↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/115

第十九話 魔物の使い道

リュウを見てから、俺の中で魔物という言葉の意味が少し変わった。


人を襲う危険な生き物。

本にはそう書かれている。


でも、それだけではない。


手紙を運ぶ魔物もいる。

人と一緒に働く魔物もいる。


なら。


「人を襲う魔物は?」


翌朝、俺がそう聞くと、マリーは手にしていた服を止めた。


「いますよ?」


「やっぱりいるんだ」


「もちろんです」


あっさりしていた。


昨日、魔物と人間が一緒に働いているところを見たせいで、少し考えすぎていたらしい。


「どれくらい危ない?」


「それは魔物によりますね」


「人を見たら襲う?」


「それも魔物によります」


またそれだ。


種類だけでは決まらない。

同じ種類でも違う。


魔物という大きな箱の中に、いろいろな生き物が入っている。


「じゃあ、危ない魔物がいたらどうするの?」


「場所にもよりますが、騎士や冒険者が討伐することが多いでしょうか」


「倒した後は?」


「倒した後?」


マリーが首を傾げた。


「その魔物、どうするの?」


一瞬の間。


「ああ」


何を聞かれているのか分かったらしい。


「持って帰りますよ」


「全部?」


「持って帰れるなら」


それはそうか。


巨大な魔物なら、その場で解体することもあるという。


肉。

皮。

骨。

角。

牙。

爪。

そして魔石。


使えるものは持ち帰る。


「見たい」


「何をです?」


「魔物」


「駄目です」


早かった。


「まだ何も言ってない」


「言う前に分かりました」


最近、俺の扱いに慣れてきている。


「危ない魔物を見に行きたいわけじゃないよ」


「では?」


「倒した後」


マリーが微妙な顔をした。


「それでしたら……」


少し考えている。


完全に駄目ではないらしい。


「今日、厨房に何か入るかもしれませんね」


「厨房?」


「昨日、ガレス様たちが森へ出ていますから」


知らなかった。


五歳児に屋敷のすべての予定が伝えられるわけではない。当然と言えば当然だ。


「ガレスも魔物を倒すの?」


「騎士ですから」


俺の中では、マリーの夫という印象の方が強い。


それに、屋敷で会うガレスは普通に穏やかな男だ。


その人が森へ行って魔物を倒している。


この世界では、それも日常なのだろう。


「見られる?」


「帰ってきてからですね。それと、アルス様が見ても大丈夫な状態でしたら」


条件付きで許可が出た。


その日の昼過ぎ。


俺は厨房の裏にいた。


正確には、厨房のさらに奥にある作業場だった。


石造りの床。

水を流せる溝。

大きな作業台。


普段、俺が食事をする場所からは見えない。


そこで初めて、俺は倒された魔物を見た。


「……大きい」


猪に似ている。


でも、地球で知っている猪より明らかに大きい。


横たわっていても、俺の身体よりずっと太い。


毛は黒に近い茶色。

頭から伸びる牙も長い。


そして額の中央には、小さな角が一本あった。


「森角猪です」


隣にいたガレスが教えてくれた。


服は着替えている。

怪我をしているようには見えない。


「猪?」


「似ていますが、魔物ですね」


俺は少し離れた場所から観察する。


昨日見たリュウとは違う。


動かない。


死んでいる。


それでも身体に残っている魔素は、なんとなく感じられた。


「魔素、まだある」


「分かりますか?」


「少しだけ」


ガレスが感心したように俺を見る。


俺は魔物を見る。


「死んでもなくならないの?」


「すぐにはなくなりません。身体に残るものもありますし、魔石には特に残ります」


「魔石」


聞いたことはある。


でも実物はまだ見たことがない。


「見たいですか?」


「見たい」


即答した。


ガレスが笑った。


「まだ取り出していませんよ」


少し残念だった。


作業をする男たちが、森角猪を解体し始める。


俺はマリーに言われた位置から動かずに見ていた。


血も出る。


肉も見える。


前世でも食肉がどうやって肉になるのかは知っていた。でも、実際に目の前で大きな生き物が解体されるところを見る機会はほとんどなかった。


気分が悪くなるかと思った。


意外と大丈夫だった。


たぶん、目の前にあるものが食べ物になると分かっているからだ。


「それ、食べるの?」


「食べますよ」


作業をしていた男が答えた。


「美味しい?」


「若い個体ならなかなか」


「これは?」


「当たりです」


少し嬉しそうだった。


なるほど。


魔物にも当たり外れがあるらしい。


肉が切り分けられる。


皮も別にされる。

牙も捨てない。


「皮は?」


「加工して革にします」


「牙は?」


「細工物にも使いますし、素材として買う職人もいます」


「骨は?」


「使える部分は使います」


俺は次々に聞いた。


そのたびに何かしら答えが返ってくる。


魔物一匹から、いろいろなものが取れる。


食料。

衣類や道具の素材。

加工品。


そして。


「出ましたよ」


男の声で、俺は作業台を見る。


小さな塊が置かれていた。


石のように見える。


でも普通の石とは違う。


薄く濁った透明感があり、その中に何かがある。


見えないのに、あると分かる。


「これが魔石?」


「そうです」


ガレスが布で拭かれたそれを受け取った。


俺のところへ持ってくる。


「触っていい?」


「今日は見るだけにしておきましょう」


「なんで?」


「取り出したばかりですから」


理由があるなら仕方ない。


俺は顔を近づける。


「魔素が多い」


身体より分かりやすい。


外へ散っていく感じもあるのに、中心にはまだ濃い何かが残っている。


「これ、何に使うの?」


「いろいろですよ」


ガレスが答えた。


「魔道具の材料にもなりますし、魔素を必要とする加工にも使われます。種類や質によって値段も変わります」


値段。


その言葉で、別のものがつながった。


「売れるの?」


「もちろん」


「じゃあ、魔物を倒すとお金になる?」


「なることもあります」


「だから冒険者が倒す?」


「それだけではありませんが、大きな理由の一つですね」


俺は森角猪を見る。


危険だから倒す。


肉になるから倒す。

素材になるから倒す。

魔石が売れるから倒す。


一つの行動に、一つの理由しかないわけではない。


「畑の近くに出たら?」


「被害が出る前に討伐することがあります」


「山の奥にいるだけなら?」


「わざわざ危険を冒して狩らないこともあります」


「高く売れる魔物なら?」


ガレスが少し笑った。


「狩りに行く人もいるでしょうね」


なるほど。


危険だから倒す、では足りない。


人間側の都合もある。


「魔物って、いる場所でも扱いが変わるんだ」


ガレスが俺を見た。


「そうですね」


森にいるだけなら放っておかれる魔物が、人里へ出れば討伐対象になる。


同じ魔物でも、価値の高い素材を持っていれば狩る人がいる。


一方で、昨日のリュウのように人と一緒に働く魔物もいる。


魔物だから敵。


そんな単純な世界ではないらしい。


「アルス様」


マリーの声がした。


「はい」


「そろそろ戻りましょう」


「もう少し」


「戻りましょう」


今日は交渉の余地がなさそうだ。


俺は最後に魔石をもう一度見る。


「ガレス」


「はい」


「魔石って、魔物によって違う?」


「違いますよ」


「同じ魔物でも?」


「違います」


やっぱり。


「大きさ?」


「それもあります」


「魔素の量?」


「ありますね」


「質も?」


ガレスが少し考えた。


「そう呼ぶ人もいます」


もっと聞きたい。


でも後ろにいるマリーから、そろそろ本当に終わりだという空気が出ている。


「また教えて」


「私で分かることでしたら」


部屋へ戻る途中、厨房の前を通った。


さっきまで魔物だった肉が、もう料理の材料として運ばれている。


たぶん、今日か明日には食卓へ出る。


俺は少し不思議な気分になった。


魔物を倒す。

解体する。

食べる。

素材を加工する。

魔石を売る。

そのお金で誰かが生活する。


一匹の魔物から、いくつもの流れが生まれている。


部屋へ戻ると、帳面を開いた。


『魔物=危険』


まず書く。


その横に線を引いた。


『魔物=食料』

『魔物=素材』

『魔物=魔石』

『魔物=商品』


昨日書いたものも加える。


『魔物=仕事の相手』


並べてみる。


同じ魔物という言葉なのに、中身が全然違う。


クロムが机へ飛び乗った。


今日は帳面の上には座らなかった。


「昨日より賢い」


褒めたつもりだった。


クロムは俺を無視して前足を舐め始めた。


俺は帳面へ視線を戻す。


魔物そのものだけを見ても、たぶん足りない。


どこにいるのか。

何を食べるのか。

人に何をするのか。

人が何を求めるのか。


それによって関係が変わる。


昨日は、生き方を見ると書いた。


今日は、その隣にもう一つ書いた。


『人との関係を見る』


魔物について調べていたはずなのに、いつの間にか人間の暮らしまで調べ始めている。


でも、たぶんそれでいい。


世界の中にあるものは、一つだけで完結していない。


魔物一匹を追いかけただけでも、森から食卓までつながっていた。


俺は帳面のページを眺めた。


魔素を知ろうとして始めたはずなのに。


調べる範囲は、また少し広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。