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第二十七話 測れるもの

数日ぶりに、俺は魔法の練習へ戻った。


別に飽きていたわけではない。

保冷庫から魔石へ、魔石から魔物へ、そこから市場や値段にまで寄り道していただけだ。


寄り道というには、少し遠くまで行った気もする。


「今日は何をしますか?」


先生に聞かれて、俺は少し考えた。


以前なら、すぐに試したいことを答えていたと思う。


魔素を丸くしたい。

動かしたい。

回したい。


でも今日は、その前に聞きたいことがあった。


「先生」


「はい」


「魔素って、測れる?」


先生はすぐには答えなかった。


「何を測りたいのです?」


その返し方に、俺は少し嬉しくなった。


量、と答えかけて止める。


魔素について考える時、俺は何となく「多い」「少ない」という言葉を使っていた。


馬より魔物の方が分かりやすかった。

魔石には濃い何かを感じた。


でも。


「……何が測れる?」


質問を変えた。


先生が頷いた。


「その方が答えやすいですね」


机の上に、小さな道具が置かれた。


以前にも見たことがある。

魔素の状態を調べるための測定具だ。


手のひらより少し大きな板の中央に、透明な石が固定されている。その周囲には細い術式が刻まれていた。


「これで魔素の量が分かる?」


「おおよそは」


「おおよそ?」


「正確には、この道具が受け取った魔素に対して、どの程度反応したかを見ています」


俺は道具を見る。


「魔素そのものを数えてるんじゃない?」


「数える、という考え方自体が難しいですね」


先生は測定具へ手をかざした。


中央の石が淡く光る。


周囲の術式にも光が流れ、その一部がゆっくり変化した。


「強い反応ですね」


「数字は?」


「この道具にはありません」


ないのか。


俺は顔を近づける。


光の強さ。

広がる範囲。

術式の反応。


それを見て判断するらしい。


「人によって見方が変わらない?」


「多少は変わります」


それでは測定にならない。


そう思いかけて。


止めた。


本当にそうか?


俺は市場で見たものを思い出す。


品質だって、人が見て判断していた。

魔石にも用途による違いがある。


数字がなければ何も比較できない、というわけではない。


「同じ道具で何回も測ったら?」


「比較はしやすくなります」


「違う道具なら?」


「道具ごとの差も考えなければなりません」


やっぱり。


俺は帳面を開いた。


『測定具にも違いがある』


書く。


先生が少し笑った。


「今日は慎重ですね」


「この前、分からないのに答えを決めたら駄目だって分かった」


「何があったのです?」


「牛乳が来なかった」


先生が黙った。


当然だと思う。


魔法の授業を数日休んだ子供が、牛乳から何を学んできたのか分からないはずだ。


「……ずいぶん遠回りをしましたね」


「森まで行った」


「アルス様が?」


「牛乳が」


余計に分からなくなった顔をされた。


説明すると長くなるので、今日は放っておく。



先生の測定が終わる。


次は俺の番になった。


「いつものように、手へ魔素を集めてみてください」


俺は右手を見る。


身体の中を巡る魔素を意識する。


流れを変える。


肩から腕。

腕から手。


集める。


測定具が反応した。


先生の時より弱い。


「このくらいですね」


俺は光を見る。


「もう一回やっていい?」


「どうぞ」


いったん力を抜く。


もう一度。


同じように集める。


測定具が反応する。


「あれ?」


少し違う。


「違いますね」


先生も気づいた。


「なんで?」


「アルス様の操作がまったく同じではなかったのでしょう」


それは分かる。


でも。


「どこが違った?」


「そこまでは、この道具だけでは分かりません」


また出た。


分からない。


以前なら、すぐ原因を探したと思う。


今日は帳面を開いた。


一回目。

二回目。


反応の違いだけを書く。


「もう一回」


三回目。


また違う。


四回目。


少し近い。


五回目。


途中で手の感覚が変わった。


「今、疲れましたか?」


先生に聞かれる。


「ちょっと」


「では休みましょう」


「まだできるよ」


「できることと、同じ条件でできることは違います」


俺は止まった。


それは確かに違う。


疲れた状態で続ければ、今度は疲労まで条件に入ってしまう。


「休む」


素直に椅子へ座った。



水を飲みながら、五回分の記録を見る。


全部、俺は同じことをしたつもりだった。


でも結果は違う。


「先生」


「はい」


「魔法が上手い人って、これが同じになる?」


先生は少し考えた。


「近づいていきますね」


「毎回?」


「完全に同じかどうかは、私にも分かりません。ただ、熟練した者ほど余計な揺れは小さくなります」


練度。


以前から知っている言葉だ。


この世界では、魔法や身体強化について普通に使われている。


でも今までの俺は、それを単純に「上手さ」くらいに考えていた。


「練度が上がるって、強くなるだけじゃない?」


「もちろんです」


先生は自分の手へ、小さな光を作った。


ほとんど揺れない。


「必要な時に、必要なだけ使える。無駄を減らす。形を保つ。途中で崩さない。同じことを繰り返せる。それらも練度の一部です」


俺は光を見る。


大きくない。


派手でもない。


でも俺が作った魔素の球より、ずっと安定している。


「強い魔法を一回使える人と、弱い魔法を百回同じように使える人なら?」


「何をするかによります」


また用途だ。


俺は笑った。


「何です?」


「どこでも同じだなって」


料理長も言っていた。

商人も似たようなことを言っていた。


大きければいいわけではない。

高ければいいわけでもない。


新しければいいわけでもない。


魔法まで同じらしい。



休憩を終えて、もう一度測る。


今度は、魔素をたくさん集めることをやめた。


「何をしているのです?」


「同じにする」


一回目。


記録する。


二回目。


少し違う。


三回目。


また記録する。


先生は何も言わずに見ていた。


俺は測定具の反応だけではなく、自分が何をしたつもりだったかも書いていく。


腕の感覚。

呼吸。


集める速さ。

始める前の姿勢。


全部を一度にそろえるのは無理だった。


だから、一つずつ見る。


「これ」


三回目と四回目を比べる。


「呼吸が違った」


「影響していると思いますか?」


「分からない」


すぐ答えた。


先生が笑った。


「良い答えです」


以前なら少し悔しかったかもしれない。


今はそうでもない。


分からないなら、残せばいい。



授業の終わり。


俺は測定具をもう一度見た。


「これ、もっと細かくできる?」


「測定具をですか?」


「うん」


先生は中央の石へ触れた。


「研究している方はいますよ。用途によって、もっと敏感なものもあります」


やっぱりいる。


この世界の人たちは、俺が思いつく程度のことなら、とっくに考えていることが多い。


それが最近は嬉しい。


「見たい」


「いずれ機会があれば」


「作ってる人にも会いたい」


先生が苦笑した。


「アルス様は、会いたい人が増える一方ですね」


確かに。


魔道具職人。

商人。

騎士。


今度は測定具を作る研究者。


世界を知ろうとすると、人まで増えていく。



部屋へ戻ると、俺は今日の記録を整理した。


最初に大きく、


『測れる』


と書く。


その下へ、


『でも、何を測っているのか確認する』


と加えた。


測定具が反応した。


それは事実。


魔素が何個ある。


それは言えない。


少なくとも、今の俺には。


さらに書く。


『同じつもりでも、同じとは限らない』


そして、


『強さだけではなく、再現できることも練度』


ここには丸をつけた。



机の端では、クロムが丸くなっている。


俺は少し考えて、以前のページを開いた。


『クロムの魔素――今の自分では確認できない』


測定具を使ったらどうなるだろう。


一瞬、試したくなる。


でも勝手に猫を実験台にするのは違う気がした。


それに。


今の俺は、測定具が反応したからといって何が分かったことになるのかさえ、まだちゃんと説明できない。


「後でいいか」


クロムの耳が一度だけ動いた。


聞いていたのかもしれない。


聞いていないのかもしれない。


それも今は分からない。



俺は今日のページへ戻った。


測れるものが増えれば、世界が分かる。


そう思っていた。


たぶん、それは間違っていない。


でも。


数字や光が出た瞬間に、分かったことにしてはいけない。


何を見ているのか。

どうやって見ているのか。


同じように見える時、本当に同じなのか。


測るということ自体にも、調べることがある。


俺は最後に一行だけ書いた。


『測定も、観測の一つ』


答えを出す道具ではない。


世界を見るための、もう一つの目だ。


そう考えると。


目の前の小さな測定具が、急に面白く見えてきた。

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