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番外編 グレイス -理想―

二人に挨拶するリリーはとても美少女と呼んでも良い程の可憐な少女だ。


腰までまっすぐに伸びる絹の様な柔らかい金髪。


整った鼻と可愛らしい形をした唇。


長いまつ毛に隠されても分かる大きな目は兎の様に紅い。


全てが可憐と思えるほど構成されたパーツだ。


それに見合う容姿まで持って、かなりの上玉と言えるだろう。


なによりもこの姿は尊敬するあの御方と重なる。


「リリー、遅いわ?何をしていたの。」


叱咤する声がグレイスを現実に引き戻す。

気が付くと隣にいるグレンが彼女に見惚れていた。


二人して彼女に夢中になっているとは思わなかった。


「お母さま、申し訳ありません。少し要件に手間をかけておりました。」


「もう!お客様がお見えになる時は、自重しなさい!」


「申し訳ございません。」


叱る母にリリーはもう一度謝った。

そんなリリーにグレイスは再び目を奪われる。



『…この女のヒステリックなどどうでもいい。まさか…こんなことあるのか?』



目の前には、自分が敬愛してやまない人。


幼い自分を救い、居場所を作ってくれた。

父の様な安心感と母の様な愛情を与えてくれた御方。


今でも求めてやまない彼の面影を持つ娘、リリー。


グレイスの心臓がバクバクと音をたてる。


そんな彼の心境に気づかずディジーはリリーをグレイスに向けた。


「ご覧になって?この子は戦神の英雄だったお義父様にそっくりなの。」


ディジーは自慢そうに微笑んだ。


「…ああ。」


グレイスは動揺を隠しながら頷いた。


何度彼女をみてもレベンスに似ている。

まるで彼が子供になったようだ。


大人しくなったグレイスにディジーは満足して「食事をしながら話しましょう?」とグレイスたちを促した。


それから上座にディジーとリリー、向かいにグイレスとグレンで座り食事をとった。




食事中でもグレイスはずっとリリーを気にしている。


リリーは幼くも上品で丁寧なテーブルマナーを身につけていた。

王族の気品がある。

公爵家の娘として十分に教育されていた。


食べる姿もまた亡きレベンスを思い出させる。


「マーカス卿。」


ディジーがグレイスに声を掛けた。


「リリーが気になるでしょう?ふふっ、この子を人に会わせる度にみんなが驚くの。その様子が楽しくって、普段はリリーを外に出さないのよ?」


だからブロッサム家の次女は噂にならない。


楽しそうに話すディジーにグレイスは耳を疑った。


『自己満足の為に娘を閉じ込めるなど愚かだ。…だが、ここまで容姿が似ていれば、誰もが驚くだろう。なにせ守護神の孫。表に出ればすぐ世間に広まる。…誰もが彼女をほっておくわけない。俺だって早く知っていれば…いや…まだ遅くない。』


グレイスの目に欲の色が滲み出る。


「それは楽しそうだ。でもそれが良い。偉大なる御方に似ている孫を世間に出せば、色んな奴らから狙われかねん。」


肯定されてディジーは笑顔で満足そうに頷く。

でもその様子はすぐに変わり、リリーを見るなり不満そうな表情してため息をついた。


「でしょう?…本当はこの子が男の子だったらレベンス様の後継ぎだと言って、もっと自慢が出来たのでしょうが、この通り女の子なの…本っ当に勿体ないわ?」


女だったら。


その言葉を聞いたリリーは表情を曇らせた。

グレイスはそんな彼女の様子を見逃さない。


『確かに男児ならばジオ以上に期待されるだろう。でもこの子が男児に生まれたとしても、既に模範になる御方が失われていて同じ様にならない。』


模範になるレベンスは既に亡くなっている。


英雄(レベンス)を強く求める人たちは、彼女を次の英雄として仕立て上げたくても失敗に終わるだろう。


『でも…俺なら違う。』


グレイスはほくそ笑む。



レベンスの唯一の弟子のグレイス。

戦神の英雄の能力を引き継いだ唯一の男。


『俺なら彼女を作り変えることが出来る。次なる英雄…いや、レベンス様を再び取り戻せるかもしれない。それに…女子なら…』


横に居るグレンを横目で見る。

グレンは静かに食べつつも時折リリーの様子を伺っていた。

どうやらずっと彼女が気になる様。


『マーカス家へ嫁入りすれば色々と解決できるのではないか?レベンス様を取り戻し、マーカス家を縛る呪縛を解くことが出来る。…何という事だ。全て解決するのだ。これほどの奇跡はない!』


グレイスは嬉しさで心が満たされていた。

リリーと言う存在がグレイスに希望を抱かせる。


『まずはリリーを良く知らなければならないな?今の彼女は随分と大人しい。原因は夫人というところか?この女が娘を縛り付けている。…グレンを使うか?』


グレイスはにやける口元をナフキンで拭く。

傍目は食事が終わったと思うだろう。


「ディジー奥方、この後私は仕事に移る。資料を出してもらえるか?」


「ええ、勿論。」


「それと…今日中に仕事を終わらせるのが難しい。急で悪いが、一泊させて貰えないか?息子が疲れている。休ませてやりたい。」


「父上?」


急に泊まると言う父親にグレンは戸惑った。

反対にディジーは顔色を明るくする。


「まあ!それは嬉しいわ!ぜひそうして頂戴。リリー、マーカス卿の御子息に屋敷を案内してあげなさい。」


ディジーは喜びながら言うと、リリーは小さく頷く。


“グレンと交流しなさい”と聞こえた。


夫人の企みが入っているのだろう。

でもこれはグレイスにとっても望ましい事。


「それは助かる。グレンは歳近い友人と過ごすことが余りないから、是非頼むよ?ただ仕事を教える為にこの子を連れて来たから、仕事の後でいいかな?」


「勿論です。」


グレイスの願いにリリーは了承した。


するとディジーは焦りだす。


「折角の機会に仕事なんて…もう!フレッド、急いで資料をここに運んで?わたくしが…ゲホッ!?」


突然咳込み、ディジーは口を塞ぐ。


「ごほっごほっ、う、げほ!!」


発作が起きた様だ。


「奥様!」


「お母さま!」


フレッドとリリーが酷く咳込むディジーの元へ駆け寄る。


「奥様、もう限界のようです。どうか今はお身体をお休めくださいませ?」


フレッドが泣きそうな顔でディジーを気遣う。


「で、モ…げほっ…ごほっ!!」


「お母さま、無理をなさらないでください。フレッド、メディ、お母様を部屋にお連れして?」


「「はい。」」


リリーがフレッドたちに指示をする。


「ゴホッ、リリー、い…わよ?問題…ゲホッ、ないわ!」


「奥様お願いします。どうか少しだけお休みください。横になれば直ぐに良くなります。マーカス侯爵様への資料説明は私が対応させて頂きますから。」


拒絶するディジーにフレッドは懇願する。


「…フレッド…まで…。げほっ、…わか…たわ。」


ようやくディジーが折れた様だ。


「…リリー、貴女はフレッドの手伝いをしなさい。」


「…はい。分かりました。」


リリーは頷く。


ディジーはフレッドとメディに身を任せて退場した。


そんな様子にグレイスは冷ややかな目を向ける。


『…実の娘の説得ではなく、執事の説得で納得するのか?薄情なのは、ジオだけではないようだな?』


グラジオが死にゆく妻から逃げる事も、

ディジーが孤独を埋めたくて別の男に縋りつく事も、


二人の絆は薄くて脆過ぎる。


『シルヴィアと大違いだ。あの鬼嫁なら、俺に疑う様なことがあれば真っ先に首を狙ってくるだろう。俺もそれぐらいが相手にしやすくて丁度いい。』


怪しい事など一つでも見せれば命はない。

それぐらいグレイスの妻は強敵なのだ。


だが、そんな妻がグレイスにとって良い。

張り合いがあるからこそ対等な存在と思えるのだ。


妻の事を考えている最中、グレンが俯くリリーに声を掛ける。


「大丈夫?」


「…はい。心配してくださって、ありがとうございます。」


初めてグレンがリリーに話しかける。

グレンが他人を気に掛けるなど珍しい。


グレイスにとっても今の状況は不謹慎だが、美味しい展開だ。


ディジーが退場した今、ここに居るのはリリーだけ。

使用人がいるが、口を出してくる者はこの場にいないだろう。


絶好の機会だ。

つい表情が緩む。


「君も心情は辛いだろう?母君の病気について一度真剣に、君の父君と話し合う必要があるようだ。」


「…お父様に?マーカス侯爵様が母の事をお話してくださいますか?」


希望を抱くような輝きがリリーの目に宿す。


何とも綺麗な目だ。


「勿論。今の仕事が落ち着き次第話してみよう。…ただし、あいつが聞く耳を持ってくれるかが問題だが…?」


少し意地悪気にため息をつくと、リリーの瞳は暗くなる。

ブロッサム公爵夫妻の状況を理解しているのだろう。


『夢見がちな娘ではなさそうだ。』


グレイスは一つ一つ、リリーを確かめている。


「まずはこの仕事を片付けないとな?」


今は国王の依頼をこなさなければならない。

この案件をさっさと終わらせて、じっくりとリリーを確かめたい。


「そうですね。では、応接室までご案内します。」


リリーも頷き、グレイスたちを案内する為に動いた。


この子は一見気弱にみえるが、グレイスに怯えたりしない。


そんな姿も彼に似ており、グレイスを喜ばせた。



そして三人は応接室まで向かった。



・・・・・



応接室に到着後、

リリーは置いてある資料の一部を取り出しグレイスに出した。


「これは…。」


渡された資料は今回の調査対象である案件をまとめたもの。


「今回の依頼にあるブロッサム領南東で発生した病原を私達で調査してまとめたものになります。」


「…。」


資料を軽く目を通したグレイスは驚いて何も言えない。


その資料は発生から鎮火、その対処まで内容がしっかりと書かれていた。


でもリリーは話を続ける。


「事の原因は四ヶ月前程、異国の貨物船がブロッサム領地の船場に停泊した時に、貨物品を触れた卸人から広まったと思われます。なので、貨物の検問記録を基に調査したところ、貨物品の中身は国が禁止している薬剤と判明。そして闇市場の売人の為に監査員が不正に手引きしていたと分かりました。」


リリーは既に危険品を密輸入した売人・そして不正手引きをしたブロッサム領地担当の監査役員を割り出し容疑者として捕獲したと伝えた。


そして危険品が外に出回る前に証拠品を回収したとの事。

だからブロッサム領地の一部の町以外に被害がなかった。


発生した病原も早期に領主の判断と対処で広まる事もなく鎮圧。

国の医療班を派遣する事もなく無事に終わらすことが出来た。


「容疑者達は今ブロッサム領のオルガン街の牢に保留しています。ですので、マーカス侯爵様に最終判断して頂き次第、彼らを騎士団へ引き渡します。」



後は処理のみ。

グレイスが一から調べる必要がなくなった。


「…これは誰が対応したのかな?」


グレイスの質問にリリーは柔らかく微笑んだ。


「お母さまです。」


「…。」


彼女の様子ですぐに分かる。


『…嘘だな?』


グレイスはすぐに嘘だと理解した。


今まで夫人は人任せにして自分は何もしていない

ブロッサム領地の当主のグラジオも同じだ。


今回もそのつもりで人を頼ったと思っていた。

だけど今回だけは今までと異なる。


目の前にいる彼女は余りにも内容を把握していた。


でもリリーは気にせず仕事の話に戻し、別の資料の取り出し机に置く。


「あと、これは今回と関係あるか分かりませんが、過去に隣国のある町にも似たような病が起きたそうです。今回と同様、発熱と重度の発疹。死者までは出ていませんが、大勢の民が感染しています。原因は炭鉱から発掘した資材に付着した菌が人体へ入った事でした。」


「…これは凄い。」


別の資料には、過去に起きた出来事と原因が分かりやすく要約してある。

そしてその時の対処を基に、効果的な治療方法が詳しく書かれていた。


今回の病原菌がどこから来たのかさえも、丁寧に調べ上げている。



「…早く済みそうだな?」


文句も言えない程のレベル。


とても普通の領主が対応できるレベルではない。

ましてや病弱な奥方とその補佐の執事などに、このような完璧にまとめる事など出来ないだろう。


出来るとしたら戦神と呼ばれた英雄だけ。



『見た目だけではない…本当に…どこまでも似ている…。』


目の前の少女が敬愛するレベンスと重なった。


グレイスがリリーに声を掛けようとすると、扉からノックの音が鳴る。


「失礼します。」



「フレッド。」


リリーは部屋に入ってくるフレッドに微笑む。


「遅くなり申し訳ございません。」


…邪魔が入った。


グレイスは心の中で舌打ちした。


でも二人は気にせず話している。


「大丈夫です。丁度、件の説明が終わったばかりですよ?後はマーカス侯爵様に確認して頂くまでになります。」


「そうですか。ははっ、リリーお嬢様はしっかりしておりますので、私など不要でございましたね?この度はリリーお嬢様がお調べになり対処した事で小さく済みました。マーカス侯爵様、ここにある資料はリリーお嬢様が一人で作成されたのですよ。」


「フレッド!」


自慢する様にフレッドは話すと、リリーが焦りながら声をあげた。


『…そんな事は、言わなくても分かっている。』


グレイスは呆れた。

でもそんな彼を無視してリリーに注目する。


「それは凄い事だ。君はまだ幼いのにとても優秀だね?普段からこうして母君のお手伝いをしているのかい?」


「え…と、いえ。私は未熟で、普段は母とフレッドから色々と学ばせて貰っています。今回はお母様の体調が優れなくて、やもえなく私が見様見真似で進めました。なので、この件は穴が幾つかあると思い、お母様が王家へ依頼をしたのです。」


そして王家からグレイスに依頼が来たと。


それが今回グレイスたちを動かした経緯になる。


「成程。」


母を立てるリリーは、幼くとも縦社会の礼儀を身につけている。



「ですが、まさかご多忙のマーカス侯爵様が来ていただけると思いませんでした。それを知ったリリーお嬢様はマーカス侯爵様のご負担が軽くなる様、使者を派遣して元凶を追及し、今日まで調査結果を纏めました。余りにも凄すぎて神が降臨した様です!」



「フレッド、それ以上は言って駄目です!」


「むぐっ!?」


興奮するフレッドの口元に小さな仔兎が飛びつく。



「…。」


人が兎に見える錯覚。


ああ…その兎姿も…何と懐かしい。


仔兎姿までレベンスと同じだ。


グレイスの心はより歓喜に満ちる。


無意識にリリーの元へ行きそっとフレッドからリリーを引き離した。


急に抱っこされた仔兎なリリーは驚いてあたふたする。


「マーカス侯爵様?…そ、その。申し訳ございません。私のせいでお仕事を増やしてしまったかもしれません。えっと…どうしよう?お、お母さまにお伝えしなきゃ…」


「しなくていい。仕事は君のお陰で早く片付く。」


そっと仔兎を降ろし、その頭を優しく撫でた。


「ああ…君はブロッサム家の中で一番あの御方の血が濃く入っているのだね?レベンス様にそっくりだ。」


今、リリー以外のこの場にいる者達は衝撃が走った。


リリーを撫でるグレイスの表情はとても穏やかで、優しい笑みを浮かべている。


いつもの厳つさがない。

普段から人を見下しているような冷たい眼差しもない。

刃物を突きつけられるような恐怖の威圧もない。


『ああ…なんて嬉しいんだ。レベンス様…貴方を映した御子がここにいる。』



これは奇跡だ。


貴方を失ってから今日まで、俺はずっと大罪人の檻で外を見ていた。


貴方が居ない世界は段々と色褪せて腐敗していく。


どうしようもなく虚しい日々。


俺がどんなに貴方のように振る舞っても、貴方のようになれなった。



だけど、貴女・・は帰って来てくれたのですね?


「…あの…。」


不思議そうに見つめるリリーにグレイスは微笑んだ。


「君に出会えて嬉しいよ?」



― お帰りなさい。レベンス様 ―




次の投稿は12日AM9:00になります。

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