知らない方が幸せなこと 4
白い木製の医局は、後宮の中でもひときわ目立っていた。薬草と煮沸した布の匂いが僅かに残っている。
「ここ医局ですか…思った以上に綺麗ですね?」
「まあ、そう言う場所ですからね」
衛生面は他の場所より気にしているのは必然だった。
「さあ、行きましょう」
「はい」
中に入ると目に付くのは棚に並ぶ薬壺。几帳面に効能と名前が張ってある札に書かれており、綺麗に棚に並べられていた。
人の気配は確かにするのだがどこか異質さを感じさせる場所。妙に心は落ち着かない。
「誰かいませんか」
「うん?少しお待ちください」
奥のほうは物で埋め尽くされており姿は見えないがそこには確かに誰かいた。
「はいはい。誰ですかな?」
出てきたのは感じのよさそうな顔をした壮年の男性。白い白衣は彼が医者だと証明してくれている。
「突然すみません。少し聞きたいことがありまして」
「はあ、聞きたいことですか?」
「はい、紫苑様に渡している薬の件で聞きたいことがあります」
「??、あの薬がどうかしましたか?あれは健康維持のための栄養が取れるただの栄養剤ですが」
「本当に害のない物なのですか?」
「ええ、基本的には」
男性は言葉を切る。
「ただ、ある方法でだけ害をなしますな」
ある方法……それが杏華の言ったお湯だというのか?
「その方法とはお湯が関係している?」
「ええ、よくご存じですね。あの薬はお湯とともに飲むと薬が解けて弱性の毒になります」
「毒ですか……」
「ええ、体はやせ細り食欲は減退するなど衰弱していきます」
帝や侍女の症状と一致する。
しかし、犯人はこのことを知っていることになる。
つまり、紫苑様はこのことを知っていた?
「その薬のことは一般的に広まっているのですか?」
「いえ、ですが患者に処方する時は注意して処方しています」
「決まりですね…」
「そうですね……」
彼女は知っていた。そのうえで帝と侍女に飲ませていた。
でも、なぜ侍女にまで飲ませていたのだろうか。
「そう言えば、最近紫苑様からこの薬について聞かれましたな」
医師は腕を組み悩まし気に告げる。
「なんと?」
「たしか、この薬は誰でも毒になりえるのかと」
「おかしなことを聞きますね?」
「ええ、私もそう思ったのですがやけに熱心に聞くので真剣に答えました。「誰にでもとは限らない」と」
謝った方法での薬の服用。
弱性の毒。
紫苑様の医師への質問内容。
同じように侍女も同じ症状で苦しんでいる。
これらは何を意味しているのでしょうか……
「子安様、分かったかもしれません」
「本当ですか?」
「はい」
彼女は医師に頭を下げお礼を言って医局を出る。外の空気は先ほどの空気とは違い香の濃い匂いが漂う後宮のものに変わる。そして、春の花の香りが香の匂いと混じりむせ返るような匂いになる。
いい匂いもほかの匂いと混じればいい匂いではなくなる。そう言うものなのだろう。
「どこに行くのですか?」
杏華は一言はっきり告げる。
「帝の宮です」
「え?急な訪問は受け付けては……」
「いえ、おそらく私が来たことを知れば通してくれます」
「私ではなくあなたが、ですか?」
「はい」
その意味はすぐに分かった。
「帝に体の件で用があってきました」
守衛に告げるとすぐに返事は来た。
「ああ、聞いている入れ」
簡単に宮に入れてしまった。
「帝は分かっていたのですね」
「ええ、私たちが来るのを予測していたのでしょう」
「しかし、なぜ紫苑様ではなく帝のもとに来ると?」
「帝は知っていたからですよ。すべてを」
「すべて?薬の毒について?それとも紫苑様が犯人だということについてですか?」
「そのすべてですよ」
すべてとは今回の事すべてについてということでしょうね…
「……帝は毒と承知の上で飲んでいた?そういうわけですか?」
「はい」
「ですが、なぜ?」
「それは、本人から聞きましょう」
重い扉をゆっくりと開く。
「よく来た……さあ、聞かせてくれ。杏華。君の考えを」
帝は弱々しいながらも確かに覇気のある声で告げた。
それはまさに清濁飲む者の覚悟ある声だった。
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