知らない方が幸せなこと 2
大理石でできた床にカツン、カツンと子安と杏華の足音が部屋に響く。そうしてゆっくり進み天幕がされているベッドにの前で子安は足を止める。
「帝、お久しぶりです」
「ああ…久しぶりだな……で、隣の娘は誰だ?」
帝は弱々し声で尋ねる。
「えーと、彼女は……」
「私は杏華でございます。最近、後宮に入った下級妃です。いきなりの拝謁誠に申し訳ありません」
杏華は普段の元気さを押さえて静かに帝に謝罪する。
そんな風にふるまえるなら普段から自重してほしいものです……
「構わない……しかし私に何用だ?」
「いえ、帝にではなく今回はこの、子安様について知りたくてついて来ました」
杏華が子安の腕をとり自分のほうに引き寄せる。
「私ですか?」
「はい」
いつも唐突だが、今日は一段とひどいですね……
「ふ、私には興味はないということか?」
「申し訳ありません」
なんだろうか。今日の杏華は静かだ。
まるで相談事を解決している時のように鋭く鋭利に見えた。
「まあ、いい……子安について知りたいとは?」
「私は彼のことをまだ深くは知りません。だから知りたいのです」
「子安に好意を抱いている。そう言うわけか?」
「いいえ、ですが友達だと思っております」
「友達……そうか」
帝は少し悩むそぶりを見せながらも少し視線を子安にやり問う。
「子安、そなたもそう思っているのか?」
分からない……正直なことを言えばそれが一番正解に近い。
「分かりません……ですが」
子安は呼吸を浅くして答える。
「そうであればきっと私は嬉しい。そう思います」
答えではなかった。ただの願望。
しかし、それで杏華には十分だ。
「素直じゃありませんね?」
「ええ、大人は素直なものではないのですよ」
「はいはい、そうですか」
「必ず、いずれは話しますよ。ただ、今は待ってください」
「絶対ですよ?」
「ええ、必ず」
視線は交差する。約束が果たされる日が来ることを願って。
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「で、最近はなぜ帝に会いに?」
「それは…」
子安は言い淀む。
「それもまだ言えませんか?」
子安はどうこたえるか悩んでいたが帝は先に答える。
「それは、私のお見舞いだ」
「お見舞いですか?」
「ああ……この通りだ」
天幕が開き帝の姿が露になる。
「これは……ひどいですね」
歳は杏華と変わらないはずだが、帝の体はやせ細っており顔色は青白くなっている。骨ばっている腕は今にも折れそうなほど細い。
「帝はここ最近で急激に体調をお崩しになって私が見舞いに来ていた。そう言うわけだ」
「なるほど……」
杏華は手を口元にもっていく。
「持病ですか?」
「いえ、殿下は見ての通り若いです。持病などはなく健康そのものでした。ですがここ最近で弱ってしまわれたのです」
「理由は分からないのですか?」
「ええ、残念ながら」
「そうですか……」
理由もなしに人は弱らない。それが精神的だろうが肉体的だろうが何か理由はあるはずそう考えて杏華は周りを見渡す。
テーブルの上には杯がありそこにはお湯が入っており近くには薬と思われる物があった。
「そこに置いてある薬は?」
「ああ、これは上級妃の紫苑様が普段から健康のためにと帝の渡しているお薬です」
「害はないのですか?」
「はい、これは普段から飲んでいて危険なものではないとのことです」
勘違いだろうか?
どうしてもそこまで聞いておかしなところがないと確認できても違和感は消えない。
「杏華、そなたは何か気になっているのだろう?」
「はい……私は、不確実は嫌いです。ですのでこの件も何か理由があるのだと思っています」
「帝、そんなものがあるのですか?」
「そうだな……紫苑の子供が流産になってまいっていたのかもしれないな…」
彼女の子供は半年前に流産になり死んだ。その当時は大きく後宮は揺れた。もちろん当人たちの紫苑も帝も激しく落ち込むことになった。半年経ったとはいえまだそのダメージは大きいのかもしれない。
「つまり肉体的にではなく、精神的にまいっていたということですか?」
「……それは理由にはならないか?」
「……いえ、すみません。不躾な質問でした」
杏華は頭を下げて謝罪する。
「構わぬ……誰のせいでもないのだからな」
ここが潮時だろう……
「帝、私たちはそろそろ、帰ります」
「ああ、今日はよく来てくれた。またお友達を連れてきてくれ。《《兄上》》」
「ええ……分かりました」
何気ない言葉のはず……そんな言葉を何とか受け止め子安はなんとか返事をした。
帝の部屋を出てドアを閉める。喉に違和感がある。
そうして部屋を背にして子安は歩き出すが、めまいを覚えて立ち眩みに襲われていた。
ふらつく体を杏華が支える。
「大丈夫ですか?」
「ええ、すみません」
私は大丈夫だ……今までも大丈夫だったでしょ?
自分に言い聞かせてただただ、足を踏ん張る。
「子安様、あそこで少し休みましょう」
杏華は窓から見えるベンチを指さす。
「あそこは、帝専用の庭で……」
「大丈夫ですよね?」
「はあ、分かっていってますね?」
「はい、兄弟なら許されますよ」
本当に彼女は豪胆である。
「分かりました。少しだけですよ?」
「はい、それで構いません」
少し歩いていくと綺麗な花が咲いている庭の中に入る。その中央に置いてあるベンチに二人は腰を掛ける。
「横になってください」
「は?何を言っているのですか?」
「いいですから!」
「ちょっと!?」
子安は杏華に強引に横にさせられる。杏華の太ももは驚くほど柔らかった。
俗に言う膝枕というやつですね……
物語でしか聞いたことがありませんでしたが実在するとは…
「どうですか?少しは落ち着きましたか?」
「……見抜かれてましたか?」
「その手を見ればただの仲のいい兄弟でない事くらいは分かりますよ」
気づけば喉元を何度も手で撫でていた。
「そうですか……私はまだまだ子供ですね」
庭には無数の蝶が花の周りを旋回して飛んでいる。黄色、白、黒。
まるで宴会のようだ。
「杏華、今回の件まだ何か気になっているのでしょう?」
「……なぜですか?」
「手ですよ」
「なるほど」
杏華の手は口元に持っていかれていた。彼女の考えるときの癖だ。
「半年前の心理的ダメージが理由なら、もう少し早く症状が何か出ていても不思議ではありません。なのに出たのは最近」
「つまり、不自然だと?」
「いえ、なんというのでしょうか……もっと的確な答えがある気がするのです」
蝶は舞う。白、黒。もうそこには黄色はいない。
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