表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/8

お得意様の凄腕冒険者

「おいおい、嘘だろ……。なんであの人がここにいるんだ?」


「静かにしろ、目を合わせるな。気配だけで押し潰されそうだぞ……」


いつもなら大爆笑とエールのジョッキの音が響く『荒獅子の牙亭』が、今は水を打ったような静寂に包まれていた。


下級冒険者たちが息を呑み、怯えたように視線を送る先――。


新調されたばかりのカウンターの端に、一人の男が腰掛けていた。


漆黒のフルプレートアーマーを背負い、腰には並の魔獣なら一太刀で両断しそうな大剣。整った顔立ちには数々の死線をくぐり抜けてきた風格が漂っている。


彼の名はゼクス。このギルドに数人しかいない、最高位『Aランク』の超凄腕冒険者だった。


(うわぁ……本物の強者って感じ。でも、うちのカウンターに大人しく座ってると、ちょっとシュールかも)

私はおそるおそる、ゼクスの前に冷えたエールを置いた。


「い、いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

ゼクスは鋭い眼光を私に向けた。下級冒険者ならそれだけで失神しそうな威圧感だが、前世で理不尽なクレーマー客を何度も捌いてきた私には、これくらいじゃ動じない。


「……最下層のボロ酒場に、宮廷料理を凌ぐ美味い飯を出す店があると聞いた。ただのポテトと鳥肉らしいが、下級の連中がこぞって絶賛している」

ゼクスは低く、心地よい声で言った。


「戦いの後の口直しだ。その、からあげ、という料理と……親子丼を頼む。値段はいくらだ?」


「ありがとうございます! 唐揚げが大銅貨18枚、親子丼が大銅貨15枚になります。すぐ作りますね!」

私が元気よく厨房に引っ込むと、ルークお兄ちゃんがガタガタ震えながら芋の皮を剥いていた。


「お、おいレニ……あのゼクスだぞ!? ドラゴンをソロで討伐したっていう生ける伝説だぞ! ミスったら俺たち消されるんじゃ……」


「大丈夫だってば。一流の冒険者なんだから、美味しいものを出せば絶対に分かってくれるよ。お兄ちゃん、鍋の火力を最大にして!」

相手が誰であれ、出す料理に妥協はしない。


まずは唐揚げ。新しく導入した二連鍋を使い、一気に高温で外側をバリッと揚げ、仕上げに特製のハニーマスタードソースをたっぷりかける。


続いて親子丼。キノコの出汁粉末を限界まで効かせ、新鮮な卵を最高に絶妙なトロトロの半熟状態でご飯の上へ。


「お待たせしました! 特製ハニーマスタード唐揚げと、極上親子丼です!」

どん、と2つの皿がゼクスの前に並んだ。


瞬間、ハーブとニンニク、そして濃厚な出汁の香りがフロア全体に爆発するように広がる。周りの下級冒険者たちが、一斉にゴクリと喉を鳴らした。


ゼクスはしばらく無言で料理を見つめていたが、やがて大ぶりの唐揚げをフォークで突き刺し、口へと運んだ。


バリクッ!!!

静まり返った店内に、最高に心地よい音が響く。


ハニーマスタードの甘みと酸味、そして肉の奥から溢れ出たジューシーな肉汁が、ゼクスの口内で完璧に絡み合った。


「――っ」

ゼクスが微かに目を見開いた。


そのまま無言で、今度は親子丼のスプーンを掴み、黄金色の卵ごとご飯をすくって口にかき込む。


モグ、モグ……ゴクン。

ゼクスは静かにスプーンを置くと、ふぅ、と深く長い溜め息をついた。

張り詰めていた彼の肩の力が、目に見えて抜けていく。


「……驚いたな」

ゼクスは私を見て、ふっと ―― 誰も見たことがないような、優しく穏やかな微笑みを浮かべた。


「宮廷の宴で食べた、どんな高級な山鳥のローストよりも美味い。肉の柔らかさ、味の深み、そしてこの濃厚な卵の口当たり……完璧だ。命がけの依頼で疲れ果てた身体に、この美味さが五臓六腑に染み渡る」


「本当ですか!? よかったー!」

私が満面の笑みを返すと、周囲の冒険者たちからも「おおおおおっ!」「あのゼクス様が認めたぞ!」と地鳴りのような歓声が上がった。


「レニと言ったか。お前の料理は、戦う者の魂を 癒やす『至高の癒やし(ヒール)』だな。……会計を」


ゼクスがカウンターに並べたのは、唐揚げと親子丼の代金である『大銅貨33枚』。


そして、その横にぽんと、もう一枚別のコインを置いた。


「これは……銀貨ですか?」


「ああ。お釣りは不要だ。これほど美味い飯に出会えた感謝と、あとは……これからも、戦いに疲れた時はここへ足を運びたい。そのための『席代』として受け取ってくれ」

ゼクスはそう言ってエールをグイッと飲み干すと、満足げに立ち上がった。


「美味かった。また来る、小さな料理人」

大剣を揺らしながら去っていく後ろ姿を見送りながら、私は手の中の銀貨の重みを噛み締めていた。


下級冒険者だけでなく、世界を救うような超一流の英雄の胃袋まで掴んでしまった『荒獅子の牙亭』。


私たちの等身大な成り上がりは、いよいよ誰も止められない領域へと突入していく。


「だから言ったでしょう、ゼクス。あなたの味覚、最近の連戦でおかしくなったんじゃない?」

翌日の夜。カランコロンとドアが鳴ると同時に、店内に少し高飛車で綺麗な声が響いた。


入ってきたのは、お馴染みのゼクスさん。そしてその後ろから、銀髪をハーフアップにした、いかにも『エリート』という雰囲気の美しい女魔術師が、露骨に嫌そうな顔をして付いてきていた。


「おいおい、あれってゼクス旦那のパーティーの『冷徹の魔女』エルザじゃねえか?」


「マジかよ、最高位クラスのパーティーが2人もこんなボロ酒場に……」

下級冒険者たちがザワつく中、エルザは新調された木の机をツンツンと指で突きながら溜め息をつく。


「確かに噂通り少しは綺麗になったみたいだけど、ここは最下層よ? 出てくるのはどうせ、ただの芋と鳥肉でしょう? 私は宮廷御用達の高級レストランしか――」


「エルザ、黙って座るといい。口を動かすのは、これを食べてからだ」

ゼクスさんは慣れた様子でカウンターに腰掛け、私に大銅貨を並べた。


「レニ、いつもの3点セット(ポテト・親子丼・唐揚げ)を2人前、あと冷えたエールを」


「はーい! 2人前すぐ作りますね!」

私はニヤリと笑い、厨房のルークお兄ちゃんに合図を出した。


格上のエリートが、うちのB級グルメでプライドをへし折られる瞬間。料理人として、これほどゾクゾクするまきはない。


お兄ちゃんが新型鍋でポテトと唐揚げを「バリクッ」と最高の音が出るように揚げ、私が特製の出汁粉末をこれでもかと効かせたトロトロの親子丼を仕上げる。


「はい、お待たせしました!」

ドン、ドン、ドン!と、2人の前に黄金の料理たちが並ぶ。

その瞬間、ニンニク、醤油、そして濃厚な出汁の香りが鼻腔をダイレクトに突き刺した。


「……っ!? な、何この匂い……香草の使い方が、宮廷料理のどれとも違う……?」

エルザの綺麗な眉がピクリと跳ねた。


「まずは、この『からあげ』からいくといい」

ゼクスさんに促され、エルザはプライドを保ちながらも、我慢できずに唐揚げをフォークで上品に口へ運んだ。

バリクッ!!!


静かな店内に、エルザの口元から最高に小気味いい音が響く。


次の瞬間、彼女の白い頬が、じわぁっと赤く染まった。


「な……ななな、何これ!? 皮が信じられないくらいサクサクで、お肉から溢れるスープ(肉汁)が暴力的すぎるわ! それにこのかかっている黄色いソース(ハニーマスタード)、甘みと酸味が絶妙で、手が止まらな……っ!」


エルザは上品なフリをするのも忘れ、2個目の唐揚げをパクついた。さらに、お出汁が湯気を立てる親子丼をスプーンですくい、口にかき込む。


「んんんーーーっっ!! 卵がっ、卵がとろっとろでお口の中でご飯と一緒に溶けちゃう! この深みのあるお出汁の味、どうやって出してるのよ!? 悔しいけど……悔しいけど、美味しすぎるわよこれぇ!!」

さっきまでの冷徹な態度はどこへやら、エルザは完全に目を輝かせ、夢中で丼をスプーンで叩いていた。


その様子を見て、ゼクスさんは「フッ、だから言っただろう」と満足げにエールを煽っている。


「はぁ……美味しかった……」

綺麗に皿を空にしたエルザは、放心したように呟いた。そして、真っ赤な顔で私をジッと見つめてくる。


「認めざるを得ないわね。私の負けよ、小さな料理人さん。……あの、お会計とは別に、これ、取っておいて。私の無礼へのお詫びと、この感動の対価よ」

エルザが恥ずかしそうにカウンターに置いたのは、ゼクスさんと同じ『銀貨1枚』のチップだった。


「ふふ、ありがとうございます! またお二人でいらしてくださいね!」


超一流のパーティーメンバーまで完全に胃袋を掴んでしまった『荒獅子の牙亭』。


格上のお墨付きが2人に増えたことで、このボロ酒場の評判は、いよいよギルドの全階層へと爆発的に広がっていくことになる。


「おいおいおい、嘘だろ……。幻影旅団(※例え)でも来たのかよ……」


「馬鹿、声がデカい! Aランクパーティー『漆黒の翼』が全員揃ってやがるぞ……!」


夕方の『荒獅子の牙亭』。


店内の下級冒険者たちが、今までにないレベルでガタガタと震え、壁際に身を寄せ合っていた。


新調されたばかりの特等席のテーブルを陣取っているのは、先日も来たゼクスさんとエルザさん。そして――その横に座る、さらに強烈な存在感を放つ2人の男女だった。


一人は、机に肘をついて退屈そうに耳長を揺らす、絶世の美女エルフ・リーザ(弓手)。


もう一人は、ルークお兄ちゃんよりも横幅が2倍はある、髭面のドワーフ・ゴル(重戦士)。


この4人こそ、国に数組しかいない最高位Aランクパーティーの全メンバーだった。


「ねえエルザ、本当にこんなボロ酒場の料理が、あの『宮廷レストラン』より美味いの? 私は騙されないわよ。エルフの鼻を舐めないで」

リーザがツンと鼻を鳴らす。


「フン、食べれば分かるわよリーザ。私も最初はそう思っていたわ」

エルザが自慢げに胸を張る。その横で、ゼクスさんは何も言わずに冷えたエールを喉に流し込んでいた。


「おい、小娘! 講釈はいいから、その『からあげ』と『親子丼』、あと一番デカい樽のエールを早く持ってこい! ワシの腹の虫がさっきから大暴れしとるんじゃ!」

巨漢のドワーフ・ゴルが、太い腕を振り回して大笑いする。


「はーい、毎度あり! 『漆黒の翼』の皆さん、お腹いっぱいにしてあげるから待っててね!」

私は厨房のルークお兄ちゃんに「今日が正念場だよ!」と視線を送った。


お兄ちゃんは新型の二連鍋の前で、滝のような汗を流しながらも、「おうよ、最高位だろうが何だろうが、俺たちの美味さで黙らせてやる!」と気合十分だ。


バリクッ!!! サクッ!!!

厨房から、これまでにないほど完璧な「揚がる音」が響き渡る。


続いて、キノコ出汁を限界まで濃縮した黄金の親子丼が仕上げられ、一気にテーブルへと運ばれた。


「お待たせしました! 特製唐揚げ、ハーブソルトポテト、そして極上親子丼です!」

ドン!と並んだ料理から、ニンニクと醤油、そして出汁の香りが爆発的に立ち上る。


「……っ!?」

その瞬間、一番に反応したのはエルフのリーザだった。


自然を愛し、鼻が良いエルフにとって、ハーブと出汁が織りなす完璧な香りの調和は、脳を直接殴られたような衝撃だったらしい。


「この香り……ただの家畜の肉じゃない。野草と調味料が、完璧な比率で肉の旨味を引き立てている……っ」

リーザが我慢できずに唐揚げを一口かじった。


バリクッ!!!

「――んんっ!?」

リーザの長い耳が、ピンと直立した。


「な、何これ……! 油っこさが全くなくて、衣の香ばしさの後に、信じられないくらい澄んだ肉の汁が口いっぱいに広がる……! 私としたことが、肉料理でこんなに感動するなんて……!」


「ガハハハハ! どれ、ワシも……美味いいいいいいいいっ!!!」

親子丼をレンゲで豪快に口に放り込んだドワーフのゴルが、店が震えるほどの雄叫びをあげた。


「な、なんだこの黄色いトロトロの食べ物は!? 米の一粒一粒に、濃厚な鳥の旨味と、甘辛い極上のタレが絡みついとる! エールだ! エールがいくらあっても足りんわい!!」

ゴルはジョッキをあおり、唐揚げを貪り食い、親子丼を秒速で平らげていく。


リーザもツンとした態度を完全に忘れ、「ポテトおかわり! あと唐揚げももう一皿!」と目を輝かせて注文を繰り返している。


ゼクスさんとエルザさんは、その様子を見て「だから言っただろう」と嬉しそうに頷き合っていた。


閉店間際、すっかりお腹を満たして大満足の4人が席を立つ。


会計の際、ゴルが豪快に大銅貨の山を置き、リーザがそっと別のコインを添えた。


「これは……銀貨が2枚?」


「ええ。エルフのプライドにかけて、こんなに素晴らしいハーブと出汁の料理をタダ同然で食べるわけにはいかないわ。私たちの『お気に入り』の場所になってくれたお礼よ」

リーザが少し照れくさそうに微笑む。


「ガハハ! 来週もまた来るからな、レニちゃん! 樽をいっぱい用意しておけよ!」


最強のAランクパーティー『漆黒の翼』が全員揃って常連になってしまった『荒獅子の牙亭』。


ギルドのトップたちが最下層のボロ酒場に集結するという、前代未聞の事態に、お店の格は一気に雲の上へと跳ね上がっていくのだった。

(第11話・了)

やっぱりこれですね!最高位パーティーが全員揃って、ドワーフもエルフもみんなレニのB級グルメの虜になる展開、最高に爽快です!お兄ちゃんもいい汗かいて頑張りました。


「おい、マジかよ……。今日も『漆黒の翼』が全員であそこにいるぞ」


「冗談だろ? 国に数組しかいないAランクの英雄たちが、なんで毎日あんなボロ酒場に……」

ここ数日、冒険者ギルドは上から下までその噂でもちきりだった。


最下層にある、かつての『ドブスープの店』こと『荒獅子の牙亭』。そこに、あのゼクス率いる最強パーティーが、依頼が終わるや否や毎日こぞって通い詰めているというのだ。


当然、その噂はギルドの上層や、他の高ランク冒険者たちの耳にも入る。


「おい、どけ! そこをどけ!」

ある日の夕方、リニューアルして綺麗になった店内に、ガシャガシャと騒がしい金属音を立てて数人の男たちが押し入ってきた。


入ってきたのは、ゼクスたちを激しくライバル視しているBランクパーティー『紅蓮の牙』の面々だった。いつも上層の高級店を使っている彼らは、最下層の空気や匂いに露骨に眉をひそめている。


「ゼクス! こんな薄汚い最下層の店に引きこもって、一体何を企んでいるんだ!」

リーダー格の戦士が、カウンターの特等席で静かにエールを飲んでいたゼクスに掴みかからんばかりに怒鳴り散らした。


店内がにわかに緊張感に包まれる。下級冒険者たちは息を呑み、厨房の後ろではルークお兄ちゃんが「お、おい、Bランクの奴らだぞ……」と身構えた。


しかし、ゼクスは視線すら合わせず、ふぅとエールの泡を吹いた。


「……企む? 心外だな。私はただ、一日の戦いの終わりに、世界で一番美味い飯を食べているだけだ」


「はあ!? 美味い飯だと? こんなボロ酒場でか!」

『紅蓮の牙』のリーダーは大爆笑した。


「おい、エルザにリーザ、ゴルまで目を輝かせやがって、お前ら全員まとめて頭がおかしくなったのか? ギルドの上層でも『漆黒の翼は最下層の怪しい呪術に嵌まった』って大騒ぎだぞ!」


「失礼ね」

エルザが冷たい目で彼らを睨みつける。


「頭がおかしいのはあなたの鼻よ。この完璧なハーブと出汁の香りが分からないなんて、犬以下だわ」


「なんだとっ……!」

一触即発の空気。私はトングを片手に、カウンターからひょっこり顔を出した。


「あのー、喧嘩なら他所でやってもらえます? うち、営業中なんで。……そんなに呪いだ何だって疑うなら、自分たちで食べてみたらどうですか? 『ハーブソルトポテト』は大銅貨7枚、『特製唐揚げ』は大銅貨18枚。Bランク様なら、はした金ですよね?」


「な、何だとこの小娘……!」

リーダーは真っ赤になり、財布から大銅貨をカウンターに叩きつけた。


「いいだろう! そのふざけた料理とやらを食って、ゼクスたちの目が覚めるような大恥をかかせてやる! おい、それを出せ!」


「はい、毎度あり! お兄ちゃん、Bランクのお客様に『揚げたて一丁』!」


「おうよ! 最高のやつ、ブチかましてやるぜ!」

ルークお兄ちゃんが新型鍋に火を入れ、完璧な温度の油に肉と芋を滑り込ませる。


バリクッ!!! サクッ!!!

厨房から響く軽快な音が、怒りで張り詰めていた彼らの耳を打つ。そして数分後、ハニーマスタードがたっぷりかかった唐揚げと、湯気立つポテトが彼らの前に並べられた。


「フン、ただの揚げ物じゃないか……」

リーダー格の男が、忌々しげに唐揚げを一つ掴み、口に放り込んだ。


バリクッ!!!

「――っ!?」

男の身体が、硬直した。


「おい、リーダー? どうしたんだよ」

仲間の冒険者が不安そうに覗き込むが、リーダーは言葉を失ったまま、目を見開いて唐揚げをモグモグと噛み締め、ゴクリと飲み込んだ。その瞬間、彼の顔から敵意が消え去り、衝撃と困惑に染まる。


「な……何だこれ……美味い……っ! 皮のバリバリ感が尋常じゃないし、中から溢れる肉汁の旨味が暴力的すぎる……! それにこの甘酸っぱいソース、何なんだよこれ、美味すぎて止まらないぞ……!?」


「えっ、マジかよ……おい、俺にもポテトを――んんんっ!? このハーブソルト美味っ!! いつも高級店で食ってる芋の何倍も美味いんだけど!?」


さっきまで怒鳴り散らしていた『紅蓮の牙』のメンバーたちが、我先にと皿に手を伸ばし、ものの数分で綺麗に平らげてしまった。彼らは放心したように、自分たちの汚れた指についたソースまで舐めている。


「……だから言っただろう」

ゼクスが静かに笑った。


『紅蓮の牙』のリーダーは、真っ赤な顔で私を見つめ、ガタガタと震えながら財布からさらに『銀貨1枚』を取り出してカウンターに置いた。


「ま、負けたよ……。怪しい呪いだなんて言って悪かった。大銅貨じゃ足りねえ、この美味さは本物だ……っ! おい、次はあの『親子丼』ってやつを全員分くれ! 頼む!」


「はい、親子丼4名様ね! 喜んで!」


ギルドの上層を揺るがした「漆黒の翼の怪しい噂」は、こうして見事に粉砕された。それどころか、偵察に来た別の高ランク冒険者まで一瞬で虜にしてしまった最下層のボロ酒場の名は、いまやギルド全体の『伝説』として、全階層の冒険者たちを惹きつけるブラックホールとなりつつあった。


読んでいただきありがとうございます!

もしよろしければブクマ登録と評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ