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第二十八話 同じ条件

次の魔法の練習までに、俺は一つ準備をした。


大したものではない。


紐。

小さな木片。

炭で印をつけた板。


それを抱えて練習場所へ行くと、先生が俺の手元を見た。


「今日は何を作るのです?」


「魔法じゃないよ」


「では、その板は?」


「同じ場所に立つため」


先生が黙った。


俺は板を地面へ置いた。


中央には、昨日自分で引いた線がある。

そこへ足を合わせる。


次に紐を伸ばした。


「先生、ここに杭を立ててもいい?」


「構いませんが……何をするつもりです?」


「同じところに魔素を出したい」


前回の測定では、同じことをしているつもりなのに結果が違った。


でも考えてみれば当然だった。


立つ場所も完全には同じではない。

手の位置も違う。


呼吸も違った。

魔素を集める速さも違った。


全部違うのに、結果だけ同じになることを期待していた。


それでは何が原因なのか分からない。


「まず、変えなくていいものを変えないようにする」


俺は紐で距離を決めた。


立つ位置。

手を伸ばす方向。


魔素を出す場所。


正確ではない。


板だって少し動く。

紐も伸びる。


俺自身の姿勢だって毎回まったく同じにはならない。


でも、何も決めないよりはいい。


先生はしばらく俺の準備を見ていた。


「なるほど」


「変?」


「いいえ。少々驚いているだけです」


「先生はやらない?」


「似たことはしますよ。特に術式や魔道具を調べる方々は、条件をそろえて比較します」


やっぱりある。


最近、この答えを聞くと安心する。


俺だけが思いついた不思議な方法ではない。


この世界にはすでに研究している人がいて、その人たちなりの方法を積み重ねている。


なら俺は、それも覚えればいい。



準備を終え、最初の実験を始める。


やることは簡単だ。


右手へ魔素を集める。

身体の外へ出す。


小さな塊を作り、できるだけ同じ場所で保つ。


強くする必要はない。


「始めます」


呼吸を整える。


右手へ魔素を流す。


外へ。


形を作る。


少し歪んだ。


それでも数秒は保った。


「一回目」


すぐに帳面へ書く。


立ち位置は板で固定。

右腕を前へ。


手の高さは――。


そこで止まった。


「先生」


「はい」


「手の高さ、毎回同じにするには?」


先生が壁際にあった棒を一本持ってきた。


「目印をつけましょうか」


棒を地面へ立て、俺の手の高さに印をつける。


簡単だった。


「これでいい」


二回目。


板の線に足を合わせる。

手を棒の印に合わせる。


呼吸を整える。


同じように魔素を集める。


外へ。


今度は一回目より少し長く保った。


「違った」


「違いましたね」


「なんで?」


「まだ分かりません」


「うん」


それでいい。


三回目。


また違う。


四回目。


今度は途中で形が崩れた。


俺は帳面を見る。


場所はかなり近い。

姿勢も以前よりそろっている。


でも結果はまだ揺れる。


「魔素の量が違うのかな」


「可能性はあります」


「測定具を使ったら?」


「測るために意識を分けることになりますよ」


俺は止まった。


前回、先生が言っていた。


観察しすぎると、実行そのものが変わることがある。


測りたいから道具を増やす。


その道具を見るために、今度は俺の動きが変わる。


「難しいな」


「だから研究には時間がかかるのですよ」


先生は楽しそうだった。



少し休憩する。


俺は地面に座って、四回分の記録を見比べた。


以前より条件はそろっている。


それでも同じにならない。


ということは。


まだそろえていない何かがある。


あるいは。


「全部同じにするのって、無理?」


俺が聞くと、先生は少し考えた。


「完全に、という意味なら難しいでしょうね」


「じゃあ意味ない?」


「なぜです?」


「同じじゃないから」


先生は俺が置いた板を指した。


「昨日までより、立つ位置はそろいました」


次に棒を見る。


「手の高さもそろいました」


紐を見る。


「距離も以前より一定です」


確かに。


「完全に同じでなくても、違いを減らすことはできます」


俺は四つの記録を見る。


完全に同じにする必要はない。


余計な違いを減らす。


そうすれば、残った違いを見つけやすくなる。


「そっか」


俺は立ち上がった。


「もう一回やる」


「休憩は?」


「した」


「もう少し休みましょう」


「……はい」


疲労も条件だった。


危ない。


先生が笑っている。



十分に休んでから、実験を再開した。


今度は一つだけ変えることにした。


「さっきより少なくする」


「魔素を?」


「うん。他は同じ」


立つ位置。

手の高さ。


外へ出す場所。

形。


できるだけ変えない。


変えるのは、集める魔素を少なくすることだけ。


もちろん量を正確に測れるわけではない。


だから自分の感覚で「少なめ」にする。


一回目。


小さな塊ができる。


形はさっきより保ちやすい。


二回目。


また作る。


三回目。


少し崩れた。


それでも、さっきより結果が近い気がする。


「少ない方が簡単?」


俺が聞くと、先生は首を傾げた。


「今日の結果だけなら、そう見えますね」


今日の結果だけ。


その言い方が気に入った。


「じゃあ、まだ決めない」


「ええ」


俺は帳面に、


『少ない方が安定する?』


と疑問符つきで書いた。



次は、量を増やしたくなった。


少ない方が安定するなら、多くすれば不安定になるのか。


試したい。


でも先生に止められた。


「今日はやめましょう」


「まだできる」


「できますね」


「じゃあ」


「ですが、疲れ始めています」


まただ。


俺は自分の腕を見る。


確かに最初より少し重い。


「今増やしたら、魔素の量と疲れの二つが変わる?」


「そうなります」


なるほど。


俺は素直に諦めた。


「次にする」


以前なら、できるところまで試したと思う。


でも、それでは比較できない。


たくさん試すことと、使える記録を増やすことは同じではないらしい。



授業が終わる前。


先生が俺の帳面を見た。


「アルス様は、何を目指しているのです?」


「何が?」


「魔法です。強い魔法を使いたいのかと思っていましたが、今日は一度も威力を上げようとしませんでした」


言われてみればそうだった。


何を目指している?


強い魔法。


使えたら面白い。


前世で読んだ物語には、山を吹き飛ばしたり、空を焼いたりするような魔法もあった。


この世界で何ができるのか、試してみたい気持ちもある。


でも。


今はそれより先に知りたい。


「同じことを、もう一回できるようにしたい」


先生が俺を見る。


「一回できても、次にできなかったら、なんでできたか分からないから」


偶然うまくいっただけかもしれない。


姿勢が違ったのかもしれない。

魔素の流れが違ったのかもしれない。


周りの魔素が違った可能性だってある。


理由が分からなければ。


強くする方法も分からない。


「だから」


俺は自分で作った板を見る。


「強くするのは、そのあとでいい」


先生はしばらく何も言わなかった。


それから、小さく頷いた。


「では次回も、同じ実験をしましょう」


「同じの?」


「同じことができるようになりたいのでしょう?」


そうだった。


ちょっと退屈そうだと思った自分がいる。


同じことを繰り返す。


派手ではない。


新しい魔法も出てこない。


でも。


それができなければ、その先へ行けない。



部屋へ戻って、今日の記録を整理した。


立つ位置。

手の高さ。

距離。


魔素の量。

呼吸。

疲労。


まだまだありそうだ。


全部を完全にそろえることはできない。


でも、必要なものを一つずつ見つけることはできる。


俺はページの中央に書いた。


『変えるものを一つにする』


その下へ、


『変えないものは、できるだけ同じにする』


さらに、


『一回できた=分かった、ではない』


最後の一行には丸をつけた。


考えてみれば、魔法だけの話ではない。


保冷庫もそうだった。


作れたから終わりではない。

使えるようにする人がいる。


直す人がいる。

何度も作れるようにする人がいる。


一人だけが偶然できることと。


誰かが同じように繰り返せることは違う。


俺は筆を止めた。


もし俺が何か新しいことを見つけたとしても。


俺にしかできなければ、俺がいなくなったら終わる。


それは少し、もったいない。



窓辺ではクロムが眠っていた。


俺は今日使った板を壁へ立てかける。


明日も使える。


同じ場所に立つための板。


ただ線を一本引いただけの木だ。


魔法でもない。

魔道具でもない。


それでも今日、一番役に立った道具だった。



俺は帳面の最後に一行を加えた。


『強くする前に、同じことをもう一度できるようにする』


今の俺には、それで十分だった。

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