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第七十八話 高い理由

次の日。


机の上には、昨日の三本の部品が残っていた。


同じ規格。


どれも使える。


でも値段は違う。


「これ、いくら?」


俺は先生に聞いた。


「私に聞くより、購入記録を見た方が確実でしょう」


「ある?」


「学院の備品ではありませんから、屋敷で購入したものなら」


そうだった。


物を買えば記録が残る。


冷却箱の修理記録にも、交換した部品と費用が書かれていた。


俺は三本を見比べる。


昨日までなら、


高い部品。


安い部品。


それだけだった。


今日は違う。


「なんで高い?」


性能がいいから。


そう答えたくなる。


でも、それでは足りない。


同じ規格の中でも性能差は小さかった。


少なくとも昨日使った発熱の魔道具では、全部が必要な働きをした。


それなのに値段は違う。


「材料?」


「それもあります」


先生が答える。


「作るのが難しい?」


「それも」


「壊れにくさ?」


「関係する場合があります」


全部ある。


「一個じゃない」


値段も、結果の名前なのかもしれない。


高い。


その中身がある。


父上に聞いて、屋敷で購入された魔道具部品の記録をいくつか見せてもらった。


もちろん、屋敷にある全部ではない。


俺が今見ているような一般的な交換部品だけ。


机へ紙が並ぶ。


部品名。


購入先。


数。


金額。


日付。


運送費が別に書かれているものもある。


「これ」


似た部品なのに値段が違う。


一つは近くの工房。


一つは遠い町。


遠い方が高い。


「性能?」


父上が答える。


「それだけではない。運ぶにも金がかかる」


「部品の値段に?」


「最終的にこちらが払う金なら入る」


なるほど。


作った時の値段。


買う時の値段。


屋敷へ届くまでに必要な金。


同じではない。


「じゃあ、遠いだけで高くなる?」


「遠ければ必ず高いとも限らん」


また単純ではない。


大量に作っている工房。


少ししか作らない工房。


材料を近くで取れる場所。


遠くから運ぶ場所。


商人を何人通るか。


一度に何個運ぶか。


「多い」


父上が俺を見る。


「値段を調べたいのか?」


「高い理由」


「それなら商人に聞いた方が早い」


ガルド。


名前が頭に浮かんだ。


以前、市場や値段の話を聞いた時にも世話になった。


でも、いきなり呼ぶほどではない。


まず自分で見られるところを見る。


「材料の値段って分かる?」


「職人の仕入れまでは、こちらには残っていない」


当然だ。


屋敷の記録にあるのは、屋敷が払った金。


工房が何にいくら払ったかまでは分からない。


「ここから先は別の人の記録」


一つの値段を遡るだけで、記録の持ち主が変わる。


屋敷。


商人。


工房。


材料を売った人。


さらにその材料を採った人。


どこまでも行けそうだ。


「全部はやらない」


今日は魔道具。


冷却箱が高くなる理由。


そこまで。


午後。


先生が、魔道具を作る時に必要になるものを大まかに教えてくれた。


材料。


魔石。


加工。


魔力を扱える職人。


組み立て。


調整。


試験。


「試験も値段に入る?」


「誰かが作業するのですから」


完成した。


すぐ売る。


ではない。


ちゃんと動くか確認する。


危険はないか。


必要な性能が出るか。


交換部品なら規格の範囲に入っているか。


「測る道具もいる?」


「必要なものには」


それも金がかかる。


測定具。


工房。


作業台。


職人が使う道具。


「部品そのもの以外が多い」


「物を作るとは、そういうものです」


俺は昨日の部品を一本持つ。


小さい。


これだけ見れば、材料はそれほど多くなさそうだ。


「材料が少なければ安い?」


「そうとは限りません」


「なんで?」


先生が別の細い部品を持ってきた。


昨日のものよりさらに小さい。


「こちらの方が高価です」


「小さいのに?」


「精密な加工が必要ですから」


大きさと値段も一致しない。


小さくても難しい。


失敗しやすい。


作れる人が少ない。


時間がかかる。


「失敗した部品は?」


「売れませんね」


「その材料と時間は?」


「消えません」


売れる完成品だけを見ていた。


でも十個作ろうとして。


一個失敗する。


その一個にも材料を使った。


職人の時間も使った。


「九個の値段に入る?」


「工房が商売を続けるなら、どこかで負担する必要があります」


失敗まで値段に入る。


面白い。


「上手い職人なら失敗少ない?」


「一般には、その傾向はあるでしょう」


「じゃあ安くできる?」


「そうとは限りません」


まただ。


「なんで?」


「熟練した職人の仕事そのものが高く評価される場合もあります」


なるほど。


失敗が少ない。


速い。


精度も高い。


だから安くなる要素はある。


でも、その人に頼むための値段が高い。


「同じものでも作る人で違う」


「ええ」


熟練は性能だけではない。


値段にもつながる。


でも、それを単純に、


上手い人ほど高い。


とも言えない。


工房の規模。


設備。


作る数。


材料。


契約。


いろいろある。


俺は帳面に書く。


『値段は材料の量だけでは決まらない』


その下。


『加工の難しさ』


『必要な精度』


『作業時間』


『失敗率』


『作れる人』


『試験』


『運送』


まだ増えそうだ。


先生が俺の帳面を見て言った。


「保管もありますね」


「保管?」


「作ってすぐ使われるとは限りません」


昨日の予備部品。


倉庫へ置く。


場所がいる。


管理する人がいる。


傷まないようにする。


「置いてるだけでも?」


「何も必要ないとは限りません」


予備を持つ。


便利。


でも無料ではない。


「全部つながってるな」


昨日、


交換できる部品があれば直せる。


と思った。


でも部品を置いておくにも金がかかる。


部品を運ぶにも。


作るにも。


試すにも。


「だから冷却箱高い?」


「それだけではありませんよ」


先生は冷却箱の方を見る。


冷却箱は部品一個ではない。


箱。


扉。


棚。


冷却部。


魔石。


魔力伝達部。


断熱する構造。


それらを組み合わせる。


「箱も高い?」


「大きさと材質によります」


「魔石は?」


「品質や必要な出力によります」


「冷却部は?」


「構造によります」


全部、


による。


でも以前より嫌ではない。


何によるのかを分ければいい。


厨房へ行く。


料理長が昼の仕込みをしていた。


「この冷却箱、高かった?」


「私に聞かれても」


そうだった。


買ったのは料理長ではない。


「便利?」


「便利です」


これは即答。


「高くても?」


料理長が包丁を止めた。


「私が払うわけではありませんから」


笑った。


確かに。


「じゃあ、なかったら?」


「困ります」


「どのくらい?」


「保存できる食材が減ります。仕入れの回数も増えるでしょうし、献立も変わります」


そこだ。


冷却箱の値段だけを見る。


高い。


でも冷却箱があることで、別のところが変わる。


食材を長く保存できる。


毎日買いに行かなくてもいい。


遠くから届いたものも使える。


廃棄が減るかもしれない。


「箱に払う金だけじゃない」


高い道具。


でも使うことで別の費用が減るなら。


全体では得になることもある。


逆に。


安い冷却箱。


よく壊れる。


魔石をたくさん使う。


食材が傷む。


修理が多い。


それなら、買う時だけ安くても結局高いかもしれない。


「安いって何?」


料理長が俺を見る。


「今日は値段ですか?」


「うん」


「昨日までは冷たさでしたね」


「広がった」


冷却箱を見ていたら、勝手に広がった。


俺は厨房の机を借りて、二つの箱の絵を描いた。


一つ。


買う時に高い。


でも長く使える。


壊れにくい。


部品が手に入る。


魔石の消費が少ない。


もう一つ。


買う時は安い。


でも壊れやすい。


修理が多い。


魔石を多く使う。


もしそうなら。


「どっちが安い?」


マリーが覗き込む。


「長く使うなら、最初の方かもしれません」


「かもしれない」


条件次第。


何年使うか。


本当に壊れにくいか。


修理代はいくらか。


魔石をどれくらい使うか。


「買う値段だけじゃ決まらない」


先生が頷く。


「使用するための費用もあります」


言葉が増えた。


購入費。


維持費。


修理費。


運用。


俺はまだ細かな商売の計算まではできない。


でも構造は分かる。


「道具の値段と、道具を使う値段は別」


帳面へ書く。


料理長が言った。


「冷却箱がなければ、氷や別の保存方法を使うこともあります」


「それにも金かかる?」


「当然です」


比較する相手も必要だ。


冷却箱だけ見て、


高い。


安い。


とは決められない。


冷却箱がなかった場合に必要なもの。


それと比べる。


「何もしない場合も比べる?」


「食材を傷ませるおつもりですか?」


「それも費用?」


使えなくなった食材。


払った金は戻らない。


料理も作れない。


別のものを買う。


「損失」


父上が使っていた言葉を思い出す。


道具を買わない。


金を使わない。


だから一番安い。


とは限らない。


買わなかったことで失うものがある。


「難しい」


でも面白い。


午後。


ガルドが屋敷へ来た。


俺が呼んだわけではない。


父上との商談があったらしい。


帰る前に少しだけ時間をもらった。


「坊ちゃん、今度は何を調べてるんです?」


「冷却箱」


「前にも見てませんでした?」


「また見てる」


ガルドが笑う。


「今度は何が気になったんで?」


「なんで高い?」


ガルドの顔が商人になった。


「どの冷却箱です?」


最初からそこを聞く。


「厨房の」


「大きさは?」


「これくらい」


「どこの工房です?」


分からない。


「使っている魔石は?」


詳しく知らない。


「いつ買ったものです?」


記録を見れば分かる。


「何台買うんです?」


「一台」


ガルドが笑った。


「それじゃ、値段はまだ出せませんな」


俺が聞きたいのは正確な値段ではない。


「なんで高くなる?」


「そっちですか」


ガルドは少し考えた。


「珍しい材料を使えば高くなる。腕のいい職人が長く拘束されれば高くなる。複雑なら高くなる。遠ければ運賃が乗る。少量しか作らなければ、一台あたりは高くなりやすい」


「少量?」


「同じ物を一台だけ作るのと、十台作るのとじゃ違います」


「材料が十倍になるじゃん」


「材料はね」


ガルドは指を一本立てた。


「最初に図面を引く」


もう一本。


「試作品を作る」


もう一本。


「失敗する」


もう一本。


「直す」


「それ、一台目だけ?」


「同じものを作るなら、二台目から全部やり直す必要はないでしょう?」


止まった。


同じものを何個も作る。


材料は増える。


組み立てる時間も増える。


でも最初に一度だけ必要な仕事がある。


「最初の一台が高い?」


「新しいものなら、そうなりやすいですね」


研究。


設計。


試作。


失敗。


調整。


それを一台だけで負担する。


高い。


百台作る。


その最初の仕事を、たくさんの道具へ分けられる。


「同じのいっぱい作ると安くできる?」


「できる場合があります」


また条件付き。


「なんで場合?」


「大量に作る設備を用意したのに売れなければ、大損です」


なるほど。


作れば安い。


ではない。


売れる必要がある。


使う人がいる。


「先に買う人が必要?」


「少なくとも、売れる見込みは欲しいですね」


道具の値段から、市場へつながった。


これ以上行くと大きくなる。


「今日は高い理由だけ」


ガルドが笑った。


「十分大きな話ですよ」


俺もそう思う。


「同じものをたくさん作ったら、職人も上手くなる?」


「それもあります。同じ作業を繰り返せば早くなることもありますし、専用の道具を作る意味も出てくる」


専用の道具。


一台だけ作るなら、そのための道具を新しく作るのはもったいない。


百台なら。


専用の治具。


型。


測定方法。


作る価値が出る。


「規格も?」


「部品を共通にできれば、楽になるでしょうね」


昨日の話につながった。


共通部品。


交換できる。


それだけではない。


同じ部品をたくさん作れる。


いろいろな道具で使える。


「一個の部品をいっぱい作れる」


「売れるならね」


ガルドはそこを外さない。


作れる。


と、


売れる。


は別。


「性能が一番いいのが売れる?」


「そんなわけないでしょう」


即答だった。


「なんで?」


「坊ちゃんが包丁を買うとして、世界で一番切れる包丁しか買わないんですか?」


考える。


いらない。


普通に切れればいい。


ものすごく高いなら、なおさら。


「必要なだけでいい」


「客によります」


料理長なら、もっと良い包丁へ金を出すかもしれない。


俺なら違いが分からない。


「使う人で価値が違う」


「そういうことです」


最高性能。


最高材料。


最高職人。


全部使う。


ものすごく高い。


でも必要な人は少ない。


「だから安い部品もある?」


「安くて十分な物を欲しい客は多いですよ」


昨日の三本。


全部使える。


性能が少し違う。


値段も違う。


あれは失敗した部品ではない。


選択肢。


「一番高いのが正解じゃない」


「商売では、正解なんて客ごとに変わります」


先生の、


何に使います?


と同じだった。


ここでも目的。


夕方。


ガルドが父上のところへ戻った後、俺は部屋で今日の帳面を整理した。


『魔道具が高くなる理由は、材料価格だけではない』


『加工難度、必要精度、作業時間、職人の熟練、試作・失敗、検査、保管、運送なども費用になる』


『小さい部品が安いとは限らない』


『完成品として売れなかった試作品や失敗品にも、材料と作業は使われている』


次。


『道具の購入価格と、道具を使い続けるために必要な費用は別』


『安く購入できても、修理・部品・魔石・損失などを含めると高くなる場合がある』


『道具を使わない場合に発生する損失も比較対象になる』


そして。


『同じものを複数作る場合、設計・試作・専用道具など、一度作れば繰り返し利用できる仕事を複数の製品へ分けられる場合がある』


ここは大事だ。


一回考えたこと。


一回作った仕組み。


それを何度も使う。


俺の帳面と似ている。


一度手順を作れば、別の人が使える。


一度規格を作れば、別の職人が部品を作れる。


一度設計すれば、同じ道具をまた作れる。


「繰り返せると安くなる?」


全部ではない。


材料は毎回いる。


人の仕事もいる。


でも繰り返さなくていい部分が出る。


さらに。


作る人が慣れる。


専用の道具を使える。


共通部品を使える。


「安くする方法が見えてきた」


書こうとして、止める。


今日は高い理由。


安くする方法は、まだ仮説だ。


高い理由を一つずつ見れば。


どこを変えれば安くなるか考えられる。


材料が高い。


なら別の材料。


加工が難しい。


なら簡単な形。


部品が独自。


なら共通化。


作る数が少ない。


なら同じものを複数へ。


修理が高い。


なら交換しやすく。


運ぶのが高い。


なら近くで作るか、運びやすく。


でも。


一つを安くすると、別のものが悪くなるかもしれない。


安い材料。


壊れやすい。


簡単な構造。


性能が足りない。


共通部品。


大きくなる。


大量に作る。


売れ残る。


「ただ削ればいいわけじゃない」


冷却箱を安くする。


そのために冷えなくなったら意味がない。


壊れやすくなっても困る。


修理できなくても。


使う魔石が増えても。


「必要なものを残して、いらない高い理由を減らす?」


少し長い。


でも今はそれでいい。


帳面の最後へ書く。


『安くするとは、単に何かを減らすことではない』


その下。


『目的に必要な働きを残したまま、高くなる理由を減らせるか』


これが次の問い。


冷却箱は高い。


だから使える家や店は限られる。


もし。


必要な保存能力を残して。


もっと簡単に。


もっと共通の部品で。


もっと作りやすく。


もっと直しやすくできたら。


使える人は増える。


俺は冷却箱そのものを発明したわけではない。


もう存在している。


職人たちは俺よりずっと詳しい。


だから俺が考えるのは、


新しい冷却箱を一人で作ることではない。


どこに金がかかっているのか。


どこは変えられるのか。


変えたら何を失うのか。


それを分けて見る。


机の上の三本の部品を見る。


高い。


安い。


その間にも理由がある。


なら。


値段も、分解できる。


俺は新しい頁を開いた。


『安くする方法』


そして最初の一行。


『まず、何に金がかかっているか分ける』


そこまで書いて筆を置いた。


高いという結果を見て。


ただ安くしようとするのではなく。


高くなっている場所を探す。


どうやらそれも。


壊れた場所を探すのと、よく似ていた。

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