↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/115

第十五話 冷たさの行き先

数日後、厨房の保冷庫を見に職人が来た。


壊れたわけではない。

定期的に中を確認して、術式や魔石の状態を見るらしい。


その話を聞いた俺は、当然のように厨房へ向かった。


「アルス様」


後ろからマリーの声がする。


「走ってないよ」


「まだ何も申しておりません」


「でも言おうとしたでしょ」


「はい」


やっぱり。


厨房へ入ると、例の保冷庫の前に男がしゃがみ込んでいた。

年齢は父上より少し上だろうか。作業着の腰には、小さな工具がいくつも下がっている。


側面の蓋は開いていた。


俺は足を止めた。


開いている。


この前、開けさせてもらえなかったところが。


「近づきすぎてはいけませんよ」


マリーに肩をつかまれた。


「見るだけ」


「その言葉は信用しております」


意外だ。


「手を出さない、まで含めると信用しておりません」


そういうことか。


職人がこちらに気づいた。


「これは、アルス様」


「見てもいい?」


俺が聞くと、職人は開いた蓋とマリーを交互に見た。


またマリーを見る。


どうやらこの家では、俺の許可を出す人間はマリーらしい。


「作業の邪魔をなさらないのでしたら」


「しない」


マリーが答えた。


俺じゃなかった。


職人の手元をのぞき込む。


箱の側面には、掌より少し大きな魔石が収まっていた。その周囲を金属板と細い線のようなものが囲み、さらに奥へ続いている。


前世の機械とは、まるで違う。


基板でもない。

配線とも少し違う。


でも、何かをつないでいることだけは分かる。


「これが術式?」


「こちらは術式の一部ですね」


職人は指を止めずに答えた。


「魔石から力を受けて、必要な働きへ変えるためのものです。冷却だけでなく、調整や停止のための仕組みも入っています」


「止めるのも必要なの?」


「必要ですよ。冷やし続ければ、中身まで凍らせてしまいますから」


料理長と同じ答えだった。


俺は保冷庫を見る。


冷やす。

止める。

また冷やす。


ずっと同じ働きを続けるのではなく、必要な状態を保つ。


「中が暖かくなったら、また動く?」


職人が初めて手を止めた。


「ええ。大まかにはそのようなものです」


「どうやって暖かくなったって分かるの?」


「そこまで気になりますか」


「うん」


職人は少し笑って、箱の内側へ伸びる細い金属部品を示した。


「この部分が中の状態を拾います。ただ、温度だけを正確に数字で測っているわけではありません。術式が変化を受け取って、一定の範囲から外れれば冷却を強める。戻れば弱める。そういう作りです」


数字ではない。


でも、状態を見て動きを変える仕組みはある。


俺は少し考えた。


「冷たさを作ってるの?」


「そうですね」


「それとも、熱を外に出してるの?」


職人の手が止まった。


今度は少し長かった。


「……面白い聞き方をされますね」


俺の中では、前世の知識が答えを出しかけていた。


冷蔵庫なら、箱の中の熱を外へ運ぶ。

冷たい何かを生み出しているわけではない。


だから、同じだと思った。


職人は保冷庫の奥を指した。


「この型は、内部の熱を外へ逃がす働きも使っています」


やっぱり。


そう思った直後だった。


「ですが、それだけではありません」


「え?」


「冷却そのものを起こす術式もあります。こちらは両方を組み合わせていますね」


俺は黙った。


頭の中で、前世の冷蔵庫が消えた。


いや、消えたわけではない。

使えなくなった。


少なくとも、そのまま答えにはできない。


「冷却そのものって、どういうこと?」


「そこから先は、私より術式を専門にしている者へ聞いた方がよろしいでしょう」


「職人なのに?」


「職人にも専門があります」


そう言って男は笑った。


「私はこうした生活魔道具の調整と修理が中心です。術式を一から設計する者もいれば、魔石を扱う者もいる。箱や金属部品を作る者もいます」


また分かれた。


一つの箱なのに、作る人間が一人ではない。


「全部できる人はいないの?」


「いるかもしれませんが、少なくとも私は会ったことがありませんね」


職人は魔石を外した。


俺は思わず一歩近づく。


マリーの手が肩に乗った。


何もしていない。

まだ。


「その魔石、なくなるの?」


「石そのものが消えるわけではありません。使い続けると、蓄えていた魔素が減って働きが弱くなります」


「また入れられる?」


「物によります。再充填できるものもありますし、交換した方が安いものもあります」


安い。


またそこだ。


できるかどうかだけではない。


手間。

材料。

交換。

修理。

値段。


前世の知識を取り戻してから、俺は魔法を見れば仕組みを知りたくなった。


けれど保冷庫を見ていると、仕組みだけ分かっても足りない気がする。


どれだけ優れたものでも、高すぎれば広まらない。

壊れるたびに遠くの専門家が必要なら、使える場所も限られる。


「終わりました」


職人が新しい魔石を収め、蓋を閉じた。


料理長が保冷庫を確認する。

しばらくすると、中から冷たい空気が流れてきた。


「問題ありません」


それで仕事は終わりらしい。


俺にとっては、むしろ始まったところだった。


部屋へ戻ると、帳面を開く。


『保冷庫』


前に書いた項目の下へ、新しく付け足した。


『冷やす方法は一つではない』


『熱を外へ逃がす方法』


『冷却そのものを起こす方法』


そこで筆が止まる。


二つ目は分からない。


前世の知識だけなら、たぶん考えなかった方法だ。


俺はその横に、大きく疑問符を書いた。


そして、もう一つ。


『魔道具は一人で作っていない』


術式を作る人。

魔石を扱う人。

部品を作る人。

組み立てる人。

修理する人。

使う人。


一つの道具の後ろに、いくつもの仕事がつながっている。


俺は椅子の横を見る。


クロムが丸くなって寝ていた。


「地球と同じじゃないんだな」


当然、返事はない。


でも口にすると、少しだけ頭の中が整理された。


前世の知識は便利だ。

知らないものを見るための足場にはなる。


けれど、答えではない。


この世界には、この世界のやり方がある。


なら比べればいい。


同じところ。

違うところ。

うまくいくところ。

うまくいかないところ。


俺は帳面の最後に一行だけ書いた。


『冷たさは、どこへ行く?』


書いてから、自分で少し笑った。


たぶん質問の形からして、まだ間違っている。


それでもいい。


間違っているなら、確かめればいいだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。