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第七十九話 安くする方法

朝。


俺は一枚の紙を机いっぱいに広げた。


中央に書いたのは、


『冷却箱』


そこから線を伸ばす。


『箱』


『扉』


『冷却部』


『魔石』


『魔力伝達部』


『棚』


さらに、その外。


『組み立て』


『調整』


『試験』


『運送』


『修理』


昨日までに見つけたものを、全部並べてみた。


「多いですね」


マリーが横から覗き込む。


「うん」


最初は一つだった。


冷たい箱。


でも値段を考えるなら、一つのままでは見られない。


どこに金がかかっているのか。


どこなら変えられるのか。


それを分ける。


「先生」


「はい」


「一番高いのどれ?」


先生は紙を見た。


「その冷却箱について、ですか?」


「うん」


「分かりません」


即答だった。


「先生でも?」


「私は製作者ではありませんから」


そうだった。


魔道具に詳しい。


でも値段の内訳まで全部知っているわけではない。


「じゃあ職人?」


「聞けば分かる部分はあるでしょうね」


全部ではない。


工房が原価をどこまで教えるかも分からない。


それに、一台の冷却箱の正確な値段を知りたいわけでもない。


「安くする考え方を見たい」


昨日書いた。


『目的に必要な働きを残したまま、高くなる理由を減らせるか』


まず何を残すのか。


そこからだった。


「冷却箱に絶対いるものは?」


「冷却部」


言ってから止まる。


本当に?


冷却箱という名前なら冷却は必要だ。


でも目的は食材の保存。


冷却以外の方法で保存できるなら、冷却部さえ絶対ではない。


「広すぎる」


今日は冷却箱を安くする。


保存方法そのものを作り直す話ではない。


なら。


『冷却箱として、食材を必要な状態で保存できること』


これを残す。


「どのくらい冷えれば?」


食材による。


「どのくらい大きければ?」


使う場所による。


「何日使えれば?」


長く使いたい。


でも永遠である必要はない。


すぐ条件が増える。


「一個の安い冷却箱って作れない?」


先生が答える。


「作れますよ。ただし、誰にとって安くて十分なものかを決める必要があります」


誰に。


そこが先。


屋敷の厨房。


大きい。


食材も多い。


毎日何人も使う。


なら今の箱には意味がある。


でも。


一人暮らしの人。


小さな食堂。


旅人。


商人の荷車。


同じ箱が必要とは限らない。


「小さいのでいい人もいる」


「当然でしょうね」


大きな冷却箱をそのまま安くすることしか考えていなかった。


でも必要な量が少ないなら。


最初から小さくできる。


材料も減る。


必要な冷却能力も下げられるかもしれない。


「小さくすれば安い?」


「なる場合はあります」


先生はもう簡単に肯定してくれない。


俺も慣れた。


「何が悪くなる?」


「容量ですね」


単純。


小さくすれば入らない。


「いっぱい入れたい人には駄目」


「はい」


安くなった。


でも用途が狭くなった。


失敗ではない。


その用途で足りるなら。


「全部の人に同じもの売らなくていい」


昨日のガルドの話につながる。


世界で一番切れる包丁を、全員が必要としているわけではない。


冷却箱も同じ。


「必要な性能を減らすんじゃなくて、必要以上の性能を付けない?」


先生が少し笑った。


「それは一つの方法でしょう」


帳面へ書く。


『安くする方法一――用途を限定し、必要以上の大きさ・性能を持たせない』


ただし。


『別用途には使えなくなる』


欠点も一緒に残す。


次。


部品。


昨日見た三本。


高い部品。


中くらい。


安い部品。


全部、発熱の魔道具では使えた。


「必要な範囲なら安い方?」


「価格だけを考えるなら」


「壊れやすかったら?」


「長く使う場合には不利かもしれません」


また購入費と維持費。


安い部品へ変える。


最初は安くなる。


でも交換が増えれば高くなる。


「どれくらい使えば逆になる?」


計算できる。


部品の値段。


交換回数。


修理費。


使用期間。


でも今は数字がない。


「計算するには記録がいる」


どの部品がどのくらい持つのか。


実際の故障率。


それがなければ、


高い部品は長持ちするはず。


という想像だけになる。


「安い材料に変える前に、長く使った記録が必要?」


「安全に関わる部分なら特に」


試験も必要。


安くした。


すぐ壊れた。


では意味がない。


「安くするにも金かかる」


先生が頷く。


「改良には試作も試験も必要ですから」


妙な感じだ。


安くするために、先に金を使う。


でも同じものをたくさん作るなら。


その費用を後で分けられる。


昨日の話。


「いっぱい作るなら意味ある?」


「売れるなら」


ガルドの声が頭の中で聞こえた気がした。


そこは忘れない。


次。


構造を簡単にする。


部品が十個。


五個にできる。


組み立ても減る。


壊れる場所も減るかもしれない。


「部品少ない方がいい?」


先生が小さな魔道具を持ってくる。


昨日使ったもの。


「例えば、これを一体化させることはできます」


魔力伝達部と作用部。


別々ではなく、一つにする。


「安くなる?」


「製造方法によっては」


「交換は?」


「一部分だけ交換できなくなります」


来た。


作る時は簡単。


直す時は高い。


「逆だ」


昨日見たことそのまま。


交換できるように分ける。


作る時は部品も接続も増える。


でも直しやすい。


一体化。


作りやすい。


でも一部だけ直しにくい。


「どっち?」


「用途次第です」


「まただ」


先生が笑った。


でも今度は少し分かる。


一回使うだけ。


安さが重要。


壊れたら交換。


なら一体化でもいいかもしれない。


長く使う。


高価。


止まると困る。


なら修理しやすい方がいい。


「使う期間も設計に入る」


書く。


『安くする方法二――部品・構造を簡略化する』


『ただし、修理性・交換性を失う場合がある』


次。


規格。


共通部品。


昨日の話では、別の職人でも作れる。


同じものをたくさん作れる。


在庫も共有できる。


「冷却箱専用の部品を減らす?」


先生が答える。


「既存の共通部品で必要な性能を満たせるなら」


「安くなる?」


「なりやすいでしょうね」


専用品。


その箱だけ。


少数。


共通品。


いろいろな道具で使う。


たくさん作れる。


「でも共通品に合わせて箱を作る必要ある?」


「あります」


自由が減る。


最高の配置ではなくなるかもしれない。


少し大きくなるかもしれない。


「性能を少し捨てて安くする?」


「必要な性能が残るなら、それも設計でしょう」


性能を捨てる。


言葉が悪い。


必要以上の最適化をしない。


「一番冷える箱じゃなくていい」


必要なだけ冷える。


必要な期間使える。


修理できる。


そして買える。


それでいい人は多いかもしれない。


『安くする方法三――既存の共通部品を利用する』


『大量に作られている部品を利用できる可能性』


『専用設計より形状・性能の自由が減る場合がある』


紙が埋まっていく。


午前の後半。


俺は厨房へ行った。


冷却箱を見ながら料理長へ聞く。


「これ、なくてもいいものある?」


料理長が嫌そうな顔をした。


「何を外すおつもりです?」


「外さない」


最近、この確認が増えた。


「安くするとしたら」


料理長は箱を見る。


「棚は必要です」


「なんで?」


「なければ重ねることになります」


「重ねたら?」


「取り出しにくいですし、置き方も悪くなります」


棚。


冷却そのものには直接関係しない。


でも使うには必要。


「棚を安くしたら?」


「食材を載せられれば」


高級な素材である必要はないかもしれない。


でも。


汚れやすい。


腐る。


壊れる。


洗えない。


それでは困る。


「掃除しやすさもいる?」


「厨房ですから」


また性能が増えた。


冷える。


だけではない。


清潔に使える。


「箱の外側は?」


「丈夫なら、見た目はそれほど」


装飾。


屋敷にあるものだから多少は整えてある。


でも厨房の道具。


客に見せるわけではない。


「飾り減らせる」


「最初から、それほど飾られていませんよ」


見る。


確かに。


俺が削る前から、必要なものだけに近い。


「職人も考えてる」


当たり前だ。


今ある道具は、誰かが既に設計している。


値段も。


性能も。


使い方も。


俺だけが初めて考えているわけではない。


だから面白い。


「どこを削ったか聞きたい」


作った職人なら知っている。


何を入れなかったか。


何を安い素材にしたか。


何を高いまま残したか。


完成品だけ見ても分からない判断がある。


料理長が言った。


「小さい冷却箱なら、商店にもありますよ」


「あるの?」


「ええ。うちのような大きなものばかりではありません」


そうだった。


市場で見たことがある。


意識していなかっただけだ。


小型。


簡易。


高級。


いろいろある。


既に用途別に分かれている。


「見に行きたい」


先生が答える。


「お父上の許可をいただいてからですね」


すぐ市場へ行く話になった。


午後。


父上に聞く。


「冷却箱を見に市場へ行きたい」


「買うのか?」


「見比べる」


父上は少し考えて許可した。


護衛とマリー付き。


今日ではない。


後日。


「ガルドに聞けば店を知っている」


それも頼む。


俺が一から探すより早い。


その前に、屋敷にある別の保存道具を見ることにした。


厨房の大きな冷却箱だけではない。


小さな保冷容器。


地下の保存室。


乾燥させる棚。


塩漬け。


全部、食材を保存する方法。


「冷やすだけじゃない」


料理長が言った通り。


冷却箱を安くすることばかり考えていた。


でも目的が保存なら。


高い冷却箱を使わない方が安い食材もある。


「全部冷却箱に入れない?」


「もちろんです」


穀物。


乾物。


塩漬け。


冷却が不要なもの。


「冷却箱を安くするより、冷却箱を使わない?」


先生が答える。


「目的を達成できるなら」


これは大きい。


道具を改良する。


その前に。


その道具が必要か。


「一番安い部品は、使わない部品?」


先生が少し考える。


「必要ないのであれば、そうとも言えますね」


ただし必要なものまで外したら駄目。


冷却が必要な食材に、


冷却箱は高いから使わない。


そして傷ませる。


それでは安くなっていない。


「保存方法を食材で分ける」


料理長は既にやっている。


俺がまた後から気づいただけ。


でも、それでいい。


俺は世界で最初の答えを探しているわけではない。


仕組みを見ている。


夕方。


市場へ行く前に、ガルドからいくつかの価格情報が届いた。


大型の冷却箱。


中型。


小型。


簡易型。


値段の幅はかなり大きい。


ただし大きさだけでは決まらない。


同じくらいの容量でも価格が違う。


「これ比較したい」


先生が紙を見る。


「何を比較します?」


「値段」


言ってから直す。


「値段だけじゃない」


容量。


冷え方。


魔石の種類。


交換部品。


修理できる職人。


どのくらい使えるか。


「全部分かる?」


「店で聞いても分からないものはあるでしょう」


なら、不明でいい。


比較できるところだけ。


俺は簡単な表を作る。


『価格』


『入る量』


『冷え方の特徴』


『使用する魔石』


『共通部品』


『修理』


『用途』


そして最後に、


『分からないこと』


ここも入れる。


市場へ行く日。


いくつかの冷却箱を実際に見る。


同じ目的。


でも違う作り方。


その差を見れば、


安い理由も。


高い理由も。


もっと分かるかもしれない。


翌日。


市場。


ガルドが紹介してくれた魔道具店へ入る。


店内には冷却箱が四つ並んでいた。


大きさが違う。


形も違う。


「これが一番安い?」


店員に聞く。


小さな箱を指す。


「こちらですね」


「なんで?」


店員が少し驚いた。


普通なら、


いくらですか。


どのくらい冷えますか。


そう聞くのだろう。


でも知りたいのは理由。


「小型ですし、構造も単純です。使用している部品も一般的なものが多いです」


「壊れたら?」


「主要な部品は交換できます」


「魔石は?」


広く流通している種類。


「冷え方は?」


大型より弱い。


容量も少ない。


でも家庭で少量を保存するなら十分。


「これでいい人いる?」


「一番売れていますよ」


一番安い。


一番性能が低い。


でも一番売れている。


少なくともこの店では。


「なんで?」


店員が笑った。


「普通の家で、あちらほど大きなものは必要ありませんから」


大型を見る。


屋敷の厨房に近い。


高い。


よく冷える。


たくさん入る。


でも普通の家には大きすぎる。


「高い方がいい道具じゃない」


「必要な方をお選びいただければ」


商人も先生と同じことを言う。


次。


中型。


価格は上がる。


でも小型にはない機能がある。


内部が二つに分かれている。


「なんで分けた?」


「冷え方を変えられます」


昨日考えた。


温度差をなくすだけではなく利用する。


それがもう商品になっていた。


「あるじゃん」


「何がです?」


「なんでもない」


やっぱり世界は俺を待っていない。


職人たちは普通に考えている。


それでいい。


むしろ楽しい。


「これ高い理由は?」


「構造が複雑になりますから」


便利。


でも高い。


小型の単純な箱。


安い。


機能は少ない。


中型。


複数の保存条件。


高い。


どちらが正しいでもない。


「選べる」


これが大事なのかもしれない。


一つの完璧な冷却箱を全員へ渡す必要はない。


用途に合わせて違う道具がある。


俺は店の隅にある、さらに安い箱を見る。


「これは?」


「旧型です」


安い。


「悪い?」


「悪くはありません。ただ、交換部品が少なくなっています」


止まった。


買う時は安い。


でも修理で困る可能性。


「安い理由が後にある」


古い。


在庫を売りたい。


部品供給が減っている。


だから値下げ。


「これ買ったら得?」


店員は答えを濁した。


「長くお使いになるのであれば、こちらの現行品をお勧めします」


価格だけなら旧型。


長く使うなら現行。


昨日見た通りだ。


「安いって、時間でも変わる」


今日安い。


十年使った時に安い。


同じではない。


俺は表へ書く。


旧型。


購入価格――低い。


交換部品――入手性低下。


長期修理――不明。


「不明でいい」


未来のことは分からない。


でも判断材料にはなる。


帰り道。


馬車の中で帳面を開く。


市場で見た四つの冷却箱。


一番安いものが、一番悪いわけではなかった。


一番高いものが、一番良いわけでもなかった。


それぞれ、想定している使い方が違う。


「安くするって、劣化させることじゃないんだ」


マリーが聞く。


「では、何でしょう?」


考える。


「いらないものを、最初から付けない」


でも、それだけでもない。


共通部品。


簡単な構造。


作りやすさ。


必要な容量。


必要な性能。


修理。


使う期間。


全部を合わせる。


「必要な人に、必要なだけ」


それなら安くできる場合がある。


屋敷へ戻る。


机で今日の記録をまとめる。


『安価な道具は、高価な道具の劣化版とは限らない』


『用途を限定し、必要以上の容量・性能・機能を持たせないことで価格を下げられる場合がある』


『共通部品の利用、構造の簡略化、複数製品での設計共有なども価格低下につながり得る』


『ただし、安価な材料・簡略化・一体化などは、耐久性・修理性・性能を損なう場合がある』


次。


『購入時の安さと、長期間使用した時の安さは同じとは限らない』


『旧型など、購入価格が低くても交換部品の入手性が低い場合がある』


そして。


『安くするために必要なのは、すべてを削ることではなく、その用途に必要なものと必要でないものを分けること』


ここまで書いて。


市場で一番売れているという小さな冷却箱を思い出す。


屋敷のものより小さい。


弱い。


単純。


でも普通の家には十分。


もしあれがもっと安くなれば。


冷却箱を持てなかった家でも使えるかもしれない。


食材を長く保存できる。


買い物の回数が変わる。


遠くから食材を運べる。


廃棄が減る。


食べられるものが変わる。


「安くなると、使う人が増える」


そこで初めて気づいた。


道具を安くする。


それは道具だけの話ではない。


使える人の範囲を変える。


一軒の屋敷。


一軒の店。


そこだけにあったものが。


普通の家にも入る。


もし町中に増えたら。


食材の売り方まで変わるかもしれない。


でも、それはまだ先の話だ。


今は冷却箱。


そして保存。


俺は厨房で見た古い帳面を思い出す。


食材が傷んだ。


置き方を変えた。


扉を見るようになった。


失敗が手順になった。


冷却箱が残したのは、冷たい食材だけではない。


知識も残った。


部品も交換され。


箱そのものも長く使われている。


保存する。


その言葉は、食材だけに使うものだと思っていた。


でも。


道具を長く使うことも。


記録を残すことも。


失敗を次の人へ渡すことも。


何かを失わずに、先へ持っていくことだ。


俺は次の頁を開いた。


『保存する価値』


書いてから、少し考える。


冷却箱は食材を保存する。


でも。


なぜ保存する?


長く持てば、それだけで価値があるのか。


保存するために、保存する以上の金がかかったら?


使わないものを永遠に残しても意味はない。


「何を残すか」


冷却箱から始まった話が。


少しだけ違う場所へ向かい始めていた。

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