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第九十二話 測らない儀式

洗礼の少し前。


神殿へ行った。


本番ではない。


父上が神官へ挨拶する用事があり。


俺も一緒についていっただけだ。


石の階段。


高い扉。


中へ入ると、外より少し涼しい。


声も違う。


小さく話しても。


壁と天井から返ってくる。


俺は入口で一度止まった。


「ここでやる?」


父上が頷く。


「奥の礼拝堂だ」


奥へ進む。


長い椅子。


正面には祭壇。


窓から光が落ちている。


特別な装置は見当たらない。


魔道具らしいものも。


測定器らしいものも。


ない。


「どこで測るの?」


父上がこちらを見る。


「まだそれを気にしているのか」


「だって何もない」


少し離れたところにいた神官が笑った。


年配の男だった。


白い衣服。


派手ではない。


「何を測るつもりなのです?」


「魔素とか」


「ほう」


「量とか、得意なものとか」


神官は祭壇の前まで歩く。


「ここでは測りませんよ」


「本当に?」


「本当に」


やっぱり。


でも。


何も測らないなら。


なぜ洗礼の後から教育が変わることがある?


俺はそのまま聞く。


神官は少し考えてから答えた。


「十歳になった者へ、これまでより広い学びを許す家や学校が多いからでしょう」


「洗礼したから使えるようになるんじゃない?」


「違います」


「洗礼しなかったら?」


神官はすぐには答えなかった。


「身体の力が消えるわけではありません」


「じゃあ使える?」


「使える力があるなら、それ自体は」


少し間を置く。


「ただし、社会の中では別の問題があります」


また社会。


力そのもの。


力を使うことを周囲が認めること。


同じではない。


「許可みたいなもの?」


「それだけでもありません」


また一つではない。


神官が祭壇の脇にある小さな台を示す。


洗礼の日。


俺はそこへ立つらしい。


神官が言葉を読む。


俺が返事をする。


祈る。


家族が見守る。


最後に祝福の言葉を受ける。


「石は?」


「ありません」


「水晶は?」


「ありません」


「手を置く魔道具は?」


「ありませんね」


「魔法陣」


「使いません」


全部消えた。


俺の中にあった洗礼の形が。


どんどん普通になっていく。


普通。


でも。


だから余計に気になる。


「何も調べないで祝福するの?」


神官が頷く。


「はい」


「強い人も弱い人も?」


「はい」


「魔素が多くても少なくても?」


「はい」


「魔法が上手でも下手でも?」


「同じです」


そこで止まった。


同じ。


測らないから。


同じ形で扱える。


もしここで量を測れば。


多い。


少ない。


得意。


不得意。


すぐに分かれる。


でもこの儀式では。


そこを見ない。


「わざと測らない?」


神官が少し目を細めた。


「そう考えることもできますね」


父上がこちらを見る。


俺は祭壇を見る。


洗礼で確認するのは。


能力ではない。


十歳まで育ったこと。


家族と共同体の中で。


次の段階へ進むこと。


そこへ能力の順位を混ぜない。


「強いから祝福されるんじゃない」


「ええ」


「弱くても同じ」


「ええ」


少し分かった。


測定なら。


正確さが必要になる。


道具。


基準。


比較。


記録。


条件。


でも儀式は。


別のものを扱っている。


「数字がない方がいいこともある?」


神官が笑った。


「数字が必要な場所もあります」


「ここでは?」


「必要ありません」


必要な情報だけを見る。


前にも似たことを考えた。


地図も。


全部を書けば良いわけではない。


目的によって必要なものが違う。


物流を見る地図。


魔素を見る地図。


同じ紙でも。


載せるものは変わる。


洗礼も。


人の能力を見る場ではない。


だから能力の情報を載せない。


「測れるのに測らない?」


「それも選択です」


神官が答えた。


それは面白い。


知らないから測らないのではない。


必要ないから測らない。


あるいは。


測らない方が目的に合う。


午後。


屋敷へ戻る。


先生に神殿で聞いたことを話した。


「測らないことに意味がある?」


「ありますよ」


「研究だと測る」


「研究でも、何でも測れば良いわけではありません」


少し意外だった。


「測れるなら測った方がいいんじゃない?」


「測定にも目的があります」


何を知りたいか。


何を比べたいか。


どう使うか。


関係のない数字を大量に集めても。


答えに近づくとは限らない。


「数字があると、数字を見ちゃう?」


先生が少し笑った。


「そういうこともあります」


例えば。


洗礼で魔素量が表示されたら。


多い子。


少ない子。


それだけで周囲の反応が変わるかもしれない。


本人も気にする。


家族も気にする。


教育まで変えるかもしれない。


数字が正確でも。


その数字を出したことで。


別の流れが生まれる。


「測るだけでも世界が変わる?」


「人がその結果を見るなら」


観測した結果が。


次の行動に使われる。


それなら。


測定はただ見るだけではない。


少なくとも人の社会では。


結果を見せることまで含めると。


その後に影響する。


俺は帳面へ書く。


『測れることと、測るべきことは同じではない』


次。


『洗礼では能力を比較しない』


『同じ節目を迎えた者として扱う』


さらに。


『数字を出せば、その数字自体が周囲の行動を変える可能性がある』


少し止まる。


数字は便利だ。


俺は数字が好きだ。


比べやすい。


記録しやすい。


変化も見つけやすい。


でも。


数字にした瞬間に。


見えやすくなるものと。


見えにくくなるものがある。


十歳まで無事に育った。


家族がそれを喜ぶ。


共同体が節目として迎える。


そこへ魔素量の数字を置いたら。


みんな数字を見るかもしれない。


「だから置かない」


決めつけない。


神殿がそう考えているとは限らない。


長い歴史の中でそうなっただけかもしれない。


でも結果として。


洗礼は測らない儀式になっている。


夜。


マリーが洗礼用の服を確認している。


俺は横から見る。


「これも全員同じ?」


「家や地域で違いますよ」


「でも測定はしない?」


「まだ気にしていたんですか?」


「今日、面白かった」


マリーが首を傾げる。


「何がです?」


「何も測らないところ」


普通なら。


何も起きないことは退屈に見える。


でも今回は違う。


何も測らない。


何も表示しない。


誰かを順位にしない。


それでも。


儀式は成立する。


むしろ。


それだから成立している部分もあるのかもしれない。


洗礼まで。


あと少し。


俺はもう。


何が出るのかを待ってはいなかった。


何も出ない場所で。


人が何を受け取るのか。


そっちを見たくなっていた。

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