悪役令嬢は畏怖の念を抱く
今回小さな戦闘シーンがあります。
思い掛けない事が起きて思考が追いつかない。
「皆さん揃いましたし、そろそろ向かいましょう?」
シリウスが言うとナージャもレイドリック様も頷く。
「マリアン様もご一緒に行かれるのですか?」
本当について行くの?
確認してみるとマリアン様は微笑み頷いた。
「はい。私はレイドリック殿の護衛なので、ご一緒させて頂きます。」
護衛?
「レイドリック様に何か身の危険があると言う事でしょうか?」
カムが確認する様にマリアン様に問いかける。
「ルーベルト殿下からそう伺っております。でも詳しい話はまた後でお願いしますね?皆さんが出発できなくなります。」
マリアン様は軽くお辞儀をしてシリウスたちの後を追った。
悪役令嬢の一人と言われるマリアン様は麗しく凛々しい。
「…。」
「殿下が?…やはり殿下は…て、お嬢様?」
カムは怪訝そうにわたくしを見てみている。
でもそれどころじゃなかった。
「す…素敵だわ。」
「…。」
ああ、何て颯爽としているんだろう。
同じ歳のはずなのにすごく麗しい。
「お嬢様、現実に戻ってきてください。」
カムは肩を落とし大きなため息を吐いた。
・・・・・
馬車に乗って少し経った頃。
ようやくハワード領土の牧場に辿り着いた。
「ようこそお坊ちゃま、ご友人方。」
ワンドと名乗る中年の男性が頭を下げて色々と施設を案内してくれる。
傾斜になっている道なりにいくつか小屋があり、羊・牛・ヤギなど図鑑で見たことある動物がいた。
「小さい牧場ですが、ここでしか見られない動物もいますので楽しめると思いますよ?」
シリウスが指差す方向に、家畜と違うものもいた。
本当、あそこに梟がいる。あっちには小さい馬みたいな動物もいる。
とてものどかだ。
昨日と今日で不思議な気分になる。
普段は王都に居る為か、こんな落ち着いた風景をみる事がない。
今回カレントス領地とハワード領地に来て新鮮な体験が出来た気がする。
…あれ?でも、少し変ね?
「シリウス、ここはどうしてハワード家が管理されているの?」
気になった事をシリウスに聞いてみる。
ハワード領地は確かブロッサム領地の様に発展している。
そこは宰相自ら指揮を執っている事も父に聞いたことがある。
でもこういった牧場・農地は子爵家・男爵家などに委託して管理をしてもらうのが普通だ。
それをハワード侯爵家が自ら経営するなど、とても気になる。
経営難とは考えにくいが…。
「ここは昔から先祖が代々大切にしている場所です。今でもそれは続いているのですよ。昔のハワード家は大貴族とはいえ宰相に選ばれていなければそこまで力のある貴族ではないので、大昔は男爵や子爵たちが請け負っているような仕事が今でも残されているのです。」
大昔は領土の広さと生産業でカレントス家と争っていたと、シリウスは説明してくれた。
成程、大昔のハワード家は宰相の職務ではなく、カレントス家の様に生産領地として活動していたそうだ。
私たちの話し中、カムは管理人に声を掛けていた。
「ワンドさんにお聞きしたいのですが。本日ここに狼が届けられませんでしたか?」
「え?いえ、そんな狼なんて聞いていませんよ。何故ですか?」
管理人のワンドは慌てて答える。
「先ほどカレントス領の街で狼を乗せた荷車がいまして、どこに向かうのか聞いてみたのですよ。そしたらこの牧場に行くと仰っていました。」
「え?あ…いえ…知りません。私は知りません。」
そう言ってワンドは仕事へ戻った。
「…随分と青い顔をしていましたね。やはり何かあるのでしょうか?」
カムは独り言に言う。
その隣でマリアン様が管理人の後ろ姿を静かにみていた。
「警戒は…していた方がよさそうですね?」
二人が疑っている中、わたくしたちはシリウスの話を聞いていた。
「僕も当初は牧場に興味がなかったのですが…きっかけはレイチェルですかね?」
シリウスがそう言うとレイドリック様はシリウス様に優しく微笑む。
「昨日言っていた雌鹿のこと?」
シリウスは頷いた。
「兄のことを知れたのもレイチェルのお陰です。あの子が居なかったらきっと僕はずっと兄さんを憎んでいたかもしれない。…さて、長々とお話をしてすみません。今からお姫様に会いに行きましょう?」
「そうですね。」
ナージャもレイドリック様も頷く。
「そうね。カム、マリアン様行きましょう?」
わたくしたちはレイチェルのいる鹿小屋に向かった。
・・・・・
小屋の中には鹿が数頭いた。
「レイチェル、会いに来たよ。」
シリウスが声かけると数頭の鹿が警戒する様にこちらをみた。
「鹿が沢山いてレイチェルが分からないじゃない!?」
皆同じ鹿!でも一頭だけ角が生えている。
確か角が生えているのは雄らしい。
「あの子ですよ、ロザリア。」
ナージャは一番奥にある別の柵を指した。そこには群れから離れた一頭の雌鹿。
雌鹿は隠れる様に座っていた。
よく見るとお腹が大きい。
レイチェルと呼ばれた雌鹿は座ったまま顔を背けている。
「あら?シリウスたちが来たのに大人しいわね?」
「仕方ないです。鹿の出産時期は警戒心が強いのですよ?」
シリウスに「お産時期は気性も荒いのでそっとしてあげて下さい」と忠告された。
ふーん。
「出産が近いとは聞いていたけど、変化はなさそうですね?」
「雌鹿は見られて出産はしないからしょうがない。もしかしたら今日の夜ぐらいかもしれないぞ?」
「産まれたらすぐに会いにきましょう?」
シリウス達が盛り上がる姿を、わたくしやカム、マリアン様は微笑んだ。
そしてこれ以上この場に居る理由もないので。鹿たちを刺激しないように鹿小屋を後にした。
「しかし結構広いのね?これじゃあ管理する人も大変だわ。」
小さな牧場と言っても、とても広い。
「ここはワンドさんしかいないのですか?」
「いいえ?ちゃんと他のお世話人もいますよ。僕とナージャはたまにここで一緒に世話をしたりしますし、僕達がいないときは僕の従者とナージャの侍女が代わりに来ています。」
「ええ。ミリアもここの動物が好きなので非番の時に一人でお世話に来るそうです。でも彼女は別の要件がありますけどね?ふふっ、そう言えばこの前ワンドといい話があったのかしら?随分と楽しそうだったわ。」
ナージャは侍女の事を思い出しながら笑った。
「ミリア…。ナージャ様、もしかしてその方の名前はミリア・フェルファと言いませんか?」
カムは突然ナージャに問う。
どうしたのかしら?
「えっ?はい、そうですけど…彼女をご存じなのですか?」
「カム、誰よその人?」
何故カムがその名前に反応したのだろう?
ナージャの侍女と言っていたけど、侍女の癖にナージャの近くに居ない。
わたくしがいる間、ミリアと言う女性と会っていないのだ。
「やっぱり繋がっているのか?」
険しい表情のカムは小さく呟く。
「カム、さっきからおかしいわよ?」
「お嬢様、先ほどの街でみた狼を覚えていますか?」
急にカムから声を掛けられてビックリする。
「狼?荷車の檻に入っていた狼の事かしら?」
確か珍しい大きな狼。
カーテンをしていてよく見えなかったが、猛々しい狼だった。
「そうです。あの後俺は、狼の荷車はどこに向かったのかを店の主に聞いたのです。店主の話だと、その狼はハワード領の牧場に行くと教えてくださいました。」
「え?ここなの?」
さらに驚く。
あの狼がここに届くなんて、偶然にも程があるのではないか?
「今のハワード領に牧場はごく一部で他所の貴族が管理しています。だからここしかありません。でもこの牧場に狼らしき動物はいない。ワンドさんに聞いても知らないと仰っていました。」
カムが疑問に思っている事を話すとシリウスが否定した。
「何故ここだと断言できるのですか?ここにいる動物達にとって狼は天敵です。なので、ここに届く事は無いでしょう。」
「実は狼の業者が書いた伝票に“ミリア・フェルファ”と依頼主欄に書かれていました。フェルファ家はハワード侯爵家が配下している貴族ですよね?そして今話していたナージャ様の侍女の名前が“ミリア・フェルファ”…これはここに繋がっているのです。」
カムがここだと言う確信している理由は恐らくゲームからだと思うけど、確かにナージャの侍女が絡んでいると繋がっているように思える。
「ナージャ様、この事を知っていましたか?」
ナージャが困惑しながら首を振ふる。
「い、いいえ?彼女から何も聞いておりません。…どうしてミリアが関係しているの…?」
「…念のため彼女に確認した方がいいね?」
レイドリック様が何か考えるように顔をしかめる。
その表情は暗い。
どうしたのかしら?
「…その前に、どうやらお待ちかねのお客様がいらっしゃいましたよ?」
マリアン様の声に皆が一斉に顔を上げる。
視線の先には一匹の大きな狼がいた。
「ここは草木の音で賑やかですね?草木が生い茂っている為か風で草木が靡く音で気配も感じにくい。襲われたとしても周りに気づかないでしょう。」
マリアン様が剣を抜く。
「まさかこう展開が早いなんて…。早々と消してしまおうと判断されたのでしょうか?」
カムも護身用の剣を握る。
わたくし達の背後にも一匹の狼がいた。
「カム、大丈夫なの!?」
マリアン様みたいに騎士でもないカムが戦うなんて!?
カムは苦しく微笑む。
わたくし達を守るつもりだ。
「カム様、下がってください。私一人で十分です。」
え?
マリアン様が堂々と前に進む。
「リアン殿駄目です!貴方はまだ子供だ。無理はしてはいけない!」
レイドリック様はマリアン様を止める。
「心配は不要です。副団長の父を持つ娘が獣相手に簡単にやられませんよ。」
彼女は目を細める。
次の瞬間、狼が襲い掛かる。
でもマリアン様はいたって冷静だ。受け止めず躱してすぐ狼の首元に剣を刺す。
そして反対側から襲い掛かる狼も喉を狙って仕留めた。
あっという間に大きな狼を倒してしまった。
すごい光景に声が出せない。
わたくし達が固まっているのに、マリアン様は何事も無かったように少し離れた太い樹まで向かった。
そして何かを掴んで引っ張る。
現れたのは管理人のワンドだ。
「ワンド・バロック、これはどういう事か説明していただきましょうか?」
「…は、はい。」
マリアン様に剣を向けられながらワンドは震えながら小さく返事をした。
わたくし達と同じヒロインを害する悪役令嬢のマリアン様。
悪役令嬢と思えない程すごく勇ましい女性の様だ。
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