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【 悪鬼羅刹刀 】岡田 狂平

【 悪鬼羅刹刀(あっきらせつとう) 】


岡田 狂平 (おかだきょうへい)


『悪鬼の朝』


嵐は夜明け前に過ぎ去った。 今朝の江戸の町々は、雲一つない見事な晴天だ。 まばゆい陽光が八丁堀(はっちょうぼり)の辻を白々と照らし出し、昨晩の大雨に洗われた瓦屋根がキラキラと残酷なほど美しく輝いている。


 だが、その眩しすぎる朝の光の中に、人としての面目などひとかけらもない。 陽だまりの路上に転がっているのは、五体を無残に切り刻まれ、中身をぶち撒けた三つの凄惨な肉塊。 自由にならない体で血溜まりにへたり込み、ガタガタと震えながら命を乞う最後の男を見下ろし、一人の漢が立ち尽くしていた。


 隻腕の悪鬼――岡田狂平(おかだ きょうへい)。 右腕を根元から失い、空袖(からそで)を荒々しく風にたなびかせた、殺伐たる無宿の漢だ。


 彼がこうして刺客に追われ、今朝も血の海に立っているのには、ある凄惨な因縁があった。 寛永年間、大目付・井上筑後守らの手によって吹き荒れた苛烈な大名改易の嵐。その裏で狂平は、改易に抵抗しようとする不穏分子や、公にできぬ隠し資産を闇から闇へ葬る「幕府の裏の死刑執行人」として非情に酷使されていたのだ。


 だが、用済みとなった途端にお上から裏切られ、口封じのために右腕を根元から切り落とされて無宿へと叩き落とされた。 いま彼を執拗に追ってくるのは、かつてお上の命令で家を潰した大名家の生き残りの浪人どもであり、同時に、生かしてはおけぬと追手を差し向ける幕府そのものの隠密たちであった。


 額からは昨晩からの激闘による返り血がダラダラと流れ落ち、晴天の光を浴びて、狂ったようにぎらぎらと赤く光っている。 狂平が左手一本でぶら下げているのは、抜き身の打刀。 名を、『悪鬼羅刹刀(あっきらせつとう)』という。


 その正体は、徳川の世で忌み嫌われる伊勢の流派・村正。 それも戦国期に実戦のためだけに打たれた猛々しい古刀であった。 刀身には、四角い箱が連続する不気味な箱乱れの刃文が波打ち、表面には木の年輪のような杢目肌(もくめはだ)が禍々しくのたうっている。 主人の流した血と、これまで吸い尽くしてきた亡者どもの油を吸って、その刃は天日の中でどす黒く煤けていた。


 生き残った刺客の頭領が、両足を切断され、血の海を無様に這い回りながら


「頼む、命だけは……」


 と泥にまみれて懇願する。


 狂平は、左目だけで眩しい青空をねめまわし、ふっと退屈そうに鼻で笑った。 そして、男の脳天へ向けて、煤けた村正を容赦なく振り下ろす。


「これだけお天道様が眩しいんだ。……野良犬の死に場所としちゃあ、上等すぎるじゃねえか」


 箱乱れの刃文が閃光となり、這い回る男の頭部を一撃で真っ二つに叩き割った。 飛び散った飛沫が、朝の清浄な空気を汚していく。 それが、この死闘の最初で最後の言葉だった。


 狂平は、刀身についた新しい脂をぞんざいに払うと、鋭い金属音を響かせて鞘へと収めた。 周囲には、朝帰りの町人たちが遠巻きに怯えた目を向けている。


 狂平は空いた左手で懐の煤けた酒葫蘆(さけひょうたん)を掴むと、豪快に喉へと流し込み、ただ無言で歩き出した。


 すべてを呪い、ただ己の衝動のままに阿修羅の道を往く悪鬼の背後で、雲一つない五月晴れの青空だけが、どこまでもどこまでも、冷酷に澄み渡っていた。

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