↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/115

第三十九話 変わらないもの

三日目の庭は、また違う形になった。


朝食を終えると、俺は昨日打った杭を順番に回った。庭の中央、木の近く、井戸、塀。そのたびに先生が測定具を置き、俺は自分でも周囲の魔素を感じる。


結果を書き込んだ紙を、一日目と二日目の紙の隣へ並べた。


「やっぱり違う」


三枚とも、線の形が少しずつ違う。


庭の中央は特に変化が大きかった。一日目にはほとんど感じなかった流れが、二日目には片側へ寄り、今日はまた別の方向へずれている。


先生が三枚の紙を見比べる。


「毎日変化していますね」


「うん。でも」


俺は木の近くにつけた印を見る。


ここも完全に同じではない。


それでも三日とも、庭の中央より似た反応をしている。


井戸の近くもそうだ。


「変わってるけど、全部が同じように変わってるわけじゃない」


先生が頷いた。


「そのようですね」


俺は木を見る。


大きな幹。


地面へ広がる根。


枝には葉が茂り、風が吹くたびに揺れている。


木そのものは動かない。


でも葉は動く。


水を吸う。


生きている。


その周りの魔素だけが、三日続けて似た特徴を残している。


「木が原因?」


「可能性はあります」


「でも、まだ三日」


「そうですね」


先生がすぐに肯定しなかった。


それがありがたい。


俺も同じだった。


三回続いた。


だから木が原因だ。


そう決めるのは簡単だ。


でも、木の下に何かあるかもしれない。地面の状態が違うのかもしれない。たまたま三日とも似た風が吹いただけかもしれない。


俺は紙の端に書いた。


『木の近く――三日とも似る』


その下へ、


『木が原因?』


と書く。


まだ疑問符は外さない。


「井戸は?」


次に見るのは井戸だった。


ここも三日間、ある程度似た反応が出ている。


井戸の中を覗く。


暗い。


ずっと下に水面が見える。


「水?」


「地下の状態も関係しているかもしれませんね」


「地下……」


見えない。


庭なら歩ける。


木なら触れる。


でも地面の下は見えない。


井戸があるということは、その下には水がある。


その水が魔素へ影響している可能性もある。


逆に、地下の魔素の流れが水に何かしている可能性だってある。


どちらも、今の俺には分からない。


「掘る?」


先生が俺を見る。


「井戸をですか?」


「庭」


「やめておきましょう」


即答だった。


「少しだけ」


「アルス様」


後ろからマリーの声がした。


振り向くと、笑っている。


笑っているのに、なぜか駄目だと分かった。


「掘らないよ」


「それがよろしいかと」


まだ何もしていない。


俺は井戸から離れた。


四日目。


五日目。


同じ場所を測った。


毎日、結果は少し違う。


最初は新しい紙を一枚ずつ使っていたが、五枚になると比べるのが面倒になった。


机の上へ全部広げる。


一枚目。


二枚目。


三枚目。


四枚目。


五枚目。


同じ庭を描いた紙なのに、線は全部違う。


「見づらい」


クロムが紙の上を歩こうとしたので抱き上げる。


「もっと見づらくなるから駄目」


腕の中で身体を捻り、そのまま逃げていった。


俺は五枚を順番に見直す。


毎日違うところを見るのではなく、逆に考えてみる。


変わらなかったところはどこだ?


木の近く。


井戸の近く。


それから――。


「ここ」


塀の端。


屋敷の角に近い場所にも、弱いけれど似た傾向がある。


俺は別の紙を一枚出した。


今度は線を引かない。


庭だけを描き、五日間で似た反応が続いた場所に印をつける。


木。


井戸。


塀の端。


三か所。


「少ないな」


でも、少ないから見える。


毎日の変化ばかり追っていた時には、庭全体が動いているようにしか見えなかった。


変わらないものだけを探すと、別の形が現れる。


翌日、先生にその紙を見せた。


「これは?」


「変わりにくかった場所」


先生が五日分の紙と見比べる。


「なるほど」


「こっちは毎日の地図。こっちは、同じだったところだけ」


「同じ観測結果から、別のものを作ったのですね」


「うん」


昨日までは、どこを魔素が流れているのか知りたかった。


でも流れは毎日変わる。


だったら、変わる流れの中で変わりにくい場所を探す。


それも一つの見方になる。


「地脈って、こっちに近い?」


先生はすぐには答えなかった。


「地脈と呼ばれるものは、もっと大きな規模で扱われることが多いですね。山や川、土地そのものと結びつけて考えられます」


「庭よりずっと大きい?」


「ええ」


「じゃあこれは地脈じゃない」


「少なくとも、今の段階でそう呼ぶ必要はないでしょう」


それでいい。


名前はあとでいい。


俺が知りたいのは、名前ではなく何が起きているかだ。


「大きくしたら見えるかな」


「何をです?」


「この紙」


庭だけではなく、屋敷まで。


その次は屋敷の周り。


もっと広く。


先生は俺の考えていることに気づいたらしい。


「簡単ではありませんよ」


「なんで?」


「庭なら毎日歩いて測れます。しかし範囲を広げれば、測るだけで時間がかかります」


確かに。


今でも庭を一周するだけで、それなりに時間がかかる。


場所を増やせば、最後の場所を測る頃には時間まで変わってしまう。


同じ時間に場所だけを変える。


最初に決めた条件が守れなくなる。


「人を増やしたら?」


口にしてから、自分で問題に気づいた。


「……人が違う」


先生が頷く。


「測定具にも個体差があります」


同じ時間に十か所を測りたければ、十人と十個の測定具を使えばいい。


でも、それでは別の条件が増える。


人によって魔素の感じ方が違う。


道具にも違いがある。


だったら、それを先に比べなければならない。


俺は頭を掻いた。


「広くするだけなのに」


「広くするから難しくなるのですよ」


嫌な仕組みだ。


一つ分かると、次に進むための問題が増える。


でも。


それなら、それを調べればいい。


「先生の感じ方と、俺の感じ方を比べたい」


「私と?」


「うん。同じ場所で」


「構いませんが、同じようには感じないと思いますよ」


「それを見たい」


先生が笑った。


「では、明日にしましょう」


「今日でもできる」


「今日はもう十分測りました」


また明日になった。


俺は紙を片づける。


五日間の地図。


変わりにくい場所だけを描いた一枚。


どちらも同じ庭を見て作ったものだ。


片方には変化がある。


もう片方には、変化の中に残ったものがある。


どちらが正しいわけでもない。


見ているものが違うだけだ。


部屋へ戻って帳面を開く。


『変わるものだけを見ると、変わらないものを見落とす』


書いてから少し考える。


逆もありそうだ。


『変わらないものだけを見ると、変わるものを見落とす』


二つを並べた。


その下に、新しい問いを書く。


『同じ場所を、別の人が見たら同じに見える?』


明日は庭ではなく、人を比べる。


紙の上に残った三つの印を見ながら、俺は帳面を閉じた。


庭のことを調べていたはずなのに。


いつの間にか、測っている俺たちの方まで調べることになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。