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第五話 魔法の形

翌日、父上との約束どおり、俺は再び庭にいた。


昨日と違うのは、地面にいくつかの物が並べられていることだ。

木片。小石。水の入った器。そして、火をつけていない小さな燭台。


「今日は魔法を見せる」


父上がそう言った。


待ってました。


俺はすぐに木片の前へ座った。


「何からですか?」


「まずは昨日と同じだ」


父上が木片へ手を向ける。

木片は静かに浮き上がり、俺の目の前まで移動して止まった。


昨日も見た魔法だ。


でも今日は、木片だけを見ない。

父上の身体と、その周囲にも意識を向ける。


「……やっぱり分からない」


自分の魔素なら、かなりはっきり感じられるようになった。

けれど父上の魔素は曖昧だ。何かが動いたような気はするのに、どこからどこへ流れたのかまでは追えない。


「何が分からない?」


「父上の魔素です。木を動かす時に、どこを通ってるのか見ようとしてます」


木片が少し揺れた。


「魔法ではなく、そちらを見ていたのか」


「魔法を見るには、そっちを見た方がいいかなって」


父上は浮かせていた木片を地面へ戻した。


「間違ってはいない。ただ、他人の魔素を正確に感じ取る方が難しい」


「自分の方が簡単?」


「ああ。まず自分の魔素を知る。次に外の魔素を知る。他人がどう扱っているかまで読み取るのは、その先だ」


順番があるらしい。


俺は頭の中で並べた。


自分。

外。

他人。


「外の魔素って、空気の中にあるやつ?」


「空気だけではない。大地にも、水にも、生き物にもある。この辺りにも満ちている」


父上が庭を見回す。


俺も同じように見回した。


何も見えない。


でも、ある。


この世界では、それが当たり前だ。


「自分の魔素と、外の魔素は同じもの?」


「基本的には同じだ」


「じゃあ、外から入れられる?」


「できる」


即答だった。


俺は思わず身を乗り出した。


「どうやって?」


「まだやるな」


先に止められた。


「聞くだけ」


「その顔で言われても信用できんな」


ひどい。


後ろを見ると、少し離れたところにいるマリーまで頷いている。


味方がいない。


父上は小さく笑ってから、今度は水の入った器へ手を向けた。


水面が揺れる。


その一部が細い筋になって持ち上がった。

空中で曲がり、輪を作り、また器の中へ戻っていく。


「おお……」


これは素直にすごい。


「これも同じ?」


「何がだ?」


「木を動かしたのと」


父上が少し考えた。


「同じ部分もあるし、違う部分もある」


「どこが同じ?」


「魔素を使い、対象へ働きかけているところだ」


「違うところは?」


「木片は形を変えずに動かした。水は形を変えながら動かしている」


なるほど。


俺は器を覗き込んだ。


木片を動かす。

水を動かす。


結果だけ見れば別の魔法に見える。

でも、どちらも物に力を加えているという意味では似ている。


「じゃあ、水を凍らせたら?」


「別の操作が必要になる」


「温度を下げる?」


父上が止まった。


「温度?」


しまった。


この世界にも暑い、寒いは当然ある。

でも、五歳の俺が温度という言葉をどこまで理解しているかは怪しい。


「冷たくするってこと」


言い直す。


「そうだな。水から熱を奪う方法もあるし、冷却する性質を持つ現象を作って働きかける方法もある」


今度は俺が止まった。


方法が一つじゃない。


「同じ結果でも、やり方が違うことがある?」


「ある」


「どっちが正しいの?」


「正しい?」


父上が首を傾げた。


「目的を果たせるなら、どちらも魔法だ。得意不得意もあるし、使う魔素の量も違う。状況によって向いている方法も変わる」


面白い。


急に魔法の見え方が変わった。


決まった呪文があって、それを覚えれば決まった現象が起こる。

そんなものを何となく想像していた。


前世で読んだ小説や、遊んだゲームの影響だろう。


でも、この世界の魔法はもっと曖昧だ。


いや。


曖昧なんじゃない。


自由なんだ。


「父上」


「なんだ?」


「火を出す魔法も、やり方がいっぱいある?」


「もちろんだ」


父上が燭台へ指を向けた。


小さな火が灯る。


「今のは?」


「火を起こした」


「それは見れば分かります」


父上が笑った。


昨日、俺が言われた言葉だ。


「空気中の燃えやすいものへ働きかけ、火種を作った」


「別のやり方は?」


「熱を集中させてもいい。すでにある火を移してもいい。魔素そのものを燃焼に近い現象へ変えて維持する者もいる」


同じ火でも違う。


だったら、魔法の名前を覚えるより先に、何をしているのかを見た方がいい。


俺は地面の木片を拾った。


「これを動かす時は、木じゃなくてもいい?」


「扱えるならな」


小石を見る。


「石でも?」


「ああ」


「鉄でも?」


「同じだ。ただし重さや大きさ、距離で難しさは変わる」


やっぱりそうだ。


木を動かす魔法ではない。


物を動かす操作。


水の魔法ではなく、水へ働きかける操作。


火の魔法ではなく、燃えるという現象を起こす操作。


俺はしばらく黙っていた。


頭の中で、今まで知っていた「魔法」という言葉をばらばらにしていく。


「アルス?」


「魔法って、名前はいらないんじゃない?」


父上が目を瞬いた。


「どういう意味だ?」


「だって、木を動かすのと石を動かすのが同じなら、木の魔法と石の魔法に分けなくてもいいでしょう?」


「まあ、そうだな」


「火も作り方が違うなら、火の魔法って一個じゃない」


父上の顔から少し笑みが消えた。


怒ったわけではない。


考えている顔だ。


「だから、何を出したかじゃなくて、どうやったかで分けた方が分かりやすくない?」


言葉にしてから、自分でも少し分かった。


俺が知りたいのは、魔法の種類じゃない。


魔素をどう動かすと、何が起きるのか。


そっちだ。


「面白い考え方だな」


父上が言った。


「でも、すでにそう考えてる人もいる?」


「ああ。研究者や熟練した術者なら、似た考え方をする者は珍しくない」


やっぱり。


少し嬉しくなった。


俺が思いついた特別な理論ではない。

この世界で魔法を長く研究してきた人間なら、当然たどり着く考え方なのだ。


なら、その先がある。


「その人たちは、どこまで分かってるの?」


父上が苦笑した。


「それを私に聞くのか?」


「父上は知らない?」


「私は魔法研究者ではない」


そうだった。


父上は侯爵だ。

魔法を使えるからといって、魔法そのものを研究しているわけではない。


前世でも車を運転できる人間が、エンジンを設計できるとは限らなかった。


使えることと、仕組みを知っていることは別だ。


「じゃあ、研究者に聞けばいい?」


「そのうちな」


そのうち。


五歳には便利で、残酷な言葉だ。


「今は駄目?」


「まず基礎を覚えなさい。何を質問されているのか理解できなければ、研究者も困る」


それは正しい。


悔しいけど正しい。


俺は木片を地面へ戻した。


「じゃあ、今日は何を覚える?」


「昨日の続きだ。全身への循環」


地味だ。


でも今なら、その意味が少し違って見える。


自分の魔素を正確に扱えなければ、外へ働きかけることもできない。


俺は目を閉じた。


右手から始める。

腕。肩。胸。腹。脚。


昨日作った一本の流れを、ゆっくり身体の中へ通していく。


途中で乱れた。


もう一度。


今度は少し滑らかだ。


「急ぐな」


父上の声が聞こえる。


「魔素を多く動かすことより、思った場所へ思ったように動かせることを覚えろ」


量より操作。


その言葉は、すんなり頭に入った。


強い魔法を使いたいわけじゃない。


少なくとも、今は。


思った通りに動かせるなら、その先で試せることが増える。


俺は呼吸を整え、また魔素を動かした。


右手から肩へ。

肩から胸へ。


昨日より少しだけ細く。

少しだけ正確に。


失敗したら戻す。


もう一度。


何度か繰り返しているうちに、ふと思った。


もし魔素を身体の外へ出せるなら。


物を動かすのではなく、魔素そのものを外で動かしたらどうなる?


丸くできる?

細くできる?


圧縮したら?

回転させたら?


そこまで考えたところで、父上の声が飛んできた。


「アルス」


「はい?」


「今、別のことを考えただろう」


「…………」


どうして分かるんだ。


後ろからマリーの笑い声が聞こえた。


俺は仕方なく、もう一度目を閉じた。


今は基礎。


分かっている。


でも、頭の片隅にはもう次の疑問が残っていた。


魔法には、最初から決まった形があるわけじゃない。


それなら。


まだ誰も試していない形だって、きっとある。

アルスの兄


挿絵(By みてみん)

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