↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/115

第三十二話 形が変われば

翌日の練習で、先生は三つの木片を持ってきた。


一つは丸い。

一つは細長い。

最後の一つは薄く平たい。


俺は地面に並べられたそれらを見た。


「今日は木工?」


「違います」


昨日の仕返しなのか、先生の返事が早い。


「形を変えたいのでしょう?」


「あ」


そういうことか。


実物を見ながら作る。


想像だけで形を決めるより、比較しやすい。


「まずは、いつもの形からやってみましょう」


俺は丸い木片を手に取った。


完全な球ではない。

手で削ったものだから、少し歪んでいる。


それでも十分だった。



いつもの位置に立つ。


右手へ魔素を集め、身体の外へ出す。


形を作る。


丸く。


一年近く繰り返してきた形だ。


最初の頃よりずっと早くまとまった。


少し揺れているけれど、数秒程度なら問題なく保てる。


「これならできる」


「では、次です」


先生が細長い木片を指した。


俺は一度魔素を消した。


休んでから、同じくらいの量を意識してもう一度外へ出す。


今度は丸くしない。


細長く。


前後へ伸ばす。


「……あ」


すぐに中央が太くなった。


両端が縮み、いつもの丸い形へ戻ろうとする。


「丸くなる」


もう一度伸ばす。


細く。


保つ。


少し伸びる。


でも意識を緩めると、また縮む。


「なんで?」


「何が起きていますか?」


先生は答えをくれなかった。


俺は自分の手元を見る。


細長い形を作る時は、丸い時より忙しい。


長さを保つ。

太さを保つ。


両端の位置も気になる。


「丸い時より、やることが多い?」


「そう感じますか?」


「うん」


先生が頷く。


「では、それを記録しておきましょう」


まだ理由ではない。


俺がそう感じた。


まずはそれだけ。



二回目。


三回目。


四回目。


繰り返しているうちに、短い時間なら細長い形を保てるようになった。


ただ、丸い形ほど安定しない。


俺は帳面へ書く。


『俺の場合』

『丸――保ちやすい』

『細長い――丸より保ちにくい』


昨日覚えたばかりの『俺の場合』を忘れない。


「次、平たいの」


「少し休んでからです」


「形を変えるだけだよ?」


「魔素を操作していることに変わりはありません」


そうだった。


形が違っても疲労は増える。


水を飲んで座る。



クロムが庭へやってきた。


俺の近くを通り、そのまま三つの木片のところへ行く。


匂いを嗅ぐ。


丸い木片を前足で触った。


転がった。


クロムが追う。


「それ教材」


さらに触る。


また転がる。


「クロム」


先生が笑いをこらえている。


俺は丸い木片を回収した。


「平たいのなら転がらないぞ」


試しに平たい木片をクロムの前へ置く。


前足が出る。


木片が少し滑った。


転がらない。


「ほら」


言ってから、俺は止まった。


丸いものは転がった。


平たいものは滑った。


同じクロムが、同じように前足で触ったのに。


結果が違う。


「……形」


先生も気づいたらしい。


「身の回りにも、例はいくらでもありますね」


俺は丸い木片と平たい木片を見る。


考えてみれば当たり前だ。


車輪が丸いのにも理由がある。


針が細いのにも。

刃物が薄いのにも。


前世では当たり前すぎて、いちいち疑問に思わなかった。


「形が違うと、動き方も変わる」


「物ならそうですね」


先生が言う。


物なら。


俺はその言葉を覚えておく。


魔素でも同じとは限らない。



休憩を終え、平たい形を試す。


これが一番難しかった。


薄く広げようとすると、一部が崩れる。


厚くすると保ちやすいけれど、それでは丸い塊を潰しただけに近い。


「端が消える」


「そこへの操作が弱くなっていますね」


「全部見てないと駄目?」


「今のアルス様なら、そうかもしれません」


広げれば、意識しなければならない範囲も広がる。


俺は何度か試した。


少し平たい塊。


それくらいならできる。


薄い板のような形にはならない。


少なくとも今日は。



「先生ならできる?」


聞くと、先生は右手を出した。


魔素が集まる。


丸くなる。


そこから薄く広がった。


俺よりずっと平たい。


「触っていい?」


「いけません」


「ちょっとだけ」


「駄目です」


即答された。


俺は見るだけにする。


「これ、切れる?」


先生の表情が変わった。


「形を作っただけなら、必ずしも」


「じゃあ薄くしただけじゃ切れない?」


「その通りです」


俺は平たい魔素を見る。


前世の物語なら、薄い魔力の刃を飛ばして何かを切る。


でも。


形が刃に似ていることと、刃として働くことは別らしい。


「切るなら何がいる?」


「目的によって方法はいくつもあります。ですが、今日は形の練習です」


「聞くだけ」


「昨日も聞きましたね、その言葉」


覚えられていた。


仕方ない。


帳面に、


『薄い=切れる、ではない』


とだけ書いておく。



その日の最後に、三つの形を一度ずつ作った。


丸。


一番安定する。


細長い形。


短時間なら保てる。


平たい形。


まだ厚い。


結果は分かりやすかった。


でも先生は、そこで別のことをした。


「では、見ていてください」


魔素を丸くする。


そのまま前へ動かした。


次に細長い形。


同じように前へ動かす。


最後に平たい形。


これも動かす。


三つともできた。


「何が違いましたか?」


俺は考える。


速さは、先生が合わせていたように見える。


距離もほぼ同じ。


「形」


「それだけですか?」


もう一度思い出す。


丸いものは、ほとんど形を変えずに進んだ。


細長いものも進んだが、先端が少し揺れていた。


平たいものは――。


「向きが変わった」


途中で少し傾いた。


先生が頷く。


「形を維持するだけでなく、姿勢を維持する操作も必要になることがあります」


また増えた。


俺はすぐ帳面を開いた。


『形』

『向き』


別々に書く。


細長いものなら、縦と横で意味が違う。


平たいものなら、正面を向けるのか、寝かせるのかでも違う。


丸なら?


「丸は向きがない?」


先生が少し考える。


「少なくとも、見た目だけなら分かりにくいですね」


だから楽なのかもしれない。


どちらを向いていても丸い。


俺は丸い木片を見る。


最初に何となく選んだ形だった。


でも結果として、初心者には扱いやすかった可能性がある。


「丸にしたの、正解だった?」


「アルス様が扱うには、良い選択だったようですね」


また『アルス様が』だ。


世界全体の正解ではない。


それでいい。



練習が終わり、俺は三つの木片を部屋へ持ち帰った。


机に並べる。


丸。

細長い。

平たい。


材料は同じ木だ。


大きさも、それほど違わない。


それでも形が違えば、置いた時も、転がした時も違う。


魔素も。


少なくとも、操作の仕方は変わった。


俺は帳面に線を引く。


『量』

『形』

『維持』

『方向』

『移動』

『速さ』


第29話で作った一覧だ。


そこへ新しく、


『向き』


を加えた。


さらに考える。


形を変えた状態で速くしたら?


回転させたら?


細長いものを進行方向へ向けたら?


平たいものを横向きに動かしたら?


頭の中で組み合わせが増えていく。


でも今日は試さない。


一つずつだ。



俺は細長い木片を手に取った。


前世の知識が勝手にいろいろな形を持ち出してくる。


矢。

弾丸。

針。


刃。


物語の中なら、魔力で作ったそれらが飛んでいく。


でも形だけ真似しても、同じものにはならない。


薄くしただけでは切れなかった。


細くしただけで速くなるとも限らない。


なら。


この世界の魔素では、何が起きる?


それを調べればいい。



机の上で、クロムが丸い木片に前足を伸ばした。


「それはもう駄目」


先に押さえる。


クロムは俺の手を見る。


次に細長い木片へ前足を伸ばした。


「全部駄目」


今度は平たい方。


「教材だから」


クロムはしばらく俺を見たあと、何も置いていない場所へ座った。


分かってくれたのだろうか。


たぶん違う。



俺は三つの木片を箱へしまった。


今日分かったのは、小さなことだ。


同じくらいの魔素でも。


形を変えれば、必要な操作が変わる。


動かした時の様子も変わる。


それだけ。


でも。


もし形と動きの関係を一つずつ分けていけたら。


ただ魔素を遠くへ飛ばすだけではなく、目的に合わせて飛ばし方そのものを選べるかもしれない。


俺は帳面の最後に書いた。


『形は、見た目だけではない』


その下へ少し余白を空ける。


まだ何が違うのかは、ほとんど分かっていない。


だから。


次に見るものは、もう決まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。