第105話『Eavesdrop』盗み聞き
Bar『Dim-hide』の一番奥の個室にいた玲音とジェンミは、後から店内に入ってきたカメラマンの彰信と司の姿に驚く。
カーテンで身を隠した二人は、すぐ近くの席から聞こえてくる昔話を、そのわずかな隙間から息をひそめて盗み聞きしていた。
「ふふふ。でも実はアキノブさん、あの時、有紗を口説くつもりだったんじゃないんですか?」
「え?!」
カーテンの内側で、ジェンミが反射的に声を漏らす。
「しっ! お前、聞こえるだろ!」
声を潜める玲音の方に振り向いて、ジェンミは口を押さえながら苦笑いした。
「ち、ちょっと……川原!?」
焦った声を上げた彰信は、拗ねたような表情で司をにらむ。
「なんでわかるんだよ……俺、確かその話は川原にはしてなかったと思うんだけど?!」
司は微笑みながらコトリとグラスを置く。
「ふふふ。私とジェームスにおせっかいを焼きつつも、その流れでご自分も有紗と二人きりになろうとしてたのが、ミエミエだったんで」
彰信は参ったと言わんばかりに肩を落とした。
「はぁ……ホント、川原は昔から手強いにもほどがあるよなぁ。親友なのにアイツとは真逆でさ。まぁ確かに、本気で霧島を口説くつもりだったんだけど……それがさ、その店に、ナント江藤さんがいてな……」
司が吹き出す。
「あはは! それは絶対に無理ですね。江藤部長に捕まったらもう独壇場で誰も割り込めないですから、愛の告白どころじゃなくなりそう! あはは」
「全くもってその通り! あの時はさすがに邪魔だなと思ったけど……でも、それからも江藤さんにはずいぶん世話になった。あの人の後押しがあったから、こうしてアメリカにも進出できたわけだし」
「今やファビュラス本社の幹部ですもんね。私にとっても江藤部長は偉大な人ですよ。一から十まで丁寧に教えてくれましたし、それに、なかなかの無茶振りもしてくるので、私も有紗もけっこう鍛えられましたしね。勢いのある人ですから、きっとゆくゆくは社長になるのかなって」
「そうだな。とは思うけど、まぁ今回の『月刊ファビュラス』の買収問題がどう片付くかによるだろうな。江藤蒼汰営業推進部長か……霧島も、" あの気さくな雰囲気だからついつい生意気言っちゃうんです " って、この前言ってたよ」
「ふふふ。有紗は江藤部長の秘蔵っ子ですからね。部長も、生意気にやりあってくる有紗のことが可愛いくてしょうがないんでしょう」
「だろうな」
「そういえばアキノブさん、由夏さんには会ってないんですか?」
「え、相澤社長? ああ、この前ニューヨークのパーティーで久しぶりに会ったよ。ランドルフの幹部とも同じテーブルでさ」
「へぇ、こっちにいらっしてたんですか? なら、私も由夏さんに会いたかったな……」
「相変わらずパワルフで元気そうだったよ。俺はさ、見ての通り、先の見えないフリーカメラマンだから、古巣の社長と霧島をエサに、そのチャンスをフルに活かして『ランドルフ』に売り込んだって訳だ。お陰で大成功さ!」
司は頷きながらも、小さく息をつく。
「アキノブさん、相変わらず悪ぶるんですね? 有紗に叱られません?」
彰信は司を見据えながら肩をすくめた。
「おいおい! 全部お見通しかよ……恐ろしいな、川原も」
「有紗は純粋にアキノブさんの写真の一番のファンですからね。アキノブさんの才能については、ご本人だろうが侮蔑めいた発言は絶対に許さないでしょうから」
彰信は照れくさそうにしながらも、憮然とした表情を作ってテーブルに身を乗り出す。
「なんかさ、アイツ、すぐに俺をイイ人に仕立て上げてくるんだよ。なぁ川原、あれは霧島の新手の防御策ってわけか?!」
司は目を丸くしながら笑いだした。
「ふふっ。そんなタイプじゃないでしょう? 有紗のそうじゃないところが手強いって思ってるんじゃないんです?」
彰信は額に手をやる。
「ったく! ぐうの音もでねぇわ!」
「あはは」
彰信は豪快に持ち上げたジョッキをあおると、それを下ろしがら司に視線を戻した。
「なぁ川原、ひとつ気になってることがあってさ」
「ええ、何です?」
「ああ……ランドルフの御曹司についてなんだけど……」
司が緊張した面持ちを逃すのと同時に、そのワードにハッとしたジェンミが、カーテンにグッと耳を寄せた。
第105話『Eavesdrop』盗み聞き - 終 -




