悪役令嬢は現況を変えたい
その後、管理人ワンド・バロックを捕え洗いざらい自供させた。
話を聞いていると、どうやらカレントス家が関わっているようだ。
ミリア・フェルファとワンド・バロックはナディルからシリウスに危害を加えろと命じられたらしい。
見返りにワンドの母親の治療費と二人の結婚及び生活安寧を全て保証するという事で二人は請け負ったそうだ。
本来ならシリウス・ナージャ・レイドリック3人がいる時に狼を襲わせようとしたが、カムが怪しんでいた為にワンドは慌てて狼をけしかけることを決意。
6人いる中で大人はカムとレイドリック様のみだったから大丈夫と見越していたが、マリアン様によって失敗する。
それを聞き、シリウスはハワード家を裏切ったワンドを容赦なく然るべき対応をした。
牧場近くの町に控えている要人を呼びワンドを引き渡す前に、この度の罪をワンドだけが負うだけじゃなく、バロック一族全てに与えると告げた。
そしてフェルファ家にも同じ罰を与えるそうだ。
無論、カレントス家にも…
事の真実を確かめるべく、わたくしたちは馬車に乗りカレントス家に向かった。
馬車の中は行きと違い空気が重かった。
「…ナージャ。」
暗い顔をしたシリウスに呼ばれ、ナージャはビクっと肩を震わせる。
「は、はい。」
「今回の件で本当にナディルが主犯なら、恐らく父は僕たちの婚約破棄を申し出るでしょう。…覚悟してくださいね?」
「!?」
「シリウス!?」
レイドリック様はシリウスを叱咤したが、ナージャは酷くショック受けて黙ってしまう。
眼に涙を溜め身体を震わせるナージャをみて、わたくしはシリウスに腹を立てた。
「そんな他人事の様に言って酷くない?自分の婚約者が窮地に立たされているのよ?何とかしようと思わないのかしら!?」
大事にしているナージャを平気に捨てるつもりなの?
黙ったままのシリウスの横面をひっぱ叩きたくなった。いや、やりそうになったけど、カムに止められる。
シリウスも悔しそうに自分の膝を拳で叩く。
「仕方ないでしょう!?あの父は自分の家に仇をなすものは容赦なく切り捨てます。兄さんの母上がそうです。自分の過ちのくせに平気で相手に過ちを擦り付けて容赦なく追放した!そんな父が今回の事を許すわけない…。」
「…。」
レイドリックが苦しむような顔をする。
でもわたくしは食い下がらない。
「だからって、他にも方法があるかもしれないわよ?何も今諦めることなんてないじゃない!」
女々しい事を言って情けない!
ナージャは横で静かに涙を流しているのに、このまま諦めるの!?
「二人とも落ち着いてください。その話は事実を明らかにしてから話しましょう?」
マリアン様は静かに諭す。
全てを知ってからではないと、その後の対処も出来ない。
マリアン様の言う通りだ。
「…ナージャ様、少しお話して頂いても宜しいですか?」
カムに声をかけられナージャは顔を上げた。
ナージャの泣き顔をみると心が痛い。
「…はい。何でしょうか?」
「ナージャ様、どうしてナディル様はシリウス様に敵意を向けているのでしょうか?親族から何か吹き込まれたとしても、恩人である家に危害を向けるなど普通は思わないでしょう?」
家の事で姉の婚約者に危害を加えるなど、何かあるしか思えない。
姉を取られた嫉妬?
子供が抱える憎悪にしてはかなり重い。
ナージャは考えるが理由が思いつかず首を振る。
「…私はあの子が分かりません。ナディルも前はシリウス様を兄の様に慕っていたのです。なのに、いつの間にか距離を置くようになって…。」
またナージャの眼から涙が滴り落ちた。
『ハワード家あそこは金に物を言わせて権力をふるう醜悪な一族です。』
『知っていますか?女性を誑かして…』
ナディルが話してくれた事を思い出す。
「ねぇ、ナージャどうしてナディルはハワード侯爵が秘密にしている事情を知っているの?ナージャが教えたの?」
「…どういう事でしょうか?」
「昨日の夕餉にナディルはハワード侯爵の話をしていたでしょう?どうしてナディルが知っているのかしら?」
ナージャは困惑する。
「…確かにどうしてあの子が知っているのかしら?シリウス様の家の事情を知っているのは私と父だけ…。父は援助の関係で口に出す事は絶対にしません。私もシリウス様に聞いたから知っているだけの話なので…おかしいわ?」
誰かがハワード家の事情を漏らしナディルを唆したという事か?
謎が増える。
「本人に話を聞くしかありませんね?」
カムは静かに呟いた。
そして馬車はカレントス本館に辿り着く。
・・・・・
「お帰りなさいませ。」
カレントス家の使用人達が迎えるが、ナージャが使用人の前に立ちとまった。
「貴方達に大至急頼みたいことがあります。まずミリアの身柄を確保してほしいの。そしてお父様を呼び戻してください。訳は帰ってから説明するのですぐに帰って来てと、父に伝えて。あとナディルはどこにいるの?」
ナージャの只ならぬ様子に使用人達が驚いている。
「は、はい。畏まりました。ナディルお坊ちゃまは自室にいらっしゃると思います。」
「分かったわ。」
ナージャはわたくしたちを連れてナディルの自室に向かった。
ナディルの自室の扉をノックする。
軽快そうに「どうぞ」とナディルの声が聞こえた。
「入るわよ?」
「珍しいですね?姉様が僕の部屋に来るなんて…皆さんも揃いに揃ってどうかしたのですか?」
ナディルはシリウスをみて表情を少し歪めた。
やはり彼が今回の事に糸を引いている様だ。
「ナディルどういうことなの?」
ナージャはナディルに睨みながら問いかける。
「姉様、どうかしたのですか?」
「とぼけないで!ミリアとワンドを唆したのは貴方でしょう!?」
ナディルは「ああ、駄目でしたか。」と頷く。
「どうして?どうしてシリウス様に危害を与えるようとするなんてっ。カレントス家がどうなるか貴方なら分かっているでしょう!?」
「…残念です。」
ナディルはまるで子供の悪戯がバレた様な顔をした。
「ナディル!」
ナージャは叫ぶ。
「どうして僕を狙ったのですか?」
今度はシリウスが前に出てナディルに問いかける。
その視線は鋭く冷たい。
ナディルはその視線を無視してレイドリック様をみた。
「レイドリック様、申し訳ありません。どうやら失敗したみたいです。」
耳を疑うような言葉が聞こえた。
どういうこと?
「待ってくれナディル、僕はこの事は知らない!」
声をかけられたレイドリック様は否定する。
「何の戯言を言っているのです?勝手に兄さんの名前を出して、それで貴方の罪は許されると思っているのですか?」
怒るシリウスにナディルは残念そうに息を吐いた。
「シリウス様はお花畑ですね?」
「どういうことですか!?」
「あーあ、やっとエミーリア様の憂いをなくせると思ったのにどうやら邪魔が入ったみたいです。ねぇレイドリック様、貴方もそう思うでしょう?今回成功したら貴方は晴れてハワード家の跡継ぎになれるのに…。エミーリア様は貴方にそれを強く望んでいましたよね?」
エミーリア…それってエイベル・ハワード侯爵の恋人だった人の名前…
それを聞いてレイドリック様は顔を青くする。
「…母上が…まさか…?」
「兄さんの母上が…?どういうことです?」
怪訝な表情をするシリウスにナディルは嘲笑う。
「すべてはエミーリア様の望みですよ?貴方を使えないものにして、レイドリック様をハワード家の世継ぎにする。この計画をレイドリック様はご存じです。くくっ、どうですか?信頼していた異母兄に裏切られた気分は?」
過去に恋人が受けた追放をシリウスとその母親に味あわせる。
恋人の逆襲。
「レイドリック様はその為に貴方に近づいて今まで優しくしていた。わざわざ憎き相手の異母弟を構っていたのは全て仕組まれていた事です。ね?」
「…。」
レイドリック様は俯く。
それって、認めるという事だ。
嘘でしょう?
否定しないレイドリック様を見てシリウスは真っ青になる。
どう言ってやればいいの?
レイドリック様の母親が復讐したい気持ちは複雑すぎて分からない。
でも、どうして自分の子供まで巻き込むの?
どうしてカレントス家を巻き込むの?
無言の中、カムがナディルに問う。
「聞かせてください。どうしてカレントス家である貴方がわざわざハイズ子爵夫人に加担するのですか?例えハイズ夫人の望みが叶ったとしてもカレントス家に何も利益はない。寧ろカレントス家への援助が無くなって困るのですよ?」
カムの質問にニッコリとナディルは微笑んだ。
「確かにそうです。姉様のおかげで援助して貰っていますから、家は傾きますね?…でも姉様を解放させてあげられる。援助なんて別にハワード家に頼らなくても他に援助して貰える宛があれば十分です。」
『姉が救えるなら』というナディルにナージャは身体を震わせて叫んだ。
「解放させたいなんて誰がそんな事を頼んだのよ!?私はシリウス様の婚約を不満に思っていない。私が望んで婚約しているのよ!?」
その言葉を聞きナディルは顔を歪めたがすぐに痛々しく姉をみつめる。
「姉様は知っているでしょう?ハワード侯爵がレイドリック様の母君であるエミーリア様を追放したのかを。だからこそ非道な父親を持つ子息に嫁ぐなんてあまりにも姉様が可哀相だ。現に今回の事でシリウス様に婚約破棄をすると言われのではないですか?」
ナージャは指摘され痛そうに口を積むんだ。
「やはり酷い男でしょう?」
ナディルは小さく笑った。
その笑みが無性に頭に来て、つい怒鳴ってしまった。
「ふざけないで!何を訳の分からない御託を言っているのよ?シリウスはナージャを苦しめたりしない。二人は愛し合っているの!それを勝手な理由で引き裂いて…正義ぶっても結局は姉を取られたくない一方的な感情だわ。貴方はやってはいけない事をしたのよ?」
ナディルのやっていることは全てナージャの為じゃない。
自己満足だ。
シリウスがナージャに向ける笑顔はわたくしに取り繕うとする笑顔ではなかった。
純粋にナージャを慕っているのだ。
それを自己満足の為に引き裂くなんて許せない。
ナディルを睨みつける。
そんなわたくしをナディルはため息吐いた。
「まぁ他人からみればそう思うでしょう。さて話は終わりました。シリウス様、僕をハワード侯爵に突き出しますか?僕は構いません、ですが僕は今までの事を全て曝け出します。…レイドリック様とエミーリア様を断罪する事になりますね?それでも良ければどうぞ。」
ナディルは不敵に微笑んだ。
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