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番外編 グレイス -野望―



既に辺りは暗くなり、月の光が道を照らしている。


ブロッサム邸に戻って来たグレイス。


使用人達に案内されて息子たちがいる場所まで辿り着く。



気付かれない様に離れて様子を見ると、仔兎がグレンの後ろを追いかけていた。


どうやら鬼ごっこしている様。


仔兎がグレンの腹元に飛びつく。


「つーかまえました!」


「ふふっ、リリーは速いぁ?」


グレンは楽しそうに床に転がり仔兎の頭を撫でる。

どうやらワザと掴まったようだ。


「むっ。グレン様は嘘つきです!嘘をつく人はお仕置きですね?」


不貞腐れた仔兎はグレンの腹にダダダッと前足パンチをお見舞いする。


そんな姿が可愛いのか、グレンの笑顔を見せて小さな仔兎の背を撫でた。


「ごめん、ごめん。でも最初よりは速くなった方だよ?走ったのは今日が初めてなんて、思えないぐらい。」


「ううっ。…それはお母様から、はしたないからと言われているので…。」


リリーはしょんぼりとした。


「でも、こんなに体を動かすのが楽しいと思いませんでした。こうして自由に屋敷を走る事も…歩く事も、いつもは出来ないのです。お母様が一緒の時は出来るのですけど…。」



広い屋敷に住んでいても母の命令で自由に動くができない。

屋敷を歩く時は必ず母親の傍に居る時だけ。

唯一リリーが自由に動けるのは、自分の部屋か母の部屋。執務室や図書室と、母親に決められた場所しかない。

それも常に侍女を付けた状態で、一人になる事はないようだ。


「今日初めてグレン様と一緒という条件で、色々と案内が出来きたのです。こうして色んな場所を行き来が出来るのは、お母様以外でグレン様が初めてなの…。王都に居るお姉様でも許してくれないのですよ?」


「リリー…。」


自由と言う自由がないリリー。

走ったのも今日が初めてという程、行き過ぎた教育をされている。

とても公爵家の娘が受けるものではない。


「…それでいいの?」


グレンも思うことがあるのか、俯く彼女に問う。


「…はい。…だって、お母様は私しかいないの。お父様もお姉様もいないから…。」


父と姉は母親を見捨てた。

その事実がリリーを苦しめる。


「…。」


「お母様は人前で強がっていますが、普段はとても不安定なの。私とフレッドが支えてくれるなら頑張れると言って、気丈に振る舞っています。だからこそ私はお母様の傍を離れるわけにはいきません。」


母親に囚われた哀れな娘。

このままだと彼女はどこにも行かせることなく、夫人が死ぬまで傍を離れない。


グレイスは眉をひそめた。


『…邪魔な女だ。だが、あの病は相当重い。死期はそう遠くないだろう。』


ディジーは元々生まれつき肺が弱く重い病になりやすい体質だった。

成長につれて肺に重い病が見つかり早期の治療を始めるが、他の場所にも別の病が発見され、重なる病にどれ一つも治すことが出来ずどんどんと悪化する。


次第には自然に吸う空気も毒になるぐらい病が重くなった。


その中で妊娠・出産。

一人を産むにも奇跡に近いが、二人目も無事に産んだ。


しかし、その所為で自身の寿命を大きく削っている。


誰から見ても、今の彼女はいつ亡くなってもおかしくない状態だ。


ゲスな考えを抱くグレイスとは反対に、リリーは切なそうに想いを綴る。


「私はお母様に笑顔でいてほしい…。その為にも、私はもっと勉学に励まなければなりません。どんな分野でも取り入れて、少しでもお母さまの病を和らげる方法を見つけたい。…いつかお父様がお母様の元に帰って来てくれるまで…。」


「…リリー。」



哀し気に伝えるリリーにグレンは小さく微笑む。


「大丈夫。君は頭がいいから、きっと良い方法が見つかると思う。君のお母上はお父上に会えるよ?」


「…はい。グレン様、ありがとう…。」


リリーもグレンに柔らかく微笑んだ。


蕾が柔らかく花開くように二人の間は温かい。


これはいい調子だ。


二人の様子にグレイスは笑みを浮かべる。


だがいつまでも、こうして観察するわけにはいかない。


「グレン、リリー。待たせたな?」


グレイスは堂々と二人の前に出た。


「「!?」」


突然のグレイスの登場にグレンとリリーは驚いた。


「リリー、驚かせてすまないね?私は仕事柄、気配を消しているんだ。そうしないと、私を知らない者はどうも気を失ってしまう。と言っても今戻って来たばかりだ。」


グレイスは平気で嘘を吐いた。


「そ、そうなのですか?…それは失礼しました。マーカス侯爵様、お帰りなさいませ?」


「ただいま。」


申し訳なさそうにしているリリーの頭をグレイスは優しく撫でた。


「…父上。お帰りなさい。」


グレンは父親の嘘を見抜いているのか、目つきが鋭い。


「グレン、仕事がある。そろそろ部屋に戻るぞ?」


「はい。…みていた癖に白々しい…。」


忌々し気にグレンは小さく呟いた。

でも生意気な息子にグレイスは鼻で笑う。


「ふんっ。…グレン、先にリリーを部屋までエスコートしろ?」


「いえ、私は大丈夫ですよ?お仕事をどうか優先してください。」


只ならぬ雰囲気の親子の前で動揺するリリーは断るが、グレイスは首を振った。


「これは貴族として当然の事だ。ディジー奥方の大切な姫君をエスコート出来ない男などに、私の後継ぎは任せられないのだよ?素直に受けてくれないかい?」


女性をエスコートするのは貴族の男として普通のこと。


そう言われるとリリーも断れない。


「リリー、部屋までいい?」


「は、はい。…ではお願いします。」


リリーはグレンの差し出す手に自分の手を重ねた。


「ではマーカス侯爵様、本日はこれにて下がります。また明日に。」


「ああ、また明日に会おう。おやすみ。あ…その前に。リリー。」


「はい?」


呼び止められたリリーは首を傾げる。


「君の資料はとても役に立った。お陰で早く済みそうだ。」


褒められてリリーは柔らかく微笑んだ。


「お役に立てる事が出来て良かったです。」


下心のない温かい笑顔。

この笑みだけで多くの人が心を洗われるだろう。



「…。」


グレイスは黙ったまま頷くと、リリーは軽く会釈してグレンと共に部屋を出た。


今この場に居るのはグレイスだけ。




彼はそっと胸に手を置いて懐かしむ様に目を閉じる。


胸の奥が温かく感じた。




・・・・・



そして程なくグレイスは与えられた部屋へと移る。


客室に用意された酒と軽食を嗜みながら思い更けていた。



先程のリリーを思い浮かべると、どうしてもレベンスの思い出が溢れる。


『…心が落ち着かない。傍にレベンス様が居るように思えて気持ちが浮き立ってしまう。…昔なら感情に任せてレベンス様の元へ駆け寄ったな?』



この場所は建物が造り変えられても幼少期のグレイスが過ごしていたところだ。

だから猶更気持ちが浮き立つ。


子供の頃のグレイスはグラジオとよく夜にレベンスの寝室に赴き、母親を求める様に甘えていた。


レベンスはそんな子供達を温かく迎えて一緒に眠る。


幸せの一時な夜だった。


感傷に耽るグレイスは一気にグラスの酒を仰ぐと、扉からノックが掛かり自分の息子、グレンが入ってきた。


「団長へ伝達は終わったか?」


「…ああ。明日の朝一にオルガン街へ蒼の十五隊を派遣すると返事が来た。」


グレンは伝言鳥のメモを机に置く。


それをグレイスは拾って馬鹿にするように大きくため息をついた。


「精鋭軍隊を派遣するなど、あいつは馬鹿か?警備隊で十分だろう?」


公衛大臣あんたが担任だから仕方ないと思うが?」


公衛大臣及び総大将のグレイスが抱えるヤマだからこそ、カイナン団長はやもえなく軍隊を派遣したと、呆れた顔しながらグレンは呟いた。


軍の上官に対して当然の対応だ。


「未熟の癖に生意気な口をきくようになったな?まあ、いい。これだけ大袈裟にするなら、あの大馬鹿に理解させられるだろう。…交渉もしやすくなる。」


「…。」


グレンを冷たくあしらうグレイスは、カウチから腰を上げ窓際まで移動した。


「グレン、リリーを見てどう感じた?」


「リリー…?」


突然の質問にグレンは困惑する。


でもグレイスはそれ以上の説明をしない。


グレンは質問された内容をよく考える。


「…仔兎だな?好奇心が強く人懐っこそうに見えても警戒心が強い。見た目はか弱そうに見えてお転婆だった。」


グレンの素直な感想にグレイスは苦笑した。


警戒心が強くお転婆な兎はレベンスも同じだ。


『出会ってから半日近くで、グレンがあの子を把握できているなら相当脈ありだな?』


父に似て人付き合いが苦手な息子。

常に一匹狼で相手の事を知ろうとしない。


だけどリリーに対しては違うようだ。


「あと、頭がとても良い。俺が今学んでいる文学まで把握していた。恐らくハワード侯爵の息子と同等のレベルだと思う。」


「ハワードの餓鬼と一緒にするな?戦神の頭脳を受け継ぐ娘相手に、宰相など足下も及ばない。」


「戦神の頭脳?」


貶す父親にグレンは怪訝な表情を浮かべた。

でもグレイスはそれ以上を話すつもりはない。


「あの子は必ず我が家に取り入れる。その為にもグレン、お前がリリーの拠り所になれ?」


グレイスはグレンに向き合い命令すると、グレンは怪訝な顔を更に歪める。


「…どういうことだ?」


何を今更?とグレイスは鼻で笑う。


「リリーの心境を聴いたはずだ。あの子はこの家に縛られて自由がない。哀れだと感じたのだろ?」


「それと拠り所になれと、どういう関係があるんだ?」


「あるだろう?あの子は将来、お前の妻になるのだから。」


「はぁ!?」


妻と聞いてグレンは驚く。


「な、なに、何を言っているんだ?リリーが俺の!?」


「問題ないだろう?あの可憐な容姿で愛嬌良し。その上、頭が良いだけではなく推察力・観察力もずば抜けている。本来ならお前に身の程過ぎるものだが、総大将である俺の家なら十分名目が立つ。それに…」


呪縛に囚われるマーカス家を救うにはリリーが必要。


『レベンス様を再現させる為にも、リリーが居なければならない。』


グレイスはほくそ笑む。


「だからって、俺達の婚約はお前の要望だろう?勝手に決めるな!!」


動揺するグレンが吠えるとグレイスは冷ややかにグレンを見返す。


「勝手?お前は馬鹿か?これは公爵夫人から要望だ。何故夫人が執着する娘に、赤の他人であるお前を案内させた?それも侍女と従者も付けずに。」


「う…。」


グレンもこれについては不思議がっていた。

何故、ディジーは末娘に親戚でもない他人のグレンと交流する様に命じたのか?

普段から自分の元に縛り付けて離さないはずなのに。


「単純にお前が気に入ったわけではない。奥方は意図があって俺達をここに留まる様にしているのが何故分からん。」


「…奥方が俺に何を求めているんだ?」



早く仕事をして帰りたいと言うグレイスの前に、奥方は急いでリリーを会わせたようとした。


ここで留まると聞いた時のディジーが喜ぶ表情。


確かに何かある。


でも、グレンはどういう意味か分からない。


『観察が弱いな?』


グレイスは大きくため息を吐いた。


「奥方の目的は大体、リリーを自分の理想に作り変えるために俺達を呼んだ。と言う理由がしっくりするな?奥方も俺と似たような考えがあるのだろう。そしてあの子の伴侶になりそうな相手も運よく見つかった。そんなところだ。」


「奥方の理想?…余計に意味が分からない。」


謎が更に謎を呼ぶ。

答えが見つからなくて悩む息子にグレイスは更に呆れる。


『あの女は大概、英雄の後継ぎである俺に彼女の後継人として会わせ、リリーをレベンス様のように育てて欲しいのだろう。嫡子を産めなかった劣等感か?それかジオを見返したいという一心かどうかは分からん。』



どっちも含まれているとグレイスは感じた。


ディジーは戦神の英雄がいた公爵家の夫人として矜持が高い。


何故なら今も尚、故人であるレベンスを讃える声が多いのだ。

そして英雄の血を引く息子と嫁は誰からも一目置かれ大きく期待されている。


そのプレッシャーはかなりのものだ。


その期待を応えたいとディジーが思うのも無理はない。


英雄の後継ぎとしてリリーを育てられたならば、夫と周囲の期待に応えられると感じたから、今回グレイス達を呼んだ。


『奥方が求めているものはブロッサム家の英雄だ。でもそれは叶えられないな?あの子はマーカス家の英雄になる。』


夫人の野望はグレイスと同じでも相反する。


「考えるな?彼女の意図などお前に関係ない。」


今でも考えている息子にグレイスは一喝した。


「だが、お前があの子の伴侶として認められているのは事実。だからこそ、お前はリリーの心を射止めてこちら側に繋ぎ留めろ?それがお前の使命だ。」


「…。」


複雑そうにグレンは表情を歪めた。

でも、父親の命令に何も言い返せない。



「今回は明日で帰るが、今後は公爵家に通う回数が増えるだろう。俺がブロッサム公爵に話を付けている間に、お前は公爵家ここの住人を懐柔してリリーを取り込め。いいな?」


誰からも邪魔が入らない様に。


誰よりも先に。


『レベンス様を継ぐリリーを手に入れる!』


その為なら、人外れた常識だろうと手段は選ばない。


あらゆる手を尽くして奪いとる。



野心に燃えるグレイスの目にこれ以上のない狂気が宿る。



グレンを寝床に帰し、一人になったグレイスは酒をグラスに注いだ。


そしてグラスを片手に持ち窓の外を見つめる。


外は暗闇に包まれていた。


庭の道を照らす為に多く飾られている灯は、闇の重圧に耐えながら必死に光を放っている。


まるでこの地に生きる命。


大きな光になっていた英雄は死神に連れて行かれて、もういない。


いつ闇の中に取り込まれるのではないか?と怯えている様だ。


それはグレイスも同じ。


でも、それはすぐに過去の事になる。



闇夜の空に小さな星の光がみえたから。



「…今日は実に良き日だった。最初は不満で仕方なかったが、思わぬ事もあるものだ…。」


グレイスにとってブロッサム領地は大切な人を失った苦い場所で、今まで近づきたくなかった。


だけど、もう違う。


「死神は死と再生。再びこの地に真の英雄が誕生する。」



いずれグレイスの理想とした英雄がこの地に舞い降りるだろう。




Fin





・・・・


―おまけ―



とある王城の執務室。



「お義父様。この依頼書ですが、流石に陛下の職務怠慢案件なので突き返しましょう?」


兎が呑気に書類を足蹴にする。

兎の隣で執務するグレイスは、何事かと足蹴した書類を拾って読んだ。


「なに?…あいつは馬鹿か!?なぜ同盟国首脳議会に国王代理人として、俺とリリーが出ないといけない!!」


どうらや無茶ぶりの仕事を回された様子。

当然グレイスは憤慨する。


「全くです。任すのも程がありますよ?これは自分の仕事だと理解させる為に、きつめのお灸が必要ですね?うーん。丁度、会談する前に関係者達と面会する予定があります。そこに一手を入れますか?」


仕事を弄ぶ輩に厳しい兎。

今回も兎キックが炸裂しそうだ。


だがグレイスは待ったをかける。


「関係者は外交官だろう?首脳会談は安保条約の件だから話しても意味ないのでは?」


同盟国の安全についてなど、外部に漏らして良い話ではない。


グレイスの疑問にリリーはにっこりと微笑んだ。


「今度面会するお相手ですが、外交官たちだけではなく首脳者達の後継人もいます。勉学と称してお忍びで来るそうですよ?」


「…首脳者の後継…嘘だろう?他所の王太子や議長の息子が来るのか?」


目から鱗が落ちる。と言うべきだろう?


突然の事にグレイスは固まってしまった。


「はい。実は今お義父様が抱える案件は彼らの国でも起きているらしく、非公式ですが早く解決する為に情報交換する予定なのです。なので、陛下へのお仕置きも含めて話し合おうと思います。」


「リリー…。」


義娘が余りにも頼もしい。

グレイスの目が潤んだ。


普段は学業と生徒会、夫の領地・実父の領地経営と多忙を極めているリリー。

その上、国王の相手と後輩たちの援助等様々な所で活躍している。


余裕など全くないはずなのに、この兎は義父の仕事まで手伝っているのだ。


それも義理の父親が頭を抱えて悩んでいる事に気づき、早く解決できるよう手を回している。


武才がなくとも、神の知恵を武器にして戦う兎。



「やはり君は英雄だ!」



グレイスはとても喜んだ。



Fin



お読みいただきありがとうございます。


本編のグレンとリリーの回を修正した時に、この回が書きたくて書いたものになります。

ほかの三組のエピソードも修正時に書けたらいいなと思います。


ここまでお読み頂きありがとうございました。


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