有紗が無垢な表情で尋ねた。
「それで? あなたは昨日今日と、何してたの?」
少しギクッとしたのをなんとかごまかして、平然と答える。
「え……そりゃ仕事だよ。あ……あとは自室の、整理とか?」
「なによそれ? 一日中そんなことして過ごしてたわけじゃないでしょ? やっぱりなんか……怪しくない?」
「はぁ? 怪しいってなんだよ! 帰国してから荷物もそのままだったから、意外と時間がかかるんだ」
「ふーん」
まるで浮気を疑われているかのような妙な気分になる。
――なに必死に言い訳してんだ?
そもそも俺、なんも悪いことしてねぇし……
そう小さく呟きながら、司にも話した一つのエピソードを思い出した。
「あ、そうそう! 近いうちにさ、ジェンミっていう俺の……」
その言葉を遮るように、突如有紗のスマートフォンが振動し始めた。
その画面を同時に見た二人は、目を合わせたまま一瞬口を閉ざす。
有紗が少し息を整えてスマートフォンを持ち上げながら席を立った。
「もしもし翼さん、お疲れ様です」
立ち上がった有紗は、そこからワントーン上げた丁寧な口調で話しながら、自分が使った皿に手をかけた。
玲音はその手をそっと制して、片付けを請け負う仕草をする。
有紗は片手を拝むように上げて見せて、そのまま二階に上っていった。
有紗の声が遠退くのを聞きながら、皿を持ってキッチンに向かった玲音は自嘲めいた笑みを浮かべる。
自分もパソコンを抱えて二階に上がり、有紗の部屋の前を通ると、まだ話している声が聞こえた。
相手は自分の母親。
それもまた、なんとも形容しがたいぎこちない気持ちになった。
画面に映った『矢神翼』の文字を見たときの有紗の表情が思い出される。
司が言っていた " 秘密を抱える負担 " が、その一瞬で見てとれた。
玲音は自室に入ると、有紗に話した事とは裏腹に、帰国してから手付かずで置かれたままのスーツケースを一瞥し、ベッドに寝転んだ。
――焦るな! 俺の出番は、あと少し先のはずだ。
そう言いながら玲音はスマホを耳に当てる。
「ああ、もしもしジェンミ? 俺だ。今会社か? そっか。この前頼んだ相澤出版の……ああ、『月刊ファビュラス』だが……えっ?! それは……確かなのか?!」
第31話『Local cuisine』ロコディッシュの晩餐 - 終 -




