第104話『The Blind Spot』カーテンの向こう側で
玲音はジェンミを伴い、学生時代に通いつめていたBar『Dim-hide』へ向かった。
入店してすぐに一番奥の個室に入った二人は、しばし懐かしさをたどるように当時の話に花を咲かせる。
ふとカーテンの隙間から見えた店の出入り口に、それぞれ見覚えのある影が入口に見えて、二人は息をのんだ。
「えっ!!」
ジェンミが声を発したと同時に、玲音が納得したように言った。
「アイツだ! さっき俺に声をかけてきたのは。なぁ、あの男が例のカメラマンなんだな?」
ジェンミは息を飲むように、その姿を捉えたまま、確信をもって頷く。
「うん……エプコットでボクに声をかけてきたヤツだ。間違いないよ」
「やっぱりそうか……」
席に着こうとする玲音の後ろでジェンミが眉を上げて言った。
「あれ?! 見てよ! もう一人、後ろに誰かいる」
玲音は慌てて振り向く。
「え、まさか……アイツも来てるのか?!」
「いや……アリサとは服装が違う。誰だろ? あ!」
二人は咄嗟にカーテンの隙間を狭めた。
「え? あれ……司……だよな?」
「うん……ツカサだね。撮影会に来てたのかな? アリサ、司を呼ぶんなら、ボクにもその話をすると思うんだけど……うわっ、やばっ! こっちに来る!」
二人はカーテンをぴったりと閉め、後ろに下がった。
女性店員を先頭に、カメラマンと司の三人の足音がすぐ近くで聞こえるなか、二人は息をひそめて通り過ぎるのを待つ。
幾分近い距離で足音が止まり、椅子を引く音が聞こえた。
「この距離なら、話してる内容が聞こえるんじゃない? あ……店のBGMでかき消されなければだけど……」
腰を低くしながらカーテンに身を寄せるジェンミを、玲音は呆れたように見つめる。
「お前……今からしばらくそうやって聞くつもりか?」
「当然だよ?!」
幾分|声のボリュームが上がったジェンミに向けて、玲音は口の前に指を立てて見せる。
「しっ! 聞こえる距離だぞ」
たしなめられたジェンミは、苦笑いしながら声を潜めた。
「ああ、ごめん、ごめん……でもさレオ、このチャンスを逃す手はないと思わない? あのカメラマンとツカサが話す内容なんて、アリサのことに決まってんじゃん! しかも古巣の二人が話すってことは、昔話になると思うんだ」
「まぁ……そうかもしれねぇが」
「だろ?! これまでのアリサのおかしな行動がすべて解明できるかも。全部過去に繋がってることはわかってるんだし、それを知る手がかりになるはずだよ」
玲音は気乗りしないと言わんばかりに、ソファーにもたれてため息をつく。
「だからって……それを知って何になるんだ? アイツはアイツだろ?」
「もちろんそうだけど……でもさ、ボクは『ディズニー・ワールド』でのアリサが辛そうなのを目の当たりにしてるんだ。きっとボクらが知らない何かがあるって、あの時実感したし、できることならボクの手でアリサを救いたいって思ってる」
「ジェンミ……お前、そこまで……」
「アリサ本人から聞くのは難しいし、司も信頼できる人間だからなおさら、司は話してくれないだろう。だからさレオ、ボクはこのチャンスを逃したくないんだ。きっと核心に触れられると思う」
玲音は小さく息をつくと、頭の後ろで腕を組みながら、空を仰ぎ、深く息を吐いた。
「わかった。お前の好きにしろ」
ほんの少し開いたカーテンの隙間にジェンミは耳を寄せる。
そのそばを、飲み物と軽食を乗せたトレーを持った店主が通りすぎていった。
ゆったりと席についた彰信と司は、それぞれグラスに手をのばしながら目配せをする。
「この店、なつかしいよな?」
そう言って彰信は司に微笑みかけると、リラックスしたようすで店内を見回した。
「ふふ。こんなに入りくんだ路地裏なのに、ここまでの道、よく覚えてましたね? こっちに住んでる私でさえ、あれ以来ここには来たこともなかったのに」
「はは。良かったよ、無事にたどり着いて。まぁ店構えはそのままだったしな」
司はちらりとカウンターの方に目をやる。
「ええ。でもオーナーは変わりましたね。当時は日本人でしたし」
「そうだったなぁ。結構いいネタをもらったよな?」
「ええ。当時のオーナーには、日本人ウケしそうな穴場の観光スポットをいっぱい教えてもらいましたもんね?」
彰信はグラスを高く持ち上げ、司にも促した。
「じゃあ、とりあえず乾杯といきますか! 昨日はお疲れさま」
グラスをぶつけながら、司は頭を下げる。
「昨日の今日でごめんなさい。でもアキノブさん程の売れっ子カメラマンは、こんな感じでないとなかなか捕まらないかなって思ったので」
「そんなことないって! 霧島といい、ちょっとオレのことを買いかぶり過ぎじゃないか? それほど忙しいわけでもないぞ?」
「あら、でも昨日のパーティーではそうそうたる重鎮の方々と親しげにお話しされてるところを目撃しましたけど?」
「それを言うなら、そっちの方がよっぽど " セレブ感 " 出してたじゃないか? 川原……じゃなくて、今や、かの一流ブランド『ウォーレン』の奥様なんだもんなぁ」
司は肩をすくめて苦笑いする。
「" 川原 " でいいですって。なんせ、アキノブさんは私と旦那を引き合わせてくれたキューピットなんですから」
カーテンの奥で玲音とジェンミが目を合わせた。
「あはは、そうだよなぁ? なんか不思議な気分だ。なぁ、そういやぁ霧島は、この前までウォーレン氏に川原を紹介したのがオレだってこと、知らなかったらしいんだ」
司が首をかしげる。
「あれ? 言ってませんでしたっけ? ウソでしょう?!」
「っていうかさ、普通は気付くよな? ほら、ウォーレン氏が二回目に来日した時の話。撮影が終わって三件目のbarで、" ウォーレン氏が気になっている人がいるって言い出したんだ " って話をしたら、霧島のヤツ、目を丸くしてさ」
「あはは」
「しかし、あの時のミスターウォーレン、酔っ払ってて素直だったよなぁ。川原のことを " かわいい " とか、" 太陽のようなスマイルだ " とか言い出してさ……」
「もう! やめてくださいよ! 恥ずかしい」
「あはは。で、翌日に川原を呼び出してウォーレン氏と引き合わせるために二人きりにして、明治神宮御苑の観光案内をさせたろ? あれでも霧島は何も気付いてなくてさ」
「あの時、アキノブさんは別件でしたよね?」
「ああ。オレは霧島と表参道にロケハンに行っててさ。ちょうど晩飯時になったんだけど、そしたらアイツ、" 明治神宮も近いから、司も呼びましょうよ " って言いだすんだよ? ダメだって言ってもピンと来ない顔をしてさ」
「あはは、ホントに有紗らしい」
「さすが、ファビュラスでも " 恋愛には鈍感だ " って名を馳せた霧島だなぁと思ったよ」
「ま、今もそこに関しては変わってないと思いますけどね? ふふふ」
司は柔らかく笑う。
カーテンの内側でも、玲音とジェンミが肩を揺らしていた。
「あはは……やっぱりアリサって、昔からあんな感じなんだね?」
振り向いてそう言うジェンミは少し嬉しそうに笑うと、またカーテンの隙間に耳を寄せる。
「ああ、そうみたいだな」
玲音はまたソファーに深くもたれながら、音をたてないようにそっとグラスを持ち上げた。
第104話『The Blind Spot』カーテンの向こう側で - 終 -




