第23話 『Goddess of deals』商談の女神
玲音が日本からこの家に戻って来て五日が経った。
その間も有紗は毎朝のように、パワーランチならぬパワーモーニングにて商談に出掛け、そのまま出社していた。
夜もミーティングを兼ねたディナーを自分の叔母と母親と一緒にこなしている有紗のその意欲と、仕事への入れ込みように敬服しながらも、玲音はこの地での自分の必要性を模索していた。
なにもしなければ、有紗のビジネスパートナーに成り得るどころか、必要ともされない " お飾り状態 " に陥る危険性すらある。
有紗の日常はそれ程までに玲音を刺激し、もはや気の置けない存在となっていた。
今はこの地での知識をフルに活用するべく、コンサルタントとしての位置付けで彼女をサポートしていくほかない。
「で? 『ToB』と『MAKL』のオーナーとはどうだったんだ?」
「ええ、好意的な印象を受けたわ」
「まあ、もともと個人的にランドルフ家とFriendly relationsが取れてる間柄だからな。で? 詳しく話したのか?」
「ええ。特に『ToB』のオーナーはお若いのもあって、興味を持ってくれたわ」
「そうか。ずいぶん長かったよな? アポイントメントは昼間だったろ? この時間まで商談してたのか?」
「いいえ。商談の後、ミセスランドルフとダウンタウンに出向いたの。" アリサに紹介しておきたいお店があるから " って仰って。それでクレマティス・ストリートに」
「ああ、『CAMELOT』か。じゃあ、あの店の商品も見たんだな」
「ええ、隅々まで。素晴らしかったわ。デザインももちろんだけど、素材にもこだわっていて。あのグレードでただのデザイナーズブランドっていう立ち位置じゃ、もったいないわね」
玲音は嬉しそうに乗り出した。
「だろ? やっぱりお前もそう思うか? だから俺も叔母にはナイショで、一度日本への進出を提案したんだが……」
有紗は机についた肘から延びた華奢な両手で頬をつつむと、大きな瞳を玲音に向けた。
「ええ、知ってる」
「え?」
玲音は驚いた表情で有紗の視線をとらえた。
「玉砕したんだってね? とりつく島もなかったでしょ?」
「な、なんで……知ってるんだ?!」
有紗は姿勢を正しながら微笑んだ。
「ミセスランドルフは最初からご存じだったわよ。あなたが『CAMELOT』に打診したことを」
玲音はバンとテーブルに手をついた。
「なんだと……! クソッ! あの担当者、叔母にチクりやがったか」
有紗は、忌々し気に空を睨む玲音の子供のようなその表情を見ながら、また微笑んだ。
「うふふ。ミセスランドルフはその話を私にする時ね、とっても嬉しそうだったわよ。" アリサの仕事をLeonに手伝わせたいわ " って、そう仰って」
玲音は不服そうな顔をする。
「は? なんで俺がお前の仕事を手伝うんだ? 逆だろうが! 最初に『CAMELOT』に目をつけたのは俺の方だぞ!」
「そうよね? でもOKはもらえなかったのよねぇ?」
「チッ、お前……」
そう言って有紗を睨んだ玲音は、はたと気付いたように顔をあげた。
「ん? おい! ってことは……お前、もしかして『CAMELOT』と商談を取り付けたのか?!」
「ええ。私が開くセレクトショップへの商品の納入の確約と『月刊ファビュラス』への掲載、それと日本への支店の斡旋をね。まぁ最初の店舗は、やむを得ずショッピングモールになっちゃうんだけど」
玲音はゆっくりと首を振る。
気位が高くて、難攻不落と思っていたsnobbishなブランドを有紗が口説き落とした事に驚きを隠せなかった。
「ウソだろ……あの堅物デザイナーが、首を縦に振ったのか」
「ええ。でもね、私一人の力では無理だったわ。ミセスランドルフの後ろ楯と、それに……あなたの功績も」
「は? 俺? もう何年も前の話だぞ?」
有紗はまた玲音に近付くように頬杖をついて、瞳を覗き込む。
「あなたが話を持ち掛けたとき、実は『CAMELOT』のオーナーは心を動かされていたのよ。ただ、確証を持てなかったし、考える時間も欲しかったらしいの」
「は? そうは……見えなかった。だから……」
「そう。あちらはあちらで、早々にあなたに愛想をつかされたと思っていたようよ?」
「そんな……」
有紗はふんわりと微笑んで、指をたてると、唱えるように言った。
「" ビジネスはハート、焦らず、焦らせず、段階を踏んで " これは尊敬してる上司に一番最初に教えてもらったことよ。今回はそれを実感したわ。あなたのアクションは第一ステップ。それがあったからこそ、円滑に私が次のステップに上がれたのよ。感謝してるわ」
「なんか……信じがたいが……で? 具体的には?」
「年内には日本に『CAMELOT』が上陸する」
「ん?! 年内だと?!」
「ええ。|introduction《手始め》として『月刊ファビュラス』の独占記事で大々的なプロモーションを行うの。それに当てて、日本での『CAMELOT』のデビューは " ショー形式 " の大きなパーティーイベントになるわ。『Frances Georgette』顔負けのね!」
有紗は笑みを浮かべた。
「……え、いきなりあのランクに持っていくのか?」
「ええ、必ず」
有紗の自信溢れたその様子をしばらく見ていた玲音は、ふと目をそらしてぎこちなく上ずった声で言った。
「確かにいいプランだな。成功したら凄い。その……お前の話さぁ……手帳に書いてたプランや、今回の『CAMELOT』の商談の事とか? 親父に、話してもいいか?」
有紗はにっこりと頷く。
「ええ、もちろん。アパレル業界ではなくても、じきに日本でも話題に上がるはずだから、お耳に入れておいてもいいかもしれないわ。あなたも関わっていることだしね」
「ああ……そっか、そうだな」
少し照れたような表情の玲音を、有紗はまた覗き込む。
「あなたってさ、お父様には話せるの?」
「まぁ……そうだな。親父と俺の思想は似てる。親父もかつて、ランドルフとの提携を考えてたからな。その時は不可能だって判断した。俺も同じだ。今まではそう思ってた。でも、お前のプランなら……やり方によっちゃあ『矢神ホールディングス』とも事業として正式に結びつけることも可能だって思える。いや、実現させたいって気持ちが湧いてくるんだ」
じっと仰ぎ見る有紗の顔を見下ろした玲音は、ハッとする。
そして興奮ぎみになった語り口調を誤魔化すように言った。
「あ……ま、まぁ……親父もさ、お前の話なら、乗ってくるんじゃねぇか?」
ぎこちない面持ちで話す玲音を、有紗は更に見つめる。
「それなら、あなたが大々的にミセスランドルフと直接交渉したらいいのに」
玲音はいぶかしい表情に一転して、バサッと椅子にもたれかかった。
「あのな……お前はどうしてもあの叔母に俺を引き合わせようとするよな? ったく、お節介な……だから! 機が熟すまではダメだっつってんだろ!」
有紗はプイと横を向く。
「コンサバティブなオトコは機を逃すんじゃない? ああ、短気なオトコもダメだっけ?」
「お前……いつになく嫌味なことを言うじゃねぇか」
有紗は溜め息をついて、真正面から玲音を見つめて言った。
「ねぇ! この際だから、言いたいこと言わせてもらってもいいかしら!?」
「はぁ?! なんだ、言ってみろよ!」
第23話 『Goddess of deals』商談の女神 - 終 -




