第四十三話 残すための仕組み
記録する魔道具について調べる。
そう決めた次の日、俺は朝から本を積んでいた。
魔道具の本。魔石の本。術式について書かれた本。それから先生が持ってきた、少し難しい技術書。
全部を読むつもりはない。知りたいのは、昨日使った箱がどうやって「後から見られる形」にしているのかだ。
「アルス様、また増えましたね」
マリーが机の上を見る。
「必要な本だけ」
「昨日より六冊増えています」
「必要だった」
「机は増えませんよ?」
それは困る。
俺は積んでいた本を少し端へ寄せた。そこへクロムが飛び乗り、空いた場所へ座る。
「そこも使う」
動かない。
仕方がないので、そのまま始めた。
昨日使った箱も机の上にある。
先生が蓋を開けると、中には小さな魔石と複数の術式、それから反応を残すための薄い板が収まっていた。
「もう一回教えて」
俺は箱の中を指す。
「ここが測るところ?」
「大まかには、こちらが周囲の魔素へ反応する部分です」
「こっちが残すところ」
「ええ」
昨日も聞いた。
今日はその間が知りたい。
「測ったものが、どうやってこっちに行くの?」
先生の指が術式をなぞる。
「反応した魔素がそのまま移動しているわけではありません。この部分で一定以上の反応を検出すると、記録側の術式が作動します」
「合図?」
「そう考えても構いません」
分かりやすい。
測る。
何か起きる。
合図を送る。
残す。
俺は帳面へ四つ並べた。
『測る → 判断する → 伝える → 残す』
「判断する、で合ってる?」
「この道具の場合は、決められた反応を超えたかどうかですね」
「道具が考えてるわけじゃない」
「もちろんです」
条件が決められているだけだ。
ここより強ければ反応する。弱ければ反応しない。
だから、この箱が残しているのは魔素そのものではない。
「これ、結果だけ残してる?」
先生が俺を見る。
「どういう意味です?」
「魔素がこうだった、じゃなくて、この術式が反応したって残してる」
少し間があった。
「そうですね。その理解の方が正確でしょう」
やっぱり。
昨日、俺は箱に「庭の魔素を記録してもらう」と考えていた。
でも違う。
箱が記録していたのは、箱自身の反応だ。
世界をそのまま箱の中へ入れているわけじゃない。
「じゃあ術式を変えたら、同じ庭でも違う記録になる?」
「なります」
「どれくらい?」
「何を検出する術式にするかによりますね。強い反応だけを見るもの。微弱な変化へ反応するもの。特定の性質へ強く反応するもの。用途によって違います」
また増えた。
でも今回は嫌じゃない。
むしろ少し整理された。
昨日まで、人と道具で結果が違うことを面倒だと思っていた。
違って当然だったのかもしれない。
見ているものが違う。
「人も同じ?」
先生が少し考える。
「完全に同じとは言えませんが、似たところはあるでしょうね」
俺が魔素を感じる時も、世界にある魔素を全部感じているわけではない。
俺が感じられるものだけ。
先生は先生が感じられるものだけ。
道具は、作った人が反応するように作ったものだけ。
だったら一つの方法だけで「ここはこうなっている」と決めるのは危ない。
俺は昨日までの紙を引っ張り出した。
自分の感覚。
先生の感覚。
測定具。
記録箱。
同じ庭を見ているのに、それぞれ少しずつ違う。
「いっぱい使えばいいのか」
「何をです?」
「見る方法」
一つを完璧にしようとしなくてもいい。
俺の感覚だけを信じない。
先生だけでもない。
測定具だけでもない。
違う方法で見て、それでも同じところがあれば、その部分は少し信用できる。
違ったなら、なぜ違うのか調べられる。
先生が俺の紙を見た。
「ずいぶん研究らしくなってきましたね」
「研究ってこういうの?」
「少なくとも、都合のいい結果だけを選ぶよりはずっと良いでしょう」
都合のいい結果。
少し心当たりがある。
魔法を最初に試した時も、うまくいった一回だけなら「できた」で終われた。
でも何度もやると失敗する。
だから条件を探した。
庭も同じだ。
見たいものだけ見れば、線はいくらでも引ける。
俺は帳面へ書いた。
『一つの見方だけで決めない』
その下へ、
『違う方法で同じものを見る』
と足した。
「でも、時間は?」
昨日から一番気になっている部分へ戻る。
箱は一時間置いても、その途中のどこで反応が変わったのか分からない。
「時間ごとに残したい」
「その場合、記録する場所を分ける必要がありますね」
「場所?」
先生が薄い板を取り出した。
「例えば、この板の同じ場所へ一時間ずっと記録を重ねるのではなく、一定時間ごとに記録先を変えるのです」
俺は板を見る。
「最初の十分はここ。次はこっち?」
「そういう方法も考えられます」
「じゃあできるじゃん」
「簡単には言わないでください」
先生が笑った。
「記録先を切り替える術式が必要です。いつ切り替えるかを決める仕組みも必要になります」
時間を測る仕組み。
そこで時計が浮かんだ。
この世界にも時計はある。
なら時間を区切る仕組みそのものは存在する。
「時計とくっつける?」
先生が止まった。
俺も止まる。
できる気がした。
でも「できる気がする」は危ない。
「……できる?」
「考え方としてはおかしくありません。ただし、時計の機構と魔道具の術式をそのまま繋げられるわけではありませんよ」
「なんで?」
「時計にも種類がありますし、魔道具側も一定時間ごとに記録先を切り替えられるよう作らなければなりません。それに、複雑にするほど故障する場所も増えます」
「大きくもなる?」
「なるでしょうね」
「高くなる?」
「当然です」
やっぱり何かを増やすと、別の何かも増える。
機能。
大きさ。
必要な魔素。
壊れやすさ。
値段。
全部つながっている。
「便利にすればいいってわけじゃないんだ」
「何に使うか次第ですね」
先生は昨日の箱を指した。
「この道具の目的が、大きな魔素反応があったかどうかを後で確認するだけなら、時間ごとの細かな記録は不要です」
「増やしたら邪魔?」
「高価で複雑になり、扱いにくくなるだけかもしれません」
それは面白かった。
できることが多い道具の方が、必ず良いわけではない。
必要なことだけできる方が、使いやすい場合もある。
「じゃあ、この箱はこのままでいい」
「改造するつもりだったのですか?」
「ちょっとだけ」
先生が箱を自分の方へ引き寄せた。
「まだ駄目です」
「壊さないよ」
「昨日も『たぶん』がついていました」
覚えていたらしい。
俺は箱を諦め、本へ戻った。
時計。
記録。
魔素の検出。
別々に存在している。
それをどう組み合わせるか。
前の世界なら、自動で測って時間と一緒に記録する機械は普通にあった。温度も天気も、もっといろいろなものも。
でも、それを知っていることと作れることは全然違う。
中身を全部知っているわけでもない。
ここには電気ではなく魔素がある。
同じものを作る必要もない。
欲しい結果だけ同じならいい。
「時間ごとに、違う場所へ記録する」
俺は紙へ簡単な絵を描いた。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
横に並んだ小さな枠。
「これなら後で順番が分かる」
「理屈としては、ですね」
「作れる?」
「私に聞かないでください」
先生は魔法を教えられる。
測定具も扱える。
でも魔道具を専門に作っているわけではない。
「作れる人に聞きたい」
「そのうち機会を作りましょう」
そのうち。
今すぐではない。
少し残念だけど、それでいい。
俺にはまだ調べるものがある。
専門の人に会った時、「時間ごとに記録できるものが欲しい」だけではなく、何を測りたいのか説明できた方がいい。
庭のどこを。
どれくらいの時間。
どの程度の変化まで。
何日続けたいのか。
先に決められることはたくさんある。
俺は新しい紙を出した。
『欲しい道具』
そう書いて、その下に並べる。
『人が近くにいなくても測れる』
『時間ごとに記録を分ける』
『同じ場所で何度も使える』
『結果を後から比べられる』
そこで手を止めた。
もっと書ける。
小さくしたい。
長く動かしたい。
細かく測りたい。
安い方がいい。
壊れない方がいい。
でも全部書けば、また終わらなくなる。
「まず四つ」
「珍しく控えめですね」
先生に言われた。
「増やすのは後でもできるから」
最初から全部を入れなくていい。
必要になった時に足せばいい。
それは魔法を調べている時にも、少しずつ分かってきたことだった。
昼前。
本を片づけながら、俺は昨日の記録箱をもう一度見た。
最初は足りない道具だと思った。
今は違う。
足りないのではない。
別の目的で作られている。
俺が欲しいものとは違うだけだ。
帳面の最後に書く。
『道具は、できることではなく、何をするためのものかを見る』
少し考えて、その下へもう一行。
『欲しいものがなければ、必要な条件を先に決める』
まだ俺には作れない。
それでも、何を作りたいのかは少し分かった。
庭から始まった線が、今度は魔道具へ伸びている。
その先に何があるのかは分からない。
でも急ぐ必要はない。
分からないなら、分かるところまで進めばいい。
俺は四つの条件を書いた紙を、帳面の間に挟んだ。
いつか作れる人に会った時、見せるために。




