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第百十話 最初の白紙

第百十話 最初の白紙


教師は。


教壇の上へ。


薄い紙の束を置いた。


それから。


黒い板へ名前を書く。


『ティア・ストーンハート』


細い文字。


迷いがない。


「一年の基礎教育と、この組を担当する。ティア・ストーンハートじゃ」


第百十話 最初の白紙


教師は。


教壇の上へ。


薄い紙の束を置いた。


それから。


黒い板へ名前を書く。


『ティア・ストーンハート』


細い文字。


迷いがない。


「一年の基礎教育と、この組を担当する。ティア・ストーンハートじゃ」


少女に見えた。


俺と。


それほど年が離れていないようにも見える。


でも。


ドワーフ。


長く学園で教えてきた教師で。


王国でも知られた魔道具研究者らしい。


教壇の高さが。


少しだけ不釣り合いに見える。


けれど。


立ち方に迷いはない。


服は教師用。


動きやすそうで。


飾りは少ない。


胸元に。


学園の徽章だけ。


視線が。


教室の左から右へ動く。


速くない。


一人ずつ見るほど遅くもない。


全体を。


一度で確認している。


「最初に、一つ約束します」


話し声が止まる。


「分からないことを、分かったふりをしないこと」


簡単な言葉だった。


でも。


何人かの姿勢が変わった。


「分かりませんと言ったことで、評価を下げることはありません」


今度は。


教室の後ろで。


誰かが小さく息を吐いた。


安心?


緊張が少し抜けた音。


「ただし、考える前に分かりませんと言うのは別です」


抜けたものが戻った。


ティア先生は続ける。


「考えたこと。試したこと。どこで分からなくなったか。そこまで言葉にしてください」


分からない。


にも中身がある。


何も考えていない。


途中まで考えた。


条件が足りない。


言葉の意味が分からない。


同じ答えでも。


止まった場所が違う。


「今日は授業を始める前に、皆さんの現在地を確認します」


現在地。


道みたいだ。


でも。


地図はない。


先生は。


紙の束を持って。


前の席から配り始める。


一人一枚。


後ろへ回す。


俺のところにも来る。


白い紙。


上に。


学生証の番号を書く欄。


名前を書く欄はない。


「名前は書かない?」


近くの席の誰かが聞いた。


「番号だけで結構です」


「どうしてですか」


「ワシが先に家名を見ると、答えより家を見てしまうかもしれんからじゃ」


教室が。


少し静かになった。


ティア先生は。


自分も間違う可能性を。


最初から含めた。


貴族。


商家。


村。


種族。


名前から分かることがある。


分かったことが。


紙に書かれた内容の見え方を変える。


だから。


先に隠す。


「先生でも?」


別の声。


「教師でもじゃ」


すぐに答えた。


「偏りを完全になくすことはできん。じゃから、入り込む場所を減らす」


俺は。


紙の番号欄を見る。


学生証の番号なら。


先生は後で調べられる。


でも。


読む時には。


誰の答えか分からない。


測定と。


人の見方。


前に考えたことが。


ここにもある。


先生が教壇へ戻る。


黒い板へ。


三つ書いた。


『知っていること』


『できること』


『分からないこと』


「魔素について、この三つを書いてください」


教室が。


すぐには動かなかった。


紙は白い。


質問は短い。


でも。


広い。


知っていること。


どこまで?


魔素がある。


流れる。


体に入る。


体の中で巡る。


外へ出る。


物に留まる。


場所で濃さが違う。


生き物でも違う。


体調でも違う。


使い方で変わる。


知っていることだけで。


紙が足りなくなるかもしれない。


「先生」


俺は手を上げる。


ティア先生がこちらを見る。


「どうぞ」


「知っている、は、自分で確かめたことだけ?」


「良い質問です」


少し考える。


「自分で確かめたこと。誰かから教わったこと。本で読んだこと。分けて書けるなら分けてください」


やっぱり。


同じ知っているでも。


根拠が違う。


俺は紙を三つに分ける。


一。


自分で確かめた。


二。


人から教わった。


三。


本で読んだ。


その下に書き始める。


魔素は。


場所によって流れが違う。


自分の体の中にもある。


同じ動きをしても。


疲れ方で扱いやすさが変わる。


意識を向けると。


感じやすくなる。


意識しすぎると。


動きが硬くなることがある。


少し止まる。


最後のものは。


本当に確かめた?


何度かあった。


でも。


原因が意識の向けすぎだけとは限らない。


体調。


姿勢。


呼吸。


先生の見ている前だったこと。


別の条件もある。


書き直す。


『意識を向けすぎた時、動きが硬くなったことがある。ただし、他の条件は分けられていない』


長い。


紙の一行に収まらない。


隣を見る。


数行だけ。


前の席は。


もう半分まで書いている。


速さが違う。


知っている量?


書き方?


文字の大きさ?


まだ分からない。


「隣の紙を見ないでください」


先生の声。


俺のこと?


多分。


「答えを写すから?」


「それもあります」


先生が言う。


「他人の量を見ると、自分の書く内容が変わるからです」


また。


見ることで変わる。


隣がたくさん書いていれば。


増やそうとする。


少なければ。


これでいいと思う。


自分の現在地を確認したいのに。


他人の紙を見たことで。


位置がずれる。


俺は自分の紙へ戻る。


人から教わったこと。


魔素は。


大気とは別に。


同じ場所へ重なるように存在する。


生き物の内側と外側を巡る。


地形。


水。


生態。


いろいろなものに影響される。


ここも。


どこまでが先生の言葉で。


どこからが俺の考えか。


混ざっている。


線を引く。


『教わった内容を、俺がつないで理解したものを含む』


これで。


少し正確。


次。


できること。


体内の魔素を感じる。


流れを整える。


身体の一部へ寄せる。


動きに合わせる。


少量を外へ動かす。


そこで止まる。


できる。


にも幅がある。


一度できた。


何度かできた。


安定してできる。


疲れていてもできる。


動きながらできる。


他のことを考えながらできる。


全部違う。


「先生」


また手を上げる。


「どうぞ」


「できる、は一回でも?」


先生が。


少しだけ笑った。


「そこが気になりましたか」


「はい」


「では、自分で区切りを作ってください」


答えは決めてくれない。


「学園の基準はない?」


「ある。ただし、今はおぬしらが普段どこを境目にしているかも知りたい」


できるかどうかを測るだけではない。


できる。


という言葉を。


どう使っているかも見る。


俺は書く。


『一度できた』


『条件が良ければできる』


『多くの場合できる』


『条件が変わってもできる』


四つ。


多い?


でも。


俺には必要。


体内の魔素を感じる。


条件が変わってもできる。


流れを整える。


多くの場合できる。


身体の一部へ寄せる。


多くの場合できる。


動きに合わせる。


条件が良ければできる。


少量を外へ動かす。


条件が良ければできる。


本当に?


朝。


ニルの棒を見た後なら。


握る力の変化も考えてしまう。


自分の動き。


呼吸。


周囲の音。


全部が条件になる。


できる。


は。


思っていたより狭い。


次。


分からないこと。


ここが。


一番多い。


魔素は。


なぜ生き物ごとに違うのか。


同じ人でも。


なぜ日によって流れが違うのか。


体の内側の流れと。


土地の流れは。


どこまで影響し合うのか。


魔道具に残る魔素と。


生き物の魔素は。


同じように考えていいのか。


人が集まる場所では。


魔素の流れも変わるのか。


観察することが。


扱い方そのものを変えるなら。


何を基準にすればいいのか。


書く。


まだある。


紙の下まで来た。


裏を見る。


白い。


裏も使っていい?


先生を見る。


他にも。


紙を裏返している人がいる。


止めない。


使っていいらしい。


裏へ続ける。


前の席で。


手が止まっている。


後ろでは。


ずっと書く音がする。


教室にいる全員が。


同じ三つを見ている。


でも。


紙の中身は違う。


時間が過ぎる。


先生は。


何も教えない。


歩いても来ない。


教壇で。


教室全体を見ている。


見られている。


でも。


紙までは見られていない。


書いている途中で先生が近づけば。


内容が変わるかもしれない。


だから。


動かない?


推測。


まだ分からない。


鐘が鳴る。


短い。


授業の終わりではないらしい。


先生が言う。


「筆を置いてください」


書きかけ。


最後の文字まで書きたい。


でも。


周囲の音が止まる。


俺も置く。


先生が。


前から紙を集める。


順番に重なる。


白かった紙が。


文字のある束になる。


「これは試験ではありません」


最初にも似たことを言った。


でも。


今度は紙を書いた後。


聞こえ方が違う。


「点数はつけません。できることが多い者を上へ置くためにも使いません」


何に使う?


教室の全員が。


同じことを考えた気がする。


「授業の順番を決めるために使います」


順番。


「全員が知っていることに、長い時間は使いません。多くの者が分かっていないことは、急いで通り過ぎません」


教室全体の現在地。


一人ずつ違う紙を。


まとめて見る。


重なる部分。


ばらつく部分。


抜けている部分。


そこから。


授業の道を決める。


「でも」


誰かが手を上げる。


「できることが違ったら、同じ授業にできないと思います」


「その通りです」


先生は否定しなかった。


「ですから、すべてを同じ授業にはしません」


教室が少し動く。


「基礎理論は一緒に学びます。実技は途中から分かれます。必要なら補助の時間も作ります」


同じ教室。


同じ学年。


でも。


全部を同じにはしない。


入学式で聞いたこととつながる。


違う者を。


同じにする場所ではない。


共通の部分は。


一緒に学ぶ。


違う部分は。


分ける。


ただし。


最初から種族や家で分けるのではなく。


書いた内容。


実際の動き。


学ぶ中で見えたもの。


そういうものを使う。


「紙一枚で決める?」


俺は聞く。


先生がこちらを見る。


「決めません」


「何のため?」


「最初の仮置きじゃ」


仮置き。


「今日の紙は、おぬしらが自分をどう見ているかを示す」


自分をどう見ているか。


できることそのもの。


ではない。


「実際にできるかは、別に確認します。知識も、言葉の意味が同じか確かめます」


やっぱり。


紙だけでは足りない。


でも。


紙でしか見えないこともある。


本人が。


何を知っていると思っているか。


何をできると思っているか。


何を分からないと思っているか。


三つ目。


分からないことは。


知らないこと全部ではない。


知らないことは。


書けない。


存在を知らないから。


書ける分からないは。


少なくとも。


そこに問いがあると気づいている。


「分からないことが少ない人は?」


別の生徒が聞く。


先生は。


紙の束を見る。


「本当に疑問が少ないのかもしれません」


少し間を置く。


「何が分からないか、まだ見つけていないのかもしれません」


同じ空白でも。


意味が違う。


何もない。


ではない。


まだ見えていない。


という可能性がある。


「では最初の授業です」


先生が黒い板の三つの言葉を消す。


布が動く。


白い粉が落ちる。


板が黒へ戻る。


新しく。


一つの丸を書く。


その周りへ。


もう一つ大きな丸。


「魔素は、皆さんの体の中にも、外にもあります」


知っている。


少なくとも。


俺は。


でも。


教室の全員が同じとは限らない。


先生は。


知っている人だけを見ていない。


知らない人だけにも合わせていない。


最初の線を。


全員が立てる場所へ引こうとしている。


「まず、内側にあるものと、外側にあるものを分けて考えます」


内側。


外側。


完全に分かれている?


行き来するなら。


境目はどこ?


皮膚?


意識?


流れ?


すぐに聞きたい。


手を上げかける。


先生が先に言う。


「疑問は、いったん帳面へ残してください。説明の途中で答えが出なければ、その時に聞きます」


手を下ろす。


質問する時間にも。


順番がある。


すぐ聞けば。


先生の説明を止める。


最後まで聞けば。


質問が消えることもある。


でも。


忘れるかもしれない。


だから書く。


俺は帳面を開く。


『内側と外側の境目はどこか』


一つ。


先生の説明を聞く。


丸は。


体そのものではない。


考えるための区切り。


実際の魔素は。


線のようにきれいに分かれていない。


先生が最初から言う。


「図は、世界そのものではありません」


地図と同じ。


紙の線は。


土地にある線ではない。


考えるために。


人が置く。


「分けると分かりやすくなります。しかし、分けたことで見えなくなるつながりもあります」


俺は。


黒い板を見る。


先生を見る。


最初の授業で。


いきなり。


両方を言った。


分ける利点。


分ける欠点。


図を使う。


図を信じすぎない。


この先生は。


一つの答えだけを渡す人ではなさそうだ。


説明が続く。


体内の流れ。


周囲の流れ。


接する場所。


取り込む量。


外へ戻る量。


言葉は。


家で教わったものと似ている。


でも。


順番が違う。


先生は。


最初に名前を覚えさせるのではなく。


丸を使って。


位置を見せる。


それから名前を置く。


知らない人でも。


追いやすい。


知っている俺には。


少し遅い。


でも。


遅いから見えるものもある。


なぜその順番なのか。


どこで誤解しやすいのか。


先生が。


どの言葉を避けているのか。


内容だけではなく。


教え方も見える。


説明の途中で。


前の席の生徒が首を傾げる。


先生は止まる。


「今のところ、もう一度見ますか」


生徒は驚いた顔をする。


手を上げていない。


でも。


先生は見ていた。


頷く。


先生が。


同じ内容を。


別の言葉で説明する。


最初より短い。


例を変えた。


水差し。


中の水。


周囲の空気。


完全には同じではないと。


先に言ってから使う。


生徒の顔が戻る。


先生は進む。


一人を見る。


全体を見る。


全体へ話す。


必要なら。


一人のために少し戻る。


でも。


一人だけで授業を止め続けない。


屋敷の先生とは違う。


どちらが良いではない。


人数が違う。


目的が違う。


方法が変わる。


やがて。


説明が最初の問いへ戻った。


内側と外側の境目。


「ここで引いた線は、便宜上のものです。体と周囲の間には交換があり、完全な壁ではありません」


答えが出た。


俺は帳面の問いへ。


線を引く。


消さない。


問いがあったことは残す。


その下へ書く。


『境目は考えるために置く。実際には交換がある』


さらに。


『線があるから理解できる。線を本物と思うとつながりを見失う』


鐘が鳴る。


今度は。


授業の終わり。


先生が話を止める。


「今日はここまでです」


短い。


もっと聞ける。


でも。


一度で全部はしない。


先生は。


集めた紙の束を持つ。


「次の授業までに、皆さんの白紙を読みます」


白紙。


もう文字がある。


でも。


最初は白かった。


先生が用意した質問だけの紙に。


全員が。


自分の現在地を書いた。


「先生」


俺は最後に聞く。


「紙を読んだら、授業は変わる?」


「変える」


「最初から決めてない?」


「大きな順番はある」


先生は答える。


「けれど、誰がいるかを見ずに細かい道まで決めるなら、この紙を配った意味がありません」


道はある。


でも。


歩く人で変える。


俺は。


その言葉を帳面へ書く。


先生が教室を出る。


話し声が戻る。


「アルスだよな」


前の席から。


人族の少年が振り返った。


迷いなく。


こちらへ手を差し出す。


「俺はレイン。質問、多かったな」


「多かった?」


「多かった」


隣にいた少年が。


紙をしまいながら言う。


「回数より、問いの範囲が広い」


「シリウス」


レインが先に名前を置いた。


シリウスは。


少しだけ眉を寄せる。


「自分で名乗るつもりだった」


「なら早く言えよ」


距離の縮め方が違う。


レインは先に近づく。


シリウスは順番を整える。


窓側の席から。


二人の少女もこちらを見ていた。


「私はアイリス」


一人が静かに言う。


姿勢は崩さない。


でも。


俺だけではなく。


レインとシリウスのやり取りも見ている。


「まだ全員、どういう人か見ているところよ」


「俺も」


「あなたは少し見すぎる方みたいだけど」


もう一人の少女が。


小さく笑った。


「私はリリア。困ったら聞いてね」


「何を?」


「学園のことでも。今の会話の意味でも」


「今は分かる」


「なら大丈夫」


四人。


レイン。


シリウス。


アイリス。


リリア。


同じ教室にいる名前が。


少しずつ人につながる。


ニルが。


離れた席からこちらを見る。


多分。


また質問していたと思っている。


合っている。


俺は。


白い紙が置かれていた机を見る。


今はない。


でも。


紙へ書いたことで。


先生の次の授業が変わる。


一人ずつの答えが。


全体の道を少し変える。


観測された結果が。


次の仕組みに使われる。


学園の最初の授業は。


何かを覚える前に。


誰がここにいるのかを。


知るところから始まっていた。


少女に見えた。


俺と。


それほど年が離れていないようにも見える。


でも。


ドワーフ。


長く学園で教えてきた教師で。


王国でも知られた魔道具研究者らしい。


教壇の高さが。


少しだけ不釣り合いに見える。


けれど。


立ち方に迷いはない。


服は教師用。


動きやすそうで。


飾りは少ない。


胸元に。


学園の徽章だけ。


視線が。


教室の左から右へ動く。


速くない。


一人ずつ見るほど遅くもない。


全体を。


一度で確認している。


「最初に、一つ約束します」


話し声が止まる。


「分からないことを、分かったふりをしないこと」


簡単な言葉だった。


でも。


何人かの姿勢が変わった。


「分かりませんと言ったことで、評価を下げることはありません」


今度は。


教室の後ろで。


誰かが小さく息を吐いた。


安心?


緊張が少し抜けた音。


「ただし、考える前に分かりませんと言うのは別です」


抜けたものが戻った。


ティア先生は続ける。


「考えたこと。試したこと。どこで分からなくなったか。そこまで言葉にしてください」


分からない。


にも中身がある。


何も考えていない。


途中まで考えた。


条件が足りない。


言葉の意味が分からない。


同じ答えでも。


止まった場所が違う。


「今日は授業を始める前に、皆さんの現在地を確認します」


現在地。


道みたいだ。


でも。


地図はない。


先生は。


紙の束を持って。


前の席から配り始める。


一人一枚。


後ろへ回す。


俺のところにも来る。


白い紙。


上に。


学生証の番号を書く欄。


名前を書く欄はない。


「名前は書かない?」


近くの席の誰かが聞いた。


「番号だけで結構です」


「どうしてですか」


「ワシが先に家名を見ると、答えより家を見てしまうかもしれんからじゃ」


教室が。


少し静かになった。


ティア先生は。


自分も間違う可能性を。


最初から含


リリア12歳


挿絵(By みてみん)

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