第3話 それぞれの生存戦略
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「さて。一先ずの顔合わせは済みましたが……いかがでしたか? バルアス側の〝剣の聖女〟云々は、どうやら誇張した噂というわけでもなかったようですね」
金髪の美丈夫たる〝レイリー王子〟ことディランが軽やかに語る。
場所はユーリア側の邸宅であり、その中でも応接室として整えられた一室だ。
もっとも、ここにいる者たちに優雅に茶を楽しむ趣味はない。
テーブルの上には茶器こそ並んでいるが、誰も手を付けてはいない。それどころか、誰もソファや椅子に腰掛けてもいない。
王子と影、そして〝王子〟の直属である〝名無し〟の近衛兵たちが、部屋の中央付近で立ち話をしているかのような状況。
「……ふん。確かにその見た目は噂に違わぬ美姫だったが……大公夫人としては駄目だな。あきらかに《《足りていない》》。あのような場で怒りに揺れて魔力を練るなど……」
仮面の王子様(本物)が、ディランに応じる形で口を開く。出てくるのは、先の会談についての意見。バルアスのルーシア王女への評価だ。
「これはこれは手厳しい。殿下はどうして彼女をそのように思ったのです?」
見透かしたような微笑みを浮かべたままに、ディランは仮面の主君に続きを促す。
「ふぅ……ディラン。そうやって、分かっているくせに敢えて相手に語らせるというのは、あまり行儀がよろしくないぞ? お前の数少ない欠点にして、いっそ致命的な悪癖だ」
「おっと。それは申し訳ございません。私としてはそんなつもりはなかったのですが……」
あからさまに慇懃で白々しい態度を見せる〝影〟に、内心でイラっとしつつも結局はそれだけ。
どうあっても、口先のやり取りでディランに勝てないというのは、レイリー自身も身に沁みて理解している。さらには、貴族的にも政治的にも、概ねの場面でディランの方が〝正しい〟ということもだ。
「――ふん。噂通りなら、〝剣の聖女〟様はその美貌や戦での活躍にて、バルアスの民衆や将兵からの支持はあるんだろうさ。だが、それでもこの〝ザウレリア大公領〟という《《流刑地》》送りの憂き目に遭っている」
まるで、教え子が教師に答えるような心持ちで、レイリー王子は影であるディランにルーシア姫への評価を説明する。
一方のディランもまた、できの悪い教え子が思いの外に理解が及んでいることを喜ぶかのように、微笑みを浮かべながら相槌を打っている。もちろん、そんな仕草が相手の神経を逆撫でするのも分かった上で。
レイリーが〝悪癖〟だと言い切るのも、少しは分かろうというもの。
「――もしかすると、彼女の陣営や支持者らが意図してのものかと勘繰っていたが……対面して分かった。聖女様は結局のところ、〝俺〟と同じなんだろう……ははは……」
思わず苦笑が漏れる。誰あろう、自分自身の立場もまったく同じだと自虐的に笑う。もう笑うしかない。
「ふふ。流石は殿下。どのような不利な状況であっても、ご自身の状況を俯瞰して理解できるというのは、実のところ得難い資質です」
「ほざけ。この程度が分からないなら、俺はとっくに兄上に始末されていただろうさ。あるいは後々の影響を考えることもなく、無軌道にこちらが兄上を暗殺しているか……ふっ、まぁそう考えると、俺がそこまで阿呆じゃなくてよかっただろ? ディラン。今日まで生き延びられたのは、ある意味では《《得難き資質》》とやらを持つ俺のおかげというわけだ」
「ええ、もしも殿下がそこまでの阿呆なら、私も殿下を誅しなければなりませんでした。今日まで主君殺しをせずに済んだのはまさに幸いです」
売り言葉に買い言葉的な応酬ではあるが、なんでもないことのように、主君殺しをさらりと口にするディラン。ただの阿呆であれば、そもそもレイリーはこうして大公領へと赴くこともなかった。できなかったというわけだ。
「……まったく、相変わらず物騒なやつだな。まぁいいさ。で? 俺は彼女を〝バルアスでの政治力が弱く、少々感情的なお姫様〟と評価したが……肝心のディランはどう見たんだ? もちろん、お前はまた別のことを……もっと〝先〟を見据えてるんだろ?」
若干肩を竦めた程度で、特にどうというわけもなく流すレイリー。もう彼も慣れたもの。
もしディランが排除を決めたならば、自分自身がその程度だったと割り切っている。
ただ、その割には、今回の大公領行きにについては最後まで駄々を捏ねていたが……それはそれ。ご愛敬。
「まず、ルーシア姫の評価の前に……前提としてなのですが、殿下。私はこの大公領を〝十年〟維持することを目指しております」
大公領が死地であるのは承知しているが、ディランとて、本国の謀略通りに、唯々諾々と死んでやるつもりもなかった。
「〝十年〟か。個人としてはそこそこに長いが、領地としてはごく短いな。だが、ディランがそう言うからには、その十年を乗り越えられれば……〝勝てる〟見込みがあると?」
「残念ですが、勝つというよりは泥沼の引き分けに持ち込める程度かと。ようするに我慢くらべですよ。両国の戦が再開するにしても、大公領での変事が発端でなければ……名目上とはいえ、大公領は独立領ですからね。どちらの国に対してもやりようがあります。また、ユーリアの王太子殿下を含め、戦を再開したくて堪らない連中とて、今はまだ、自らが先陣を切って戦を再開したいとまでは思っていないでしょう」
ディランは、ザウレリア大公領がこの先、各陣営からどのような扱いを受けるかを想定している。
戦を再開したい一派からすれば、大公領での不和や変事を戦のきっかけとしたい。そのための策謀を仕掛けて来るだろう。
逆に休戦協定を長引かせたい一派からは、大公領がつつがなく運用されることを望む。開戦派からの策謀に対して、妨害に動いてくれる可能性もある。
もっとも、自陣営の利や大局などを考えず、ただただ敵国が憎いという感情で激発する者らもいる。また、そういう連中を扇動し、利用しようとする者らもいるだろう。
「そのような情勢の中では、私はむしろ、ルーシア姫のような御方こそが、この大公領をまとめ上げるのに適しているかと……」
「分かり易い象徴としてか? ふん。見栄えを考えれば、お前にだってできるだろうに……」
思いの外にディランのルーシア王女への評価は高い。が、あくまでそれは期待値でしかない。
いかに流刑地送りの似た者同士とはいえ、レイリーからすれば、バルアスのルーシア姫は潜在的な敵だ。彼女に大公領のまとめ役を任せるなどという選択肢は出てこない。考えられない。
「殿下が私を評価して下さるのは嬉しいのですが……今回は外れです。私は確かに見栄えのする外見を有していますが……どうしようもなく〝胡散臭い〟んですよ。さらに、民衆からすれば、戦の最中に王宮に籠っていた〝レイリー王子〟などになんの感慨もないでしょう」
ディランはその見た目を含め、自分自身が他者にどのように見られるかを理解している。
整った顔立ちと鍛えられた肢体。
一国の王子という身分があり、立ち振る舞いからも高貴さや高い教養を感じさせる。
さりとて物腰は柔らかで、身分違いの者らに威圧的に接することもない。
まさに絵に描いたような王子様だ。
ディランとしては意図してやってきたことだが、あまりにも王子様過ぎる積み重ねからは、どうしても演技の匂いが消えてくれない。
「……そういうものか?」
「ええ。ヒトというのは身勝手なもので、完璧を求めながらも、実際に想定通りの完璧さを前にすると〝そんなはずはない〟と否定したくなる生き物なのですよ。私が演じる〝レイリー王子〟の言葉では、上辺の理解はともかく、民衆の心にまでは響かないでしょう」
言外に〝私は完璧な王子様〟を演じていると言ってのけるディランではあるが、同時に偽者の限界も心得ている。
他者を自らの意思で死地へと赴かせる。
弱気になった兵から、国のために殉じる決意を引き出す。
この御方のためならと、萎れた心を再び奮い立たせる。
ディランの演じる〝レイリー王子〟には到底できない。なぜなら、完璧な〝影〟という仮面を被ったままだから。
「ですが、不完全で足りないルーシア王女には、人々の心を震わせるに足る〝物語〟があります」
当然ながら、ルーシア王女にも演じている部分はあるだろう。だが、それでもディランほどに徹底して〝剣の聖女〟を演じているわけでもない。
仮にそれができるなら、できていたなら、そもそも《《流刑地送り》》になどなっていない。
バルアスにて流布されているルーシア王女の噂や評価に、実際に対面した当人の感触、付き従う近衛兵たちの忠誠具合などを加味して、ディランは彼女であれば《《本物》》に仕立て上げられると踏んだ。
「不完全で足りないからこそ……か。確かに彼女の近衛たちは、まさに主君のために命を投げ出すのも厭わない雰囲気だったが……どうにも俺にはよく分からないな。ディランがそこまでルーシア姫を高く見積もっているとは……」
「ええ。殿下が分からないのはある意味では致し方ないかと。なにしろ、利害や情による取引を超えたところで、他者に命を懸けさせるほどのナニか……というのは、かなしいかな殿下や私には無縁ですからね。『王族でありながら前線で戦っていた』という点はルーシア姫と同じながらも、現状殿下の周囲には、彼女の近衛のような人材はほぼいませんからね。答え合わせは既に済んでいます」
「……」
自分にないモノをルーシアが持っている。要はそれだけのことなのだが、ディランの物言いについては、レイリーも少々心がささくれてしまう。お前には人望がないという風にしか聞こえない。事実としてそう言っているのだが……。
「ふ、ふん。ま、まぁ、そうは言っても、俺の場合は正体を隠していたからな……周りも気を遣ってくれていただけさ」
「流石に北部戦線の者らは、怪しい仮面の将兵が《《本物》》の殿下であるのは気付いたでしょう? 周囲の者が気を遣っていたのは確かですが、殿下の場合は遠巻きにされていたという感じでは?」
「あぁァッ!! くそ! 冷静に指摘するなッ! いちいち言われなくても俺自身が一番よく分かってるんだよッ!!」
どうやらレイリーにも自覚はあった模様。共に前線に立ちながらも、周囲の兵から距離を置かれていたことには。
「……ふぅ。それでどうなんだ? この大公領を十年維持するために、ディランとしては〝剣の聖女〟様が使えそうだと考えているのは分かったが……そもそも、当の本人がこちらの思惑に乗ってくれる保証はないだろ? なんなら、彼女自身が戦の再開を望んでいるかも知れん。その辺りは一体どうするつもりだ?」
深呼吸一つで切り替える。たとえ心を抉られても、レイリーは本題を忘れない。ディランがルーシアを高く買っているのは分かったが、当然に相手には相手の思惑がある。
「だからこそ、まずはルーシア姫の為人を知ることに徹します。おそらく近衛兵たちは彼女の思想信条に共鳴しているでしょうが、彼女の後ろにいる派閥なり陣営なりが大公領をどうしたいのかも知りたいところです。あと、ルーシア姫にも腹心となる参謀がいるでしょう。その者が誰なのかを早急に見極め、交渉の場を設けたいところですね」
「……とりあえずの指針がそれか」
「ええ。もちろん、《《大公夫妻がお互いに無事》》というのが大前提ですが……どうにも、さっそくにユーリア側から動きがありそうです。せめて婚礼の式典くらいは、つつがなく終えられると思っていたのですが……」
レイリーたちの当座の目標は定まったが、当然のように、自分たちの都合に状況は配慮などしてくれない。
「なるほど。どうやら〝死神〟が暇を持て余すことはなさそうだな。あぁそうだ。今後はこの私邸であっても油断できんだろうから、俺のことは〝モルス〟でいい。俺もディランのことは〝レイリー殿下〟として接する」
「承知しましたよ、〝モルス〟。ですが、他の者らはとっくに私を〝レイリー王子〟として扱っていましたがね」
「……相変わらず細かく嫌味を刻みますねぇ、〝殿下〟は」
◆◆◆
ザウレリア大公領。
もともと、領都となる街の名がザウレリアだったという安直な命名だ。
この領都ザウレリアは、直近ではユーリアに属していたが、それ以前はバルアスに属していた時期もある。
街自体は変わらぬものの、その所有権なり領土なりが、二つの国で行き来していた。
そのような来歴があるため、この街には両国に出自を持つ住民が混在しており、街の中心を境に東側がユーリア系、西側がバルアス系という大雑把な住み分けもある。
街の住民たちは、それぞれの人種に対しての親近感や多少の帰属意識はあるが、国に対しての帰属意識は薄い。戦の結果によって名義上の統治者が決まり、その任を受けた執政官が来るだけ。住民にはその程度の印象しかなかった。
ただ、この度は少々話が違う。
なにしろ、両国の王子様と姫君が街へ直接乗り込んできたのだ。
ユーリアでもバルアスでもない。新たに新設されるザウレリア大公領。
両国が休戦という形の時間稼ぎをするために、急遽でっち上げられた大公領だというのも、住民たちはきちんと理解していた。どうせ戦争がはじまれば終わりだと。
だが、それでも住民たちは、薄らとだがザウレリアへの帰属を認識するようになる。
もちろん、気にもしない者も多い。また、そもそもの話、この度の大公領の新設を快く思わない者とている。
どちらの国にも戦の継続を望む者もいれば、レイリーとルーシアの婚姻に……政略であっても、両国の王家が結びつくこと自体に反対する者もいる。
国境沿いの緩衝地帯を共同統治するなど、お互いに危なっかしくてならないと嘆く者もいる。
つまるところ、この地には争いの種火が分かり易く燻っている。
そんな領都ザウレリアの概ね中央に配置されているが領主館。
貴族家の邸宅のような雅な造りではなく、質実剛健でいっそ無骨で無粋な建造物だ。
これまでにしても、代官なり執政官なりが、官吏たちと共に街の執務を行う場所であり、今後も同じように運用されていく。
領主館を間に挟むような形で東側にユーリア、西側にバルアスと、それぞれに邸宅が用意された。元々あった邸宅を接収して改修した形だ。
王子様と姫君改め、ザウレリア大公夫妻の私邸として。
それは私的な場所で安心して休息を取るというだけでなく、各陣営らが密談をするための空間という意味合いもある。
ディランこと〝レイリー王子〟とレイリー改めモルス。彼らの陣営が密談をするように、《《相手》》も同じくだ。
「――さて、姫様。お加減はいかがですか?」
バルアス側の邸宅であり、大公夫人の私邸という体裁の場所。
そもそも会談などは想定されていない、私室の奥に設けられた個人用の執務室に、手狭ながらも三つの人影がある。
「あぁ、特に問題はないさ。《《モルス卿》》を前に少々昂ってしまっただけだ。……魔力封じのある場でマナを練るなど……まるで駆け出しのような無様を晒してしまったな。ユーリア側にも気取られてしまった」
小ぶりな執務机の向こう側。椅子に腰かけた美貌の姫君には陰り。自嘲が漏れる。
「――無様というなら、親衛隊の者らも同じです。知人や身内が北部戦線に関係する者らは特に」
机を挟んで向かい側に立つ大柄な男――ジオールが応じる。
彼の顔には細かい剣傷が、まるで戦場での年輪のように刻まれており、その鋭い眼光も相まってか、一目で戦を生業とする者であるのが分かろうというもの。
「――マナ酔い治まったのはよいのですが……そもそもその発端が駄目です。ジオール殿、初対面という場で、姫様が相手の思うままに失態を犯したのは事実です。その点については、是非ともに猛省してもらわねば。ユーリア側に〝与し易い〟と侮られたことでしょう」
腰掛けた主の横に控えている、年若い女が苦言を呈する。
名をアンナ。亜麻色の髪を短めに切り揃え、どちらかといえばおっとりとしたような面差しではあるが、その瞳の奥には、歴戦の勇兵然としたジオールに負けず劣らずの鋭さが宿っている。
「しかしアンナ殿。あの場でルーシア様が怒りを見せたのは、隊員たちの代弁だ。上の者が正式に怒りを表明することで、下の者らの暴走を防ぐという面もある。感情任せの無為な怒りという訳でもない。――そうでしょう?」
政治的には、時に親の仇を前にしても、にこやかに笑い、かねてからの友人同士のように振る舞わねばならない場面もある。だが、兵たちの統率という面では、ルーシアの怒りにも一定の意味はある。
「……いや、ジオール。庇い立ては嬉しいが、あの時の私はそこまで冷静に怒りを制御できていなかった。もちろん、すぐさまに抑えはしたが……ここはアンナの言い分が正しい。無様で未熟だったのは間違いない」
生真面目にも、ルーシアはジオールの手助けを丁重に断る。自身の未熟を素直に認める。
「ふぅ……姫様。正直は美徳ではありますが、この場合はジオール殿の話に乗ればよいでしょうに……ジオール殿がそんな方でないのは承知していますが、下手をすれば、面子を傷付けられたと受け取られますよ?」
そんなルーシアに再度のダメ出し。
「はは。今さらジオールやアンナの前で取り繕っても仕方がない。二人には、今の私の能力と限界を知っておいてもらわねばな。どうかこの地でも、私の足らずを助けて欲しい」
「「……」」
臣下である二人にあっさりと頭を下げるルーシア。それがただのポーズでないのも、ジオールとアンナは、分かり過ぎるほどに知っている。
「はぁ……どうかお止め下さい。姫様はただ臣下に命じればよいのです。少なくとも私は、姫様の願いを叶え、姫様をこの死地で生かすためにおります」
「ルーシア様が臣下に対して、慈愛の念をお持ちなのは重々承知しておりますが、我らはルーシア様のための盾にして剣。必要とあれば喜んで折れましょうぞ」
ルーシアも当然に理解してる。自分たちが捨て石としてこの大公領へと投げ棄てられたのは。
「……ありがとう。だが、それでも私は……この地での《《任務》》を果たし、皆を連れ帰って見せるよ」
微笑みながらの言葉ではあるが、彼女の決意は固い。ルーシアは足掻く。諦めない。大公夫人として、陰謀の駒として、唯々諾々と死んでやるつもりはない。たとえ犠牲となるにしても、臣下たちを巻き添えにはしないと己に誓っている。
その上で、決して自らが〝生きて帰る〟とは口にはしない。
「――どうやら姫様と私の間には、考え方にまだまだ齟齬があるようですが……まずは目先の問題に取り掛かりましょうか」
臣下のために主君が死んでは本末転倒。これまでも、アンナは事あるごとに口酸っぱくルーシアに指摘してきたが、どうにも聖女様は頑固者な様子。
「ふむ。目先の問題……暗殺計画か」
「はい。婚礼の式典を狙って、ユーリア側の強硬派が《《大公夫妻》》の暗殺を企んでいるとか。もっとも、今の時点で情報を掴めたという事実を考えれば、実行役はともかく、首謀者は暗殺が成功するとは考えていないでしょう」
淡々とアンナは語る。戦を再開したい者らは両国のどちらにもいる。そんな連中からの、まずは軽い挨拶のようなものだろうと。
今はまだ休戦講和から間がなく、いかに開戦を望む強硬派とてしても、流石に十全に戦ができるほどの準備は整っていないと見る。
「我々が情報を得ているということは、この件はレイリー王子らも知るところだろうか?」
「おそらくは。私たちはまず暗殺を防ぐ方向で考えていますが、もしレイリー王子らが、この件を利用してこちらへなにかしらを仕掛けて来ようものなら……少々厄介です。ま、あの王子様はそこまで短絡的ではないと思いますが……」
レイリー王子らがバルアス側を評価していたように、ルーシアらもユーリア側を観ていた。当然なる合わせ鏡だ。
そして、ルーシア陣営の〝目〟であるアンナは、レイリー王子を〝喰えないやつだ〟と評した。
その上で状況を読む。彼とて両国の戦端を開くほどの変事を、この時期に本気で引き起こしたいはずはないだろうと。
「……レイリー王子は典型的な〝王子様〟のように見えた。立ち姿に隙はなく、鍛えてはいるようだが……あれは訓練しか知らぬ身だろう。だからこそ、戦場で研ぎ澄まされた〝モルス〟を近衛として呼び付けたのではないだろうか? 口惜しいが、我々への牽制としては確かに効果があったからな。本国からの密命次第になるだろうが、レイリー王子自身は短絡的な暴力よりも、政治的な搦め手を得手としそうな印象がある」
ジオールも乗り掛かる。短絡的な暴力を得手とする彼とて、政治の中にいる王侯貴族の生態くらいは理解している。
レイリー王子は戦場ではなく、宮中政治などで真価を発揮するタイプだと見た。モルスについてもその一環だと。
「ええ。私も似たような評価です。善き友などとほざいていましたが……北部戦線で暴れまわっていた〝あの男〟と宮中の王子に事前の接点などはないでしょう。大公領関連で急遽招聘されたと考えるのが妥当かと。もちろん、それらすべてが偽装である可能性もありますが……今の段階では、疑い出せばキリがありません」
「ふむ。確かに。今は向こうの出方を気にするよりも、こちらがどう出るかを徹底する方がよいだろうな」
ルーシアを支える両翼。
知を司るアンナと武を司るジオール。しかしながら、あくまでその傾向があるというだけで、アンナとて〝戦える〟し、ジオールも〝考える〟。
双方の意見を聞き、最終的にはルーシアが方向性を決めるというのが彼女らのやり方。
「暗殺騒動か……ふむ。私個人としては、どちらかといえば婚礼の式典自体が目先の大きな問題なのだがな。ふぅ……別に婚礼に夢を描いていたわけでもないが、それでもなぁ……まさかユーリアの王子と、形式上とはいえ婚姻の契りを交わす羽目になるとは……」
しかしながら、肝心要のルーシアは、きりりと凛々しかった先ほどとは打って変わって、頬杖をつきながらだらりと机に体を傾けていた。ため息と愚痴。自身の暗殺計画を聞かされながらも、先に気になるのは婚礼について。
「……おほん。ルーシア様よ。つい先だってのお言葉が、さっそく台無しになっておりますぞ?」
「いつも言っていますが、最終的な決定は姫様のお仕事なんですからね?」
呆れたように苦言を呈する臣下の二人。ある意味ではいつもの光景。
「そうは言ってもな。二人が出した結論について、私は是とするだけさ。とりあえずのところ、私は自分の身を守ってればいいんだろ?」
「言ってしまえば確かにそうなのですが……式典の場は当然にマナも封じられているため、魔法によっての力尽くというわけにいきません。事が起きた際の動線などは頭に入れておいてもらわねば」
「あー……もちろん分かってる。ちゃんとジオールの指示には従うよ」
細かい部分については、ルーシアは臣下に放り投げることが多い。
アンナとジオールも慣れたものだが、同時に普段から懸念も抱いている。
ある意味では好ましいことなのだが、主君としてのルーシアは、どうも臣下を信頼し過ぎているきらいがあるのだ。
「ふぅ……姫様。暗殺計画はユーリアの強硬派主導であり、この情報自体は本国の穏健派から流れてきたものですが……バルアス側の強硬派も一枚噛んでいるのはあきらかです。雑な暗殺計画だと偽装し、当日は本気で姫様を殺しに来ることもあり得るんですよ? 姫様には御身を優先してもらいますが、レイリー王子が暗殺されても我々は詰みます」
アンナが悪い方のシナリオを語る。この情報自体が撒き餌である可能性を。
陣営からすれば、ルーシアが生き延びるのは大前提となるが、だからといって、この時点でレイリー王子が殺されてしまえば、それはそれで大問題だ。
「……あぁそうか。個人的には胡散臭くていけ好かない相手ではあるが、確かに今の時点で死なれるのは不味いな。〝任務〟を果たすまでは、レイリー王子には大公として健在であってもらわねば……」
「はい。なので、きちんと話を聞いて下さい」
さぼり気味な教え子を叱責するように、立てた指を軽く突き付けながら、アンナは主君を詰める。
レイリー王子側に計画があるように、バルアスのルーシア姫にも、本国から課せられた〝任務〟がある。
お互いの陣営は、それぞれがこのザウレリア大公領にて、目的を果たすことを望んでいる。
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