狂気に満ちた刃
カム視点です。
少し遡ります。
来賓の歓迎を無事終えてリリー様が現れる待合室へと向かう。
丁度グレン様のクラスの発表が終わったようだ。
待合室でお嬢様とルーベルト様が待っている。
進む先に見覚えのある人…リリー様だ。
そして話している相手はマリアン様と…マリオット様ぁ!?
燕尾服を着たマリアン様とご令嬢?のマリオット様がいるではないか?
マリアン様は何度か騎士の姿を見ている為に違和感がしない。
反対にマリオット様は…何て言うか…その…熊の令嬢?
銅色の長い髪のドリル…もとい、巻き髪が何とも言えない。
マリオット様、ご令嬢は仁王立ちで立ちません。腕を組むのを止めてください。
「お姉様達も素敵でしたが、御二人もとてもお似合いです。素敵ですよ!」
「俺を褒めるのを止めろぉ!」
おや?リリー様が興奮している。
いつもの兎っぷりだ。
…だけどリリー様の隣にいる二人の従者と侍女らしき人は、マリアン様達を睨んでいる。
成程、マリアン様とマリオット様から足止めを喰らっているのだろう。
マリアン様たちは時間稼ぎをする為に雑談をしているかもしれない。
という事はお嬢様の説得は失敗になったか…。
「リリー様、お久しぶりです。」
「お兄様!」
ようやくたどり着き、リリー様に挨拶をする。
後の二人、また来たかと言う様に見ないでほしい。
「クラベル先生」
「マリアン様、今の俺は非番なので『先生』ではありません。リリー様をお迎えに上がりました。」
「全く次から次へと…申し訳ありませんが、リリー様はこれからマーカス領地に戻らなければなりません。迎えは不要です。」
従者の男が前に出て立ちはだかる。
「そうはいきません。リリー様にお会いしたいというお客様がいます。リリー様のお知り合いですよ?」
「私が知っている…人?」
リリー様は首を傾げる。
そんな様子に従者は表情を歪めた。
「会わすことはできません。リリー様、参りましょう?」
リリー様の腕を掴み従者はこの場を離れようとするが、マリアン様とマリオット様が行かせぬように道を塞いだ。
「これはブロッサム家に来ている客人です。それを貴方たちが勝手に決めないで下さい。」
「今のリリー様はマーカス家に身を置いています。ブロッサム家の客など関係ない!!」
対立する俺たちの間にリリー様が動く。
「お兄様、ウェント、お二人ともやめてください。お兄様、ご一緒しましょう?」
「リリー様!?」
ウェントと呼ばれた従者が咎めるが、リリー様は小さく「分かっています」と返した。
「ウェント、これ以上の騒ぎを起こせば、それはマーカス家の恥となります。従者が主人に恥をかかせるなどしてはいけません。私は挨拶したらすぐ戻ります。貴方はグレンに待ってくれる様に伝えて貰えませんか?」
「…くっ…承知いたしました。ですが、カミラは連れてって下さい。私がグレン様に叱られます。」
リリー様が頷くと従者は渋々下がった。
でもマーカス家の侍女をつけるなんて、リリー様を監視している様に見える。
「…お兄様、私には時間がありません。それでも宜しいでしょうか?」
俺に有無を言わせないような強い眼差し。
俺もマーカス家の従者と同様だと訴えている。
「…分かりました。では行きましょう?」
リリー様…ブロッサム家に帰る気はないのですね?
案内するべく手を差し出すと彼女は手を乗せた。
今のリリー様は感情が読み取れない。
小さな手の温もりに切なくなった。
・・・・・
学園の庭の奥に温室がある。
今は学園祭で殆どホール会場に人が集まっている為か温室に人気はいない。
そこである人が待っている。
「リリー様、こちらです。」
温室の中に入り少し進むと、中央のベンチに一人の男性が座っていた。
その男性を見たリリー様は目を大きく開く。
「…フレッド…。」
「リリーお嬢様、お久しぶりです。」
そう、ブロッサム領地で奥様の補佐をしていた元執事。
ブロッサム家で事件を起こした犯人だった。
でも小さい頃のリリー様にとって彼は父親の代わりでもある。
「どうしてここに?」
「フレッドは旦那様の計らいで実は来年の春、この学園の教師になるのですよ。」
「…え?でもフレッドは市井の町で暮らしていると聞いていますが?」
リリー様が驚いている。
それはそうです。彼は一度、貴族籍を抜けたのですから。
「それはですね…」
平民は本来なら貴族が通う学園で教師になることはできない。
でもブロッサム公爵はフレッドが妻と娘を支えていた事に感謝していると言っていた。
フレッドの罪は無くならないが、更生してくれるならば貴族としてやり直してもいい。
ブロッサム公爵はそう考え、その後の彼を監視した。
それを知らないまま、馴れない市井で暮らすようになったフレッドは市井の民に高圧な態度も取らず順応して静かに暮らしている。
仕事も出来て民からの評判もいい。
もともと公爵家の執事になれるほど優秀だったフレッド。
旦那様は彼を赦し通達した。
「フレッドは貴族に戻る事を一度拒みましたが、リリー様の近況を聞くと考え直してくれたのです。貴女が奥様と彼の仕事を引き継いて頑張っているとお伝えすると、リリー様の成長を少しでも近くで見守りたいと仰ってくれました。」
「はい。キャンベル家は没落しましたが、有難いことにとある子爵家から私を迎えたいと言って頂きました。そしてブロッサム公爵様の計らいで、一昨年から講師の免許をとり学園の講師として入ることになりました。」
子爵家に養子として入っても自立して働きたいとフレッドは望んだ。
「…じゃあフレッドは来年にこの学園に居るのですね?」
リリー様は嬉しそうに微笑む。
フレッドはリリー様の前に跪いた。
「リリーお嬢様…少し見てないうちに大きくなりましたね?カム様にお聞きしたところ、今はマーカス領地にいて帰らないと…とても心配しました。…ご無事で何よりです。」
「フレッド…。」
リリー様が哀しそうに俯く。
「…また悩んでいるのですね?奥様と同じ様に…あの頃の私は貴女に何もしてあげられなかった。奥様は貴女まで居なくならない様に必死で、何をするにも制限されて…そんな息が詰まる中でグレン様が貴方の支えになっていたと存じています。」
産まれてから自由という自由がなかったリリー様。
常に制限と監視の中で過ごしていたそうだ。
フレッドは何も出来ずただ一緒に過ごしていた。
「でも、貴女はあの時と違いグレン様だけではなく、お父様とお姉様が貴女を支えてくれます。どうか勇気を出して助けを求めてください。必ずや皆様はリリー様の話を聞いてくださいます。」
もう声が届かないことはない。
フレッドは懇願した。
その想いはリリー様に届くのか?
彼女は哀しそうな表情のまま静かに口を開いた。
「…私は…今度こそグレンを守りたいの…だから…出来ない…。」
今度こそ守りたい?
「…リリー様どういうことですか?」
「…私は彼に…」
「リリー」
リリー様が話そうとした途端、人影が現れた。
時間が足りなかった…やはり来ましたね?
「リリーおいで?」
リリー様は命じられるまま呼ばれた方へ向かった。
「…グレン様。」
「従者がコソコソ動くと知っていたが、まさかその裏切り者も一緒いるとは思わなかった。リリーを再び傷つけるつもりか?」
リリー様を腕の中に閉じ込めて敵意を込めて睨むグレン様にフレッドは恐怖で震える。
「…グレン違うわ?…フレッドは私に近況を教えてくれたの。来年度、この学園の講師になるそうです。」
リリー様が代わりに弁解する。
「リリーの入学時期に…か?…それでリリーをまた騙す気か?」
更に殺気が増す。
リリー様に害することを最も嫌うグレン様にとってフレッドは敵。
誰もそんなことを言っていないのに憎悪を募らせる。
「勝手な思い込みで敵意を向けないでくれませんか?俺たちはリリー様を大切な家族と思っています。勿論グレン様、貴方も大切なご友人です。俺たちは貴方と敵対するつもりはありません。」
「ふんっ、よく言う。敵対するつもりがないなら、ほっといてくれないか?リリーは俺と一緒にいることを望んだ。俺達は婚姻を交わしお前達から離れる。リリーがこの学園に通う事はない!」
突然婚姻の話ときた。
意味が分からない。
いくらグレン様が成人していても、公爵家の未成年の令嬢と婚姻など貴族社会にとって醜聞だ。
旦那様がそんな事を許すはずない。
「出鱈目を言わないでください。そんな事をブロッサム公爵が許すと思いますか?」
俺の否定にグレン様は不敵に微笑む。
そしてずっと俯いたリリー様が顔を上げた。
「…お父様に許可を頂いております。」
「え?」
ブロッサム公爵が許可しているなんて目に鱗だ。
「お父様とマーカス侯爵夫人であるシルヴィア様から許可を頂いています。…一度は反対されましたが、状況次第で私達を守るためにはやもえないと…」
旦那様とマーカス侯爵夫人の許可?
マーカス侯爵ではなくて?
それに状況次第とは…?
困惑する俺をみてリリー様はグレン様の腕を引っ張った。
「…グレン、お兄様に話しましょう?お兄様なら分かってもらえるかもしれません。このまま黙って迷惑をかけたくない。」
「駄目だ。言えばこいつらは余計な事をする。リリー、もう君は行くんだ。ウェント、リリーを連れて行ってくれ?」
「はい。リリー様、参りましょう?」
後ろに控えていた従者と侍女がリリー様を連れて行こうとする。
「待ってください!」
止めようと動く…が、俺の目の前にいきなり刃が現れた。
グレン様は剣を俺に向けている。
首元に刃…剣を抜いたところを全然分からなかった。
「人気が無い場所で良かった。でなければ『講師』に剣を向けられないからな?」
「カム様!」
「グレン!?」
フレッドとリリー様の声が温室に響いた。
緊張感が走る。
木刀ではなく真剣。
こんなものを持ち出すなんて笑えない話だ。
学生が使う鞘に中身を隠して持ってきたのだろう。
「こんなものを向けて威嚇のつもりですか?」
「威嚇かどうか確かめればいい。」
こんな事をしている間にもリリー様が連れて行かれる。
グレン様をどうにかしないと…。
刃先を避けようと間合いを取るがグレン様の方が早い。
「!?ぐはっ!!」
剣で斬られる…と思いきや、腹部を蹴り飛ばされた。
「グレン、止めて!」
リリー様が叫ぶ。
地面に叩きつけられた。
『く…剣はフェイントか?…動きが見えなかった…。』
攻撃を受けて腹と背に大きく衝撃を食らった。
動くのが厳しい。
グレン様は再び俺に刃先をむける。
今度は胸に刃。
殺す気か?
「…俺を殺しますか?」
「これ以上邪魔をするなら、容赦はしない。」
冷酷な目が俺を捕える。
万事休す。
少しでも動けばグレン様は突き刺すだろう。
「止めてください!」
リリー様が戻ろうとするが、従者達に連れて行かれてしまう。
でも…突然、見覚えある人が現れた。
「…ごめんなさいね?」
大きな音がした。
俺とグレン様は音の先の方へ注目する。
「…え…どうしてここに?」
「やっと会えた。リリーがずっと図書館に来なくて寂しかったわよ?」
薄藍色の髪の少女がリリー様の手を取る。
「…ジュリア様?」
「ジュリアちゃん?」
…え? フレッドが彼女を知っている?
いや、今はそれどころではない。
「…誰だ?」
グレン様の目つきが鋭くなる。
「貴方がリリーの婚約者様?初めまして、ジュリア・ディリクレです。そこの人の義理の娘でリリーの親友ですよ。」
空気が重い中なのに、ジュリア様はケロリとしている。
「あ、この二人は貴方の使い人かしら?ごめんなさいね。リリーが嫌がっているのに無理やり連れて行こうとしていたから、気絶させました。でも寝ているだけなので、心配はありませんよ?」
ジュリア様が従者と侍女を気絶させたようだ。
「ジュリ、どういう事なの?…フレッドをお義父様って…?」
「それはこの人の養子先が私の家なの。領地の運営に詳しいから、面倒くさがりのお爺さんが養子にしてコキ使っているのよ?この人も貴族籍だけ入れて使用人と同じにして欲しいと言うけど、そんなの出来ないわ?ちゃんと私の家族になって貰いました!」
えへん!とジュリア様は胸を張った。
これは俺も初耳だ。
まさか養子先がジュリア様の家だったとは…。
それも義理の叔父さんではなく、お義父さん。
フレッドもジュリア様に優しそうに微笑んでいる。
仲は良さそうだ。
「今日お義父さんがあんたと会うと聞いたから、私もここに来たのよ?探したんだから!」
「…ジュリ。」
哀しそうに俯くリリー様の頭をよしよしと撫でるジュリア様。
「リリー、駄目でしょう?居なくなる前にちゃんと色んな人に相談しないと。」
ジュリア様はリリー様を心配してきてくれたんだ。
その温かさにリリー様はそっと寄り添った。
「リリーに触るな!!」
怒声が温室に響いた。
気付けば俺に剣を向けていたグレン様が姿を消す。
「!?」
グレン様はジュリア様の前に現れ剣を向ける。
ジュリア様は躱すがグレン様の方が早い。
すぐに追い詰め攻撃しようとする。
ジュリア様は距離を開けるしかなく、リリー様から離されてしまった。
「やめて!」
ジュリア様を庇う様にリリー様は前に立つ。
そんなリリー様をグレン様は腕を掴んで引き寄せた。
「約束しただろう?君は俺のものだ。リリー、他の奴に君を触らせないでくれ?」
「グレン…。」
言葉の鎖でリリー様を繋いだ。
リリー様は抵抗せず従ってしまう。
「止めてよね?リリーは誰のものでもないわ!」
「煩い!お前に俺たちの何が分かる?リリーは俺の半身。同じ痛みと苦しみをもつ唯一の片割れだ。お前達みたいな薄っぺらな絆ではない!リリーは俺だけのものだ!!」
狂気を帯びた目、以前お嬢様に見せた刃物のような冷たい殺気はジュリア様の訴えをかき消すほどの気迫だ。
これには流石にジュリア様も顔色を変え怖気づく。
でも気を取り直してグレン様に向かった。
「他所の変態さんより質が悪いわ?リリーを放しなさい!」
ジュリア様はグレン様を蹴り上げようしたが、リリー様を抱えたままのグレン様に難なく躱され、逆にジュリア様のワンピースの襟を掴まれて容赦なく突き飛ばされた。
ジュリア様が床に叩きつけられる。
グレン様は剣を持ち直しジュリア様に剣を向けた。
まずい!ジュリア様が危ない!
急いで起き上がって向かう。
間に合うか!?
「グレン、やめて!」
「…リリー、邪魔者は消そう…。」
「っ!」
リリー様がグレン様の腕から逃げる。
そしてグレン様の前に立ち手を振り上げた。
パンっ!
「もうやめましょう?グレン…。」
グレン様の頬を叩いたリリー様の眼から一粒の雫が頬を伝った。
お読み頂き有難うございます。




