聖女の力とは?
言いたいことは言って踵を返そうとしたその時、クスッと笑う声が聞こえた。
振り返るとルーベルト様は柔らかく目を細めて微笑んでいる。
いつも見るルーベルト様だ。
「…ルーベルト様?」
「安心したよ。君が変わってしまったかと思った。」
ルーベルト様は盛大に息を吐いた。
「どういうことですか?」
「お嬢様、本当によかったです。」
頭の上に?マークを浮かばせて首を傾げるとカムが教室に入ってきた。
「カム!」
「お嬢様すみません。ルーベルト殿下に言われてお嬢様の変化を知る為に隠れていました。」
申し訳なさそうに頭を下げるカムに更に疑問になった。
何でそんなことする必要があるの?
「それは君の様子がおかしかったからだよ?歌を聞いている時、君は急に動揺していた。覚えているかい?」
成程、二人はアンジェラの歌を聞いて自分たちよりもわたくしに変化があるのではと思い試したという事か。
「疑ってすみません。」
謝るカムを他所に少し考える。
確かに動揺していた。
でもアンジェラに嫉妬した訳ではない。
「別に彼女に対して何かしたいとか思わなかったわ。…でも…歌を聞いている時、何かを忘れているような感覚になったの…。」
歌を聞いた時に感じた事は、とても哀しい気持ちになった。
そして心に何か穴がある様な空虚を感じた。
まるで何かを置き忘れてしまったような感覚。
大切な…何かを…
「何かを忘れている?お嬢様、それは何ですか?」
「分からないわ。…覚えているとしたら…そう、頭の中で知らない女の子が浮かんできたの。」
顔が分からなかったけど女の子だった。
貴族の子ではなさそうだけど…知らない子。
でもそれも一瞬で消えた。
だから思い違いしているだけかもしれない。
「貴族ではない女の子…?」
カムも怪訝そうに首を傾げる。
「もういい!」
急にルーベルト様が声を荒げた。
「分かったから。それ以上は思い出さないで?」
真剣な目で訴えるルーベルト様。
一体どうしたのかしら?
「…ルーベルト様?」
「ロザリア、今はアンジェラ・フェルファの事を注意してほしい。」
有無を言わせないで話を変える様にルーベルト様はヒロインの話をしだした。
ルーベルト様の様子がおかしい。
でも追究するような雰囲気ではないから、それ以上は話が出来なかった。
「…彼女が癒しの聖女という意味が分かったよ。あの歌声はさぞかし心に影を持つ人は心を動かされる。…あの歌を聴いて不思議に思い出が溢れる様な気持ちになった。これが“癒し”なんだろう。僕もサラを思い出したよ。」
人の感情を揺すられる歌声。
聖女の歌はお伽話みたいに空を飛んだり、天気を操ったり、物を動かしたりするような奇妙なものではなかった。
ただ彼女の声と歌が響き渡り、そのメロディーが心に届くようなものだ。
アンジェラがルーベルト様に聞かせた歌は、恐らく亡き人を想う調べなのだろう。
それに該当する者は彼女の歌を聴いて無意識に己の心の傷を思い出し懐かしむ。
時には歌によって己を改めたり、懺悔したりする。
ヒロインだからなのか、その“声”と“歌”があってこそ人の心が癒される。
わたくしたちは聖女の力をそう裏付けた。
「ルーベルト様は彼女に癒されましたか?」
カムも探る様にルーベルト様に問いかけるとルーベルト様は苦笑する。
「いいや、何も知らなかったらカムが言う様に彼女に癒されたのだろう。でも僕の心に聖女はいない。」
「じゃあ、破滅が回避されたの?」
ルーベルト様がアンジェラに惹かれていないのなら、この時点で乙女ゲームの話が終わる。
これでお終いならわたくしは平穏に過ごせるのではないか?
「…そうとは思いません。」
カムは表情を歪め否定する。
「そうだね。まだ終わったとは決まっていない。」
ルーベルト様もカムに同意する様に頷く。
「どうして?」
「彼女がこの『癒姫』を知っているからですよ?十中八九、フェルファ嬢は俺と同じかルーベルト様みたいにその話を知る者です。だから油断はできません。」
そうか、彼女はシナリオを知っていて自分自身で物語のとおりに動いている。
つまり彼女が動こうとしているなら、わたくしの破滅はまだ回避されたとは言えない。
寧ろ危機感を持たなければならないだろう。
「まだ様子を見る必要があるだろう。」
彼女が何者か?
今回の件では聖女の歌が知れたけど、まだまだ謎が多いアンジェラ・フェルファ
「取り敢えずお嬢様は今後の振る舞いには十分に気を付けて下さい。ここから物語が本格的にスタートになります。」
心配そうにカムがわたくしを見ている。
「ええ。分かったわ。」
安心させるように微笑んだ。
大丈夫。わたくしはアンジェラを虐めたり貶したりしない。
「では、そろそろ寮に戻ろう?」
ルーベルト様に頷きわたくし達は寮へと戻った…だか、
「あのう…何故、貴女がここに?」
ある人物を見てつい悲鳴をあげたくなる。
だって、目の前の人物は凄まじいオーラを放っているもの。
ルーベルト様は呆れた目をわたくしに向けている。
そんな目を向けるぐらいなら助ける気はないのかしら?
絶対に人の事だと思っているのでしょう?
怨み言を言いたいけど、まずは目の前の人を何とかしないといけない。
「ご、ごきげんよう?」
「ええ。ごきげんよう。お待ちしておりましたわ、レディ・ブロッサム。」
何故ここにいるの…エリザベル・ザハラン先生!?
「何故わたくしがここに居るかというお顔をされていますわね?当然、今からわたくしが直々貴女に特別授業を行うためにと参りましたわ?」
「そうなんのですの?申し訳ありませんが色々ありまして疲れてしまいましたので、本日はご遠慮…」
「先ほど、貴女は草むらでご休憩なさっていたもの、大丈夫ですわ。」
間一髪にわたくしの言葉に割り込むザハラン先生。
な、なぜそれを!?
「ええ、次期王子妃とあろう御方が草むらでうつ伏せに転がるなんて、由由しき問題だと思いません?淑女とは思えないあるまじき行為をなさるなんて…それも、このわたくしが受け持つ生徒がそんな事をするなんて…。これでは国王陛下に申し訳ありませんわ。」
ザハラン先生は大きくため息をつく。
隣に王子がいると分かってワザとらしい演技。
失礼でしょう!?
ルーベルト様に助けを求めると、ルーベルト様は苦笑してわたくしに手を振る。
「ロザリア、頑張って?」
「………。」
やはり…逃れられないかもしれない。
「流石はルーベルト殿下ですわ!では早速、わたくしの特別室にレディ・ブロッサムをご招待致しますわ。参りましょう!」
さあ、さあ、と背中を押されば、わたくしに拒否もさせず連れて行こうとする。
わたくしが破滅させられる!
「ル、ルーベルト様ぁ!」
最後までルーベルト様に助けを求めたけど笑っては手を振るだけ、手を差し伸べてくれない。
な、なんて冷たい婚約者なの!?
薄情な婚約者に見送られて、再びサハラン先生と共に学校へ連れ戻されたのであった。
・・・・・
それから数日後。
わたくしたちは平穏に学園生活を過ごしていた。
あれからアンジェラ・フェルファはルーベルト様に会いに来たりしていない。
これといって平和だ。
わたくしもアンジェラに会っても嫌がらせはしていない。
向こうはわたくしの顔を見て怯えた顔になるけど、ほとんど無視している。
でも最低限の挨拶はしているけどね?
今みたいに廊下で会ったら優しく微笑むぐらいはするわ。
「御機嫌よう?」
「っ、…。」
アンジェラはわたくしの顔を見るなり睨みながら泣きそうな顔になる。
「ロザリア様が直々に挨拶しているのに、貴女は何も言えないの?」
みかけた令嬢がわたくしに代わりアンジェラを叱る。
アンジェラは更に怯えた顔になった。
「いいのよ?そんなこと気にしなくても良いわ。」
「ロザリア様は公爵令嬢でありルーベルト殿下の婚約者ですよ?それなのに挨拶が出来ないなんて…。」
「学園は平等よ?貴女も慎みなさい。公爵令嬢だからこそ緊張して言えないかもしれないわ?リアンもそう思うでしょう?」
マリアンに同意を求める。
「そうですね。でも、ロザリア様は緊張させる様な方には見えませんよ?」
「何それ!わたくしに威厳がないってことかしら?これでも淑女として頑張っているのよ?」
苦笑するマリアンに頬っぺたを含ませる。それをみてナージャもおかしそうに笑った。
「ロザリア…それ、ザハラン先生に見つかったらまた特別室で個別レッスンよ?」
それは嫌だ…。あの日、本当に破滅させられるかと思ったわ。
「…話がないなら、もういいでしょうか?」
気が付いたらアンジェラを置いてきぼりにしていた。
「あら、ごめんなさい。実は用件があるのよ?」
「よ、用件…ですか?」
また怯えて泣きそうになる…何もしていないでしょうが?
「そう、グレンに伝えてほしいのだけど、ルーベルト様が放課後に来てほしいっていうことを伝えてくれないかしら?さっき教室に行ったのだけど居なかったの。貴女、グレンと仲がいいのよね?だから頼みたいの。」
「…。」
あら無言になっちゃった。
まぁ要件は終わったし、いいわよね?
「じゃあ、お願いね?」
言いたいことだけいって踵をかえした。
「ロザリア様、グレン様にリリー様の手紙は渡さなくてもいいのですか?」
「いいの、居ないあいつが悪い。ただでさえこの手紙を破いてしまいたいのに!!」
リリーとグレンは会えない間、頻繁に手紙のやり取りしている。
今回はたまたま実家に帰った時に引き受けたけど、普段は一体この手紙に何を書いてあるのやら?
「もう、リリーはお父様のお仕事の手伝いで忙しいのに、こんなやり取りばっかりさせて。今、あの子に必要なのは親しいお友達でしょう!?」
リリーはグレンに囚われず親しい友達の縁を作る方が必要だ。
今のあの子は昔と違って気弱ではないのだから、上手くやっていけるだろう。
「なら、私の弟はどう?ナルシェはリリーと同じ年よ?」
「…え…あの子?確かリリーを紹介しろと言われたけど…大丈夫?」
「そうね。今は前より大丈夫と思うわ」
あの時を思い出したのかナージャが困ったように笑う。
思い出すのは無論、ナージャの家族がわたくしに媚を売っていた時だ。
あの時よりマシなら多少はいいかも…
「…そうねぇ。じゃあお願い…」
「余計な事をしないでくれないか?」
後ろから見知った声が…当然あの男だ。
振り返るとわたくしを睨んでいる。
まあ、怖い…なんてね?
「あら、グレン。どこに行っていたのよ?」
「シリウスと図書館に行っていた。…ロザリア、余計なことしないでくれ。リリーに必要ない。」
「どうして?あの子には必要よ。ただでさえ一つ下なのだから学園に入ったら寂しいでしょう?姉としてリリーの傍にいてくれる子を望んで何が悪いの?」
わたくしを睨むグレンとその隣で面白そうな目でみるシリウスがやれやれと首を振った。
「ロザリア、グレンの前でリリー関連の事は禁句ですよ?そんなことを言い続けると、そのうちリリーが監禁されて会えなくなったらどうするのですか?この人ならやりかねませんよ。」
シリウスが平気で恐ろしい事を言ってくる。
監禁…それってグレンルートのバッドエンドではないか?
アンジェラがまだグレンを選んでいないのにバッドエンド?それは駄目だわ!
「そんな事をする前にわたくしがリリーを守るわ?絶対にグレンなんかに負けない!」
「はっ、それは楽しみだ。例えロザリアが俺の邪魔をしようとしても、リリーは自分の意思で俺を選ぶ。お手並み拝見いたしましょう、お義姉様?」
不敵に笑い、わたくしの手からリリーの手紙を素早く奪い取った。
このヤンデレめっ!
「それでロザリア、俺に用件とは?」
険悪ムードが続くと思いきや、急に普通のやりとり。
わたくしが手紙を渡す為だけに会い来たわけないと、グレンはすぐに察したようだ。
相変わらず鋭い男め!
「あ、そうそう。さっきグレンによく話しかけている女の子に伝言をお願いしたのだけど、ルーベルト様がグレンに放課後にわたくし達のクラスまで来てほしいと言っていたわよ?マリオットの代わりに護衛してほしいみたい。」
要件を言われて話を切りかえる。
「分かった。ルーベルトに授業が終わったらすぐ行くと伝えておいてくれ?」
リリー絡みでなければ、グレンはわたくしを友として接してくれるのよね?
こういう時は別にこいつの事が嫌いじゃない。
信頼できる友人の一人だ。
「分かったわ。」
…友人以上な感情には絶対ならないけどね!
みんなに別れを言って、わたくしはマリアンと一緒にクラスに戻った。
無事用件が終わったから気にもしなかったけど、廊下でただ一人怪訝な顔したアンジェラが信じられなさそうな表情を浮かべてみていたそうだ。
「…なんで、悪役令嬢達と攻略対象者達の仲がいいのよ!?」
そう呟いていた。
お読みいただき有難うございます。




