番外編 グレイス -回想―
それからグレイスはリリーが作成した書類を一通り目通し、裏を取る為に一人でブロッサム領の南東にある街に向かった。
そして資料を基に調査する。
だが、それは無駄足だったとグレイスは思った。
『本当に凄い推察力だな?裏を取るにしても何一つ出てこない。』
どんなに調べても、リリーが調べた事しか出てこない。
広まった感染も適切に対処したことで、殆ど軽症。
今や感染病で悩まされている者は誰もいない。
資料は確証たるものになった。
『ブロッサム領が馬鹿広い領地でない事に幸運だな?これならすぐに終わる。残る容疑者の尋問と押収品の確認は明日にすればいい。王家の提出書類もリリーの資料を写すだけで済みそうだ。』
手間がかかると見込んだ今回の件。
少し手を出すだけですぐ終わると思わなかった。
帰る支度をして馬の待機場へと向う。
「これが毎度なら助かるのに…。やはり特別な存在が動くと、こうも違うのか?」
グレイスはリリーの資料を手に取り懐かしそうに見つめた。
『外に出ずとも周囲から寄せる情報と過去の資料で原因を突き止められるなど神の頭脳。まさにレベンス様だ。あの御方は王家が抱える文官・医療官が白旗を出す程、先見の力と神の知識を持つ。その上、誰もが心を奪われる程の人柄はもはや女神。』
頭の中で浮かべるレベンスの容姿は女性そのもの。
『あの子はレベンス様を濃く受け継いでいる。』
リリーに会った為か、生前のレベンスがより鮮明に思い出せる。
柔らかな笑みを浮かべた姿。
無邪気な兎姿
そして…
― ど…うか…自分を責めないで?…貴方の為なら…わた…しは… ―
壁にもたれ掛かりヒューヒューと辛そうに息をするレベンス。
彼の身体は自分の血で染まっていた。
「…っ。」
グレイスにとって残酷な思い出まで蘇った。
油断して残党兵に捕まったグレイス。
相手は対レベンス用切り札と呼ばれる程強く、グレイスは複数相手に敵わなかった。
結果、かなり痛めつけられてしまう。
辛うじて生かされていたが、その命もいつ奪われもおかしくない程の危機に陥ていた。
そして異変に気づき助けに来たレベンスが、グレイスの安全を保障に身を捧げ敵の刃で貫かれるが、レベンスは刃を受けたときに隠していた刃物で敵兵を倒し何とか切り抜ける。
でも…
『なぜ?何故あの時、敵に身を捧げたのですか?いつもの貴方なら、そんなことしなくても解決できた。なのに、何故?』
今でもグレイスは彼の真意が分からない。
なぜそうなったのか?
あの時のレベンスはいつもと様子が違う。
いつもは虚しさを宿した瞳のレベンス。
なのに、彼の瞳に怒りが宿っていた。
何かが違う。
どこか調子が悪かったのだろうか?
『もしそうなら俺を見捨てくれた方が良かった。どうして?』
あの時も泣きながら訴えたけど、レベンスは優しく微笑んでいた。
『我が子を守りたいと…思うのは当然でしょう?…わたしは人…です。…戦神でも…死神…もない…ただの人の子の親。…そうでしょう?…ニルキア…』
瀕死のレベンスは壁にもたれながら天を見上げる。
まるで、そこに誰かがいる様だ。
誰と話しているの?
グレイスは分からずレベンスを見つめるしかない。
『…もう少しだけ待って?…まだこの子に…』
レベンスは虚ろな目をして空に告げ、泣きながら縋るグレイスの頭を力なく撫でる。
『グレイス…どうか…貴方だけの幸せを掴みなさい……ジオと共に…。私達が…永く望み、築いて…きた道を…あなた…た…に…』
そう言ってレベンスの意識を失った。
そこからレベンスは死ぬまで意識を戻すことはなかった。
まるで死神に連れて行かれた様に。
「レベンス様…」
待機場に辿り着いたグレイスは立ち止まり、庭に植えられた花々を目に映す。
様々な春の花は生きている喜びを表す様に色鮮やかだ。
グレイスが花冠に触れると花弁がハラハラと落ちていった。
手一つで命が簡単に狩り取れる…それが出来るのは…
『…ニルキア・フェロミア…』
死神と呼ばれた男
最後にレベンスは彼と話していたとグレイスは察する。
『元総大将でレベンス様の側近だった男。名誉司令官として今でも彼が生存の時までの業績は残っている。死神が至高の英雄を創り上げた…と。』
ニルキアはレベンスの師匠。
レベンスは彼の全てを継ぎ英雄として立つ。
隣に死神を据えて。
彼の命が失っても、それはずっと変わらない。
『恐らく彼はレベンス様の傍に居たんだ。…だからあの時、ルシオス先代王が…』
― また貴様なのか!?何度も何度も小賢しい!そうまで欲しいのか!? ―
ルシオス先代王の激怒が脳裏に響いた。
『あの王の豹変は今でも覚えている…。』
グレイスは当時の事を思い出す。
― 過去 ―
レベンスが負傷した後、すぐに王城へ運ばれた。
そして治療を受けるが、傷口は塞いでも意識が戻らず昏睡状態のままだ。
どんなに大陸の名高い医師を呼び寄せても、貴重な薬を取り寄せても、レベンスは意識を取り戻すことができず、どんどんと衰弱していく。
誰もが原因を解明できず、最終的には今までずっと肉体を酷使したためと言う理由で片付けられた。
そして“ 英雄の瀕死 ”
その事実が敵国に知られると危険。
王家と重役たちの会議で判断されて、レベンスをこのまま王宮で治療を続けずブロッサム邸に移すことが決まる。
王宮は敵が多い。
国を守る為には、それが最良と判断だった。
意識がないレベンスがブロッサム邸に移される前夜。
王宮に忍び込んだグレイスは、ベッドに横たわるレベンスの手を握って見つめていた。
『…レベンス様…。』
グレイスは切なく見つめている。
寝る間も惜しんでも、どうしても離れたくない。
そんな時、足音が聞こえた。
グレイスはすぐに物陰に隠れ様子を伺うとそこには…
「…レン。」
ルシオス国王だ。
ルシオスは周りに目もくれず横たわるレベンスの元へ向かう。
「レン、起きてくれ?」
いつもカリスマ的なルシオスの声と違い、切なさを伴った悲痛な声だ。
「お願いだから、起きてくれ?…まだ君は完成してない。だから死んでは駄目だよ?私の為に君はまだ英雄として必要なんだ。」
ルシオスはレベンスの上半身を起こして訴える。
『英雄として必要?こいつ…レベンス様がこんな状態なのに、どれだけ下衆なんだよ?ふざけんな!あとレベンス様に触るな!!』
グレイスは文句を言いに飛び出したくなった。
でもそれは確実に牢獄行き。
我慢するしかない。
「…レン…。」
ルシオスは眠るレベンスの顔に近づく。
『え?…まさか…おい!?いくらレベンス様がどんな女よりも美人だからって…しかも兄弟だろ!?』
アブノーマル的な想像したグレイスは焦った。
でも止められない。
出れば極刑だ。
慌てるグレイスに気づかずにルシオスはレベンスに近づく。
突然、ガザっという音が響いた。
ルシオスは動きを止める。
『!?』
グレイスは口元を押さえ青褪める。
ばれた?
しかし、ルシオスはグレイスのいる物影と反対の方向をみている。
カーテンが揺れている。
カーテン紐が切れて落ちた様で、纏まっていたカーテンが開いたようだ。
『なんで急に…風でも吹いたのか?』
突然の事でグレイスも驚いている。
でも窓は開いていない。ドアも開いておらず風が通る事はない。
薄暗い広い部屋にはルシオスとレベンス、そしてグレイスだけだった。
「…おまえか…?」
お前?
『誰かいるのか?』
グレイスが部屋を見渡しても誰もいない。
「…やはり…貴様か!!」
ルシオスは急に声を荒げた。
『誰もいないぞ?なら俺に言っているのか?』
グレイスはバレてしまったと非常に焦る。
これは素直に出るべきと思い物陰から出ようとしたが、ルシオスが窓際まで移動して開いたカーテンの横壁を思いっきり殴った。
「何度も何度も小賢しい!そうまで王の座が欲しいのか!?兄の復讐を果たしたいのか?」
鬼の形相と呼べる程、ルシオスは怒りで表情を酷く歪めている。
「いつまでもレンの傍から離れないと思えば、連れて行くと?それは元々私のものだ!!」
ルシオスからとてつもないほどの圧力を感じた。
『!!?…こ、怖い!』
ルシオスはレベンス並みの強い威圧を持ち、更に狂気まで帯びて他者を恐怖へ墜とす。
これにはグレイスもかなり怯えた。
身体を丸めて息を潜めながら震える。
まるで邪神が降臨した様。
普通の人なら見るだけで精神を壊してしまうだろう。
鍛えているグレイスでも意識を保つだけで精一杯だ。
「レンを返せ!!」
ルシオスが大きな声で叫ぶ。
狂犬が当たり散かす様に吠えると同じで、ルシオスは何度も『返せ』と叫んでいる。
まるで狂ってしまったよう。
「返せ!!…私のレンを…私の証を…死神ぃ!!」
叫ぶルシオス王の異変に気づいた兵士が駆け付けるまで、グレイスは身を潜めながら恐怖に耐え続けたのであった…。
そして現在。
恐怖を思い出して、グレイスは深くため息をついた。
「アレは本気で怖かった…。あんな狂気、余程の気狂いでなければ出せん。今の俺でも長くは耐えられない…。」
今のグレイスでもルシオス先代王の恐怖は堪える。
『だが…分からない。何故あそこまで先代王はレベンス様を英雄として求めていたのか?俺がレベンス様の代わりになると言った時、先代王は英雄について何も言わなかった。』
ルシオスが求めていた“英雄”
グレイスはレベンスに負傷させた罪を償う為に、“英雄の代わり”になるとルシオスに言った。
だけど、ルシオスはグレイスにレベンスの代わりとして総大将の任を命じただけ。
英雄について詳しく語らなかった。
その後、隣国ファシアンの戦を制しても同じ。
ルシオスは何も言わない。
戦が終結してまもなく、ルシオス王は過労で体調を崩し崩御したのであった。
ルシオスの真相は闇のまま。
新しく王になったルドガー現王は英雄について何も知らない。
だから誰もルシオスを理解する者は居なかった。
「…レベンス様は真相を知っていたのだろうか?」
地面に落ちた花弁を切なそうにグレイスは見つめた。
― 私達が…永く望み、築いて…きた道を…あなた…た…に… ―
レベンスが最後に遺した言葉がグレイスの頭の中に蘇る。
『レベンス様とその側近が築いてきたものと言えば…やはり英雄と呼ばれる程の知識と武力。これを習得できれば、誰もが一目置かれる程の存在になれる。』
グレイスが手に入れた力は余りにも強力。
底辺から一気に天辺へ昇るだろう。
『…そうだ。レベンス様は俺に戦う術を教えてくれたお陰で、俺は再び罪人にならず騎士を統べる軍総括長として立つことが出来た。そしてハワード家と並べる程の権力も手に入れた。これならマーカス家はいずれ罪人の烙印を消すことが出来るだろう。先代達が望む未来を叶える唯一の方法を俺が手にしているんだ。』
かつて大陸随一の治療師一族と誇ったマーカス一族。
治療に関する知識だけではなく、環境づくりにも力を注いでいる。
国に関わらず大陸に居る様々な民族を救う事に誇りを持っていた。
それが歴代の当主の一人が王族殺しの罪を犯した事によって、バロン王家から枷を付けられてしまう。
そして一族の知識と技術をバロン王国だけに注ぐように命じられ、王家の奴隷として今も尚縛り続けられていた。
そんな状況を歴代当主達は憂い、かつての一族の誇りを取り戻すために敢えて王家の犬として奮闘。
しかし、誰一人も罪の烙印を消すことが出来なかった。
だけど今、グレイスが英雄の跡を継ぎ変えようとしている。
『これまで俺は多くの事を成し遂げられている。お陰でこの国だけではなく他国の有権者達まで俺を求める声が多い。味方が多ければ多いだけ、バロン王家を揺るがせられるだろう。』
過去の罪を塗り替えようと着実に進んでいる。
順調と言えば順調。
未来は明るい…など、簡単にいくわけない。
グレイスの表情が曇る。
『…だが、余りにもここまで来るのに時間が掛かり過ぎた。俺自身、今は動けるがそう遠くない内に衰えが表に出てくる。…きっとレベンス様と同じになるだろう。』
成果を出す度にずっと過度な働きをしていたグレイス。
既に身体は限界値に近づいていた。
このまま続けると、いずれレベンスが昏睡状態になった時と同じ状態になるだろう。
『そのうえ今、大陸の情勢は危うい状態だ。いくら英雄の盾があって表面上は良くとも裏で変な動きがある。そんな状態で騎士団だけで対抗は非常に厳しい。』
現在、王国の周辺は同盟を組んでいて大きな争いもなく平和的。
でもグレイスはこの平和が薄いものだと知っていた。
再び戦になる。
そうなれば必ずこの小国は狙われるだろう。
『そうなると、ルドガーは必ず次なる英雄を求める。絶対的なバロンの英雄が…。』
絶対的なる英雄
戦神の化身と呼ばれたレベンス
そしてその後継ぎと言われたグレイス
二人を継ぐ相手
その存在は今、グレイスの息子グレンに注目されている。
でもグレイスは否定する様に首を振った。
『グレンにレベンス様の知識と武術を叩きこんでも、武術だけで精一杯でとても俺の後継ぎには弱い。精神が弱いあいつはこの先マーカス家の呪縛に耐えられないだろう。…だが、リリー…あの子がいる。』
再びリリーを浮かべる。
グレイスの表情は明るくなった。
「あの頭脳はまさにレベンス様そのもの。容姿も生き写しで申し分ない。後は全てを統べるカリスマ的な性質・武才が備えれば再び戦神の英雄は蘇る!」
嬉しそうに微笑んだ。
だがその笑みは陰を含んでいる。
『しかも我が家に迎えればマーカス侯爵家は解放されるだろう。例え彼女がレベンス様になれなくても、その遺伝は子へ受け継ぐ。そして俺の遺伝子を持つグレンが交ざれば、最強の英雄が誕生するのだ。世界が恐れ崇める最高の戦神の誕生!!』
グレイスの目に狂気が宿る。
余りの喜びに酔い狂うよう。
「…早くあの子を手にしたい。その為にも色々と準備がいるな?」
グレイスは馬に乗って走らせた。
もう王家の依頼などもはや頭の中にない。
あるのは今自身の息子と一緒に居る無邪気な仔兎だけだ。
次で終わりです。
12日 PM3:00に投稿予定です。




