聖女の歌
入学式から数日後、ルーベルト様は偶然を装いアンジェラと話をした。
そしてその放課後に二人で会う事を約束する。
そして放課後。
わたくしとルーベルト様は約束の場所の近くまで来ていた。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ロザリアも不安かもしれないけど、僕を信じてほしい。」
ルーベルト様は自信ありそうだけど、不安は不安だ。
このイベントは悪役令嬢のわたくしがルーベルト様とヒロインが仲睦まじくする姿をみて嫉妬する切っ掛けになる。
そしてヒロインの嫌がらせが始まるのだ。
「ロザリアは出来ればカムの近くに居てくれ。」
「分かりましたわ」
良かった…。カムがいるなら少しは落ち着けるかも。
強張っていた体に余計な力が抜けた。
「あと一つお願いなのだけど、出来るだけ学園ではカムと接するのを極力控えてくれないかい?」
ルーベルト様の言葉に首を傾げる。
…カムと接するのが駄目?講師だから?
「どうしてですか?」
話さないでと言われても、シナリオを壊す為にはカムが居てくれないと困る。
不満に思って問いかけると、ルーベルト様がちゃんと答えてくれた。
「君とカムが知り合いだという事を周りに知られたくない。これは何かあった時にカムが動きやすくする為に必要になるからね。それに彼女にカムが悪役令嬢の協力者と思われない様にするためだ。」
成程、ヒロインにカムが悪役令嬢であるわたくしの協力者と思われると後に厄介になるのか…。
カムは財務大臣補佐という肩書で知られているが、私の従者なのは他の貴族達にはあまり知られていない。
「そうですね…、分かりましたわ。出来るだけカムは先生として接する事にします。」
寂しいけど仕方ない。
これも自分の為だから。
「有難う、では行ってくるよ。」
優しそうに微笑むルーベルト様は憂いを帯びた表情に切り替える。
そのままヒロインと待ち合わせをしている場所に向かった。
何という儚くて美しい王子なんだろう…_
元々、抽象的なつくりをしているからこそ、儚さを秘めるとより美しくみえる。
…それが狡いと思うのは、わたくしだけだろうか?
カムが言っていたけど、流石は攻略対象者の中でも一番人気。
4人の中でも美人で性格も優しい人格者だ。
王子だけが売りじゃない。
『表現力があって演技達者だわ…。』
あの憂いを帯びた表情していれば、心に傷を負っている王子様と思うだろう。
…実際は心に傷があっても勇敢に立ち向かう王子だ。
彼の背中を見ながら、ふと思う。
ルーベルト様が心を傾けるほどの大切な人、サラフィリア第三王女殿下。
一体どんな人だったのだろうか?
転生者だったのに、シナリオどおりに殺されてしまった。
ルーベルト様は近くに居たのに、王女の話を知って殺されると分かっていたはずなのに、回避が出来なかった。
その事でルーベルト様は絶望し心を凍り付かせてしまった。
だけど王女の意思を継ぐ様に王国の為わたくしたちの存在を危惧し、自分一人で立ち向かおうと誓った勇敢な人。
もし、わたくしがルーベルト殿下の様に大切な人を失ったらどうなるのだろう?
…もしも…カムを失ったら…わたくしは…。
< ダカラコソ、ワタクシガ叶エテミセル >
「え?」
今…なんて思った?
「ブロッサム令嬢、どうされましたか?」
「え?いえ、何でもありませ…って、カムか。」
すぐ近くにカムが植物に触れながら立っていた。
「…しー!」
はっ!そうだ先ほどルーベルト様に言われたばかりだったのに!
「失礼しました、クラベル先生。特にどうってこともありませんことよ?」
危ない危ない。今はヒロインの様子を見ることに集中しなければ…。
「そうですか?なら宜しいのですが。」
そう言ってカムは再び植物を採取し始めた。
成程、薬草学の教材集めね?
こんなところに先生がいるのも不思議だもの。
確かカムの担当学科は薬草学、騎士志向や国の環境・医療班向けの仕事を希望している人は学ぶところだ。
…因みにわたくしは薬草学の学科は取っていない。なので、カムの授業は参加できない。
カムの授業、受けたかったな…。
「あ!」
しょんぼりしていたら、アンジェラ・フェルファが来た。
アンジェラは園庭のベンチに座るルーベルト様を見つけると嬉しそうに駆け寄った。
だか、余りにも駆け寄るスピードが速くてルーベルト様に体当たり…もとい抱き着くような形でルーベルト様の胸に倒れる。
あのヒロイン…猪みたいだわ…?
普通ならロマンス的な展開なのに、猪が逃げるために人へ体当たり攻撃している様に見えた。
少し離れたところでカムもヒロインの行動みて唖然としている。
「…お嬢様と同レベル…。」
それも離れているのにしっかりとカムの残念そうな声も聞こえた。
カーム?それ、説明してくれないかしら?
でも、今はヒロインに集中しなければならない。
気を取り直して視線を向けるとルーベルト様とアンジェラは会話している。
でも、この距離は会話があまり聞こえないわね?少し距離に近づこう。
そう思いルーベルト様とアンジェラがいるベンチの少し近くの草陰に身を寄せた。
これで少しは聞こえるだろう。
カムが必死に何か口を動かしているけど、気にしない。
今は二人の会話に集中しなければ。
ルーベルト様とアンジェラはベンチに座って話をしている。
だが一方的にアンジェラがルーベルト様に話しかけているようだ。
「ルーベルト様から会いに来てくれるなんて嬉しいです。やっぱり私の事を気にしてくれていたのですね?」
「入学式の時に僕のクラスに来たと言う話を聞いたから僕も気になっていた。君がどんな子だろうか…とね?」
ヒロインがどんな人物かをね?と副音声が聞こえた様な気がした。
それを聞いたアンジェラは顔を真っ赤にして悶絶する様に上体を振る。
何度も言うけど流石は王子、…人気№1は伊達ではない。美人が憂いを帯びた目で見つめたら誰でも落ちるだろう…女たらしだ。
「どうして僕のクラスに来たの?」
「そ、それは入学式の朝、大切なハンカチを拾ってくれたではありませんか?そのお礼がしたくてルーベルト様のクラスに行ったんです。このハンカチ、私にとってすごく大事な物なの…だから…。」
アンジェラは入学式に飛ばされたというハンカチを自分の胸に当ててルーベルト様にもじもじと上目遣いでみる。
彼女もヒロインだけあってとても可愛らしい。守ってあげたくなるような庇護力をわかせるタイプだ。
『リリーに近いタイプ?…いや、あの子の方が仔兎の様に可愛いわ。』
可憐な美少女度なら絶対に妹が上。
そのうえ無邪気な兎感があって構いたくなる。
「このハンカチは母の形見なんです。だから拾ってもらえて嬉しい。…あの私、王子様のような人にお礼になるものは渡せないけど、歌ならプレゼントが出来ると思って…お礼に聴いてもらえますか?」
歌は得意なんですよ?と可愛らしく微笑むアンジェラにルーベルト様は静かに頷く。
「…最近少し疲れていたんだ。是非、君の歌を聴かせてくれないか?」
「そうなんですか!?だったら是非!」
そう言ってアンジェラはベンチから少し離れてルーベルト様と向き合う様に立つ。
とうとう始まる…癒しの聖女と呼ばれる歌が…。
「是非お聴きください。ルーベルト様に捧げる調べを。」
アンジェラは息を大きく吸って空に声を響き渡せた。
どこにいるの?
さがしても きみは いない
むすんでいたてを はなして わたしひとり
くらやみのなかを さまよっては きみのこえを さがしている
< … >
アンジェラが歌う調べ
まるでルーベルト様の心情を読んだ歌だわ。
あのときを おぼえている?
わたしのてをにぎって ちかったの
< …ロザ、約束だよ? >
頭の中でアンジェラと違う声が響く。
みらいを やくそくしたよね
そのことばが いまでも わたしをささえている
< ルーとロザがえらい人になったら… >
その声にわたくしは知らない。
でも知らないはずなのに何故か胸が締め付ける。
脳裏に浮き上がるのは顔が見えない少女。
でも少女はすぐに消えてアンジェラの声だけが聞こえる。
…一体なに?
その間にもアンジェラは歌い続けている。
でも今はそれどころではない。
一瞬だったが幼い少女らしき姿を思い浮かべていた。
顔が見えなかったけどボロボロな服をきた少女。
その子がわたくしを見つめていた。
そんな子は知らないのに、胸が苦しい。
女の子はわたくしの名を呼んだ
その声が何故か哀しくなる…でも思い出せない。
一体何なの?
…ワタクシハ何カトテモ大事ナ事ヲ忘レテイル…?
突然、空気が割れたような音が響く。
「な、なに?」
どうやら通りすがり生徒達が感動してアンジェラに拍手を送っていた。
アンジェラは歌い終えてお辞儀をしている。
お、終わったの?
「ルーベルト様、どうでしたか?」
ルーベルト様に近づき顔を覗き込む様に見るアンジェラにルーベルト様は微笑む。
「…素敵な歌だったよ…とても心に響く。」
「ふふ、気に入ってくれて嬉しいです!」
嬉しそうな笑顔…もしかしてルーベルト様、ヒロインに惹かれてしまった?
「うん。…成程、それで癒しか…?」
「どうかしましたか?」
ルーベルト様は何でもないと言うとアンジェラはそれ以上突っ込まなかった。
「あ、いけない!もうこんな時間なの!?」
腕時計をみて何かを思い出したようにアンジェラは立ち上がりルーベルト様に振り向く。
「ルーベルト様御免なさい。この後お友達と約束していて行かなければならないの。」
「いいよ。行っておいで?」
「ルーベルト様、歌を聞いてくれてありがとう!…またね?」
アンジェラは愛らしい笑顔と心地よい声でお礼言った後、やけに含みある言葉を残した。
「…今日はありがとう。またね?」
ルーベルト様も負けじと返す。まるで次もあるような言い方だ。
アンジェラはルーベルト様の様子に満足したのか駆け足で去った。
どうやら終わったようだ…。
ルーベルト様の無表情で草むらで隠れていたわたくしに視線を向けて声を出さずに口を動かす。
…教室に来て?
ルーベルト様はそう言いそのまま教室に向かった。
その後ろにカムもついて行く。
無事に終わったと思うけど…大丈夫よね?
わたくしも少し離れてルーベルト様の後を追った。
・・・・・
教室の扉を開けるとルーベルト様が一人佇んでいた。
先ほど後ろを歩いていたカムがいない。
無論、他の生徒もいないから教室がとても静かだ。
なんだか冷たい空気…。
不安を覚えつつルーベルト様の傍まで歩く。
「あの…ルーベルト様、カムは?」
「…。」
返事がない…
これはどういう状況?
もしかしてルーベルト様はアンジェラの歌に心を傾けたのだろうか?
「…ルーベルト様?」
不安そうに尋ねるとルーベルト様はわたくしに振りかえった。
感情のない目。
まるで目の前のわたくしが映っていない様。
無言のまま立ちつくしてしまう。
でもこのままでは埒が明かない。
「…ルーベルト様は彼女に惹かれてしまいましたか?」
例えルーベルト様がアンジェラに惹かれたとしても、わたくしはわたくしのままだ。
わたくしはヒロインに嫉妬していない。
寧ろ何かを思い出させる様な事があっただけだ。
わたくしもルーベルト様に対抗して射貫く様に見つめる。
「もし貴方が変わろうと、わたくしは変わりません。あの子に対して危害しようなんて馬鹿な考えはありませんことよ。それを覚えていてくださいませ?」
例えここからルーベルト様と敵対してもわたくしの意思は変わらない。
カムと一緒にシナリオを回避して見せる!
不敵に微笑んだ。




