過去に犯した罪
「ロージィ、来てくれたのか?会いたかったぞ。」
来賓用の休憩室に入ると父が嬉しそうに迎える。
何事もないように装う父に腹を立てた。
先程までリリーたちの話を聞いたから余計にそう思うのだろう。
わたくしが何も知らないと思っているのかしら?
「ええ、お父様…とても会いたかったわ?」
その取り造った狸の皮をむしり取って剥ぎたくなるほど…
そんな恐ろしい事を考えている娘に気づかず父は笑みを綻ばした。
「ロージィ、凄い美男子ではないか?…ディジーのお父上に似ている。いや、ロージィの方が世界一の美丈夫だ!」
…中身も剥ぎ取る必要がありそうね?
殺意を抱くわたくしを制する様に、ルーベルト様が前に出る。
「ブロッサム公、少し折りいった話があります。」
「…はて?こちらの綺麗なご令嬢はどなたかな?ロージィに負けず美しい。レジーナ王妃殿下によく似て……ま…まさか…?」
「褒めてくれてアリガトウ。」
あら?ルーベルト様が素敵な笑顔になっているわ?
ようやく自分の美しさを認め…そんな怖い顔をしないで頂戴。
妙な圧を醸し出すルーベルト様に促されながら、わたくし達は隣の空き部屋に移動した。
「話とはなんですか?」
「お父様、わたくし達さっきまでリリーと一緒にいたの。そこでマーカス侯爵様の話を聞いたわ。」
「…リリーと?…まさか、あの子はまだシルヴィアのところに居るはず。ロージィ、どういう事だ!?」
お父様が酷く狼狽する。
「わたくしに会わす為にグレンが連れて来てくれたの。」
「…グレンが?ここにグレイスがいるのに…何故つれて来たんだ?」
やはりお父様もマーカス侯爵を警戒してリリーを戻さなかったのね?
「リリーは今どこに?」
「今から領地に戻るそうよ?今、グレンとカムが付き添って送っていったわ。」
「そうか…ならいいが。」
リリーが無事と分かったのか、お父様は安心して息を吐いた。
問題が解決していないからまだ安心してほしくない。
「僕達はグレン達から事情を聴きました。その件で貴方に伺いたい。」
わたくし達がマーカス侯爵の企みを知っていると知ったお父様は静かに頷いた。
「…いいでしょう。ですがここ以外での他言は止めてください。特にルーベルト様、陛下の耳に入れば貴方でも容赦なく罰せられます。」
「勿論、僕達は細心の注意を払うつもりです」
お父様も国王がマーカス侯爵の味方だと分かっている。
だから隠していたのだろう。
でも今度はわたくし達が味方として協力できる。
その為に情報が必要だ。
「知りたいこととは何でしょうか?」
「貴方とマーカス侯爵の過去の事です。彼がレベンス様に執着している理由に貴方も関わっていると聞きました。一体、過去に何があったのですか?」
過去の話と聞いたお父様の表情が一気に曇る。
痛そうな表情…どうして?
「お父様お願い。そこに原因があるなら、解決の意図が見つかるかもしれない。マーカス侯爵に説得が出来て早く解決できるかもしれないわ?」
複雑になる前に解決方法を見つけて二人を助けたい。
必死にお願いするとお父様は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ロージィ、ルーベルト様…私が不甲斐ないせいで巻き込んで本当に済まない。そうだ…あいつが歪んだのは私の所為だ。私があの時、父が戦場に行っていると言わなければ、グレイスはあそこまで変わることは無かったのだろう。」
祖父が戦場に行ったと伝えなければ変わらなかった?
「どういうことですか?」
ルーベルト様の問いに父はゆっくりと訳を話した。
「…当時、私とグレイスはその戦に行ったのですよ。そしてグレイスが残党兵に攫われ父が助けに行った。そしてその後、父は意識が戻らない程の負傷を受けたのです」
父とマーカス侯爵が戦に居た事で、レベンスお爺様が負傷した。
それで今のマーカス侯爵がレベンスお爺様に拘る理由になるの?
「あいつが変貌したのは恐らくそれが原因です。ですがグレイスがあそこまで執着したのかは私でも分かりません。もともと彼は昔から父に憧れたのですよ?父が彼を助けた事が始まりでしょう…。」
マーカス侯爵は2度もレベンスお爺様に助けられている?
お父様は「順を追って話しましょう」と言った。
「私とグレイスが知り合う前、マーカス夫人とグレイスが乗っている馬車が敵国の者に襲撃されました。その時に父が助けたのです。」
単騎で動いていたレベンスは偶然マーカス家の馬車が襲われているところを見合わせ、マーカス夫人とグレイスを助けた。
大勢の敵をたった一人で敵を殲滅する。
戦神如く凄かったと当時のグレイスはそう話した。
「そこで父とグレイスは知り合い、グレイスはそのお礼を言いに後日ブロッサム家に来ました。」
グレイスはお供を連れずたった一人でブロッサム家に訪れた。
来訪予告もなくブロッサム公爵家の門に立っている。
レベンスはそれに気づきグレイスを招き入れた。
「父は自分が呼んだと言ってグレイスを歓迎しました。その時私もグレイスを紹介して貰ったのです。」
レベンスはグレイスが一人で来た理由を詮索せず、自由に遊びに来て良いとグレイスを受け入れた。
望むならブロッサム邸に暮らしていいとまで言って。
「…何故父がそこまで受け入れるのか分からなかったですが、当時のグレイスが救われたような笑みを零していたので、訳アリだと理解して俺もあいつを受け入れました。それから生活が変わりましたね。」
グレイスはブロッサム邸に度々滞在するようになり賑やかになった。
「グレイスは良い奴で、兄弟が出来たように思いました。一緒に勉強を学び、遊んで毎日が楽しかった。…そういえば、あいつから『お前は武術の才能が全くない』って言われて傷ついたな?逆にあいつは武術の才能あって羨ましかった…。」
あははっとお父様は笑った。
祖父は父に武術を教えなかったらしい。
『お父様は頭が良いけど、それ以外は不器用だからそれは仕方ないわね?』
父の不器用さに納得する。
「本当にあの頃は良かった。…でも、あの戦場に行った事でグレイスは変わってしまった…俺が余計なことを言わなければ、あいつは動かなかったのだろう。」
父は悔しそうに表情を歪ませ当時の事を話しだした。
「当時、敵軍が王国内まで迫って来ていてブロッサム領地に近くまで攻めて来た。そして父は対処しようと動きました。」
敵は隣国の為、大軍で国内の複数の領地に攻めて来た。
とても騎士団だけでは対応が足りず、レベンスも一人各地の領地の敵を排除していた。
そんな中、王都に近いブロッサム領地のまで敵が入り込んでしまった。
絶対的な危機に落ちるかと思えば、そうじゃない。
「父は先を見越して敢えてそのようにしたそうです。そのお陰か、他の領地の敵軍は弱くすぐに制圧しました。ブロッサム領地付近の町も民は先に避難がされており、父はその場で敵大将を討ち取りました。」
レベンスによって敵大将は討たれ終戦を迎えようとした。
でもそんな時に予想以外のアクシデントが起きる。
「戦の最中。私は王都の屋敷で父の帰りを待っていました。でも、その時の戦は大規模で、とても待っている時間が永遠と感じる程。その中でグレイスが家に訪れたのです。」
定期的にマーカス家に帰っているグレイスは再びブロッサム邸に来た。
そしてレベンスがまだ戻ってきてないと知ったグレイスはグラジオに状況を聞く。
「私も父が戻らない事に焦っておりグレイスに父の近況を全て話しました。そしたらあいつも俺と同じ気持ちになったのか、戦へ向かうと言ったのです。」
本来、子供が戦に行くなどあり得ない。
だが、当時のグレイスはレベンスに鍛えられて騎士隊長よりも強かった。
自分も戦うとグレイスは戦場へ行こうとする。
グラジオは止めたが、グレイスは聞き入れない。
結局グラジオも心配してグレイスと共について行った。
「…そして最悪な状況になりました。」
二人が戦場に行った時、戦は終わっていた。
だから、二人は『もう大丈夫だ』と信じてしまった。
…でもその油断が彼らを襲う。
生き残りの敵兵が不意打ちを仕掛けグレイスだけが捕られてしまった。
「私はその時、恐怖で腕も足も動かく怖気づいてしまった。そして助けを呼ぼうとその場を逃げ出したんだ。…そして助けを呼んで戻ったが、グレイスは既に父に助けられていた。…でもその時の父を見た時に衝撃でした。父は酷く負傷をしていたのです。」
無敵の英雄のレベンスがまさかの負傷。
それも意識が殆どなく動かなった。
グレイスはそんな父に泣きながらずっと寄り添っていた。
この時からレベンスは衰弱してしまった。
医師の話だと、重傷を負った傷が切っ掛けで今まで酷使していた身体が限界を超えたという。
レベンスは殆ど意識がなく寝たきりなった。
その事にグレイスは大きくショックを受けたそうだ。
「それからグレイスは変わってしまった。私と話さなくなり家に来ても父の様子を見るばかり。そして今まで以上に武術や勉学を励むようになりました。」
そしてレベンスは半年も経たずに亡くなった。
「父が亡くなった頃からグレイスの様子に変化がありました。あいつは父の様に戦うようになったのです。まるで父が考える様な戦いをグレイスは真似て隣国の敵軍を倒しました。」
レベンスの様に戦うグレイスにグラジオは驚いた。
そして隣国の戦いを終結させたグレイス。
「驚くことはまだあります。グレイスは戦いで英雄になっただけではなく、その後、医療や国の環境も力を入れて国に貢献しました。…前々から父から教えて貰った様々な知識をグレイスは生かして最年少で公衛大臣の座に着いたのです。」
まるでレベンスを引き継いだようにグレイスは王国の英雄になった。
「これが私達の過去です。」
「「…。」」
お父様の責任と言えば、少しはあるだろう。
だけど、マーカス侯爵も同じだろう。
負い目があったとしても異常な執着までするだろうか?
…まだ穴だらけだ。
「父が亡くなってからグレイスはいつも私を避けていました。お互い大臣になっても必要以上は話してくれない。…何度も私は話しかけますが、あいつは相手にしません。」
グラジオはそれが寂しかった。
でも互いに大人で責任がある職務を持っている。
自然に離れるのも仕方ない。
「でもある日、グレイスは私にまた昔の様に仲良くしようと言ってきました。それを聞いて私は嬉しかったのですが…実際は違う。リリーと接触したからグレイスは仲良くしようと言ったのです。」
リリーが父レベンスに瓜二つ。
グレイスはリリーを産んだディジーを褒めた。
「その時からグレイスはリリーをグレンの婚約者として求めました。でも最初はリリーにブロッサム公爵を継がせる為に断りましたが…私の愚かな行いの所為でリリーをグレンの婚約者として認めたのです。」
それはレゼット夫人の件。
グレイスは奥方の為に罪を軽くするための手助けしようとグラジオに言った。
「…そして今年の夏、シルヴィアに呼び出され話を聞きました。二人を助ける為に協力してほしいと。でも、私は一度反対したのです。グレイスを説得して何とか止めればいいと言いましたがシルヴィアは『甘い!』と叱られましたね?」
グレイスが簡単に意志を曲げる様な相手ではない。
それならグレンとリリーはこんなに苦しまなかったとシルヴィアにグラジオを叱った。
「シルヴィアの指摘に私はまた自分の罪でリリーを苦しめていたと気づきました。あの子にもう辛い思いはさせないと誓ったのに…。それでもあの子はグレンと共にグレイスを止めたいと私に訴えたのです。」
か弱い少女だった娘が辛い状況でも諦めず戦うと意志を示した。
その眼差しはかつてレベンスの強い眼差しと同じ。
「あの子の強い意志に協力すると決めました。私も己の罪でリリーとグレンをこれ以上苦しめたくない。出来る限りグレイスを説得して丸く収めたいと思っています。その為にリリーをシルヴィアに預け何とか対話する為に何度も接触していますが、中々あいつは応じようとしません。」
どんなに対話を求めても、また避けられている。
「でも今日、学園の来賓としてあいつがここに来る事は分かっているから、私は何とかして説得しようと思います。これ以上あの子達を苦しめたくない…。」
父は来賓の立場を利用してマーカス侯爵と接触するつもりだ。
これで何とかなればいいのだけど…。
父の話にルーベルト様は何か考えている。
「話は分かりました。あと一つ教えて欲しいのですが、マーカス夫人の罠の事は聞いていますか?もしグレンとマーカス侯爵が戦う際、罠を仕掛けると言いましたが、相手が相手だけに可能なのでしょうか?」
世代交代させる為にマーカス侯爵に罠を仕掛ける。
でも相手は大戦で勝った英雄だ。
容易にはいかない。
「…シルヴィアの実家はあのアルヴィス家です。ルーベルト様もかの家がどんな特殊なのかご存じでしょう?そしてその下は腹心のヴィレッセロ家があります。更に言えば神を降臨させたフェロミア家が味方です。あの三家が動くのなら十分に相手が出来ます。」
「ま、まさか…?凄い…いう事は“罠”とは影の事ですね?」
三家が動くと聞いたルーベルト様は凄く驚いた。
「どういう事なの?」
わたくしは全く分からない。
確かアルヴィス家はこの国の唯一の大公。
大臣職に就かず謎の仕事を持つ家と噂されている。でも権力は王家と同じぐらい持っていて、唯一王族を裁けると言われている。
そしてヴィレッセロ辺境伯。
アルヴィス大公側の貴族で腹心。
辺境伯でも大きな権力を持っているらしい。
あと、父の親戚でもある。
最後にフェロミア侯爵家。
四大侯爵家の一つで、死神を降臨したと噂がある家だそうだ。
今は当主が居なくて表に出てこないが、昔は四大侯爵家の中でも一番権力があると言われていた。
その三家に何があるの?
「アルヴィス大公は唯一国王を抑える力を持っている以外に、国王の影武者を務める人だ。この国の裏という裏を知り尽くしている上に、外のパイプも太い。この人がいればリリー達を外に逃がすことが出来る。」
アルヴィス大公は他国に顔が広い上に、国内でも国王の次に強い権力を持っている。
「そしてヴィレッセロ辺境伯は王家の影になる人材を出している。暗部に強い家だ。あとフェロミア家は英雄レベンス様の師がいる家。今でも武術は継承して残されていると思うから恐らくマーカス侯爵に対抗できる。彼らを動かすなんて凄い…」
ルーベルト様は感心するけど心情は複雑だ。
そんなすごい所の助っ人なら、こんなに時間を掛けずにすぐに解決は出来るのではないの?
「それは無理だよ?これはあくまで身内で起きている事だ。他者が介入すると内争になりかねない。」
「うう…またわたくしの顔をみて読みましたね?」
思っている事をまた読まれた…。
苦笑するルーベルト様が恨めしい。
「ルーベルト様、ロージィ、君達を巻き込んで申し訳ない。だが、もう少し待っていてくれ?
私はシルヴィアと共に今日決着をつける。リリー達を必ず解放させて見せるから、君達はどうか何も無かったように学園生活を送ってほしい。」
父は申し訳なさそうに頭を下げた。
「馬鹿を言わないで?知らぬふりするなんて出来ないわ?わたくしも説得する。」
これ以上、妹を苦しめさせない。
「馬鹿は君だよ?ロザリア、今まで知らなかった僕達が言っても聞いてくれないよ?」
刺々しいルーベルト様の一言にカチンっ
「何よ!?そんな事分からないじゃない!!」
「本当の事でしょう?大体…」
「気持ちは十分ね?でも、それだけで物事を動かすには足りないわ?」
女性の声が部屋に響いた。
扉へ視線を向けたら長い黒髪を纏めた女性が部屋に入ってくる。
「ふふ、初めまして?私はシルヴィア・マーカス、グレイスの妻でグレンの母です。」
悪戯するような顔した女性がニッコリと微笑んだ。
「シルヴィア。」
「グラジオ迎えに来たわ?それに…」
シルヴィア様が扉の方へ視線を向けるとまた扉が開いた。
「ロザリア様、こちらに居ましたか?」
部屋に入って来たのはマリアンだ。随分慌てている。
「マリアン、慌ててどうしたの?」
「ロザリア様、聞いてください。今すぐブロッサム公爵様と共に温室まで来てください。」
「お父様と一緒に温室?何故?」
さっきまで温室に居たけど何かあったかしら?
「リリー様がマーカス侯爵様と一緒にいます。カム様が急いで来て欲しいと。」
…え?…リリーがマーカス侯爵と?
「事は一大事よ?」
動揺するわたくし達を見ながらシルヴィア様は真顔で「動き出したわね?」と呟いた。
読んで頂きありがとうございます。
次はカム視点になります。




