【 円 刃 無 骨 】 石動権左衛門
【 円 刃 無 骨 (まるばぶこつ) 】
石動権左衛門
『木場材木置き場の圧殺』
夜の材木町は、激しい夜嵐によって巨大な丸太の山が今にも崩落しそうな轟音を立て、夜雨に打たれた檜の生木が放つ特有の渋い香りが辺りに充満していた。
のちに深川へ木場が移されるのは遥か先、隅田川の東岸がまだ未開の湿地であった寛永年間。 大目付・井上筑後守による苛烈な大名改易の嵐は、行き場を失い戦国崩れの無法者と化して徒党を組んだ元足軽どもを江戸へ流し、夜な夜な材木置き場で富商の物資を略奪させていた。
一本でも丸太が崩れればその質量に押し潰されて肉塊と化すこの危険地帯は、丑三つ時には奉行所の貧弱な徒歩巡回はおろか、辻番の武士すら足を踏み入れるのを恐れる、江戸でも指折りの無法の狩り場であった。
その今にも崩れそうな材木の峰から、夜嵐を割って、金剛像のごとき凄まじい威風を放つ巨躯がのっそりと姿を現した。 はち切れんばかりに膨れ上がった鋼の如き剛腕。現世の法など鼻で笑う不敵な面構え。 この地回りの悪党どもを束ね、富商の利権を力尽くで強奪する無法の巨魁。それこそが、石動権左衛門であった。
その肩に担がれた得物は、巨大な円形の刃を持つ伝説の大鉞。構えを崩さずとも周囲の空間ごとすべてを圧し潰す最凶の巨刃――「円刃無骨」。
死線の真ん中、雨と泥にまみれた材木の城壁を、富商の私兵どもが松明の赤火を揺らして包囲していく。 息の根を止める機会を狙う男たちのじっとりとした殺気と、いつ丸太が崩落するか分からぬ狂気の緊張感が、夜霧をピリピリと震わせていた。
「囲めっ! 一人も大川へ逃がすな! 石動の首を獲った者には金百両だ! かかれッ、総がかりで叩き潰せ!」
「おのれ悪党ども、富商の荷を置いて失せろ!」
闇を割って地響きと共に押し寄せたのは、数に物を言わせた大軍勢。富商が金に飽かせて雇い入れた、戦国崩れの凄腕の浪人衆や地回りの一派が入り乱れた強襲の嵐であった。 抜き放たれた無数の長刀が容赦のない白刃の檻となり、大波の如く四方から押し寄せる。
地を揺らす軍勢の足音と、喉元にまで迫る無数の白刃。戦場さながらの絶体絶命の包囲陣を前に、権左衛門は恐れるどころか、その胸を大きく反らし、天を仰いでかぶき大笑いした。
「ガハハハハッ! いいぞ、それだ! その必死の面構えを待っていたんだよ!」
「人間、死に物狂いで生きなきゃあ面白くねえ! なぁ、お前ら!」
権左衛門の背後に控える手下の悪党どもが、一斉に下卑た笑い声を上げて呼応する。 大軍勢の包囲を前にしてなお、頭目の圧倒的な豪気につられて狂ったように笑う無法者たちの地鳴りのような怒号が、材木置き場を異様に揺るがした。
「しかしよぉ、そんな牛蒡みてぇな細い鉄屑を何本並べたところで、この俺は止まらんぞ!」
「我が『円刃無骨』の丸刃で平らな煎餅に圧し潰し、炭火で炙って食うてくれようか! ガハハハハ!」
「応よぉ! 皆殺しだァ!」
嵐の如き乱戦の中、権左衛門は材木の山を背に陣取った。 それは技も剣理もでたらめに嘲笑う、圧倒的な質量と膂力の暴発であった。 大股を開いてがっしりと地を踏みしめ、はち切れんばかりの剛腕をがむしゃらに振り乱して「円刃無骨」を荒々しくぶん回す。
ひとたび巨刃が虚空を薙げば、ドォンと材木置き場全体に凄まじい破裂音の暴力が響き渡った。 殺到する男たちの刀を鎬ごと一撃で粉々に叩き割り、防陣を紙のように切り裂いて、一振りのうちに刺客たちの四肢をまとめて肉塊へと爆砕していく。 立ちふさがる大軍勢を容赦なく薙ぎ倒すたび、辺りには容赦のない血しぶきが舞い、斬り飛ばされた腕が夜雨の中に激しく飛び散った。
無骨の一撃によって、文字通り平らな煎餅のように無残にひしゃげ、肉泥と成り果てた敵の死屍累々を見下ろしながら、権左衛門は豪快に笑い声をあげた。 噴き上がる鮮血の雨を全身に浴び、懐から無造作に大きな酒葫蘆を取り出すと、血の匂いが立ち込める夜霧の中で豪快に酒をあおった。
外道ではない。だが、間違いなく江戸を揺るがす最悪の悪党である。 男は口元から溢れた酒を剛腕で拭い、ドスンと大地を揺らすほどの硬質音を響かせて巨刃を地へと据えた。
目の前に山と積まれた、今や完全に己のものとなった富商の極上物資を睨みつけ、権左衛門は剥き出しの剛腕で再び「円刃無骨」を肩に担ぎ直し、夜の底へと響き渡る豪快な啖呵を言い放った。
「五臓六腑が、にわかに熱くなってきやがった。これぞ修羅の熱よ」




