【 阿 修 羅 阿 弥 陀 】弥 勒 院 宗 純
【 阿 修 羅 阿 弥 陀 】
弥 勒 院 宗 純
『浅草奥山の聖域』
浅草奥山の外れに、その古刹はあった。
本堂の朱塗りは天下普請の土埃にまみれて煤け、境内には昼夜を問わず物乞いや無宿人がたむろしている。表向きは、すべての庶民がいずれかの寺の檀家となる寺請制度の特権に守られた、厳かなる仏の聖域。住職をはじめとする僧侶どもが、声を低く響かせて故人の現世の罪を説き、極楽浄土へ見送るための布施を厳かに受け取る、至極真っ当な寺院。
しかし、その実態は、金と女と権力が泥泥と渦巻く「真の濁流」であった。
弥勒院宗純。
この寺の僧籍にありながら、女犯・肉食・博打の三大悪行を平然と行う生臭坊主。
懐に秘めた得物は、反りは浅く、刃渡り二尺三寸。無駄な装飾を排した、実戦本位の堅牢な刀。
【 阿 修 羅 阿 弥 陀 】
宗純は、寺の「中仕切」の裏で、住職や手代がヤクザ者と結託してテラ銭を荒稼ぎする開帳博打を冷徹に見つめていた。そこは奉行所の警察権が及びにくい聖域。罪を犯した無宿人や密通者を匿う、凶悪犯の隠れみのそのものであった。
今宵、その床下の地下賭場で、負けた客同士の凄惨な殺し合いが始まった。このままでは幕府の強烈な差配が踏み込み、寺ごと取り潰される。己の寺、己の食い扶持が消えるのは、宗純にとって耐え難い不都合であった。この血生臭い揉め事を、自らの手で強引に収めねばならぬ。
「寺の敷居を血で汚すとは、不届きな不逞の輩どもめ」
闇を割って現れたのは、刀を振り回して暴れる無宿人とヤクザ者の群れ。互いに殺気立ち、見張りの目の隙間すら見失った五人の男たちが、揉め事を収めんとする宗純の前に立ち塞がる。
宗純は数珠を指先で愛傍し続けたまま、わざとらしく声を低く、ゆっくりと響かせるように話した。
「そなたら、仏の御前、中仕切の奥で血の雨を降らすとは、いささか業が深うございますな。これでは極楽浄土へは到底行けず、無間地獄の業火に焼かれ、未来永劫苦しまねばなりませぬ」
男たちが一歩踏み込んできた。
宗純の唇の両端が不気味に釣り上がる。仏の沈黙から一転、男の狂気が剥き出しになる。
「修羅場の阿修羅をみることになりますぞ」
冷徹な人斬りの本性が剥き出しになった。
宗純の放つ「阿修羅阿弥陀」の一閃は、境内を荒らす無宿人どもの刀を正面から叩き折り、その肉体を一振りのうちにまとめて両断していった。
刀が骨を砕く凄絶な破壊から寸秒。宗純は倒れ伏した男の胸元へ数珠を巻き付け、そのまま全体重をかけて喉笛を無慈悲に踏み潰した。暴れる者が全て骸と化せば、揉め事は跡形もなく収まる。
あがき、窒息していく生々しい絶望が、地下賭場の煤けた莚へと吸い込まれていく。
刃が鞘に収まるカチリという硬質な音が、夜霧の中に消えていく。
宗純は返り血を浴びた顔のまま、まだ温かい死体の耳元へゆっくりと顔を寄せ、優しく囁くように、低く吐き捨てた。
「……南無阿弥陀仏。案じなさるな、ここで綺麗に野辺送りにして進ぜますゆえ…」




