知らない方が幸せなこと 1
「帝、大丈夫ですか?」
「ああ、紫苑。大丈夫だ…君こそ大丈夫か?」
「ええ、私はあなたさえいれば大丈夫ですから」
薄暗い部屋にはベッドに横たわる帝とそれを心配そうに見ている上級妃・紫苑。帝の手はやせ細っており今にも命は消えてしまいそうに見える。
優しく帝の手を握る紫苑。
しかし、紫苑の心はすでにボロボロ。
心はナイフで切り裂かれたように黒い何かが溢れている。
そんなことを一切表に出さず彼女は帝の心配をする。
「今日の薬は苦いかもしれません」
「君が選んだものなら…構わない」
帝は弱々しく答える。
紫苑は小さく頷き、薬をそっと口元に運んだ。
これでいい。
(薬はよく効いているわ)
確かに効いている。
だが、”治すためのもの”ではない。
帝の体を侵食する毒だ。それは静かに彼を蝕む。
誰もが気づかない速度で。
___もう少し。
あと少しだけ。
それで彼は私がいなければいけない体になる。
薬をお湯に溶かす手は迷いがない。
「大丈夫です。あなたは私が、守りますかった」
それは祈りではなく確信だった。
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「子安様、これ何てどうですか?」
いつものように椅子深く腰掛けて杏華は子安に一通の相談状を渡す。
「……夫の浮気調査ですか……」
「気乗りしませんか?やはり知らないほうがいいと?」
杏華はずいずいと体を前に突き出して子安に詰め寄る。
「はあ、まだ先日の話を気にしているのですか?」
「いいえ。ちっとも気にしていません」
頬を膨らませている杏華。
気にしているのですね……まいりました…
「あのですね、別に何でもかんでも知らないほうがいいと言っているわけでは…」
「あーあ、聞こえない―」
耳を手で防ぎ聞こえないふりをする。
「はあ」
最近はこんな調子で杏華は拗ねてた。
どうも杏華の琴線に触れる言葉だったようだ。
笑ってくれていれば気が楽なのですが……
いつもの如くにこにこしていてもらったほうがいいと、内心早く機嫌が直ることを期待している。
「子安様、時間です」
「ええ、あなたは自分の部屋に戻るなりここにいるなり好きにしてください。では」
そう言って、子安は椅子から立ち上がり部屋を出ていく。
最近いつも決まってどこかに行っているけどどこに行っているのだろう?
気になった杏華は少し考えてた。
未練がある。
子安はそう言っていた。
「少しつけてみますか」
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その扉は触れれば開くはず。
だがその扉は問うている。「その扉に触れていい人間なのか」を。
子安は息を一度整え、三度、控えめに扉を叩いた
「子安です」
「よい。入ってくれ」
中からは重く低い声が返ってくる。
許しを得て子安は中に入ろうとする。
「ここはどこですか?」
「ここは帝の宮で…!?」
子安が気づけば隣に彼女はいた。
「杏華!?なぜここに!?」
「こそこそしていたのでつい気になって、ついて来ちゃいました」
子安は頭を抱えて蹲る。
「帰ってください!」
「嫌です!」
こうなっている杏華を返すのは難しい。
それを分かっている子安は息を大きく吐き覚悟を決める。
「ここから先は何があっても私では守れませんよ?」
「望むところです」
瞳はただ愚直にまっすぐで恐れを知らない。勇敢なのか、無謀なのか、子安には今一つ分からない。それでも杏華は譲らない。
「はあ、分かりました。ただここで見聞きしたことは決して口外してはいけませんよ?」
杏華は事の重要性をそこで理解して静かに頷く。
「では、行きましょう」
その足取りは重く、まるで底なしの沼にいるようにゆっくりと進む。
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