【 胡瓜切河童刀 】泥田坊 源二郎
【 胡瓜切河童刀 (きゅうりぎりかっぱとう) 】
泥田坊 源二郎
『天気雨の皿』
白昼の太陽がじりじりと石畳を焼きつけているというのに、空の片隅から大粒の雨がばらばらと不気味に降ってくる、夏の天気雨。
狐の嫁入りとも呼ばれる歪な光の雨幕が、本所割下水のどぶ川を騒がしく叩き、陽炎と湿気がねっとりと混ざり合う辻は、逃げ場のない不快な熱気と静寂に包まれていた。
その光る雨脚の中、どぶ川の縁に、ひっくり返った泥亀のような姿勢でうずくまる男がいた。 ――泥田坊 源二郎。
本名は別にあるが、そのあまりの醜悪さと、本所割下水のどぶ川からぬるりと現れて人を泥水に引きずり込む手口から、裏社会で「泥田坊」と恐れられている無法者だ。 一見するとお調子者でその場の興に合わせて調子の良いことを言い放つが、その実、生き残るためならどんな卑劣な手段も選ばない、狡猾にして猟奇的な無宿の漢である。
緑がかった酷なあばた面、皿のように不自然に禿げ上がった頭頂部。 まるで悪辣な河童そのものの不細工な容姿を持つその男は、じっとりと濡れた緑の着物をだらしなくはだけさせ、薄気味悪い笑みを浮かべて雨幕を凝視している。
源二郎はお家を取り潰された高貴な武家に嫁いだ、決して手の届かぬ身分の高い女に懸想し、その影を物陰から執拗につけ狙う隙見を繰り返していたのだ。
呪わしき一振り
しかし、その薄気味悪い執着は、ついに女の亭主である傲慢な旗本の男に見付かることとなった。「無宿の身を翻し、我が妻を泥の眼で穢し続けた罪、その禿げ頭ごとどぶ川に沈めて贖うが良い!」
男の命を受け、数打物の打刀を構えて血気に逸る手下が、泥を跳ね上げて躍り出た。 囲まれた源二郎は道外れた道軸(どうち・道化者)のような歪んだツラをさらにひん曲げ、ケケケ、と蛙が潰れたような湿った声で嗤った。
彼が、水かきでもありそうな平たい五指で懐から引き抜いたのは、一尺二寸の、ぬめりとした光沢を持つ異様な脇差。 銘を、【 胡瓜切河童刀 (きゅうりぎりかっぱとう) 】という。
それは室町時代、実用性だけを狂信的に追求した美濃伝の古刀であった。 形状は棟側が途中から細く削られた、鳥の嘴を思わせる鵜の首造り(うのくびづくり)。 刀身には、おたまじゃくしが連なったような不気味な蛙子丁子の刃文がぎらつき、表面には年輪が歪んだような杢目肌がのたうっている。
かつて数多の標的の股ぐらを玩具のように切り刻んできたとされる呪わしき一振り。 お笑い草のような逸話の裏に、獲物の筋繊維を滑らかに「すり潰す」ためだけの凄惨な機能を隠し持った、滑稽で恐ろしい鉄だ。
泥水の俎板
ギラつく刃を突き出して殺到する二人の手下に対し、源二郎は怯えるどころか、ひょこひょこと不気味な足捌きを踏みながら、一瞬でその懐へと滑り込む。 どこぞの道場で型を教わったわけでもない。ただどぶ底を這い回り、生き延びるためだけに身につけた、極道の抜刀術だ。
「ケケッ、浅瀬でちゃぷちゃぷ遊ぼうじゃねえか!」
蛙子丁子のうねる曲線が、天気雨の光る幕を斜めに横切った。 抜刀の一閃。受け流すことすら不可能な間合いから放たれた鋭い嘴は、まず一人目の手首の腱を肉ごと容易く削ぎ落とし、返す刀で二人目の喉笛を深く抉り取った。
凄惨な悲鳴が上がるより早く、源二郎はお調子者の引きつった笑みのまま、泥水へともつれ合うように崩れゆく二人の膝裏と股ぐらへ、まるで野菜でも刻むかのように、猛烈な速さで鋼の牙を何度も何度も突き刺した。 生きたまま筋繊維をすり潰され、肉の塊へと解体されていく二人は、お笑い草のような無様な格好で、熱を帯びた泥水の上に五体を縺れさせ、激しく身悶えしながら折り重なっていく。
尻子玉
二人の手下が生きながら肉を細切れにされ、ピクリとも動かなくなった凄惨な赤黒い泥水の上を、源二郎はぬるりと這い進んだ。
恐怖のあまり尿を漏らし、どぶ川の杭に背を打ち付けてガタガタと震える最後の男――すなわち、あの高貴な女の亭主の前に、這い寄る。
源二郎は、血と脂でドロドロにぬめる脇差の先端を、男の尻へとゆっくりと、だが逃れられぬ力で深くあてがった。
「河童ってなぁ、尻子玉を抜くんだってな。どこにあるか、俺が探ってやるよ」
そう言って、源二郎は引きつった不細工な満面の笑みのまま、男の尻を何度も、何度も、抉り広げるように深く突き刺した。
生身の肉をのたうつ凹凸刃で強引に引きちぎられ、内臓まで突き破られた男の口から、夏の白昼を切り裂くような、この世のものとは思えぬ凄絶な絶叫が響き渡る。
男はあまりの激痛に目を血走らせ、泥水を激しく跳ね上げてのたうち回ったが、やがて失血のあまり全身を痙攣させ、最後は喉の奥でひゅっと不気味な泡の音を立てて完全に絶命した。
ただ熱を帯びた泥水と、抉り出された生々しい肉片だけが静かに流れるなか、源二郎は、息の根の止まった男の死体を虚ろに見つめ、ひどくあっけらかんと言い放った。
「なんだ、尻子玉なんてねぇじゃねぇか」




