第99話 文化祭出し物決め
二学期が始まったばかりの教室は、外の残暑をそのまま閉じ込めたような熱気に包まれていた。
ホームルームの時間。黒板に書かれた「文化祭の出し物について」という議題を前に、クラスメイトたちはやる気があるのかないのか分からない声を上げている。
「お化け屋敷でいいんじゃね? 準備も楽だしさ」
「えー、去年も隣のクラスがやってたじゃん。インスタ映えするタピオカ屋とかの方がいいよ」
そんな、どこにでもある「適当な妥協」で決まりかけていた空気を、一人の男が立ち上がって一変させた。
文化副委員――鬼塚学。
分厚い眼鏡を指でクイッと押し上げ、彼は教室全体を見渡すと、腹の底から響くような朗々とした声で宣言した。
「諸君! そんな魂の抜けた案で、我が2年2組が『青葉祭』の歴史に名を刻めると思っているのかね!?」
「また始まったよ……」
隣の席の海斗が机に突っ伏して呟く。
鬼塚は学年でも有名なガチのサブカルオタクだ。普段は目立たないが、ことイベントとなると人格が豹変し、全校生徒を巻き込むほどの熱弁を振るう悪癖がある。
「いいか諸君! 今、世の中は『物語』を求めている! 我々が成すべきは、既存の概念を打ち破るファンタジーの具現化! その名も――『冒険者の休息・ファンタジーRPGカフェ』だ!!」
「RPGカフェ……?」
俺は、嫌な予感に背筋を震わせた。
「左様! 内装は古びたギルドの酒場! 客は『勇者一行』として来店し、注文するためには我々が用意した謎解きをクリアしなければならない! 成功すれば至高の報酬、失敗すれば……毒消し草(激苦健康茶)が提供されるというシステムだ!」
女子たちから「えー、オタクっぽーい」「引くんだけど」という冷ややかな声が上がる。しかし、鬼塚は不敵に笑った。彼は女子の、そして男子の「急所」を完璧に理解していた。
「……おっと、反対する前にこれを見てくれたまえ。我が家の『コネクション』をフル活用したメニュー案だ」
鬼塚が黒板に一枚のポスターを貼り出した。そこには、行列ができることで有名な超人気店『パティスリー・フルール』のロゴが入っていた。
「……これ、フルールの限定ケーキじゃない!? なんで!?」
女子の一人が椅子を鳴らして立ち上がる。
「にひひ、驚いたかね。実は『パティスリー・フルール』のオーナーシェフは、私の父だ。私が頼み込めば、文化祭当日に特別に『魔力回復タルト』と、SNSで話題沸騰中の『精霊の宝石パフェ』を卸させることが可能!! これで女子諸君、文句はあるかね!?」
「「「「「「賛成えええええええ!!!」」」」」」
女子たちの食いつきは凄まじかった。行列必至の「映えスイーツ」が学校で食べられるとなれば、彼女たちにとってそれ以上の正義はない。
「そして男子諸君! 君たちにはこの衣装を見てもらいたい!」
鬼塚がタブレットを回すと、そこにはプロ並みの画力で描かれた、ファンタジー風の衣装が並んでいた。
「女子は清楚かつ可憐な『聖女』や、神秘的な『魔導師』をイメージした特注ドレス! 露出度も世界観を壊さず、風紀を乱さない範囲で追求した! 特に看板娘には、この世界観の象徴として君臨してもらう!」
それを見た男子たちが一斉に東雲凛の方を見た。
聖女姿の東雲さん。その破壊的なイメージに、海斗を筆頭とする男子たちの理性が一瞬で蒸発した。
「「「「「「鬼塚! お前は神かぁぁぁ!!!」」」」」」
こうして、男子の欲望と女子の食欲を完璧にハックした鬼塚の案は、クラス全員の圧倒的な賛成を得て可決された。
しかし、俺にとっての本当の「難所」はここからだった。
「では! 企画・制作の統括は私、鬼塚が務める! そして、このギルドの世界観を体現する現場のリーダー、買い出しおよび衣装制作のモデル担当として――佐藤一真くん、東雲凛さん。君たち二人を推薦する!!」
「――――はあ!?」
俺の声がひっくり返った。
「佐藤くん! 君の球技大会で見せたあの騎士のような気迫! 私は確信した、君こそが聖女を守る『近衛騎士』に相応しいと! そして東雲さんは、言わずもがな、我らがパーティーの希望の光だ! 放課後、二人にはたっぷりと衣装の打ち合わせや買い出し、内装の準備を二人三脚で進めてもらう!」
……。
海斗が「なんで一真ばっかり凛りんと……!」と崩れ落ちるが、最強の軍師・一ノ瀬咲希が「海斗、あんたは内装用の大きな木材を運ぶリーダーなんだから! 頼りにしてるよ!」とおだてて封殺している。
そんな一ノ瀬さんの言葉を受けて海斗は頬を緩ませながら「お、おう!任せろ咲希!」とおもむろに腕をまくって見せた。
……全く、単純なヤツだ。
俺は必死に凛に視線を送った。
(凛、なんとかしろ! これじゃ放課後ずっと二人きりで作業することになるぞ!)
けれど。
東雲凛は、頬を少しだけ赤く染めながらも、俺にだけ見える角度で、にひひと最高に楽しそうな「ハル」の笑顔を見せた。
「佐藤くん。これから忙しくなりそうね。……よろしくね、私の『騎士』サマ?」
「…………っ!!」
その言い方は反則だ。
彼女は、この状況を全力で楽しもうとしている。三年前からネトゲでペアを組んできた俺たちにとって、「騎士と魔導師」として学校行事に挑むのは、これ以上ないほど面白い『クエスト』なのだ。
******
放課後。
クラスメイトたちが帰り始め、静まり返った夕暮れの教室。
俺と凛は、鬼塚から渡された分厚い「設定資料(という名のオタクのこだわり)」を広げていた。
「凛、お前、さっきの会議わざと乗っかっただろ。断る隙なんていくらでもあったはずだぞ」
俺が呆れ顔で尋ねると、凛は周囲に誰もいないことを確認してから、椅子を一真の方へ寄せた。肩が触れそうな、心地よい距離。
「バレちゃった? だってさ、一真。学校で堂々と二人きりになれる口実なんて、もうこれしかないと思ったんだもん。それに……」
凛は資料の中にある「魔導師の衣装案」を指差した。
「……これ、私の『ハル』のアバターにそっくりじゃない? 鬼塚くん、本当に天才だよ。これを一真の前で着られるなんて、最高のご褒美じゃん」
「……。ああ、そうだな。……お前が世界で一番、似合ってるに違いないからな」
「――――っ!! バカ一真。急にそういうこと言うんだから……。……でも、ありがと。にひひ、期待してるよ?」
凛は顔を赤くして俯いたが、その手は机の下で、俺のシャツの裾をぎゅっと握りしめていた。
学校では、他人のふり。
けれど、この文化祭の準備期間という「公認のペア」という特権を使って。
俺たちは、新しい「秘密のログイン」を開始した。
一ノ瀬さんの策。鬼塚の情熱。
そして、恋人になったばかりの俺たちの、抑えきれない独占欲。
文化祭という名の巨大なイベントは、俺たちの絆を、これまでで一番熱く、甘く、燃え上がらせようとしていた。
「よし、カズ! まずは衣装の採寸から始めちゃおっか。……にひひ、私のサイズ、三年前より成長してるか確かめてみる?」
「…………お前、本当にいい加減にしろよ!」
俺たちの、騒がしくて甘い放課後は、まだ始まったばかりだった。




