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第九話 同じ魔法

兄上の訓練を見た翌日。


俺は父上のところへ行った。


「魔法の練習をしてもいい?」


父上――アルベルト・フォン・アークライトは、読んでいた書類から顔を上げた。


「魔法の?」


「うん」


「何をしたい」


少し考える。


昨日、兄上が使っていた風の魔法。


あれと同じものを使ってみたい。


でも、それだけだと少し違う気がした。


「同じことをしたら、同じ魔法になるのか知りたい」


父上の眉がわずかに動いた。


「……クラウスの訓練を見たそうだな」


「見た」


「それで自分も撃ちたくなったか?」


「撃ちたいけど、それより――」


俺は言葉を探した。


五歳の俺が説明するには、少し難しい。


「兄上、何回も違ったから」


父上はしばらく黙っていた。


やがて書類を机へ置く。


「教師のいるところでやりなさい」


「いいの?」


「勝手にやらないならな」


「分かった」


「それと、身体がおかしいと思ったらすぐにやめること」


「うん」


許可が出た。


思ったより簡単だった。


もっと止められるかと思っていたけれど、この世界では子供が魔素を扱うこと自体は、それほど特別なことではないらしい。


もちろん、好き勝手に魔法を撃っていいという意味ではない。


そこは地球と同じだ。


危ないものには、大人がつく。


その日の午後。


俺は昨日と同じ訓練場に立っていた。


正面には木の標的。


少し離れたところに教師とマリー。


クロムは日陰で丸くなっている。


どう見ても寝ている。


「ではアルス様。まずは魔素を感じてください」


「はい」


目を閉じる。


これはもう分かる。


身体の中を巡っているもの。


血液とは違う。


けれど確かに、自分の中を流れている何か。


「感じます」


「では右手へ」


昨日、自分でやったのと同じだ。


意識を向ける。


流れが少しずつ変わる。


腕へ。


手へ。


集める。


「そこで止めてください」


止める。


「苦しくありませんか?」


「大丈夫」


「では一度戻しましょう」


「え?」


まだ何もしていない。


「最初はそれで十分です」


「飛ばさないの?」


教師が笑った。


「昨日クラウス様を見ていたのでしょう?」


「うん」


「クラウス様は、何年練習していると思いますか?」


知らない。


考えたこともなかった。


兄上が普通にやっていたから、俺にもできる気がしていた。


でも、考えてみれば当たり前だ。


昨日見たのは、兄上の現在だ。


そこへ至るまでの練習は見ていない。


「……分かんない」


「アルス様より長いですよ」


それはそうだ。


俺はまだ五歳なのだから。


少し恥ずかしくなった。


「もう一度やりましょう」


「はい」


右手へ集める。


戻す。


また集める。


戻す。


何度か繰り返すうちに、一つ気づいた。


毎回、同じじゃない。


一度目はゆっくりだった。


二度目は途中で流れが乱れた。


三度目は手のひらへ集めすぎて、少し熱いような感覚がした。


「先生」


「はい」


「同じようにやってるのに、違う」


「そうですね」


やっぱり。


教師はそれを当然のこととして受け入れている。


「どうしたら同じになるの?」


「練習です」


答えは単純だった。


でも、それでは俺が知りたいことの半分しか分からない。


「何を練習するの?」


今度は教師が少し考えた。


「感覚、と言うのが一番近いでしょうか。どれくらい集めるか。どの速さで動かすか。どこへ通すか。それを身体で覚えていきます」


なるほど。


間違ってはいか。それを身体で覚えていきます」


なるほど。


間違ってはいない。


たぶん、この世界ではそれで十分なのだ。


何度もやる。


成功した感覚を覚える。


失敗した感覚も覚える。


繰り返して身体に染み込ませる。


剣や武術と同じだ。


でも。


「じゃあ、今の一回目と三回目、何が違った?」


教師が止まった。


「……細かく、という意味でしょうか?」


「うん」


「そこまで説明するのは難しいですね」


やっぱり。


俺は右手を見る。


違いはある。


でも、それを言葉にしていない。


なら。


自分で見ればいい。


「もう一回やっていい?」


「もちろんです」


四回目。


今度はただ集めるのではなく、途中を意識した。


身体の中心から肩。


肩から腕。


腕から手。


どこを通った時に変わるのか。


結果。


失敗した。


「あれ?」


右手へ集めるつもりだった魔素が、途中で散った。


「意識しすぎましたね」


教師が言った。


「意識しすぎるとダメなの?」


「慣れないうちは、よくあります」


面白い。


細かく見ようとしたら、逆にできなくなった。


五回目。


今度は少し大雑把に。


成功。


六回目。


もう一度、細かく。


失敗。


「……なるほど」


「何か分かりましたか?」


「まだ分かんない」


分からない。


だから面白い。


俺はその後も繰り返した。


成功。


失敗。


成功。


失敗。


途中で教師から休憩を命じられた。


自分ではまだ続けられると思っていたけれど、右腕を触ってみると少し重い。


身体は正直だった。


俺は訓練場の端へ座った。


マリーが水を渡してくれる。


「楽しいですか?」


「うん」


「まだ魔法、一度も出していませんよ?」


「うん」


それでも楽しい。


むしろ、まだ出さなくていい気がしてきた。


右手へ魔素を集める。


それだけのことすら、毎回少しずつ違う。


なら兄上がやっていた風の魔法には、その先にもっとたくさんの違いがあるはずだ。


魔素を集める。


身体から外へ働きかける。


空気を動かす。


方向を揃える。


標的へ届かせる。


たぶん、一つの魔法に見えていたものの中に、いくつもの段階がある。


俺は水を飲みながら考えた。


全部を一度にやるから、分からなくなるんじゃないか?


一つずつなら。


一つずつ確かめれば。


どこで失敗したのか、分かるかもしれない。


「マリー」


「はい」


「紙ほしい」


「紙、ですか?」


「あと、書くもの」


マリーが不思議そうな顔をする。


「何を書くのです?」


俺は少し考えた。


まだ何も分かっていない。


だから、書けることは少ない。


成功した。


失敗した。


少し熱かった。


途中で散った。


今は、それくらいでいい。


「違ったところ」


「……魔法の?」


「うん」


マリーはますます不思議そうな顔をした。


その向こうで、教師までこちらを見ている。


俺は気にせず右手を開いた。


同じことをしたつもりでも、同じ結果にならない。


だったらまず。


何が違ったのかを残してみよう。


魔法を使えるようになるのは、そのあとでいい。


俺が最初に始めた魔法の練習は――。


魔法を撃つことではなく、失敗を記録することになった。

マリー


挿絵(By みてみん)

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