↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/115

第四十話 同じ場所を見る

翌朝、庭の中央に二人で立った。


俺と先生。


足元には、昨日まで使っていた木の杭がある。場所は同じ。時間もできるだけ昨日と合わせた。


違うのは、見る人だけだ。


「先にアルス様からどうぞ」


「先生は聞かないで」


「分かりました」


先生には少し離れてもらった。


俺は杭の前に立ち、目を閉じる。身体の中を巡る魔素ではなく、その外側へ意識を向けた。


風が頬に当たる。


鳥の声がする。


それらを気にしないようにして、周囲にある魔素だけを探す。


昨日より少し弱い気がする。


それから、右側。


木がある方向とは少し違う。屋敷の角へ向かう方に、わずかな偏りを感じる。


俺は帳面に書いた。


『中央。弱め。右側に少し流れ?』


疑問符もつける。


「終わった」


先生が戻ってきた。


今度は俺が離れる。


先生は同じ場所へ立ち、目を閉じた。


すぐには動かない。


俺より長い。


しばらくして目を開けると、自分の帳面へ何かを書いた。


「見せて」


「アルス様からですよ」


交換する。


先生の記録を読む。


『中央。強度は平常。北寄りから南西方向へ弱い流動』


俺の記録を見る。


『弱め。右側に少し流れ?』


「違う」


「違いますね」


先生は普通に答えた。


俺は庭を見る。


同じ場所だ。


同じ時間。


同じ空気の中に二人で立っていた。


なのに結果が違う。


「先生の北って、どっち?」


「こちらです」


指した方向を見る。


俺が右側と書いた方向とは少しずれている。


完全に反対ではない。


でも同じでもない。


「もう一回」


「いいでしょう」


今度は順番を逆にした。


先生が先。


俺が後。


結果はまた少し違った。


三回目。


今度は二人とも、ほぼ同じ方向に流れを感じた。


「合った」


「一度は、ですね」


そうだった。


危ない。


一回一致しただけで喜んでしまった。


俺は三回分を並べる。


一回目は違う。


二回目も少し違う。


三回目は近い。


これだけでは何も決められない。


「道具も使おう」


測定具を杭の前へ置く。


中央の石が光り、周囲の術式にも反応が出る。


俺が感じた方向とも、先生が感じた方向とも少し違った。


「……道具まで違う」


「道具が正しいとは限りませんからね」


「じゃあ何が正しいの?」


先生は少し考えた。


「それを調べているのでは?」


その通りだった。


正解を知っている道具があって、それと比べれば簡単だ。


でも今使っている測定具も、人が作ったものだ。


魔素へ反応する。


それは分かる。


けれど、世界にある魔素のすべてをそのまま見せてくれるわけではない。


「この道具、何を測ってるの?」


「周囲の魔素に術式が反応しています」


「全部?」


「いいえ」


「どれ?」


先生が止まった。


「……そこからですか」


「うん」


測定具を見る。


昨日までは、自分の感覚が間違っていないか確認するために使っていた。


でも、それでは道具の方を正しいものとして扱っている。


どうして?


道具だから?


人より正確そうだから?


それだけでは足りない。


「これを作った人なら分かる?」


「少なくとも私よりは詳しいでしょうね」


「会える?」


「すぐには難しいでしょう。これは珍しい道具ではありませんが、製作者がこの近くにいるとは限りません」


残念。


でも、今すぐ会う必要もない。


まず今できることがある。


俺は測定具を持ち上げた。


同じ場所へ戻す。


反応を見る。


もう一度持ち上げる。


置く。


また見る。


「少し違う」


「ええ」


三回。


五回。


十回。


毎回まったく同じにはならない。


「置き方?」


向きを変えてみる。


反応も少し変わった。


元に戻す。


完全には元と同じにならない。


「地面が平らじゃないから?」


「それもあるかもしれません」


今度は板を一枚持ってきてもらった。


地面に板を置き、その上へ測定具を載せる。


少し安定した気がする。


でも、まだ変わる。


「道具も揺れる」


「魔素が動いている可能性もありますよ」


「あ」


そうだった。


測定具が毎回違うのか。


測っているものが毎回違うのか。


両方なのか。


分からない。


俺はしゃがみ込んだ。


問題が増えすぎた。


人によって感じ方が違う。


同じ人でも毎回同じとは限らない。


道具も毎回同じ反応ではない。


しかも、測っている魔素そのものも動いている。


「これ、どうやって比べるんだ?」


先生が笑った。


「だから測定は難しいのです」


「先生、知ってた?」


「もちろんです」


「先に教えてよ」


「教えたら、アルス様は納得しましたか?」


考える。


たぶんしない。


道具にも誤差がある。


人にも違いがある。


そう言われれば覚えただろう。


でも今日みたいに、同じ場所で実際に結果がずれるところを見なければ、どれくらい困るのかまでは分からなかったと思う。


「……しなかったかも」


「でしょうね」


先生は楽しそうだ。


俺はあまり楽しくない。


いや。


少し楽しい。


面倒だけど面白い。


「人数を増やしたら?」


「比較はしやすくなるでしょう」


「同じ場所を十人で見る」


「十人集めるところから始めなければなりませんが」


「家の人」


「使用人まで巻き込むおつもりですか?」


いいと思った。


でも、すぐ別の問題に気づく。


「魔素を感じるのが得意な人と苦手な人がいる」


「いますね」


「先生みたいに勉強した人と、してない人もいる」


「ええ」


「年齢も違う」


「違います」


また条件が増えた。


俺は帳面へ書く。


『人が違う』


その下に、


『経験』

『得意不得意』

『年齢?』

『体調?』


少し考えて、『疲れ』も足した。


自分でも、疲れている時は魔素を扱いにくい。


感じる方にも影響するかもしれない。


「朝ご飯も?」


先生が笑った。


「そこまで考えると大変ですよ」


「でも違うかもしれない」


「違うかもしれません」


駄目だ。


終わらない。


俺は帳面を閉じた。


全部を一度に調べようとすると、何も調べられなくなる。


それはこの一年で何度も経験した。


一つずつ。


まずは俺と先生だけでいい。


同じ場所。


同じ時間。


何回か測る。


それを何日か続ける。


二人がいつも違うのか。


だいたい似ているのか。


違う時に何か共通点があるのか。


「しばらく二人でやる」


「承知しました」


「先生も毎日ね」


「私もですか?」


「比べる人がいなくなる」


先生が苦笑した。


「自分で仕事を増やしてしまいましたね」


知らない。


俺は庭の紙を広げる。


昨日まで、この紙には場所の違いだけを書いていた。


今日からは、それだけでは足りない。


同じ点の横に、俺の印と先生の印を分けて書く。


少し見づらくなった。


でも前より情報は増えた。


場所。


時間。


見る人。


道具。


世界を測るというのは、思っていたよりずっと面倒らしい。


その日の最後に、もう一度だけ庭の中央へ立った。


俺が感じる。


先生が感じる。


測定具を置く。


三つの結果は、今度はかなり近かった。


「合った」


今度はそれだけを書いた。


理由は書かない。


なぜ合ったのかは分からないからだ。


部屋へ戻って、帳面の最後に一行残す。


『見えたものと、そこにあるものは同じとは限らない』


少し難しい。


自分で書いておいて、六歳の俺があとで読んでも意味が分からなくなりそうだ。


その下に書き直す。


『見る人が変わると、見え方も変わる』


こっちの方がいい。


でも、それなら次に知りたいことも決まる。


見え方が違うだけなのか。


それとも。


魔素を扱う人がそこにいることで、周りの魔素そのものまで変わっているのか。


俺は最後に疑問符を一つ書いた。


明日調べることが、また増えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。