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第三十五話 二つの目

次の授業で、先生は見覚えのある道具を持ってきた。


中央に透明な石。

その周囲を細い術式が囲んでいる。


以前、俺が手に集めた魔素を調べた測定具だ。


「持ってきてくれたの?」


「場所による違いを調べたいのでしょう?」


「うん」


俺はすぐに庭へ出ようとして、先生に肩をつかまれた。


「まず、どう調べるか決めます」


「あ」


危ない。


測定具が来たことだけで嬉しくなって、順番を飛ばすところだった。



机の上へ帳面を広げる。


前回調べた場所は四つ。


いつもの練習場所。

大きな木のそば。

壁際。

日向と日陰。


そのうち、俺がはっきり違いを感じたのは木のそばだけだった。


壁際は分からない。


日向と日陰も分からなかった。


「全部測る?」


「できますが、最初は二か所にしませんか?」


先生が指したのは、いつもの場所と木のそばだった。


「違いを感じなかった場所と、感じた場所」


「そうです」


それなら分かりやすい。


俺は帳面に二つの欄を作った。



最初は、いつもの練習場所。


測定具を地面から少し離した位置に置く。


先生が術式を動かすと、中央の石に淡い光が生まれた。


俺はしゃがんで見る。


「これが今の反応?」


「ええ」


「覚えられるかな」


数字はない。


光の強さや術式の反応を見比べるしかない。


俺は帳面へ簡単な絵を描いた。


中央の石。

周囲の術式。


どの辺りまで光ったかを書き込む。


正確ではない。


でも何も残さないよりはいい。


「もう一回やったら?」


「試しましょう」


一度止める。


少し待つ。


同じ場所で再び測る。


「……ちょっと違う?」


最初より光が強い気がした。


先生も測定具を見る。


「多少違いますね」


いきなり困った。


同じ場所なのに同じにならない。


俺は測定具を見つめた。


「道具が違う?」


「同じ道具ですよ」


「じゃなくて、一回目と二回目で道具の状態が違うとか」


先生の眉が少し動いた。


「あり得ます」


また増えた。


測りたいものだけではなく、測る道具の状態まで考えなければならない。


俺は帳面に、


『同じ場所でも反応に揺れ』


と書いた。


原因は書かない。



三回測った。


完全には同じにならなかった。


でも、大きく違うわけでもない。


先生が言う。


「この程度の揺れは珍しくありません」


「じゃあ一回だけ測ったら危ないね」


「場合によりますが、比較するなら複数回あった方がよいでしょう」


一回できただけでは分からない。


魔法と同じだった。



次は木のそば。


前回、俺自身が一番はっきり違いを感じた場所だ。


測定具を置く。


先生が動かす。


光が広がった。


「違う」


今度は俺にもすぐ分かった。


いつもの場所より、術式の一部が強く反応している。


ただし全部が均等に強いわけではない。


「ここ」


俺は測定具の片側を指した。


「こっちの方が強い」


「そうですね」


「木の方?」


測定具の向きを確認する。


強く反応している側は、木の幹に近い。


俺の頭の中で、すぐ説明ができあがりそうになる。


木から魔素が出ている。


だから木側が強い。


分かりやすい。


でも。


「……まだ分からない」


口に出して止めた。


木そのものなのか。

根なのか。


地面なのか。

その場所を通る別の流れなのか。


たまたま今だけなのかもしれない。


先生が少し笑った。


「ずいぶん我慢できるようになりましたね」


「何が?」


「答えを出すことを」


確かに。


五歳になったばかりの頃なら、たぶんすぐ帳面に『木の魔素』と書いていた。


今は書かない。


代わりに、


『木側の反応が強い』


とだけ残した。



同じ場所で三回測る。


やはり多少揺れる。


それでも三回とも、いつもの場所より強い反応が出た。


「これは違うって言っていい?」


俺が聞くと、先生は少し考えた。


「少なくとも、今日、この道具で測った範囲では違いがありました」


長い。


でも正確だ。


「それ書く」


そのまま帳面に書いた。


『今日、この測定具では、木のそばの方が強い反応』


これなら明日違っても困らない。



次に俺自身で感じてみる。


いつもの場所。


目を閉じる。


外の魔素へ意識を向ける。


次に木のそば。


やっぱりこちらの方が流れを感じやすい。


目を開けた。


「俺が感じたのと、道具の反応が同じ方向だった」


「そうですね」


嬉しかった。


自分の感覚だけではない。


道具だけでもない。


別々の方法で見て、似た違いが出た。


「二つあると強い?」


「何がです?」


「見る方法」


先生は少し考えた。


「少なくとも、一つだけより考えやすくなることはありますね」


ただし、と続ける。


「二つが同じ間違いをすることもあります」


俺は先生を見る。


「そんなことある?」


「もちろんです。同じ前提に立っていれば」


面倒だ。


でも面白い。



俺は測定具を見る。


俺の感覚と、この道具。


二つが同じ結果を示したからといって、それだけで木が原因だとは言えない。


分かったのは。


この場所で俺は違いを感じた。


この場所で測定具にも違いが出た。


そこまでだ。


「じゃあ次は、木がない場所で同じくらい反応するところを探したい」


先生が俺を見る。


「なぜです?」


「木がなくても同じのがあったら、木だけが理由じゃないかもしれない」


「なるほど」


「逆に、いろんな木の近くで毎回似たのが出たら、木と関係あるかもしれない」


言いながら、自分でも次にやることが見えてきた。


一つの木だけを見ても足りない。


場所を増やす。


木を変える。


地面を変える。


時間も変える。


朝と昼でも違うかもしれない。


「……増えた」


「何がです?」


「調べること」


先生が笑った。


「いつものことですね」



その日は、もう一か所だけ測った。


庭の反対側にある別の木。


最初の木より細く、種類も違う。


俺自身の感覚では、やはり開けた場所より流れを感じやすかった。


測定具も反応した。


ただし。


「同じじゃない」


最初の木のそばとは、光り方が違う。


強さだけではない。


反応する術式の部分にも少し違いがある。


「木が違うから?」


言って、すぐ止める。


先生は何も言わない。


「……とは、まだ言えない」


「はい」


自分で訂正できた。



部屋へ戻り、今日の記録を並べる。


開けた場所。


大きな木。


別の木。


三つの図。


俺の感覚も横へ書く。


数字はない。


だから精密な比較ではない。


それでも、ただ「何となく違う」と覚えているよりずっといい。



俺は新しいページの真ん中に、


『自分で感じる』


と書いた。


その横へ、


『道具で見る』


と書く。


二つを線でつなぐ。


どちらかが絶対に正しいわけではない。


自分の感覚は間違うことがある。


道具だって揺れる。

道具が何に反応しているのかを理解していなければ、読み方を間違えるかもしれない。


でも。


違う方法で見れば、一つだけでは気づかなかったものが見える。



そこまで書いて、俺は窓の外を見た。


庭の木が揺れている。


風が吹いている。


「あ」


今日、風を記録していない。


窓を開ける。


確かに風がある。


測った時にも吹いていたか?


覚えていない。


強さは?


分からない。


「……しまった」


また条件が増えた。


風で周囲の魔素が動くのかどうかも、まだ知らない。


でも少なくとも、記録しておけば後で比べられた。


俺は今日のページに追記する。


『風――記録していない』


失敗を消す必要はない。


次から残せばいい。



クロムが窓枠へ飛び乗った。


風が黒い毛を揺らす。


俺はそれを見ながら考える。


目で見えるもの。

身体で感じるもの。


道具でしか分からないもの。


そして。


今の俺には、どの方法でも分からないもの。


世界を見る目は、一つではないらしい。



帳面の最後に一行を書く。


『見えなければ、別の見方を探す』


自分の感覚を疑うために道具を使う。


道具を疑うために、自分でも見る。


それでも足りなければ。


また別の方法を探せばいい。


六歳の俺が持っている目は、まだ少ない。


だったら。


これから増やしていけばいい。

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