第十六話 魔石はどこから来る
保冷庫の職人が帰ったあとも、俺の頭には一つの言葉が残っていた。
魔石。
あの石が魔素を蓄え、魔道具を動かしている。
そこまでは分かった。
では、その魔石はどこから来るのか。
翌日、俺は書庫で子供向けの本を探していた。
「アルス、何を探してるの?」
声をかけてきたのは姉上だった。
エリシア姉上は俺の手元をのぞき込み、積み上げた本を一冊ずつ確認していく。
「魔石の本」
「魔石?」
「どこで取れるのか知りたい」
姉上は少し考えてから、棚の上段を見た。
当然、俺には届かない。
姉上が一冊抜き取って渡してくれる。
表紙には、角の生えた獣と、その腹のあたりに描かれた丸い石があった。
嫌な予感がした。
「……魔物?」
「そうだよ」
やっぱり。
本を開く。
魔石は、魔素を多く取り込んで生きる魔物の体内から得られることがある。
大きさも質も一定ではなく、魔物の種類や生息地、個体によって違う。
文章は子供向けで簡単だったが、意味は十分に分かった。
「保冷庫の石も?」
「たぶん魔物の魔石じゃない? お店で買ったものだと思うけど」
姉上にとっては普通の話らしい。
俺は昨日まで、保冷庫を一つの魔道具として見ていた。
術式があり、部品があり、職人がいて、修理する人がいる。
でも、その一番奥に魔物がいた。
「魔物を倒して取ってくるの?」
「冒険者とか騎士とか、狩りをする人たちがね」
姉上は本の絵を指で追った。
「全部の魔物から取れるわけじゃないみたい。小さいのしか持ってないのもいるし、使いにくい魔石もあるって」
「使いにくい?」
「お兄様なら知ってるかも」
そう言って姉上は、ちょうど廊下を通りかかったクラウス兄上を呼び止めた。
「兄様、魔石って使いにくいのもあるの?」
「急に何の話だ?」
兄上が入ってくる。
俺が事情を説明すると、兄上は納得したように本を見た。
「あるよ。同じ大きさでも、蓄えられる魔素の量や出方が違うらしい。急に力が出るものは、一定の働きを続ける道具には向かないとか」
「じゃあ、大きければいいわけじゃない?」
「違うんじゃないか。父上が前に、用途に合ったものを選ぶのが大事だと言っていた」
まただ。
強ければいいわけではない。
大きければいいわけでもない。
必要な働きに合っているかどうか。
俺は本へ視線を戻した。
魔物の絵の横には、生息地を示す簡単な図がある。
森、山、湿地、洞窟。
「魔物って、どこにでもいるの?」
「どこにでも、ではないよ」
兄上が答えた。
「街の近くは騎士や冒険者が見回っているし、危険な魔物が増えれば討伐する。森でも人がよく使う道と、奥では全然違う」
「どうして場所で違うの?」
「餌とか、水とか、巣を作れる場所とか……あとは魔素かな」
最後だけ少し自信がなさそうだった。
俺は顔を上げた。
「魔素?」
「魔素が濃い場所には、強い魔物がいることが多いって習った。でも、必ずそうなるわけじゃないらしい」
地脈。
父上から聞いた言葉が頭に浮かぶ。
土地によって魔素の流れが違う。
そして魔物は、魔素を取り込んで生きている。
別々に覚えていたものが、少しだけつながった。
「魔素が多い場所に魔物が集まるのか、魔物が多いから魔素が変わるのかは?」
兄上が黙った。
姉上も黙った。
二人が俺を見る。
「……アルス」
「なに?」
「お前、本当に五歳だよな?」
「五歳だよ」
そこは間違いない。
兄上はしばらく俺を見ていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「知らない。先生に聞いてくれ」
正しい答えだった。
知らないことを、知っているふりはしない。
それだけで十分ありがたい。
俺は帳面を持ってきて、新しいページを開いた。
『魔石』
その下に、分かったことを書く。
『魔物の体内から得られる』
『種類・土地・個体で性質が違う』
『大きさだけでは用途を決められない』
『魔素の濃い場所と魔物には関係があるらしい』
最後の一行だけ、少し間を空けた。
『どちらが原因?』
書いてみると、また疑問が増えた。
そもそも魔物は、なぜ体内に魔石を作るのか。
普通の動物にはないのか。
魔石になる前の魔素は、体のどこを流れているのか。
死んだあとも魔石に魔素が残るのはなぜか。
俺が次々に書き始めると、姉上が横から帳面をのぞいた。
「増えてるね」
「うん」
「答えじゃなくて、質問が」
「うん」
姉上は笑った。
「アルスって、勉強したら分からないことが減るんじゃないの?」
俺もそう思っていた。
少なくとも前世では、知らないことを学べば、知らないことは減っていくような気がしていた。
でも今は逆だった。
一つ分かるたび、その周りに見えていなかったものが現れる。
保冷庫を見ただけだった。
それが職人につながり、術式につながり、魔石につながり、今度は魔物と土地につながった。
たぶん、この先も同じだ。
「減らないみたい」
俺が答えると、姉上は不思議そうに首を傾げた。
窓辺では、いつの間に入ってきたのか、クロムが日向に寝そべっている。
俺は帳面へもう一行だけ書き足した。
『魔物を見る必要がある』
すぐ横から兄上の声が飛んできた。
「駄目だからな」
「まだ何も言ってないよ」
「顔に書いてある」
マリーと同じことを言われた。
どうやらこの家では、俺が何かを思いついた時の顔は、かなり分かりやすいらしい。
俺は仕方なく、その一行の横に小さく付け足した。
『今は、本で』
兄上が満足そうに頷いた。
今は、それでいい。
実物を見る日は、いずれ来る。
それまでは、この世界がすでに知っていることを、できるだけ知っておこう。




